第21話 西方外交 破 後

 カロリナやルナリエの心配とは裏腹に、ディートリヒ王太子の戴冠式は淡々と始まり……

 終わりを迎えようとしていた。


 「問おう、汝はアペリア半島の王として、民を守り、土地を守り、財産を守るために戦うと誓うか?」

 「はい、皇帝陛下。誓います」

 「誓いの言葉、しかと聞き届けた。レムリア皇帝、エルキュール一世の名の下に、汝をアペリア半島の王として認める」

 

 エルキュールはそう言って、王冠をディートリヒの頭に乗せる。

 ディートリヒは王冠をエルキュールに乗せてもらうと、ゆっくりと立ち上がった。


 そして手を上げる。

 すると、エデルナ王国の家臣たちが一斉に叫ぶ。


 「「新たなる我らが国王に万歳!」」

 「「神が我らに与えたもうた国王に万歳!!」」

 「「国王陛下、万歳!!!」」


 そして拍手と歓声が巻き起こる。

 斯くして、エデルナ王国に新たな国王が即位したのであった。






 「ど、どうですか? 皇帝陛下。新調したのですが……」

 「よく似合ってるよ、カロリナ。いつもの服装も良いが、ドレスも良く似合うね。君と踊るのが、実に楽しみだ」


 新しく作ったばかりのドレスを身にまとったカロリナは、エルキュールに褒められて恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

 カロリナはどちらかと言えば、赤色のドレスを好む。

 自分の髪色と合わせたドレスを着るのが、一番無難な選択だからだ。

 

 しかし今日は橙色のドレスを身にまとっていた。

 カロリナにしては珍しい冒険だ。


 やはりこのような場で着る特別なドレスだからか、普段着るようなドレスとは異なり……

 生地は遥かに上質で、細かな刺繍が施されていた。


 

 「しかし、ルナ。お前、随分と冒険したな」

 「……まあね」


 ルナリエは髪色とは正反対の、赤紫色のドレスを着ていた。

 ドレスもハヤスタン王国の衣装と、レムリア風の衣装を足して二で割ったような型で、エキゾチックな雰囲気を出している。

 そして……

 大きく開かれた胸元がとても色っぽかった。


 「似合う?」

 「ああ、似合ってるよ。惚れ直したよ」

 「……心にも無いことを」


 などとは言いつつも、やはり褒められて嬉しいのだろう。

 少し顔を赤くした。


 「皇帝陛下、私はどうですか?」

 「どうですかも、何も……まあ、似合ってはいるけどさあ……お前、よくそれを着てこようと思ったな?」

 「やっぱり変ですかね?」

 「いや、変ではない。が、目立つぞ?」


 シェヘラザードはファールス風のドレスを着ていた。

 ルナリエのような、折衷したデザインではなく……純ファールス風のドレスである。


 色は青と緑色で落ち着いているが……

 そのデザインで晩餐会に出席すれば、目立つことは間違いなかった。


 「うーん、陛下がやめた方が良いとおっしゃるならば着直しますけど……」

 「いや、そこまでは言わんさ。物珍しく見られるだろうけど、非難されるようなことはない。……むしろ、お前の服が切っ掛けでファールス風が流行るかもな」


 デザインの流行は毎年変化する。

 それこそ、シェヘラザードやルナリエのように真新しいデザインを、高貴な身分の女性が身に着けてくれば……

 翌年には、全く同じ服装の女性が生産されるわけである。


 ルナリエやシェヘラザードが美しいのは、ドレス以前に彼女たちの見た目が大きいのだが……

 世の女性たちはその辺りがよく分かっていないのか、それとも分かった上で着ているのか。


 (来年の流行の髪色は、赤、青、金になりそうだな……)


