第17話 東方外交 結


 「……改めまして、名乗らせて頂きます。皇帝陛下。ヘレーナ・アカイメネスです。本当は元レムリア貴族として、先帝陛下のご葬儀と皇帝陛下の戴冠式に参列したかったのですが……」

 「いや、あなたの事情はよく分かっている。……頭を上げて欲しい。今のあなたは、私に深々と頭を下げて良い身分ではないはずだ」


 ファールスからやって来て早々に、ヘレーナはエルキュールにあいさつをした。

 エルキュールはそれを丁重に迎えた。

 ヘレーナの滞在は二週間の予定だ。


 「さて、どうかな? 久しぶりの祖国は」

 「……そうですね。変わっているところもあれば、変わっていないところもありますね。懐かしさで胸がいっぱいです」


 ヘレーナは嬉しそうに言った。

 半ば無理やりの帰郷……とはいえ、それでも祖国。

 何だかんだで嬉しそうだ。


 「街が少し綺麗になり、孤児や浮浪者が減ったのは……陛下のご尽力ですか?」

 「まあな」

 「ファールスでも、レムリアに非常に優秀な皇帝が即位した、と伝え聞いておりました。この目で見て、その噂が確かであったことを確認しました。私が住んでいた時よりも、活気に満ちているように感じます」


 ヘレーナが感じているのは、決して気のせいではない。

 ハドリアヌス三世の長い統治は確かに政治的には安定していたが、しかし同時に閉塞感を生んでいた。

 エルキュールが即位したことで、それが取り払われたのだ。


 「もしよかったら、このままレムリアに留まらないか?」


 エルキュールが冗談交じりに言うと、ヘレーナはクスリと笑った。

 その表情はシェヘラザードそっくりだ。


 「お気持ちは本当に嬉しいのですが……私はアカイメネス家の人間ですから」

 「ふむ……その様子を見る限り、やはり強引に行為をされた、というわけではないようだな」

 「はは……まあ、確かに夫―国王陛下―の行動は、そう取られても致し方が無いモノです。ですが、私がシェヘラザードを産み、育てたのは彼に恋をして、彼を愛し、受け入れたからです。……ああ見えて、女性には紳士的な方なのですよ?」


 そう言いながら笑うヘレーナは、とても幸せそうだった。

 エルキュールとしては、シェヘラザードさえ戻って来ればどうでもいいので、ヘレーナに関してはいなくてもいい。

 わざわざ彼女の幸せを邪魔するつもりはなかった。


 「ところで……皇帝陛下。なぜシェヘラザードの母親が私だとお分りに? 私をあの場にお呼びになったのは、事前に私がシェヘラザードの母親だと、知っていらしたからですよね?」

 「いや、可能性としては半分半分だった。いや……それ以下かな? ファールス王の情報封鎖は完璧だった。あなたが我が国出身だということは、少しも分からなかった」


 ササン八世はヘレーナの出自を巧妙に隠していた。

 ヘレーナがレムリア出身であることを知る者は口封じをするか、尽くを地方に左遷させた。

 そしてヘレーナの出自をファールス国内であると、偽証するために偽の血縁関係まで作りだした。


 「だが……ルーカノスがあなたの顔を覚えていた。そして……シェヘラザードとあなたはよく似ている」

 「……胸が、ですか?」

 「ははは」


 悪戯交じりのヘレーナの問いかけに、エルキュールはわざとらしく笑うことで肯定した。

 

 ルーカノスはシェヘラザードを初めてみた時、まずそのおっぱいの大きさに驚いたようだ。

 そして自分の婚約者も随分と大きかったことを思い出し……

 そしてヘレーナの顔とシェヘラザードの顔が少し似ていることに、気が付いたのだ。


 ただ……

 やはり不確かな事実だったこともあり、ファールスから親書が届くまでは伏せていたのだが。


 「少しでも可能性があるのであれば、試しに呼んでみれば良いと思ってな。それが大正解だった……というわけだ」

 「ははは……見事に引っかかってしまったというわけですね。……ところで」


 ヘレーナは急に真剣な表情をした。

 

 「……会談の場での、陛下のお言葉は……その、どれくらい……」

 「言葉? どれのことだ?」

 「シェヘラザードを私と同じ目に合わせる……というものです」


 そう言えばそんなことを言ったなあ……

 とエルキュールは思い返す。

 

