第27話 凱旋式

 レムリア帝国が強大な軍事力を持ち、世界各地を侵略し、そして蛮族の侵入を防いでいた全盛期。


 そしてレムリア帝国の軍事的優位が崩れ、各地を蛮族に侵略され、東西に分裂するまで落ちぶれた現在の衰退期。




 普通に考えれば、凱旋式の回数は全盛期が多くなり、衰退期が少なくなる。




 が、しかし実際には衰退期になってから凱旋式は多発するのである。




 何故か?


 それは全盛期では、凱旋式を執り行うのに及ばないと思われるような小さな軍事的勝利……山賊討伐、反乱軍討伐などでも、凱旋式が行われるようになったからだ。


 つまり、凱旋式が勝利を祝う式ではなく、国威発揚のための儀式と化したのである。




 さて、エルキュールは今まで三回の凱旋式を執り行っている。




 一回目はダリオスに勝利した時。


 二回目は弟、ハドリアヌスを打ち破った時。


 そして三回目はトラビゾス公国を征服した時。




 さて……実はこの三つの勝利は、全盛期のレムリア帝国の感覚では凱旋式を執り行うには少々、小さすぎる勝利であった。




 ペロソニア傭兵団領、トラビゾス公国などは(全盛期レムリア帝国からすれば)吹けば飛ぶような小国であり、反乱軍討伐などはそもそも反乱を起こされたことが恥じなのだから、凱旋式など執り行わないのが常識だ。




 そして……


 これからエルキュールは四回目の凱旋式を執り行う。




 ファールス王国への勝利、ハヤスタン王国の保護国化、多額の賠償金に略奪した宝物、そして先の戦争で奪われた軍旗、国宝の奪還……


 これらは真の凱旋式を執り行うに、足るだろうか?




 答えは……




 


 イェス。




 ファールス王国はレムリア帝国に匹敵する、いやそれ以上の軍事大国。


 そのファールス王国を打ち破ったのだ。




 レムリア帝国を建国したハゲも、これは拍手で褒めたたえるだろう。


 よくやった、と。




 斯くして……


 凱旋式が始まる。










 「「皇帝陛下、万歳!! 皇帝陛下、万歳!!」」




 市民たちの大歓声の中、パレードは続く。




 白馬の四頭立ての馬車に乗ったエルキュールを先頭に、周囲を将軍たちが囲み、そしてその後をエルキュールと共に戦った戦士たちが続き、次にたくさんの棺の群れ……戦死してしまったが、しかし確かにエルキュールと共に戦い、そして凱旋の名誉を受けて然るべき者たちが続く。




 そして最後にエルキュールが獲得した略奪品、戦利品を乗せた馬車が誇らしげに、首都の大通りを行進していく。




 戦利品の中にはカワードを始めとする、捕虜となったファールス王国の将軍、兵士たちの姿もあった。




 楽隊が随行して華やかな音楽を奏で、官僚たちが予め用意していた花弁を建物の上から降らせ、パレードを華やかに彩る。




 パレードの終着点は、大競馬場である。


 そこではエルキュールは手に箱を持ち、馬車から降りて、地面に足を付ける。




 その後ろに高位の将軍たち……ガルフィス、エドモンド、カロリナ、ダリオス、オスカルが続く。




 そして彼ら、将軍たちはエルキュールが数歩歩く旅に耳元に囁きかける。




 「死を想起せよメメント・モリ」


 「死を想起せよメメント・モリ」


 「死を想起せよメメント・モリ」




 今、あなたは絶頂にあるかもしれないが、明日もそうであるか分からない。


 人はいつか死に、朽ち果てる。それを思い起こし、決して驕ってはならない。




 そう勝者に戒めるのである。




 そうして大競馬場に一行は辿り着く。


 観客席は溢れんばかりの市民たちで、埋めつくされており、そしてルーカノスやクリストス、トドリス、そして幾人もの高官の家臣たちがエルキュールたちを出迎える。




 そしてエルキュールの後ろに付いてきた、ガルフィス、エドモンド、カロリナ、ダリオス、オスカルたち、そして大競馬場で待ち構えていた家臣たちが一斉にエルキュールに跪く。




 そして、一斉に唱える。




 「「皇帝陛下、万歳!皇帝陛下、万歳!神が我らに与え給うた、我らが皇帝よ、万歳!!」」


 「「我らが皇帝に、神のご加護を!!」」


 「「レムリア帝国に神のご加護を!! レムリアよ、永遠なれ!!」」




 「「神は我らと共にあり、神は我らと共にあり、神は我らと共にあり!!」」




 そしてそれを合図に、静まり返っていた市民たちも一斉に唱える。




 「「皇帝陛下、万歳!皇帝陛下、万歳!神が我らに与え給うた、我らが皇帝よ、万歳!!」」


 「「我らが皇帝に、神のご加護を!!」」


 「「レムリア帝国に神のご加護を!! レムリアよ、永遠なれ!!」」






 「「「神は我らと共にあり!! 神は我らと共にあり!! 神は我らと共にあり!! 神は我らと共にあり!! 神は我らと共にあり!! 神は我らと共にあり!! 神は我らと共にあり!!神は我らと共にあり!!!」」」
















 「よく来てくれた、ティトゥス。実はあなたに頼みがあってな」


 「皇帝陛下から、私に頼み……でしょうか? 何なりと」




 凱旋式の翌日、エルキュールは実兄であるティトゥスを呼び出した。


 ティトゥスは不思議そうな表情を浮かべている。




 「メイド服ですか?」


 「いや、まあ……そっちも新作を楽しみにしているのは事実だが……ああ!! そうか、ルナリエのメイド服を作らなくちゃいけないじゃないか!! 思い出した!! ……後で、スリーサイズを教えるから、あいつに似合うのをデザインしておいてくれ」




