第16話 東方外交 転
ヘレーナ・ウァレリウス・コーグは、聖七十七家の一つ、ウァレリウス家の分家、コーグ家の娘である。
十五歳でレムリア軍に志願し、五年間の予備役時代を経て、レムリア軍の
その後、二十年間第一線で戦い続け……
ついに副将軍となった。
ヘレーナがルーカノスに出会ったのも、この時期である。
当時、ルーカノスはまだ総主教では無かったが、その有力候補であった。
その点、ルーカノスとヘレーナは年が近く……周囲が結婚するように勧めたのだ。
二人とも愛国心と信仰心が強く、気が合ったのか……
すぐに婚約を交わすことになった。
とはいえ、ヘレーナもルーカノスももう少し仕事に集中したいと考えていたこともあり……
結婚については、一時見送られた。
そして二人が出会ってから十年後……
つまり今から三十年前。
ファールスとレムリアの間で戦争が発生した。
この時ヘレーナは軍人として、ルーカノスは聖職者として出兵して従軍した。
結果は知っての通り、惨敗。
ルーカノスは睾丸と恋人を失うことになった。
さて、ヘレーナはというと……
ファールスの捕虜となっていた。
ウァレリウス・コーグ家とハドリアヌス三世は莫大な身代金を提示して、ヘレーナを何とか助けようとしたが、しかしヘレーナは解放されることはなかった。
幸か不幸か、ファールス王ササン八世に見初められたからである。
どのあたりが見初められたのか、と聞けば……
本人は絶対に否定するが、十中八九おっぱいであろう。
なんと、ヘレーナのおっぱいはEだったのだ。
これは手放すわけにはいかない、という事もあってササン八世はレムリア帝国に対して『ヘレーナは死んだよ』と伝えたのである。
そしてヘレーナは半ば強引に、ファールス宮殿の後宮に押し込まれることになった。
そんなササン八世とヘレーナの関係は、初期は最悪そのものだった。
が、ササン八世の熱心なアプローチにより徐々にヘレーナの心は溶けていった。
ルーカノスへの愛はどうしたんだ!!
と思うかもしれない。
確かに、二人の間には愛はあった。
だが……恋があったか、と言われると疑問が残る。
二人とも
それにルーカノスもヘレーナも、
恋愛に関してはお堅い人間だったのも大きい。
ルーカノスに比べれば、ササン八世は随分と情熱的であり、そして恋愛を知っていた。
プレイボーイなササン八世に掛かれば、恋をしたことが無い女を堕とすのは、赤子の手を捻るよりも簡単だった。
そういうわけで、最終的にヘレーナはササン八世に体を許した。
そして結婚し……
シェヘラザードを産んだのだった。
「意外だ、と言うべきか。知らぬ存ぜぬを突き通すと思いましたよ、ファールス王」
「別に誤魔化す必要は感じていないので。戦争で捕まえた捕虜の扱いは、その国に一任されるもの。もし私がヘレーナを無理やり手籠めにした、というのであれば別だが……私はヘレーナを正面から口説き落とした。卑怯なことは何一つ、していない。……もうヘレーナのことは良いでしょう。早く、シェヘラザードを返して頂きたい」
「ふむ……私は先の戦争での条約の一つに、ファールスに連れ去られたレムリア貴族の一時帰国を盛り込んだはずですが……まあ、これについては後で良いでしょう。確かに、今優先すべきはシェヘラザード姫だ」
ササン八世は不機嫌そうにエルキュールを睨みつけ、エルキュールは飄々と話題を元に戻す。
現状、心理的に優位に立っているのはやはりエルキュールだ。
「シェヘラザード!! 何か言う事は無いか?」
ササン八世はエルキュールの陰でコソコソと隠れている、シェヘラザードを睨みつける。
シェヘラザードは観念したように姿を現した。
「そ、その……申し訳ありません……」
「申し訳ないで済むか!! こちらに来い!! 罰をくれてやる!!」
ササン八世はシェヘラザードを強引に連れて行こうと、距離を詰める。
しかし……
「お待ちください、ファールス王」
「……何のつもりかな? レムリア皇帝」
エルキュールが腕でササン八世を遮ったのである。
そしてパチンと指を鳴らす。
それを合図に、後ろに控えていたカロリナがシェヘラザードの下に駆け寄った。
「さあ、こっちに来てください」
「え、えっと……」
「良いから……」
引きずられるように、シェヘラザードはカロリナに連れて行かれて後ろに下げられた。
