第11話 レムリア皇帝エルキュール一世の優雅な一日 午前

 後に三大陸の覇者と呼ばれる、大英雄エルキュール一世の朝は早い。

  

 彼が目を覚ますのは六時である。

 もっとも、目覚めの悪いエルキュールは自力で起きれないので……


 「……陛下、起きて」

 「陛下、起きてください」

 「五月蠅い……黙れ……」

 「おーきーてー!!」

 「くーだーさーい!!」


 先に目を覚ましたカロリナとルナリエがエルキュールを激しく揺する。

 昨晩は二人揃ってお楽しみだったわけだが、だからといってエルキュールを起こすのに手を抜かない。


 起こすとエルキュールはとても不機嫌になる。

 が、しかし起こさないと後でより不機嫌になるのだ。


 自分で起きろ、と言いたいところなのだが……

 低血圧だと、起きようと思っても起きられないのである。


 「うるせえなあ!! もう少し優しく起こせ!! ぶっ殺すぞ!!」

 「優しくしたら起きないじゃん」

 「殺すのは顔を洗ってからでも遅くありませんよ」


 そんなわけで、エルキュールの一日はとても不快な気分で始まる。






 六時から六時半。

 

 エルキュールとカロリナ、ルナリエは六時に起きてから、三十分以内に身支度を整える。


 召使たちが三人のためにお湯とタオル、そして衣服を用意するのだ。

 三人は顔も洗い、そして歯を磨く。


 召使に手伝って貰って服を着替え終える。


 着替えを終えると、三人は軽い食事を取る。

 珈琲と、少量のお菓子を食べてエネルギーを補給する。


 「俺は紅茶派だが……やっぱり朝は珈琲だな」

 「そうですね、これを飲むと一日が始まる気がします」

 「葡萄酒みたいに酔わないのが良い」


 ちなみにエルキュールは、朝の珈琲には砂糖と牛乳を入れる派である。糖分をカフェインと一緒に摂取した方が合理的、という考えだ。

 ルナリエもエルキュールと同じモノを飲む。


 カロリナだけは何も入れない、ブラック珈琲だ。




 六時半から七時半。


 三人は日々の日課である、ジョギングを始める。

 健康で文化的な生活には、運動は大切なのだ。


 一時間かけて、ノヴァ・レムリア宮殿の周りを十キロほど走る。

 長耳族エルフの身体能力的にも決して短い距離とは言えないが、毎日走っていれば慣れる。

 

 ちなみにそんな三人に合わせて、ノヴァ・レムリアに駐留している常備軍の皆さんも走る。

 もっとも、彼らは三人とは違い重い荷物を持ちながらだが。


 エルキュール、カロリナ、ルナリエからすれば体型維持や健康のためなのだが……

 兵士からすれば「自分たちの訓練に付き合ってくれる心優しい君主とその婚約者たち」である。

 

 無論、エルキュールは狙ってやっている。

 こういう日々の積み重ねもあり、兵士たちのエルキュールへの信頼は厚い。


 「皇帝陛下!! おはようございます!!」

 「おお、ニアか。おはよう」


 最近はニアもエルキュールと一緒に走っている。

 エルキュールの事が大好きなニアが、エルキュールと一緒に走らないわけ無いのだ。


 以前は栄養失調で酷い顔だったが……

 今はたくさん食べ、たくさん運動しているため、顔色も良い。


 髪の毛、肌もつやつやしている。


 「無理はするなよ?」

 「お心遣い、ありがとうございます!!」



 

 七時半から八時半。

 

 ジョギングを終えると、三人はタオルとお湯で汗と汚れを拭う。

 そして新しい衣服に着替えて、朝食を取る。


 本日のメニューは焼きたてのパン、野菜などがたっぷり入ったオニオンスープ、ハム&エッグ、果物だ。

 

 まあ、皇帝とはいえ朝はこんなものである。


 ステーキを食いたいと言えば無論、料理長は焼いてくれるだろうが……

 エルキュールは朝からステーキを食べれるほど、丈夫な胃腸は持っていない。


 「今日も美味いよ」 

 「お褒めに預かり、光栄でございます」


 エルキュールの賛辞を受け取り、料理長は深々と礼をする。

 その顔は喜びで満ち溢れている。


 エルキュールに「美味しい」と言ってもらうことが、彼の生きがいなのだ。

 