 事実上の強姦宣言をされれば、確かに母親としては心配になるだろう。


 「あなたはファールス王に無理やり行為を迫られたのかな?」

 「……いえ、受け入れたのは私です。国王陛下は最後まで、紳士的でした」

 「ならば、問題はない。違いますか?」


 強姦や、それに類するような真似はしない。

 もしシェヘラザードと行為に及ぶのであれば、正面から口説く。


 と、言っているのだ。


 こう言われてしまうと、ヘレーナは何も言えなくなってしまう。

 それを非難すると、夫であるササン八世まで自動的に非難することになるのだから。


 もっとも、エルキュールの言葉はあくまでササン八世が戦争を選択しないようにするための脅し、いわば嘘であり……

 さすがのエルキュールも一国の姫には手を出したりはしない。

 

 ……いつでも口説ける準備はしているが。

 本音を言えば、やはりあの巨大なおっぱいを揉みたいのだ。


 「私はシェヘラザードの幸せを心から願っています、皇帝陛下。どうか、シェヘラザードをよろしくお願いします」

 「それは分かっている。あなたの娘は、しっかりと、私が責任を持って守り、保護しよう。神に誓う」

 

 と、言ったところでエルキュールは一つ、確認しなければならないことを思い出す。


 「ところでシェヘラザードがメシア教徒なのは……あなたが原因かな?」

 「ええ、私が引き込みました。今思えば、やめて置けば……という気持ちです。このような騒動になるとは、思ってもいませんでした」


 娘には聖火教の教えを説くべきだったのだ。

 と、ヘレーナは深く反省していた。


 なるほど、とエルキュールは頷いてから……さらに踏み込む。


 「ではあなたはまだメシア教かな? それとも……」

 「今は聖火教です。国王陛下に、改宗するように迫られまして……」


 少し、言い難そうにヘレーナは答えた。

 メシア教徒にとって、改宗とは神を裏切る行為、神への背信。


 これほど罪深いことはない。


 異教徒や異端者は正しき教えを、正しき者から説かれていないから異教徒であり、異端者なので、仕方がない部分があるが……

 背信者は正しき教えを受けていて、知っていたのにも関わらず、偶像に身を捧げる愚かで、罪深い者……

 と、メシア教徒には認識されている。


 ヘレーナとしては、あまり聞いて欲しくないところだ。

 ただ……

 改宗したことについては、ヘレーナはさほど後悔はしていない。


 信仰よりも、夫との愛が、そしてアカイメネス家が大切だと考えて、それを選んだのだから。


 「別に私は気にしない。まあ、メシア教徒の方が望ましいのは確かだが……だからと言って、あなたの扱いを代えるようなことはしないと約束しよう」

 「……ありがとうございます」


 ヘレーナは静かに頭を下げた。

 エルキュールが宗教には寛容な性格で良かったと、胸を静かに撫で下ろした。


 「さて……二週間というのは長いようで、短い。私といつまでも話をしているのは、勿体無い。この機会を逃せば、次にいつレムリアに帰れるか分からないのだ。早く、家族や古い友人に顔を見せてあげなさい。それと、もし良かったら案内を付けよう。ノヴァ・レムリアを周ってみると良い」

 「はい、陛下。お心遣い、本当にありがとうございます」


 ヘレーナはもう一度、深々と頭を下げてから……

 退出した。




 


 それから十一日後……


 「来てくれてありがとうございます。ノヴァ・レムリア総主教」

 「いえ、特に用事もありませんので。ヘレーナ妃」


 ヘレーナはレムリアを発つ前日に、ルーカノスを呼び出した。

 場所はノヴァ・レムリアの小高い丘の上だ。

 

 「……人目はありません。陛下が人払いをして下さいました。ですから、ルーカノスと昔のように呼ばせてもらいます……いえ、呼ぶわ。私のことはヘレーナと、昔のように呼んで」

 「分かったよ、ヘレーナ。それで、何の用件だい? こんなところで……」


 ルーカノスが尋ねると、ヘレーナは笑みを浮かべた。


 「ここ、覚えていない?」

 「覚えているとも。私が君に婚約を申し込んだ場所だ」


 二人にとって、ここは思い出深い場所だ。

 もっとも、今の二人の立場を考えると……何とも言えない気持ちになる場所でもあるが。


 「……謝りたいと、思ってね。あなたという婚約者がいながら、ファールス王に恋をし、愛して、結婚し、子を作り、育て……そして、改宗までしてしまった。あなたには本当に、不義なことをしたと、思っているわ」


 ヘレーナはそう言って、ルーカノスに頭を下げた。

 呆気に取られているルーカノスに対して、尚もヘレーナは言葉を続ける。


 「本当に……許されないことをしたと思っているわ。手紙の一つ、二つは出すべきだった……例え、それをファールス王に禁じられていたとはいえ、あなたや……家族に心配をかけて、裏切ったことは変わらない。謝って許されることではない……」


 そして…… 

 ヘレーナは頭を上げた。


 「でも、後悔はしていないわ。ええ、軽蔑してくれても構わない。例え、今あの時、あの場所に戻っても、私は同じ選択をすると思うわ」


 ヘレーナは凛とした声で、そう言い切った。

 

