第6話 新たな財政改革 某有名な商人
エルキュールは人間である。
確かにエルキュールはこの世界にはない様々な思想、知識を持ち、そしてこの世界の固定概念に縛られていないため、柔軟な発想もできるが……しかしあくまで人間であり、その知識には限りがある。
確かにエルキュールは人より頭は良いかもしれないが、それでも人間の範疇であり、やはり限界が存在するし、間違えることもある。
確かにエルキュールは地上に於ける『神の代理人』という設定を持っているが、あくまで設定に過ぎず、実際は代理人でも何でもない、人の子である。
故にエルキュールの能力には限界がある。
従来のレムリア帝国では、農業に重きが置かれていた。
というよりも、この世界では、というのが正しい。
この世界ではまだ、商業や工業は卑しいモノとされている。
だがしかし、エルキュールは商工業にこそ活路があると考えていた。
故にエルキュールは珈琲、骨灰磁器を専売にして、砂糖や綿花などの商品作物の栽培を奨励し、そして商人たちに
しかしエルキュールは商人でも無ければ、経済学者でもない。
その能力には限界がある。
そしてレムリアの官僚は有能ではあるが、あまり経済に明るいとは言えなかった。
そこで……
エルキュールは専門家を雇うことを決めたのである。
「取り敢えず礼から言おうか。財務大臣、商工業貿易大臣の打診を受けてくれてありがとう、シャイロック君、アントーニオ君」
「いえ、皇帝陛下。このような名誉ある職務を頂き、光栄でございます」
「必ずや陛下のご期待に添えられるよう、頑張りたいと思います」
謁見の間に呼び出されたのは、二人の
一人は黒髪で、体型は痩せ型。顔は厳めしく、黒い目はギラギラと輝き、そして鼻は鷲の嘴のように尖っている、中年の男性。
この男性の名前はシャイロック。
エルキュールが財務大臣就任を打診した、六星教徒の男であり、主に金融業を営んでいる商人である。
もう一人は茶髪、体型は中肉中背。顔は穏やかで、明るい茶色の瞳はとても優しそうな、若い男性。
この男性の名前はアントーニオ。
エルキュールが商工業貿易大臣就任を打診した、メシア教徒の男であり、主に貿易業を営んでいる商人である。
エルキュールがこの二人に出会ったのは、今から五年ほど前……つまりエルキュールが十二歳の頃であり、財政改革を始めた頃であった。
エルキュールは官僚たちの意見も聞いた上で、税制改革や特産物の専売などを始めたが……その政策は完璧と言えるものではなかった。
それを指摘したのが、この二人である。
貴族でもない、官僚でもないのにも関わらず皇帝に意見を言える、というのは相当な度胸であり、そして自分の考えが正しい、と思っていることの裏返しである。
そこでエルキュールは『専門家』である二人の意見を取り入れて、政策に修正を加えた。
結果……大成功した、というわけである。
エルキュールの本音としては、その時点で二人を登用したかったのだが……
しかし二人にはそれぞれ問題があった。
まずシャイロック。
彼は六星教徒であった。
レムリア帝国はメシア教の国であり、メシア教にとって六星教は神の子であるメシアを裏切り、殺害した敵だ。
それを登用するには、多くの反対があったのだ。
次にアントーニオ。
彼はメシア教徒ではあったが……レムリア帝国出身ではなかった。
西方の都市国家、アドルリア共和国出身の貿易商人だったのだ。
彼自身はとっくにノヴァ・レムリアに移住し、レムリア市民権を得ているが……
アドルリア共和国はレムリア帝国にとって、アルブム海の制海権及び貿易圏を争う敵なので、アントーニオを召し抱えるには多くの反対があった。
当時のエルキュールはまだ、政治基盤が安定していたとは言えなかったため登用は見送りにしたのである。
しかし現在、レムリア帝国にはエルキュールに敵対的な政治勢力は存在しない。
大手を振って、雇用できるというわけだ。
「じゃあ、早速二人に仕事を頼もう。これから第二次税制改革の概要を話す。二人にはその細部について、官僚たちと一緒に煮詰めて欲しい」
そう言ってエルキュールは『第二次税制改革』の内容を二人に話す。
前回の税制改革、すなわち『第一次税制改革』の内容は以下の通りである。
『商業税』
改革前……商人一人一人から徴収する。
改革後……
『人頭税』
改革前……財産の多寡に関係なく、徴収する。
改革後……メシア教の正統派、アレクティア派は免除。後は宗派、宗教、財産の多寡に応じて徴収。
『土地税』
改革前……『金納』を
改革後……『金納』が
『奴隷解放税』
改革前……変化せず
改革後……変化せず。
これらの改革は、如何にして人件費を掛けず、簡単に、簡素に、財源を確保するか、というところを重視して行われた。
そのため、四つほど不徹底なところがある。
一つは商業税の、商人一人当たりの負担が極端に重い者と、極端に軽い者が生じていたり、逆にその収入に関係なく、『平等』に徴税されている可能性があること。
商人一人当たりの負担はあくまで
よって商人同士の間に不平等や、逆に行き過ぎた平等が発生している可能性があった。
次に土地税。
まずこの土地税の徴税方法には大きな欠点がある。
それは貨幣価値、金の価格変動を考慮に入れていないからだ。
より分かりやすく言うのであれば、物価変動を考慮に入れていない。
どういうことか? 分かりやすく説明すると……
例えばその土地の広さから、金貨一枚の納税と定められたとする。
しかし何らかの原因で貨幣価値が暴落し、物価が上昇……
そして、最終的には物価が百倍になったとする。