「悪いが、彼女はメシア教徒。メシア教徒を異教徒から守るのが、レムリア皇帝としての義務なのでね」
「……ヘレーナはちゃんと連れてきた。両親の顔を見れば、安心して返せるのではなかったのかな?」
「そのつもりではあったが……しかし、その母親がヘレーナ殿だというのであれば、話は変わる。ええ……我が国の貴族を妻にしたのにも関わらず、何の連絡も寄越さず、そして一時帰国もさせない者に、メシア教徒を返すわけにはいかない」
「ヘレーナと私の結婚を、なぜレムリアに伝えねばならん? これは私とヘレーナの関係で、貴国は何ら関係ない!! 話を逸らさないで頂きたい、今はシェヘラザードを返すか、返さないかだ!!」
「返さない、と言ったら?」
エルキュールがニヤリ、と言うと……
ササン八世も好戦的な笑みを浮かべる。
「力づくで返してもらうしか、ないな」
ササン八世は殺気を膨らませる。
ただの殺気ではない。
精神攻撃系の魔法……『殺気Ⅲ』だ。
ササン八世の魔法により、周囲の空気が一気に重くなる。
それに対して、エルキュールも『畏怖Ⅲ』で迎え撃つ。
空気の温度が一気に低下する。
重苦しい空気が辺りを包み込む……
そして……
二人が魔法を解いたのは、同時だった。
「私の魔法で怖気づかなかったのは、あなたが初めてだ。レムリア皇帝」
「それはこちらのセリフです、ファールス王」
二人は握手を交わした。
……よく分からないが、通じ合うものがあったらしい。
「私はこう見えても、頑固者でな。あなたに負けるつもりはない」
ササン八世が言うと、エルキュールも頷く。
「それは私も同様だ。……ここは引き分けにしよう。双方、争っても益はない」
一転して、平和的なムードが当たりを包み込む。
ホッと、息をついたのは双方の家臣たちだった。
一人でさえも十分怖いのに、その怖い二人が本気で睨み合っていたのだから……
その恐怖は計り知れない。
そして一番安心したのはシェヘラザードと、ヘレーナの二人だ。
エルキュールとササン八世が睨み合った原因の十割は、この二人にあるのだ。
自分たちのせいで二大超大国の君主二人が殺し合う……
というのは、あまりにも心臓に悪い。
「私から、一つ提案させて貰おう」
ササン八世は指を一本、立てて言った。
「あなたのメシア教徒の守護者としての立場はよく理解している。だから決してシェヘラザードに改宗を強制しない。ちゃんと、文章として残そうじゃないか。そして……メシア教の禁令を解く準備がこちらにある」
「ほう……それはどういう風の吹きまわしで?」
「あなたが自国領内の聖火教徒に信仰の自由を与えたことについては、聞き及んでいる。だからこちらもメシア教徒に信仰の自由を再度、与えようということだ」
元々、ファールス王国領内ではメシア教は弾圧されていなかった。
弾圧されたのは、ここ最近の話であり……レムリア帝国の諜報活動が原因だ。
だがエルキュールが宗教政策で融和路線を選ぶというのであれば、ササン八世も融和に動くことは吝かではない。
レムリアとファールスは仮想敵国でもあるが、同時に最大の貿易相手国でもあるのだ。
互いに互いの宗教をある程度認め合った方が、貿易がスムーズに進む。
「その代わり、貴国が略奪して奪った神殿の宝物を返して頂きたい」
「ふむ……いいでしょう」
エルキュールは交渉のカードとして、ファールス王国から略奪した一部の宝物は売り払わずにとって置いた。
神殿から略奪した、宗教的な類のものは全て手付かずで保存されている。
もっとも、金貨や銀貨、宝石などの財産に関しては売り払って国庫の足しにしてしまったが。
「しかしシェヘラザード姫をそちらに返す、というのは承服できない」
「……ほう」
ササン八世は眉を跳ね上げさせた。
不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「私が信用できないと?」
「いえ、信用していますとも。約束した以上、あなたはシェヘラザード姫に改宗を
そう……
ササン八世は一つ、罠を仕掛けたのだ。
強制はさせない、とはいうがそもそも強制の定義は何なのか? という話になる。
シェヘラザードに拷問をして、強引に改宗させる、改宗儀式を断行させる……というのは確かに『強制』と言えるだろう。
しかし日頃から、周囲の者に陰口を叩かせたり……
ネチネチと小言を言って、心理的に改宗に追い込ませるのは、果たして強制というのだろうか?
