第7話 紅葉
「随分と、綺麗に染まったなあ」
「綺麗……」
「今年は昨年よりも、綺麗ですね」
秋が深まる頃……
エルキュール、カロリナ、ルナリエの三人はノヴァ・レムリアから少し離れた所にある、紅葉スポットに遊びに来ていた。
赤、オレンジ、黄色……
美しく色付いた葉が、時折風で舞う。
この場所は昔からレムリア帝国では有名な観光地で、普段、この時期は多くの貴族、裕福な平民が弁当を持って、紅葉を見に来る。
もっとも、本日は三人だけである。
皇帝が来る、ということで人払いが行われたのだ。
これで雑音や風景を横切る無粋な人影に邪魔されず、紅葉を見ることができる。
君主の特権、というやつである。
尚、実は遠巻きから百人ほどの護衛隊が三人を守っている。
「どうだ、ルナ。中々見れる景色じゃないだろ?」
「……ハヤスタンの方が好き」
「……」
「でも、こっちも好き」
「そいつは良かった」
例え、レムリアの方が優れていてもルナリエは絶対にハヤスタンの方が良いと主張するだろう。
ルナリエはそういう人間だ。
まあ、気に入ってくれたのであれば、エルキュールとしては特に言う事は無かった。
「さて、食事にしよう。料理長にサンドイッチを作らせてある」
「宮殿の料理長の腕は確かですからね、期待できそうです」
「……早く、早く」
紅葉よりも食気な二人に急かされ、エルキュールは肩を竦めた。
まあ、エルキュールもどちらかといえば後者だが。
敷物を敷き、持ってきたバスケットを開く。
中には美味しそうな、いろんな種類のサンドイッチが入っていた。
尚、サンドイッチは地球では近世辺りに開発された料理だが……
この世界には元からあった。
ブラジャーなどの下着類や一部ファッションなど、地球では近世・近現代に開発されたものが、この世界では割と昔から存在する。
要するに、技術の進みが必ずしも地球と同じではない。
ということである。
「レムリアに来て、一つだけ良かったものがある」
モギュモギュと、ソースが絡んだエビのサンドイッチを食べながらルナリエが言う。
「食事が美味しい」
「まあ、レムリアの宮廷料理はおそらく……世界最高だろうね。間違いない」
東西南北に様々な気候の領土を持ち、そして世界的な貿易ネットワークの交差点に存在するレムリア帝国で、手に入らない食材は殆ど存在しない。
その上、エルキュールが莫大な金銭を掛けて料理の開発、味の向上を行っているのだ。
間違いなく、レムリアの食文化は世界最先端であり、そして世界最高と言えるだろう。
もっとも、エルキュールはまだまだ満足してない。
麻婆豆腐など、まだまだ食べたい料理は山ほどある。
「まあ、陛下の食事に掛ける情熱とお金は並々ならぬものがありますからね」
「せっかくの権力と溢れる財貨を使わずに腐らせておくのは勿体ないからな」
とは言うものの、エルキュールが金を掛けるのは基本的に服装と食事だけ。
国家財政に優しい趣味と言えるだろう。
「しかし、あいつもよくこれだけサンドイッチを用意したな」
ノヴァ・レムリアの料理長が用意したサンドイッチは、実に彩り豊かで、そして美味しいものばかりだった。
ハム・キュウリ・レタス・チーズや、たまごなどの定番から、エビなどの海産物、脂の乗ったステーキや、さっぱりしたローストビーフ、アボカド・トマトなどの野菜にドレッシングで味付けされたサラダ、そしてフルーツ……
と、エルキュールたちを飽きさせないようにと腕によりをかけて作ったのだろう。
しかもご丁寧なことに食べる順番も指定され、そして三人それぞれに用意されたサンドイッチは、それぞれの味覚に合わせてなのか、若干味が異なる。
エルキュールのサンドイッチは比較的、塩分控えめ。逆にフルーツサンドの味付けに使用された砂糖は多め。
一方、カロリナのサンドイッチは塩分が高く、砂糖も多め。