 世界中の誰もが不味いと言おうとも、エルキュールが上手いという料理は、彼にとって至高の料理である。

 まあ、料理長の料理を食べて不味いというやつは馬鹿舌なのは、間違いないのだが。


 「皇帝陛下、お招き下さり、ありがとうございます」

 「ああ、遠慮なく食べろ。食べ盛りだからな」

 

 そしてちゃっかりと同席しているニア。

 少し前まではエルキュールに食事に呼ばれても、緊張で一口も食べれなかったが……

 最近はさすがに慣れたのか、よく食べるようになった。


 四人は談笑しながら、食事を口に運んでいく。

 

 焼きたてのパンを千切り、口に運び、スープを飲み、そしてナイフでハム&エッグを切る。


 ちなみにさすがは料理長と言うべきか。

 卵の火の通り加減も、人それぞれ調節してある。


 伊達に宮殿の台所を任されているわけではないのだ。


 「やっぱり紅茶は良いな。珈琲も好きだが、紅茶が一番だ。そう思わないか?」

 「そうですか? 私は珈琲の方が好きですけど」


 優雅に紅茶を飲みながらエルキュールはカロリナに同意を求めるが、残念ながら同意は得られなかった。

 仕方がないので、エルキュールはニアに尋ねる。


 「お前は紅茶の方が良いよな?」

 「はい、勿論です!!」


 ちなみに、ニアは多分エルキュールが「やっぱり朝はカロリナの尿を一気飲みするのが一番だよな!!」と言っても、間違いなく同意してくれるだろう。

 

 ニアの好きなものは、エルキュールの好きなものだ。



 「ところでルナ、お前も随分と上手になったな、ナイフとフォーク」

 「えへん、これくらい当然!」

 

 ノヴァ・レムリアでの生活も、すっかりと慣れ……

 ルナリエは見事にナイフとフォークを使いこなせるようになっていた。


 人間、いつかは慣れる。


 「ニアは……まあ、これから上達するだろう」

 「す、すみません」

 「謝らなくていいさ。飯は旨く食えればいい。テーブルマナーを気にして、飯が不味くなるようじゃあ、本末転倒だな」


 マナーとは相手を不快にさせないようにするためのもの。

 いちいち細かいマナーを指摘して相手を不快にさせるのは……まあ、ある意味マナー違反と言える。


 ナイフとフォークを使っているのは、レムリア帝国でも上流階級だけ。

 平民や下級貴族は未だに手掴みだ。

 

 ニアが上手く使えないのも、無理はない。

 時間を掛けて、上手に扱えるようにすれば良いのだ。


 そんなこんなで朝食を食べ終えると、四人はそれぞれ別行動を開始する。


 


 八時半から十一時半。


 ニアは家庭教師の下で、勉強。

 カロリナは軍隊の訓練に。

 ルナリエはハヤスタン王国のための人脈作りや、レムリア帝国の政治の勉強。

 

 そして……我らの偉大なるエルキュール帝は政務のお時間である。

 

 政務、と言っても殆どは報告書を読んで内政の進み具合を確認し……

 そしてエルキュールの許可が必要な書類(ほとんどが裁判事務)に、印章をするだけだ。


 丁寧に読み、おかしなところが無いか確認してからポン! と印章をする。

 

 ちなみに日本では、会社によって「お辞儀するように斜めに押しなさい」という謎ルールがあったりするが……

 レムリア帝国ではしっかりと、真っ直ぐ押すのが良いとされている。

 もしかしたらあるのかもしれないが、別に真っ直ぐでも逆さでもエルキュールは気にしないし、エルキュールはあまり気にせず押している。


 案外、皇帝の仕事というのは少ない。

 というのも、法律を作ったり、運用するのは官僚だからである。


 エルキュールの仕事は「こういう法律を作れ」と命令を出し、そしてその法律がきちんと運用されているか、確認するだけだ。

 官僚国家、というのはそういうものだ。


 