そしてそれ以前の問題として……
レムリアは絶対に『強制的に』シェヘラザードが改宗されたということを立証できないという大きな落とし穴がある。
ファールスがあくまで『シェヘラザード姫は自分の意思で、聖火教に再改宗した。我々は何一つ、強制も脅迫もしていない』と主張すれば、それが通ってしまうのだ。
(全く、油断も隙も無い奴だ……)
(後半に大きな話題を持って行って、意識を逸らそうとしたが……気付かれるとはな)
「申し訳ないが、シェヘラザード姫は我が国で以後も預からせて貰う。メシア教の守護者として、譲るわけにもいかない」
「私もシェヘラザードの父親として、娘を外国に預けるわけにはいかない。返して頂かなければ、話にならない」
再び話が拗れ始める。
ここへ来て、トドリスとベフナムが動き出す。
「皇帝陛下、お下がりください。ここは私が……」
「国王陛下、どうか冷静に……ここは私が……」
しかし……
「「お前は黙っていろ!!」」
エルキュールとササン八世の一言で、二人は口を閉じるしかなくなる。
自分の家臣を一喝すると、再び二人は睨み合う。
「私は戦争を望んでいない。が、しかし戦争を恐れてはいない。分かっているかね? レムリア皇帝」
「それはこちらも同じこと。……ところで、私がシェヘラザード姫の身柄を押さえていることはよく分かっているかね? ファールス王。もしあなたが不用意な行動をすれば……シェヘラザード姫はヘレーナ殿と同じ運命を辿ることになる」
「ほう……それはどういう意味かね? レムリア皇帝。私の可愛い愛娘に、何をするつもりかな?」
「それはあなたが一番、ご存じのはずだ。……孫は男の子と女の子、どちらが良いかな?」
暗にシェヘラザードを辱める。
と、エルキュールは笑顔で脅して見せる。
この発言の重要なところは「ヘレーナ妃と同じ運命」というところだ。
ササン八世の主張が正しければ、ササン八世はヘレーナ妃を強姦などせず、真正面から口説き落としているらしい。
そして真正面から口説き落として手籠めにするのは卑怯ではないそうだ。
つまり……
エルキュールに対して「うちの娘を強姦するつもりか!!」と怒れば、暗にヘレーナを強姦したという証言にほかならず、「シェヘラザードを正面から口説き落とす」と解釈すれば、それはヘレーナに対してササン八世が行ったことと同様に……卑怯ではないやり方、ということになる。
どちらにせよ、ササン八世はエルキュールを咎めることができないのだ。
再び、空気が張り詰める。
しかしエルキュールとササン八世はお互い、冷静で……決して精神攻撃系の魔法は使っていない。
今、空気が凍り付いているのは……
二人の家臣たちが原因だ。
エルキュールの脅迫とも取れる、というかほぼ脅しの言葉を聞き、ササン八世の後ろに控えていたシャーヒーンとカワードが殺気を放ち、魔力を膨らませていつでも精霊を呼び出せるように準備を始めたのだ。
そして……
同様にエルキュールの後ろに控えていた、クリストフ、カロリナ、ルーカノスの三人も精霊を呼び出す準備を始める。
そんな中、対照的にヘレーナはオロオロしていて……
なぜか、シェヘラザードは顔を真っ赤に染めた。
「殺気立つな」
「武器から手を放せ」
エルキュールとササン八世はそれぞれ、自分の部下に対して落ち着くように命じる。
そして再び睨み合い……
「そもそも、ヘレーナ妃は元我が国の貴族。ならば、条約に従って一時帰国させるのがあなたの義務ではないですか? ササン八世。ヘレーナ妃の家族が可哀想だと、あなたは思わないのか?」
「……つまりヘレーナとシェヘラザードを交換しよう、とあなたは言いたいのか?」
「おや、その発想は無かった。実にいい考えだ、ササン八世。そうしましょう」
白々しく、エルキュールは言った。
ササン八世は考え込む。
確かに条約に従うのであれば、ヘレーナを一度返すべきだ。