ルナリエの場合は塩分控えめ、砂糖控えめ。
ただ、料理人たちの苦労を三人は知るわけも無く……
「カロリナ、あーん」
「あーん。美味しいです、じゃあ、私のもどうぞ。あーん」
「うん、美味しい」
「ルナリエ! 何で陛下じゃなくてあなたが食べるんですか!!」
「まあまあ、気にしない。あーん」
という具合に、それぞれサンドイッチを互いに食べさせ合っており、料理人たちの配慮は無駄になっていた。
料理長が見たら、血涙を流すのは間違いない。
「ところで、陛下?」
「どうした、ルナリエ」
「このマヨネーズというのは、陛下が開発したの?」
「まあ、そうだが……それが?」
「美味しい」
「そうか、そいつは良かった」(そう言えば、こいつサラダを食べるときは必ずマヨネーズを付けてたなあ……)
マヨラー、というほどでも無いようだが、ルナリエの中ではマヨネーズがプチブームになっているようで、よく食べている姿を、エルキュールは目撃していた。
カロリナもマヨネーズが好きなようで、割とよく使っている。
他にもエルキュールの異腹の姉であり、リナーシャやカロリナの母親であるメアリなど……
レムリア帝国の女性陣の間では、ブームになっているようだった。
尚、製作者のエルキュールはというとあまり使用していない。
というのも実は、エルキュールはマヨネーズがあまり好きではないからである。
エルキュールは、サラダはオリーブ油のドレッシングで食べる派の人間だ。
もう一つ理由を上げるとするならば、見た目がアレみたい、というのがある。
男として排出するのは好きだが、摂取はしたくない、アレに似ているため、嫌だそうだ。
同様の理由で、牛乳やヨーグルトなどもエルキュールは苦手とする。
ただし、ホワイトシチューは良いらしい。
「まあ、ただ俺は材料と調理法を料理長に伝えただけで、実際に作ったのは料理長だからな。礼は料理長に言ってやれ。多分喜ぶぞ」
「うん、分かった」
ちなみにエルキュールが料理長に伝えた内容は、『卵黄を泡立てて、塩と胡椒とオリーブ油と……あと、酢だったか? まあ、とにかく適当に混ぜれば、白い『ピー』(自主規制)みたいな調味料ができるはずだから。作ってみて』という、とんでもなくアバウトで曖昧なものであった。
これでマヨネーズを作りだした料理長は、本物の天才である。
間違いない。
尚、そんな苦労人の料理長の年収は日本円換算で三千万程度である。
宮廷の料理長の年収が三千万というのは、高いのは低いのかイマイチ分からないが……
宮廷の台所を任される、というのは料理人にとって最高の名誉であり、全ての料理人が目指す頂きであることを考えると、問題は給与ではないだろう。
例え、エルキュールが「給料九割カットと、年収四千万の職に転職するの、どっちが良い?」と料理長に尋ねれば、料理長は迷わず給料九割カットを選ぶだろう。
「しかし……あれだ、そろそろ式の方を挙げなくてはならんな」
「式って……」
「結婚式?」
カロリナ、ルナリエの問いにエルキュールは頷く。
ぶっちゃけ、エルキュールは結婚式なんて挙げなくてもいい。挙げるとしても、親しい人間だけで慎ましくやればいい。
という考えの人間である。
ウェディングドレスでの夜の行為については、多少の興味はあるが。
まあ、しかしそれはあくまでエルキュールの思想の話。
相手がしたい、というのであればいくらでも豪勢な式を挙げる所存である。
女の子、というのは結婚式にあこがれを抱く生き物だということはエルキュールもよく分かっている。
それに……
まさか、メシア教の庇護者にして、神の代理人であるエルキュールが、みみっちい結婚式を挙げるわけにはいかないのである。
こういうのは政治的なパフォーマンスだ。
レムリア帝国はこれだけ盛大な結婚式を挙げられるほどの超大国なんだぞ!!