 十一時半から十二時半。


 さて、そんなこんなで十一時半。

 今度は昼食のお時間だ。


 再びエルキュール、カロリナ、ルナリエが集まり…… 

 やはりニアが招待される。

 そして……もう一人、招待された者がいた。


 「昨日ぶりのはずだが、なんだか随分と懐かしい気がするな。シェヘラザード」

 「奇遇ですね、陛下。私も……なんだか十話以上出て来なかった気がします」


 そんな久しぶりなのか、昨日ぶりなのかは分からないが、エルキュールとシェヘラザードは邂逅を果たす。


 「シェヘラザード、食後にシャトランジやらない?」

 「ルナリエ! シャトランジね、良いよ、やろう!」


 シェヘラザードとルナリエは仲良さそうに話す。

 実はルナリエとシェヘラザードは、古くからの知り合いである。


 考えてみれば当たり前の話だが、ファールス王国の姫君とファールス王国の属国だったハヤスタン王国の姫君が、知り合いでないはずがないのだ。


 「陛下、シャトランジとは何ですか?」

 「ファールス王国版のチェスだよ」


 カロリナの問いにエルキュールが答える。

 要するに将棋などと、同じ種類のゲームだ。


 「あの……陛下、お一つ聞いても宜しいですか?」 

 

 今度はニアがエルキュールに尋ねる。

 

 「シェヘラザード様って、何者ですか?」

 「お前は知るべきではない人だ」


 エルキュールがそう答えると、ニアはあっさり引き下がった。

 ニアはエルキュールに嫌われるようなことは、避ける傾向がある。

 少なくとも、聞くなと言われたことを無理に聞いたりはしない。


 と、雑談している間に召使たちが食前酒を持ってくる。

 

 美しいレムリア硝子のグラスに、白い葡萄酒が注がれる。

 ちなみにニアは年齢を考慮して、葡萄ジュースだ。


 エルキュールはグラスを手に取り、香りを楽しんでから喉に流し込む。

 あくまで食欲を増進させるのが目的なので、量は少量だ。


 次に運ばれるのは、前菜だ。

 この前菜は食欲を駆り立てるために、彩りが良いものが多い。


 本日の前菜は……


 「生ハムメロンか、うん、悪くない」

 

 メロンの上に生ハムが乗せられた……

 非常にシンプルな料理である。シンプルであるが故に、料理長の腕が試されると言える。


 エルキュールはナイフでカットしてから、メロンと生ハムを一緒に口に運ぶ。

 生ハムの塩辛さをメロンの甘味がやわらげ、そしてメロンの臭みを生ハムが消してくれる。


 非常に相性が良い。


 ちなみに……

 生ハムメロンで使用されるメロンは、日本でよく食べられるような甘い品種ではなく……

 どちらかというと、キュウリに近いような品種だ。


 間違ってもマスクメロンと生ハムを組み合わせてはいけない。

 

 「ニア、美味しいか?」

 「はい!!」


 幸せそうな顔で生ハムメロンを頬張るニア。

 美味しそうに料理を食べる、薄幸少女というのは見ているだけで何となく「良い事」した感が出てくる。


 そんな小さな虚栄心を満たしつつ、エルキュールが生ハムメロンを完食するころにはすでに新しい皿がテーブルに運ばれてきていた。


 第一の皿。

 

 本日は細長い、日本人にとって最も馴染みの深いパスタ……スパゲッティだった。

 

 パスタに絡んだソースは、トマトと挽肉をベースに、イカやエビ、ホタテなどの海産物がふんだんに使われたトマトソースだった。

 パセリがトッピングに使われている。


 フォークでパスタを巻き取り、口に運ぶ。

 トマトの酸味と旨みが、絶妙な塩加減でよく引き立てられている。


 三分の一ほど食べたところで、今度は粉チーズを振りかけて味を変える。

 このソース用に、料理長が数百種類のチーズの中から選んだ粉チーズだ。


 もともと、チーズとトマトの相性はとてもいいが……

 料理長が選んだだけあり、格別に相性が良かった。


 トマトの味を、チーズがより引き立ててくれて、料理全体に深みが増す。


 「素晴らしい、良い仕事をしていると料理長に伝えてくれ」

 「はい、分かりました」


 空になったエルキュールのグラスに、葡萄酒を注ぎに来た召使(シファニー)にエルキュールは言う。

 基本的に、「今日も美味かったよ」しか言わないエルキュールがここまで言うのは珍しい。

 料理長も狂喜乱舞することだろう。


 さらに三分の一ほど食べた段階で、今度はエルキュールはオリーブ油をパスタに掛けた。

 ただのオリーブ油ではなく、唐辛子が漬けられていたモノで……タバスコの代わりのようなものだと考えてもいい。


 ちなみに唐辛子は輸入品である。とっても高い。


 ピリッと、エルキュールの舌を唐辛子が刺激する。

 味にアクセントが生まれて、先程とはまた違った料理に生まれ変わる。


 こうして少しずつ味を変えていくと、最後まで飽きずに食べられる。


 比較的アルコール度数の小さい葡萄酒を飲みながら、エルキュールはニアに尋ねた。

 