ササン八世としては、レムリア帝国に偽りの報告をして無理やり手籠めにした負い目や、ヘレーナがファールスへの帰国を拒否する可能性を少しでも考えると、どうにも気乗りしなく……
一時帰国はさせたくなかった。
が、しかしすでにレムリアにヘレーナの存在は知られてしまった。
となれば、筋は通さなければならない。
ヘレーナとシェヘラザードの交換、というのは確かに悪くない。
……レムリアからすれば、の話だが。
この条件を飲めば、ササン八世は完全に外交でレムリアに敗北したことになる。
シェヘラザードを結局奪われるのだから。
さらに深く、思考を巡らす。
シェヘラザードを奪い返せないのであれば、多少のリスクを覚悟して戦争をした方が良いかもしれない。
だが……果たしてその戦争に大義はあるのか?
強制改宗の件や、ヘレーナを無理やり手籠めにしたことを含めて、エルキュールに声高に非難されれば、どうにもファールス側の大義が怪しくなる。
加えて、数年の間に二度も平和条約を一方的に破棄して攻め込む、というのはあまりにも節操がなさ過ぎる。
そしてどれくらい勝てば、目の前の男が負けを認めてシェヘラザードを返すのか分からないし……
そして先程のエルキュールの言葉……シェヘラザードを強姦することもできる、というのにはやはり引っかかる。
ササン八世にとって最優先はシェヘラザードよりも、ファールスの国益であり、己のファールス王としての面子。
だがそれでも可愛い愛娘であり……
それが目の前の男に好き勝手される、というのは気分の良いモノではない。
自業自得だが、ササン八世はヘレーナを無理やり手籠めにしたという確かな事実がある。
エルキュールがもし、そういう行動をしたとして、それを非難すれば……
大きなブーメランになりかねない。
(今、ここで強引に奪うか?)
と、考えてササン八世は首を横に振った。
確かに自分の精霊と、シャーヒーン、カワードの精霊の戦力ならばシェヘラザードを強引に奪うことは決して不可能ではないかもしれないが……
エルキュールの精霊がどのような能力を持っているのか、そもそも何体の精霊と契約しているのかも分からない。
手痛いしっぺ返しを食らうかもしれない。
そしてもし奪い返すことが出来たとしても……
その後のレムリアとの外交関係は著しく悪化するだろう。
ササン八世が現在、本当に欲しているのはシンディラであり……
そしてもっとも打ち倒したい相手は遊牧帝国の
レムリアとハヤスタンは、正直後回しでも良い。
レムリアと無駄に揉めて、シンディラを手に入れることが出来ず、加えて北方遊牧民の侵入を許すことになるのは避けなくてはならない。
(クソ……分が悪い、な。今回は)
ササン八世は不利を悟る。
ヘレーナの件と、先の平和条約破りの件も合わせて、どうにも不利な要素が多い。
(……仕方がない。少し、譲歩しよう)
ササン八世は内心のイライラを表面に出すことは無く、エルキュールに提案する。
「では……こうしよう。ヘレーナとシェヘラザードを交換する。そして二週間後、ヘレーナは我が国に返してもらう。そして同時に……シェヘラザードを我が国からの、大使としてレムリアに派遣しよう」
「……大使?」
「その通り。シェヘラザードにはレムリアとファールスの友好の懸け橋になって貰う。シェヘラザードはメシア教徒。この仕事はシェヘラザードにしか、務まらない」
今度、考え込むのはエルキュールだ。
なるほど、シェヘラザードを大使として、客将待遇でレムリアに迎えるというのは悪い話ではない。
レムリアに戻る以上、エルキュールの面子は立つ。
そしてササン八世も……あくまで自分の命令で家臣として行かせる、という形に出来るため、エルキュールにシェヘラザードを取られたまま、ということにはならず、面子は立つ。
問題があるとすれば、ササン八世はいつでもシェヘラザードを召喚してレムリアからファールスへ帰国させることが出来てしまう点だろう。