 そしてニヤニヤとエルキュールは笑みを浮かべる。




 ルナリエに嵌められた恨みを、エルキュールは忘れていなかった。


 あの澄ました顔が、恥辱で赤くなる姿を想像するだけで気分が良い。




 メイド服だけでなく、バニーガール、ナース、踊り子、チャイナドレスと、着せなくてはならない物がたくさんある。




 と、まあそれはさておき……




 「まず一つ、ノヴァ・レムリア大聖堂の修築……いや、立て直しだ。もう、あれはいつ倒れてもおかしくない」




 ノヴァ・レムリア大聖堂。


 ノヴァ・レムリア総司教座が置かれた、ルーカノスの職場であるこの大聖堂は立てられてからすでに数百年が経過している。




 もともと、技術的に限界ギリギリの大きさで設計されたため……この大聖堂の耐久性は疑問符が浮かぶ。




 実のところ、ルーカノスから「傾いている」「ときおり、変な音がする」などという訴えが来ているため……


 おそらく、地震の一つ、火事の一つでも起こればあっという間に崩壊するだろう。




 そもそもだが、アレクティア勅令の際にエルキュールはレムリア帝国の正統派の聖職者にかなり妥協して貰った……つまり恩がある。




 そろそろ、恩を返さなくてはならない。




 それがノヴァ・レムリア大聖堂の立て直しであった。




 「私の知る限り、あなたはこの国最高の建築家であり、芸術家だ。できるな?」


 「お任せを! 建築史に残る、最高の聖堂を立てて見せましょう……ところで予算ですが……」


 「限度はあるが、多少高くついても構わない。その代り、素晴らしいものを作って欲しい」


 「はい!」




 賠償金に加え、専売事業、税制改革、農業生産力上昇による税収増加でレムリア帝国の国庫には余裕があった。


 大聖堂を立てる費用は、捻出できる。




 「それともう一つ、凱旋門を立ててくれ。……レムリア史上、一番大きい奴だ」


 「はあ……構いませんが……」




 エルキュールという人間は、さほど欲はないが虚栄心がかなり強い。


 そんなエルキュールは、実は戦勝記念の『凱旋門』の建築をいつか立ててみたいと考えていた。




 それも、出来れば史上最大規模の大きさの凱旋門を。




 金の無駄遣い?


 賠償金も税収増加も、俺のおかげだ。文句は言わせない。




 というのがエルキュールの主張である。




 まあ、少なくとも現状のエルキュールに文句をつけられる人間はいない。




 エルキュールは君主の中では比較的、無駄遣いしない方である。


 これだけ戦争で大勝利を上げ、その上財政の立て直しや宗教問題の解決等、様々な成果を上げてきた皇帝に対して、その程度のことで目くじらを立てる人間は一人もいなかった。




 ……それに観光名所にもなるし。




 「ただ、凱旋門の近くに慰霊碑も一緒に作って欲しい。この戦争で死んだ兵士は無論、ダリオス戦争やハドリアヌスの乱、トラビゾス戦争、そしてこれから起こる戦争で死ぬであろう、兵士の名前を刻み込む慰霊碑だ」




 「……となると、それなりの広さが必要になりませんか?」




 「ああ、だからこの凱旋門と慰霊碑と一緒に、新しく公園を作ろうと思う。その公園を中心に、新市街地を建設する。これから増大するであろう、人口を支えるために」




 ノヴァ・レムリア市への人口流入は以前として続いている。




 ノヴァ・レムリア市は計画都市であり、昔のレムリア帝国の首都であるレムリア市の都市環境が大変悪かったことの反省から、余裕を持って作られている。




 そのため、公園を作る空間の余裕は十分にある。




 「公園も含めて、設計はティトゥスとティトゥスのお友達の芸術家に一任する。設計と、必要な費用の見積りが出来たら、教えてくれ」




 そう言ってエルキュールは立ち上がる。


 他にもエルキュールにはやらなくてはならないことがあるのだ。




 特に属国となったハヤスタン王国の外交、内政や……


 まだ終わっていない、ファールス王国からの賠償金の支払いや、捕虜・軍旗の返還などだ。




 戦後処理も含めて、戦争である。




 「あ、そうそう……メイド服も忘れずにね?」


 「分かっていますよ……」




 ティトゥスは苦笑いを浮かべた。










 後に、『凱旋門』と『慰霊碑』、『公園』建設のことを聞いたルナリエはエルキュールのことをこのように評した。




 「果たしてエルキュールという男が、『凱旋門』を立てるついでに『慰霊碑』を立てようとしているのか、『慰霊碑』のついでに『凱旋門』なのか、それとも『公園』が本命なのかは分からない。




 それに兵士の心を思って、『慰霊碑』を作ろうとしているのか、それとも兵士の遺族からの不満を逸らし、そして死を美化して士気を上げるために『慰霊碑』を立てようとしているのか、どちらが本当の目的なのかも、彼の心を覗かない限り、分からない。




 ただ一つ、唯一言えることがある。




 こういう細かいところに気配りが出来るからこそ、彼は国民や兵士から支持されているのだろう。




 人が嫌がることをする、人を不幸にする天才は、人が喜ぶことをする、人を幸せにする天才を兼ね得るのだ。




 人の心を読む能力、それが君主にもっとも必要な才能なのだろう」






____________


ちょっとしたオマケ






レムリア軍の強さの秘訣




1 厳しい訓練


2 異常に早い進軍速度


3 (常備軍であるため)士気が高い


4 (全員が敬虔な正統派メシア教徒であり、かつ死は名誉であるため、)死を決して恐れない


5 強固な組織


6 それを支える優秀な下士官


7 鉄の規律


8 優秀な将軍


9 総司令官であるエルキュール


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