 「最近、勉強のほうはどうだ?」

 「えっと……レムリア語が難しくて……苦戦しています」

 『この料理の味はどうだ?』

 『と、とても驚いた!』(おそらく、美味しいと言いたかったと思われる)


 レムリア語は非常に難解な言語の一つである。


 例えば英語はSV、SVC、SVO、SVOO、SVOCなど型が決まっている。

 OVCなどになることは基本的には無い。

 だから最初はまずSで、次はVだろう。その後はOかCか……というように類推できる。


 一方で日本語は基本的に最後に動詞を持ってくる原則を守れば、それ以外はかなり自由度が高い。

 「母が担任教師とラブホでセックスをした」「担任教師と母がラブホでセックスをした」「セックスを母が担任教師とラブホでした」「ラブホでセックスを母が担任教師とした」と言い換え可能である。


 これは助詞が明確にその言葉の機能を指定しているからである。

 「母が」となれば、それがどこに合っても主語として機能する。


 ではレムリア語はどのようになっているのか? 

 というと、実は英語のようにきちんとした型はない。

 それどころか日本語以上に自由度が高い。


 というのは名詞に無数の変化形が存在するからである。

 単数、複数の変化のそれぞれに、主格・属格・与格・対格・属格の変化形が加わるため一つの名詞に単純計算で合計十個の変化が存在することになる。


 この変化のおかげで、その名詞がどのような機能を持っているか一目で分かるため語順が非常に自由になる。


 まあネイティブな人間からすれば楽なのだろうが、非ネイティブなニアからすれば地獄である。


 さて、この辺りでレムリア帝国の言語事情について述べさせていただく。

 まず当たり前の話だが、地域や文化圏、民族によって言語は異なる。


 そして他民族国家でありレムリアには、二十種類以上の言語が使用されている。

 そのたくさんの言語の中で、公用語とされて行政文章や、公の場で使用されるのがレムリア語である。


 しかし実はレムリア帝国に於いて、このレムリア語を母語とする者は一割も満たない。


 そもそもレムリア帝国という国家は、大森林からとある半島に移住してきた長耳族エルフの一派が建てた国である。

 彼らは元々、古長耳族エルフ語を使用していたが……

 長い民族移動の過程で、その言語を変化させ……そして移住先の半島でより発展させた。


 それがレムリア語である。

 おそらく、最初期の話者は十万も満たなかっただろう。


 しかし都市国家レムリアが誕生し、その領土が拡大するにつれて……

 レムリア語は帝国西部・・に於いて広まり、共通語となった。


 さて、重要なのは東部ではレムリア語はどうだったのか?

 ということだ。


 基本的に東西分裂前のレムリア帝国では、西部が田舎、東部が都会だった。

 

 未開部族ばかりの西部では、あっさりとレムリア語が受容されたのだ。

 しかし東部では、レムリア帝国が侵攻する前から非常に優れた文明が発達していた。


 その文明の担い手がキリス人と呼ばれる、人族ヒューマンである。

 

 彼らは商業民族で、キリス語は東部全域に於ける共通語となっていたのだ。

 