まさか、大使の帰国を妨げるわけにはいかない。
人質とは違うのだから。
「……最短、五年間。両国で戦争が起こらない限り、我が国に駐在させると約束してくださるのであれば、承知しよう」
「なるほど、承知した。では、そういう方針でいこう。ベフナム!! 細部の交渉はお前に任せる」
そう言って、ササン八世は一歩下がる。
同時にベフナムが一歩、前に進み出た。
同時にエルキュールもトドリスとバトンタッチした。
あとは、外交の専門家同士による話合い。
エルキュールとササン八世の役目は、これで終わりだ。
その後、トドリスとベフナムの話合いにより細部が決まり……
ヘレーナとシェヘラザードの交換、そしてシェヘラザードのレムリア駐在が決まったのである。
それから少し後のこと……
ルナリエはファールス王国を訪ねた。
「お久しぶりです、ファールスの国王陛下。ルナリエ・アルシャークです」
「おやおや、お久しぶりだ。最後に会ったのは……五、六年ほど前か。ふむ……元同盟国の姫が、どの面を下げて会いに来たのかな?」
ササン八世はルナリエを睨みつけた。
しかしルナリエは表情を少しも変えず、淡々と用件を述べる。
「レムリア帝国と同盟したことについて、一言先に断っておくべきであった……と元同盟国として謝罪しに参りました。申し訳ございません」
「ほう……我が国との同盟を破棄したことについての謝罪は無いのかね?」
「お言葉ですが……」
ルナリエは緊張で心臓が激しく鼓動していることを、相手に悟られないように表情を引き締め、ササン八世の目をしっかりと見つめながら答えた。
「先に同盟を破棄したのは貴国である、というのが我が国とレムリア帝国の認識です。貴国は我が国に武装を禁じ、その代わりに我が国を防衛すると約束した。我が国は条約に定められた通り、武装を解除し、治安維持に必要最小限だけの兵士を残し、国の防衛を貴国に委ねました。しかし貴国はレムリア帝国に侵攻された我が国を見捨て撤退し、その上道中で物資を徴発……いえ、略奪をした。この時点で貴国は我が国との同盟を一方的に破棄した、と我が国とレムリア帝国は認識しています」
悪いのは私たちではない。
お前たちだ。
それがルナリエの主張であった。
「ほう……条約というのは、一方が正式な書類で破棄を宣告しない限り効力は続く……と私は認識しているのだが。どうやら、レムリアとハヤスタンでは考え方が異なるようだ。まあ、結構だ。貴国とレムリア帝国がそのように認識するのは勝手だが……」
ササン八世はルナリエを睨みつけた。
「我が国は貴国が一方的に、何の宣告も無しに同盟を破棄し、敵対国であるレムリア帝国と同盟を結んだ、と認識している。……この裏切り、高くつくぞ?」
ルナリエはササン八世に少し気圧されながらも、負けじと言い返した。
「現在のハヤスタン王国はレムリア帝国の指導の下、国政軍制改革を行っています。狼からすれば羊はか弱い……ですが、羊には鋭い角が生えている。そして羊は羊飼いに飼われている。自分の飼っている羊を殺そうとする狼がいると知れば、その羊飼いは長弓でその狼を射貫くでしょう。……そのことを努々お忘れなきように」
ルナリエの反論を聞き、ササン八世は愉快そうに笑った。
「そうか、そうか……それは結構だ。では、精々愛くるしい雌羊として羊飼いに奉仕すればいい。雌羊が靴裏を必死に舐めている間は、羊飼いもそれなりに可愛がってくれるだろう。……見捨てられないように、頑張るのだな。見捨てられた時が、その羊の最後だ。可愛そうな雌羊は多数の狼に蹂躙され、辱められ、殺されることになるだろう……いや、殺すのは惜しいな。その雌羊には私の靴裏を舐めて貰おうか。親羊の死体の前でね」
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