と、見せつけるというわけである。
そういうわけで、盛大な結婚式が執り行われる予定だが……
問題は日時である。
「一応、ルーカノスと相談したんだが……十二月二十一日にカロリナ、二十二日にルナリエ、が望ましいと思う。どうだ?」
「なるほど、合理的ですね」
「……納得。不満は無い」
まず、エルキュールの正妻はあくまでカロリナなのでカロリナが先なのは当然である。
ルナリエの方が身分は高いが……
しかし
そして気になるのはこの日にちの意味なのだが……
「二十一日、二十二日で結婚式、二十三日で俺の誕生日、二十四日に前夜祭、二十五日に降臨祭。実に愉快な五日間になりそうだな」
レムリア帝国、というよりメシア教には誕生日を祝う慣習がある。
レムリア皇帝の誕生日は当然、レムリア国民全員で大いに祝う祭日だ。
すでにレムリア国民の間には、皇帝の誕生日→前夜祭→降臨祭の三日間連続ハッピーデイが定着しつつあった。
これに合わせて、カロリナとルナリエの結婚式も行ってしまおうということだ。
その方が盛り上がるだろうし、各国の外交官や国内の貴族たちも、全て一度に済ませてしまえて楽で良い。
飾り付けも一部、流用できるだろう。
ちなみに前夜祭と降臨祭は一応家族と過ごすのが望ましいとされ、貴族の多くは家族と慎ましく過ごすのだが……
一般庶民にとってはバカ騒ぎするのがお決まりで、実は貴族もこっそりと城下で騒ぎに混ざったりしているのが実情である。
「ところで、今年のですか?」
「まさか、来年だよ。今年はまだ準備が出来ていない」
レムリア皇帝の結婚式は、オリンピック以上の大イベントである。
当然、相応の準備期間が必要になる。
「そうそう、ルナの結婚式だが……一月後にハヤスタン王国でも結婚式……とは、違うが、ハヤスタン王国の貴族・平民に俺とルナの仲睦まじさをアピールするために、盛大な結婚祝いが行われる予定だから、覚えておいてくれ」
「うん、分かった」
エルキュールとカロリナの結婚はレムリア帝国内の国内問題だが、ルナリエとの結婚はハヤスタン王国やファールス王国が絡む外交問題だ。
割と面倒くさいのだ。
「それと……ルナに聞きたいことがある。改宗するつもりはあるか? 嫌ならしなくても良いが」
「する。その方が助かるでしょ?」
「まあ、な」
実はハヤスタン王国はメシア教徒の国だが、レムリア帝国の正統派(三位一体。父なる神と神の子と聖霊は等質で不可分)とは違い、アレクティア派(神の子の人性はこの世に生まれ落ちた時点で神性と融合しており、単一の神性のみを持つ)の国家である。
そんなわけでルナリエはアレクティア派のメシア教徒であり、エルキュールは正統派のメシア教徒なのだ。
エルキュールはアレクティア勅令に於いて、アレクティア派を事実上公認したが……しかし仮にも正統派メシア教の守護者であり、アレクティア公会議で正統派が真の正統である、と認めたエルキュールがアレクティア派の女性と結婚するのは……
決して悪くは無いし、非難を退けることはできるだろうが、あまり具合が良くない。
それにノヴァ・レムリア市民の多くは正統派メシア教徒。
ノヴァ・レムリアで過ごすのであれば、やはり正統派に改宗した方が、ルナリエとしては居心地が良いだろう。
「だが、ハヤスタン王国は良いのか?」
「ハヤスタンの国教はアレクティア派。でも正統派や東方派、そして聖火教徒やその他異教も多い。だから大丈夫」
「そうか? なら良いが」
宗教に対する感覚は国によって違う。
メシア教を皇帝権力・権威を高めるために利用し、国の団結の柱としてきた多民族国家レムリア帝国にとって、異端・異教は許せない存在だが……
ハヤスタン王国のように、単一民族国家ならば宗教に拘る必要はあまり無いのだ。
レムリア帝国は『話す言葉、肌、人種は違うけど同じメシア教徒だから仲間だね』という国。
ハヤスタン王国は『宗教宗派は違うけど、話す言葉も同じだし、
「よし、後の事は帰ったら考えようか。……ウェディングドレスはティトスのデザインに任せるつもりだ。要望があれば、あの人に言っておいてくれ」
今までの数々のメイド服から、ティトスの才能は確認済みである。
もっとも二人は苦い記憶しか無いようで、眉を顰めた。
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