 そして…… 

 しばらく、沈黙が流れる。


 ヘレーナは緊張した面持ちで、ルーカノスの言葉を待つ。


 「君は変わってないな」


 ルーカノスはヘレーナを見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


 「全く、本当に自分勝手だ。……軽蔑するよ。私という婚約者がいながら、他の男を愛して……挙句、信仰を捨てるなんて、言語道断だ」

 「……」


 ヘレーナは顔を俯かせる。

 そんなヘレーナの様子を見て……ルーカノスは笑みを浮かべた。


 「だけど、安心した。もし、君が後悔しているようであれば……ファールス王に無理やり妻にされ、望まぬ子を産まされたのであれば……私は陛下に頼み、君を守ってもらうように頼むつもりだったが……その心配は無用だったようだね」


 ヘレーナは驚きの表情を浮かべた。

 更なる罵倒を覚悟していたヘレーナにとって、ルーカノスの言葉は予想外のモノだったからだ。


 そんなヘレーナの反応を受けて、ルーカノスは苦笑いを浮かべた。


 「何だ、私が君を罵倒するとでも思ったのか? それは心外だな。かつて愛していた女性の、幸せを願わないほど、私の男としての器は小さくない。……どのみち、私は男として君を幸せにすることはできない。君がファールス王と幸せな家庭を築いているのであれば、私はその幸せが続くように、ただ神に祈るだけさ。祈る対象は父なる神で、決して炎ではないけどね」


 それに……

 ルーカノスは悪戯っぽく、笑う。


 「私はこの国に添い遂げる覚悟ができている。私はこの身を、この国に捧げるつもりだ。一生をかけて陛下に御仕えしていく。……それに最近、可愛い娘もできたしね。今更、よりを戻してくれと言われても、こっちの方から願い下げさ」


 「ありがとう……ルーカノス」


 ヘレーナは涙ぐみながら、感謝の言葉をルーカノスに告げる。

 そして……


 「愛していたわ、ルーカノス」

 「私も、愛していたよ。ヘレーナ」


 二人は笑い合い……


 「では、私は明日帰ります。どうか、我が娘シェヘラザードをよろしくお願いいたします。ノヴァ・レムリア総主教」

 「お任せください。ノヴァ・レムリア総主教として、ヘレーナ妃とファールス王の子であり、メシア教徒のシェヘラザード様の御身は、必ず守って見せます」

 


 

 

 さて……

 丁度そのころ、ファールス王国、宮殿では……


 「し、失礼します……お、お父様」

 「よく来たな、シェヘラザード」


 ヘレーナと交換する形でシェヘラザードはファールス王国に帰っていた。

 そして十一日間、迷惑をかけた貴族、官僚、軍人一人一人に頭を下げて謝り続け……


 それがようやく終わったのだ。


 そして予め言いつけられていたように、ササン八世の執務室に一人でやって来た。

 執務室にいるのはシェヘラザードとササン八世だけ。

 密室状態だ。

 

 「さて、シェヘラザード。分かっているな?」

 「え、えっと……その……」

 「グズグズするな!!!」

 「ひぃぃ!! わ、分かりました!!」


 泣きながらシェヘラザードはスカートのフックに手を掛ける。

 恐怖で手が震え、なかなか外すことが出来ない。


 「早くしろ!!」

 「は、はい!!」


 シェヘラザードはフックを外し……

 許しを乞うようにササン八世を見上げるが……ササン八世は腕を組んだまま、静かに見下ろすだけ。

 

 シェヘラザードは意を決し、スカートを脱ぐ。

 白い、絹製の下着が姿を現した。


 「あ、あの……お、お父様。こ、これで……」

 「脱げ」

 「は、はい!!」


 シェヘラザードは下着に手を掛け、慌てて脱ぎ去る。

 白い下着が、シェヘラザードの真っ白い肌の上を滑り……ついにシェヘラザードの下腹部を隠すものは無くなる。


 真っ赤な顔で手で大切なところを隠しているシェヘラザードに対し、無情にもササン八世は告げる。


 「隠すな、四つん這いになって尻を突き出せ」

 「……は、はい」


 シェヘラザードはササン八世に向かって、ゆっくりとその白い臀部を突き出した。

 ササン八世はゆっくりと近づき……

 シェヘラザードの口に猿ぐつわを噛ませた。


 「ん、んぐっ!!」

 「舌を噛むと、不味いからな」


 そして……


 「もう二度と、家出など考えられないように体に教え込んでやる!! 千叩きだ!!」


 パチーン!!!

 

 ササン八世の手がシェヘラザードの尻を強く打った。

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