 エルキュールはそう思い、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


 そもそも髪色を染めるという行為は、周囲と差異を作って個性を出すためなのだが……

 全員、同じ色に染めてしまえば何のために染めているのやら。


 日本の女子大生の頭が、しめじのようだと言われているようだが……

 どの世界でも、どの時代でも、女という生き物は同じなのだ。


 やはり、流行は追う側ではなく創り出す側になりたいモノだ。 

 もっとも、簡単には創り出せないが。


 全身、レインボーの服を着たところで変人扱いされるだけなのは目に見えている。


 「そう言えば、ニアはどうしている? シファニー」

 「いえ……それがですね。着替えが終わったのは良いのですが、その後やはり出たくないと……」

 「勅命だ、来い。と、伝えて来い」

 「はい、分かりました」


 召使のシファニーは、エルキュールの命令を受けてニアの下に向かう。

 しばらくして、引きずるようにニアを連れてきた。


 「お連れしました」

 「よし、シファニー。下がって良いぞ」


 シファニーは一礼して、エルキュールの下から少し離れた。


 さて……

 エルキュールはニアに視線を合わせた。

 

 ニアは泣きそうな顔で、体をビクリと震わせる。


 「ニア、どうして行きたくない?」

 「だって……その……私は……」

 「魔族ナイトメアだから、か?」


 エルキュールの問いに、ニアは小さく頷いた。

 エルキュールは溜息を付く。


 「何度も言っている。お前はルーカノス・ルカリオスの養子で、貴族の末席に名を連ねる者。もっと胸を張れ。大丈夫だ、お前を非難する奴がいたら俺が叩き潰してやる。それに……そのドレス、よく似合っているぞ?」


 ニアは薄ピンク色の清楚なドレスを身にまとっていた。

 確かにカロリナたちの着ているドレスと比べると、少し子供っぽいが……


 年齢を考えれば、十分だ。


 子供っぽい、とはいえ鎖骨や二の腕など、そこそこ露出しているところがあるので……

 まだ大人になり切れていない、少女の色気がよく表れている。


 「で、でも……」

 「でもも何も無い。お前は何も気にするな。別に難しいことを要求しているわけじゃない。お前はただ晩餐会に出席し、飯を食って、話しかけられたら無難に返しながら、セシリアと仲良く話していれば良い。それだけだ。お前が出席しなければ、セシリアが悲しむ。分かったな?」

 「……はい、分かりました」

 

 ニアは小さく頷いた。

 セシリアもいる、と聞いて安心したようだ。


 どうやら、順調にセシリアと友好関係を築いているようだ。


 エルキュールは物事が上手く進んでいることを確認し、ほくそ笑む。

 

 別段、大袈裟な仕掛けをしたわけでもない。

 絶対にそのような事態になるという、確証はない。

 ただ、失敗したところで損害は無く、逆に成功すれば大きなリターンを得られる。

  

 上手く行けば儲けもの。

 上手く行かなくても……ニアに友人が出来、そして多少の自信がつくという結果だけが残る。


 (ニア、お前は主役なんだ。来てもらわなければ困るんだよ)


 エルキュールは自然に沸き上がる笑みを必死に堪えながら……

 晩餐会の会場に足を運んだ。






 チェルダ王国のラウス一世は酒癖が悪い。

 飲み過ぎると、怒りっぽくなってしまうのだ。


 故に彼は出来るだけ、公的な場では酒を飲まないようにしている。


 社交辞令程度の、一、二杯飲む程度だ。


 しかし……この日はいつもと、少し違った。


 「あ、あの……陛下。少し飲み過ぎではありませんか?」 

 「何だ、俺が酒を飲んだら問題があるのか!!」 

 「い、いえ……ありませんが……」


 もう既にグラス五杯目で酔い始めているチェルダ王は、己を諌める部下に怒鳴りつけた。

 チェルダ王がこんなに酔うほど飲んでしまったのには、二つ理由がある。


 一つ、今回の晩餐会で出された葡萄酒はレムリア産の最高品質のモノであり、非常に美味であったこと。


 二つ、チェルダ王国はレムリアと敵対関係にあるため……普段は国王としてレムリア産の葡萄酒を飲むのには、感情的にも外聞的にも好ましくないこと。


 古代から研鑽されてきた葡萄酒の製造法を、未だに保有し続けるのはレムリア帝国だけ。

 その他の王国でも、修道院や教会を中心に葡萄酒の製造が行われているが……今だにレムリア帝国と同程度の域には達していない。


 しかしチェルダ王国はレムリア帝国と敵対しているため、その最高品質の葡萄酒を飲むのは『可能』ではあるが、国王としては飲むわけにはいかないというわけだ。


 しかし晩餐会で出された以上、飲まないわけにはいかない。

 と、自分と世間に言い訳ができるため、「ちょっと飲み溜めしよう」という感覚で三杯目を飲んでしまったのだ。


 この三杯目が良くなかった。

 彼が想像していた以上に、レムリア帝国の葡萄酒は酒精が強かったのである。


 これで完全に、酔っぱらってしまったというわけだ。


 

