第4話 Divide et impera
「陛下……何で淫売女がいるんですか!!」
「ペチャパイ……」
「誰がペチャパイですか!! 私はCカップです!! 貧乳じゃありません」
「誰の、とは一言も言って無い」
「お前ら、顔を合わせた直後から喧嘩をするな」
エルキュールは頭を抱えた。
タウリカ半島での最後の戦闘が終わった翌日の夜、エルキュールは自室にカロリナとルナリエの二人を呼んだ。
二人とも、エルキュールに抱かれるものだとばかり思ってやって来てみれば、気に食わない相手と鉢合わせした、というわけだ。
「俺がお前たち二人に求めることは一つ、仲良くしろ」
「……嫌です」
「無理」
二人は同時に首を横に振った。
こういうところでは、気が合うようである。
「よし、分かった。とりあえずカロリナ。お前の方から言い分を言え」
「……私が一番許せないのは陛下とそこの女が男女関係になった
エルキュールは思わず目を逸らした。
それを言われれば、エルキュールは何も言えない。
「過ぎてしまったことです。これはこの際、どうでも良いです」
「じゃあ、何だ?」
「この女が陛下のことが好きじゃない、愛していない。だから嫌なんです!」
カロリナの言い分は以下の通りである。
自分はエルキュールのことを愛している。当然、独占したい。だがエルキュールは皇帝である。皇帝である以上、自分以外の女性とも結婚し、子供を産まなくてはならないだろう。
それに妾も作って、
それにエルキュールほどのイケメンで、英雄となれば複数の女性に言い寄られるのは当然であり、自分はエルキュールを独占できるような器であるとは、思えない。
だから妻が増えることに関しては、当然認めるし、仲良くする気はある。
だが……
「陛下のことを愛していて、陛下のことを一番に考えている私と、陛下のことを全く愛していなくて、自分の国のことしか考えていない女。同列に扱われるのは理解できても、感情的に納得できません!」
「だがな、これは政略結婚で……」
「妻は夫に従属するべきであり、夫のことを一番に考えるべきです。私は父が―あくまで仮にですが―反乱を起こしたら、剣を持って父の首を斬ります。ですが、この女はハヤスタン王国と陛下ならば、絶対にハヤスタン王国を選びます」
カロリナはルナリエを指さしてエルキュールに訴える。
「ええ、政略結婚だというのは分かっています。ハヤスタン王国へ利益誘導をするのは当然でしょう。しかし、あくまで最優先は皇帝陛下であり、レムリア帝国であるはずです。無礼を承知で、忠言させて頂きます。この女は飼い殺しにするべきです。この女はハヤスタン王国のためならば、すぐにでも陛下を裏切って、その日あったばかりの男に股を開き、靴裏を舐めるような、売女です!信用出来ません!!」
(なるほど、正論かもしれんな)
エルキュールは勝手に、カロリナはルナリエのおっぱいが憎いから反発しているのだと、思っていたが……カロリナにはカロリナの、筋の通った言い分があったというわけだ。
エルキュールも一理ある、と思ってしまうほどカロリナの言い分は決して間違ってはいなかった。
「だが、カロリナ。ルナのハヤスタン王国のためならば自分の身を犠牲にする、という姿勢は政治家として、武人として評価できるんじゃないか?」
「……それは、まあ……確かにそうですけど……ですが、それでも危険なのは事実です!」
どうやら、カロリナは『ルナリエ個人』にそこまで反感を抱いているわけではないようだ。
その国を思う心、愛国心に対しては評価しているようである。
これならばまだ和解させようがある。
エルキュールは胸を撫で下ろしてから、ルナリエに尋ねる。
「お前がカロリナに反発する理由は?」
「……別に反発してない。そのペチャパイが私に突っかかってくるから……」
「お前ほど賢明な人間なら、その『ペチャパイ』という挑発が国益に反することくらい分かると思うがな」
エルキュールに指摘され、ルナリエは思わず眉を顰めた。
図星だったからだ。
ルナリエはエルキュールだけではなく、カロリナに対しても仲良くすべきなのだ。
「私は……その……」
ルナリエは少し言い淀み、目を右往左往させてから……
「余裕が無かった、かもしれない」
ルナリエの返答にカロリナは首を傾げたが……
エルキュールは何となく、ルナリエの言いたいことが分かった。
要するに、精神的に追い詰められていた。
ということである。
ルナリエはまだ十八歳であり、十七歳のエルキュールやカロリナと一歳しか年が変わらない。
十八歳と言えば、日本ならば高校三年生か大学一年生くらい(まあ、浪人したり働いているかもしれないが)の年で、ようやく選挙権が与えられる程度である。
いくら大人びているとはいえ……
周囲は全員、自分のことを好ましく思わない人間ばかり。
慣れない気候と風土。
風味が全く違う食事に、ナイフやフォークを代表する、慣れない食事マナー。
そして自分の双肩にハヤスタン王国の存亡が掛かっているという、プレッシャー。