もし物価が百倍になったとすると、今まで金貨一枚で買えたモノが金貨百枚必要になる。
つまり実質的に税収が百分の一になってしまった、ということだ。
家庭の財布程度であればさほど問題にならないが、これが国家規模の財政になると、ほんの少しだけ物価が上昇するだけで、大幅な税収減になりかねない。
また人頭税の方も相変わらず固定なので、同様に税収が乱高下する可能性がある。
そして……
最後の問題点は依然として、奴隷解放税に手が付けられていないということだ。
この奴隷解放税は千年以上前からある骨董品で、とてつもなく古臭いものである。
例えるのであれば、未だに日本の税制に租庸調制があるレベルの話である。
さて、それらの諸問題を解決して安定的な財源確保のためにエルキュールがこれからやろうと考えているのが、『第二次税制改革』というわけである。
「まず地税だが、固定制をやめて変動制……つまりその年の土地収入に合わせて、一定率の課税を定めようと思う。問題は脱税だが……そのために官僚制は強化した」
エルキュールが官僚の数を増やしたのは、このためである。
今までは官僚の数が少なかったので、脱税されやすかった。
だから官僚の数を増やして、脱税できないようにしよう、というわけだ。
人件費は増えるが、安定した税収の代わりと考えれば安いものだろう。
ちなみに、非常に重要なことだが……
土地収入というのは、土地で収穫出来た作物ではなく、その土地を利用して儲けた金額のことである。
「また、人頭税についてもその人物の収入に応じて、一定率の課税を定める。ここまでは良いか?」
「特に異議はございませんな」
「ええ、大丈夫です」
シャイロックもアントーニオも土地は持っていない商人なので、地税に関する関心は薄かった。
シャイロックは六星教徒ではあるが、多少の人頭税くらいで不満を垂れるほど、貧乏人でも無かった。
「では、地税や人頭税に関してはシャイロック。お前が上手く纏めてくれ。お前は六星教徒だし……貴族にも顔が効くだろ?」
「はい、お任せを。ええ、貴族は私のお得意様ですから」
貴族は大概、地主であり、そして借金持ちが多かった。
貴族が貴族らしく振舞うには相応の金が必要だったり、新たな開墾や用水路などの投資に金を使ったり……と、貴族にはまとまった金が必要な時があり、そういう時はシャイロックのような金貸しから金を借りるのが常々である。
土地、というのは担保にし易く、そして安定して収入が得られるのでシャイロックたちも割と安心して貸すことが出来る、
尚、借金=貧乏と結びつけるのは時期尚早である。
安定して返済し続けることができれば、何の問題もないのだから。
まあ、一部の貴族は極貧生活を送っていたり、偶に土地を本当に奪われてしまったりすることもあるが……
大概はそうなる前に他の貴族の助けが入るし、シャイロックたちも多少は甘くみたりする。
土地なんぞ、手に入れてもシャイロックたちには運用できない。
「では、次に商業税だ。今までは
後は定期的に売上をチェックして、脱税が行われていないか確認するだけだ。
これで商業税の不平等は解決するだろう。
そして……今まで以上に、効果的に税金を採ることができる。
「これはアントーニオ。お前に任せる」
「はい、ご期待に添えて見せましょう」
アントーニオは各方面の商工業者に顔が効く。
「そして……奴隷解放税を廃止し、新たに奴隷所持税と奴隷購入税を導入する。前者はシャイロック、後者はアントーニオに任せる」
そもそも神の前の平等を説くメシア教的に、奴隷はあまり望ましいものではない。
取っても文句が出にくそうなところから、税金を取る。
それがエルキュールの考えだ。
このまま奴隷所持者を締め上げて、最終的に奴隷制を廃止して元奴隷から直接税金を取るのがエルキュールの目的である。
「さて、税制改革の他にお前たち二人にやって欲しいことがある。というか、本来の財務大臣、商工業貿易大臣の仕事だが……シャイロック、お前には財政、特に債務関係の整理をして欲しい。債権者の数が多すぎてね……少々面倒なことになっている。上手く纏めてくれ」
債権者が百人と、二十人ならば後者の方が手間が省けて楽になる。
エルキュールがやるよりもシャイロックの方が上手くやれるだろう、という判断だ。
「あと、お前の目線からで良いが無駄があったら指摘してくれ。それと投資先の見直しの方もよろしく頼む」
「私は結構、厳しいですよ?」
「安心しろ。厳しすぎたら、俺が緩める」
最終的な采配はエルキュールにゆだねられる。
もっとも、シャイロックの判断を尊重するつもりではあるが。
「アントーニオ、お前には帝国の諸産業の保護と育成をして貰う。そのため、
この世界ではまだ商工業者の力は弱く、自由の名の下に値段競争させれば、共倒れしかねない。 かといって、あまりに保護し過ぎると物価の高騰と品質の劣化を招く恐れがある。
産業の育成に必要なのは、自由と保護のバランスだ。
尚、今のところエルキュールは保護に天秤を傾けている。
「まあ、他にも二人に取り組んで欲しいものはあるが……今のところはこれで良いか。これから、宜しく頼むよ」
「「は!!」」
二人は深々と、エルキュールに頭を下げた。
尚……シャイロックとアントーニオは名前からお察しの通りとても仲が悪い。
二人を同時に採用したのは……
二人を競わせ、そして互いに監視させるために他ならない。
……異教徒と異邦人を無策で国政に関与させるほど、エルキュールは無警戒な人間ではないのだ。
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