 「チェルダ王、楽しんでいますか?」


 そんな風に酔っぱらっているチェルダ王に対し、ディートリヒ―エデルナ王―が声を掛けた。

 この晩餐会では様々な身分の貴族、聖職者が参列しするため、席順を争うようなことが起こらないように立食形式が採用されている。


 立食形式の方が参加者も思い思いの人物と会話することが出来るので、いろいろと都合がいい。


 (※仮に立食形式でなければ、レムリア皇帝とチェルダ王、レムリア皇帝と姫巫女メディウム、トレトゥム王、フラーリング王、エデルナ王の三者、などが席順争いを繰り広げるのは目に見えており、どう転んでも誰かが不愉快な思いをするのは明白で、祝いの席に相応しくない)


 「ええ、無論。改めて、御即位おめでとう、エデルナ王。貴公とは友好関係を築いていきたいモノだ」


 多少怒りっぽくなったとはいえ、理性は残っている。

 仮にも一国の王なのだから。

 チェルダ王とエデルナ王は握手を交わす。


 その後、何度か言葉を交わしてからエデルナ王は去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、チェルダ王は小声で呟く。


 「……レムリアの飼い犬になりおって。初代が見たら泣くだろうに」


 まあ、エデルナ王は犬型ではなく猫型なので……

 飼い犬という表現は不適切だが。

 細かいことは気にしてはいけない。


 「おやおや、あなたはチェルダ王ではありませんか!! 是非、あなたとお話しをしたかったのですよ!!!」

 

 やたらと大きな声の大男が歩いてきた。

 大股で、堂々たる様子。

 髪は黄金色に輝き、髪の中から三角形の耳が生えていた。


 フラーリング王国国王、ルートヴィッヒ一世である。


 「これはこれはフラーリング王。お久しぶりですね……」


 チェルダ王はフラーリング王が苦手だった。

 一々態度が厚かましく、そして大袈裟な反応をするのだ。


 しかも声が大きく、頭に響く。


 人間的な相性が悪いのだ。


 「しかしチェルダ王、此度は随分と酒が進んでいるようですな」

 「……余計なお世話だ」


 イラッとした、チェルダ王は思わず低い声で返してしまう。

 チェルダ王の周りに控えていた家臣たちは、思わず顔を青ざめる。 


 が、しかしフラーリング王は肩を竦めただけだった。


 「今日は日が悪いようだ。日を改めましょう」


 フラーリング王は何が楽しいのか? 分からないが一頻り笑ってから、去っていく。

 チェルダ王はグラスを強く握りしめる。

 グラスがピキピキと悲鳴を上げた。


 「こ、国王陛下。一先ず、バルコニーにでも出て夜風に当たりませんか?」

 「す、少しお疲れのようですから……」


 家臣たちはあたふたしながら、チェルダ王をどうにか宥め、落ち着かせようとする。

 このままでは致命的な失敗を起こしかねない。


 しかし……ああ、何という事か。

 神は非情だ。


 まるで、狙いすませたかのようなタイミングで…… 

 あの男が現れた。


 髪は濃い灰色。

 美しい、海のように深い青色の瞳。

 ひと目見れば、老女ですらも少女のように顔を赤らめてしまうほど、美しく端正な顔立ち。

 長い手足には鍛え抜かれた筋肉が覆っている。

 肌は程よく焼け、とても健康的な色をしている。

 美しい髪の中から、細長い耳が覗いていた。


 そして……人を小馬鹿にするような、思わずイラっときそうな表情を浮かべながら近づいてくるその若者の名は……


 レムリア帝国、皇帝。

 後に『三大陸の覇者』『聖光帝』と呼ばれる男。


 我らの主人公? エルキュール一世である。

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