加えて、自分が寝取ってしまった男性の婚約者に『淫売』だ『売女』だと、罵られ続ければ……
まあ、精神的に疲弊するのは当然だ。
精神的に疲弊した場合、人間は二種類いる。
弱気になるタイプと、攻撃的になるタイプ。
ルナリエは後者だった、というわけだ。
エルキュールは優しくルナリエを抱き寄せた。
「済まないな。俺が気を付けておくべきだった」
「……別にあなたに心配される筋合いはない」
と、良いながらもルナリエはエルキュールの胸板に頭を預けた。
今まで抑えてきたものが溢れ出てきたのか、涙こそ流さないものの、暫くの間エルキュールに体重を預ける。
そんなルナリエの長い耳に、エルキュールはそっと囁き返す。
「カロリナを許してやってくれ。お前が巨乳で美人だから、ちょっと余裕が無いんだ。お前はカロリナよりも大人だし、それくらい分かるだろ? カロリナの言うことはあまり気にせず、柔らかく接してやってくれ」
「……分かった」
精神的な余裕が戻ったからか、それともカロリナよりも自分が大人だと言われたのが気分が良かったからか、ルナリエは小さく頷いた。
そしてエルキュールはルナリエから離れて……
「まあまあ、カロリナ。そんなに膨れた顔をするな。お前も、ギュッとしてやろう」
「べ、別にして欲しいだなんて頼んでません!」
とは言うが、やはり欲しかったようでカロリナはあっさりとエルキュールの腕の中に収まった。
エルキュールはカロリナの頭を優しくなでながら、ピクピク動く耳に囁きかける。
「もう少し、ルナリエに優しく接してやれ。分かっただろ? ルナリエはああ見えて、繊細な女の子だ。傷つきもするんだよ。お前が思ってるほど、酷い悪女じゃない。俺が一番愛しているのはカロリナだ。俺の愛しているカロリナは、どんな相手にも優しくできるいい子だったはずだ」
「……ずるいですよ、その言い方は」
と、良いながらもカロリナは小さく頷いた。
そしてカロリナから離れたエルキュールはパンッと手を叩いて……
「さあ、仲直りだ。握手して謝るんだ」
エルキュールに促されて、ルナリエとカロリナは握手を交わす。
しかし……どちらが先に謝るか、謎の心理戦を始める。
「……あなたから」
「いえ、あなたからどうぞ」
「……あなたが先にすべき」
「偉そうですね……」
「それはこちらのセリフ」
「売女……」
「ペチャパイ……」
再び険悪な雰囲気になる。
エルキュールは溜息をついて……
「キャッ!!」
「っんぁ……」
カロリナとルナリエの胸を揉む。
二人は揃って声を上げた。
「カロリナの方が声が大きかった。お前から謝れ」
「……分かりました」
エルキュールに命じられて、カロリナはルナリエを気まずそうに見ながら……
「……言い過ぎました。ごめんなさい。私も……別にあなたが陛下を裏切らないうちは、あなたと敵対する意思はありません。それにあなたの……自国を思う気持ちは共感出来ますし、高く評価しています。仲良くしましょう」
「……分かった」
ルナリエは小さく頷いた。
そして自分の胸を先程から揉み続ける、エルキュールの手に急かされるようにルナリエもカロリナに頭を下げる。
「……大人げなかった。あなたが私に悪態をつくのは……経緯を考えれば当然。私も悪かった。確かに私はハヤスタン王国の国益を重視しているけれど……陛下を裏切るつもりはない。そんなことをすれば、誰からも信用されない。一蓮托生のつもり。だから……あなたとは仲良くできるはず。……仲良くしよう」
辺りの空気が、心なしか柔らかくなる。
エルキュールは満足気にうんうんと頷いた。
まだ二人は完全に打ち解けたわけではないが、一先ずいがみ合いはやめたようだ。
まあ、エルキュールとしては二人が仲良過ぎるのはそれはそれで都合が悪い。
分割し、統治せよ。
共和制ローマは征服した諸都市を、植民市、自治市、同盟市に分けて統治することで諸都市の団結を防ぎ、見事に統治した。
大英帝国はインドのイスラーム教徒とヒンドゥー教徒を対立させ、見事に広大なインド亜大陸を支配下に置いた。
成功した先例は見習うべきだろう。
エルキュールも、カロリナとルナリエには分割統治で挑むつもりでいた。
あくまで自分の優位は崩さない。
「よし、二人とも仲良くなったところだし……実は今までやりたかったことがあるんだけど、俺の頼みを聞いてくれるかな?」
「何ですか?」
「何?」
エルキュールはカロリナとルナリエの肩を抱いて言った。
「ほら……二人一緒に、ってのをやってみたかったんだよ」
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先日は謝って二章の四話を投稿してしまいました
現状、なろう版をコピペする形で投稿しているので、致命的なミスをすることがあるかもしれません
前後の話で何か、大きな違和感を覚えたら教えて頂けると幸いです
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