 キリス人はプライドが高いので、レムリア語を覚えるには覚えるが……

 積極的に使わなかった。

 一方、レムリアの長耳族エルフたちはキリス人たちの優れた文明に憧れて競うようにキリス語を習得した。


 結果、キリス人たちは東部にいる限り言語に困ることはなく……

 東部ではキリス語が優勢になったのだ。


 そしてレムリア帝国が東西に分裂し、その西半分が亡んだ今では、レムリア帝国の人間の殆どはキリス語を話す。

 ニアもそんなキリス語の話者の一人である。


 無論、公用語はレムリア語なのでレムリア語を話せる人間は大勢いるが……

 それを母語とする人間は、おそらく純血長耳族ハイ・エルフだけだろう。


 「あの、皇帝陛下は……いくつ話せるのですか?」

 「いくつ? うーん、そうだな。レムリア語、キリス語、ファールス語は問題無く話せるな。ハヤスタン、ミスル、ブルガロンは日常会話程度。……まあ、六つだな」

 「……凄い」


 ニアはエルキュールを尊敬の眼差しで見つめる。

 エルキュールは苦笑いを浮かべてから、シェヘラザードに尋ねる。


 「お前はどうだ、シェヘラザード」

 「私ですか? レムリア語、キリス語、ファールス語は問題無く話せますよ。あとはハヤスタン語とシンディラ語を少し、というところですね。五つです」


 ファールス王国に於いても、キリス語の話者は割と多い。

 というのも、大昔キリス人の大王がファールス地域を侵略したことがあるからである。


 現代の地球で置き換えるならば、キリス語は英語。ファールス語はドイツ語。レムリア語はフランス語。とするのが分かりやすい。

 キリス語は必須言語なのだ。


 「カロリナは?」

 「陛下やシェヘラザードほどではありません。キリス、ファールス、レムリアの三つだけですよ。まあ片言ならハヤスタン語も分かりますが。ルナリエは?」

 「カロリナの話せる言語にハヤスタンを入れて、四つ」


 ニアが驚きの表情で、四人を見る。

 エルキュールはともかく、カロリナでさえ三つの言語を話せるというのは、レムリア語だけで四苦八苦しているニアからすれば驚愕だった。


 「わ、私……キリス語さえもまともに話せないのに……」


 ニアはしょんぼりと肩を落とした。

 キリス語さえ……というのは、ニアの扱うキリス語が訛っている、汚いということだ。


 エルキュールたちが習う『正しい』キリス語と、ニアのような平民の下層階級が話す『汚い』キリス語は、少し違う。

 ニアはキリス語の矯正さえも、苦労していた。


 「私たちは王侯貴族ですよ? 我々は最低でもそれくらい話せないと、生きていけない世界で生きてますし、幼い頃に叩きこまれますから。あなたが出来ないのは当たり前です、恥じる必要はありません。ちゃんと、練習すれば必ず話せるようになりますよ」


 「か、カロリナさま……ありがとうございます! 頑張ります!!」


 カロリナの励ましを受けて、ニアは笑顔を浮かべる。

 ニアもルーカノスの養子になった以上は、この世界で生きていくのだから、それくらい話せなくてはならない。


 「ところで一番話せる言語が多いのは誰ですかね? 陛下」

 「そりゃあ、トドリスだな。あいつは確か二十以上話せたはずだ」


 カロリナの問いにエルキュールは答えた。

 まあ、それくらい話せないと外務大臣は務まらないということだ。


 さて、そんな話をしていると全員がパスタを食べ終える。

 

 

 次に運ばれてきたのは第二の皿。


 魚料理のメインディッシュである。

 魚料理に合わせて、葡萄酒の種類が変わる。


 相変わらず、料理長の芸は細かい。


 料理はシンプルな魚のムニエルだ。

 もっとも、シンプルながらも魚の味を最大限に引き出せるようにソースが掛かっていて、そして野菜が美しく彩られている。


 「旬のマスのムニエルです」


 召使が魚の種類を教えてくれた。

 エルキュールはナイフとフォークで魚を切り、口に運ぶ。

 

 身はさっぱりしているが、しかしちゃんとした旨みがある。

 それをソースが邪魔することなく、絶妙に引き立てている。

 

 あっという間に第二の皿を片付けると、次の皿が運ばれてくる。


 次は副菜、つまりサラダである。


 綺麗に彩られたサラダに、ドレッシングが掛かっている。

 そしてやはり料理長、芸が細かい。

 人によって、掛かっているドレッシングの種類が違った。


 エルキュールはムシャムシャと、レタスを口に入れる。

 葉物の野菜は、割とエルキュールは好きなのでどんどん食べれる。


 「やっぱり腐ってない野菜は美味しいなあ……」


 一部、可哀想な少女が可哀想な感想を漏らす。

 良かったね、エルキュールに拾ってもらって。


 まさに地獄から天国だろう。


 副菜を食べ終えると、次はデザートが運ばれてくる。

 甘くておいしそうな、ケーキだ。


 「ああ……私、生きててよかった……」


 ニアがグスグスと涙を流しながら甘いケーキを食べる。

 たまに辛かった時のことを思い出してしまうようだ。


 そしてその度ごとに、エルキュールに忠誠を誓う。


 デザートが終わると、食後の紅茶だ。

 人によっては珈琲だ。


 エルキュール、ニア、シェヘラザードは紅茶。

 カロリナ、ルナリエは珈琲だ。


 五人はゆったりと、談笑をしながらカップの中の飲料物を胃に収めた。


 この食事が夕食だったら、この後に食後酒が来るが……

 まだ昼で、それぞれやるべき事があるので食後酒は見送られた。


 そしてエルキュールの優雅な一日、午後編が始まる。

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