第24話 アパティアの戦い 急

 「閣下!! 右翼が崩壊しております!! すでに敵の攻撃が中央に及び、甚大な被害が出ております!!」


 「っぐ……まさか、右翼が突破されるとは……」




 カワードは頭を抱える。


 決してカワードが右翼に送った将軍は無能ではない。




 平凡ではあるが、それなりに優秀な男だった。


 同数同士の戦いならば、多少質の差があったとしても十分に持たせられるだけの実力がある将軍のはずだった。




 しかし……




 「俺としたことが……レムリア軍の練度を見誤った? いや……見誤ったのは将の実力か。まさか、レムリアの人材の層がこれほど分厚いとは……」




 自分がもう一人いれば……


 カワードは溜息を付く。




 カワードならば右翼を持たせることは可能だった。


 オスカルに敗北することはなく、レムリアの攻撃にも十分に耐えられただろう。




 もしくはシャーヒーンがもう一人居れば……


 そうすればカロリナ、エドモンドの二人を圧倒して騎兵で側面を突くことが出来たかもしれない。




 あるいはもう少し、歩兵の質が……いや、行軍で疲弊していなければ……


 騎兵がもう少し数があれば……




 あとほんの少し、ほんの少しでカワードは勝てた。


 だが、勝ちを拾うための駒が……どうしても足りなかった。




 それがカワードの敗因だった。




 「せめて陛下がいらっしゃれば……」




 カワードは自分の主君である、ササン八世を思い浮かべる。


 ササン八世ならば、エルキュールの小細工を見抜いたであろう。




 そして自分を上手く、使ってくれたはずだ。


 しかしササン八世はここにはいない。




 今、頼れるのは自分だけだ。




 「……撤退する。全軍に撤退命令を出せ。お前が兵を率いて撤退しろ。俺は殿をする」


 「……分かりました」




 カワードの副官は静かに頷き、撤退の準備をさせる。


 一方、カワードは溜息を付いてから……




 「一先ず、兵士を無事に返してやらねばならんな」




 そう呟いてから、僅かな兵を率いてレムリア軍に立ち向かう。


 すでにオスカル率いるレムリア軍左翼は回転扉のように、ファールス軍中央に達していて、レムリア軍中央と共にファールス軍中央を挟み撃ちにしていた。




 そしてレムリア軍右翼を率いるダリオスは、動揺が広がり足並みが崩れたファールス軍左翼に猛攻を加えており、こちらも崩壊寸前だ。




 カワードは一瞬の判断で、中央はもはや助からないと考えてファールス軍左翼の立て直しのために、僅かな手勢を率いて混乱の渦中に飛び込んだ。




 「フルカス!!」




 槍と老獪の大精霊『フルカス』をカワードは召還した。


 そして馬に乗り、槍を自在に振るってレムリア兵を倒していく。




 「踏みとどまれ!! 背中を見せたら死ぬぞ!!」




 兵士を鼓舞しながら、何とか前線を維持する。


 副官が後方の兵をまとめ上げ、撤退するまでの時間を稼ぐためだ。




 声を張り上げながら、槍を振るっていると……カワードの目に一人の男が移る。




 『黒豹』のダリオス。




 自分と一進一退の攻防をしてみせた、エルキュールの腹心の部下の一人。




 「ダリオス!!!」




 カワードは馬の腹を蹴り、レムリア兵を蹴散らしながら前線まで出てきたダリオスに突撃する。




 「一騎打ち、か……最近はあまりしていないが……まあ、良いだろう」




 自分のところに突っ込んでくるカワードを見て、ダリオスはニヤリと笑みを浮かべる。


 先程から吸っていた、大麻の煙管を地面に捨て、全身に魔力を送る。




 ダリオスの目が赤く染まり、毛が逆立ち、筋肉が膨れ上がる。


 長い犬歯が鋭く伸び、牙に変化していく。


 爪は長く、鋭く、固く変化する。




 顔つきは人間のモノとは変わり、豹に近づいていく。




 『獣化』




 精霊術が長耳族エルフの切り札であるとするならば、ダリオスのような獣人族ワービーストの切り札はこの『獣化』だ。




 もっとも、長耳族エルフの『精霊術』のように使い手によって同じ『獣化』でも全く引き出せる力が違うが……




 一時的に体を動物に近い形に変化させることで、五感や身体能力を爆発的に上昇させる。


 瞬間的な身体能力は長耳族エルフをも上回る。




 欠点があるとすれば、一時的に知能が低下することとあまり長時間、そして『深い』獣化をすると、人間に戻れなくなってしまうところか。




 「行くぞ!!」




 ダリオスは馬の腹を蹴る。


 馬は力強く、地面を蹴った。




 馬を始めとする、獣の能力をより引き出すことができる、というのも『獣化』の能力の一つである。


 魔力を馬に送り込み、馬の身体能力も強化することができるのだ。




 もっとも、あまりやり過ぎると馬が死んでしまうが。




 「覚悟!!」


 「死ね!!」




 ダリオスの爪と、カワードの槍がぶつかる。


 一撃でダリオスの爪が砕け散る。




 「我が槍……最上位武器精霊『フルカス』は如何なるものも、貫き通すことが出来る。例え、どんなに固い金属だろうと、実態のない魔力であろうと……そして金属よりも固い獣人族ワービーストの爪であろうとも!!」




 さらに続けざまに、カワードは槍を振るう。


 カワードの槍がダリオスの心臓に……




 「っぐ……」




 カワードが呻き声を上げ、落馬する。


 その背中には矢が突き刺さっていた。




 ダリオスは驚いて、周囲を見渡す。


 すると……


 遠方に矢を番えている、エルキュールの姿が目に飛び込んできた。




 ダリオスと目を合わせたエルキュールは、ウィンクを飛ばす。


 貸し一つ、だぞ?




 とでも言いたげだった。




 「……助かりましたよ、陛下」




 ダリオスは溜息混じりに、獣化を解く。


 やはり慣れないことをするべきではない。




 ダリオスはカワードの首を掴み、掲げる。




 「敵将は捉えた!! 降伏せよ!!」




 これにより、ファールス軍歩兵は完全に士気を失い、大部分がレムリア軍に降伏した。












 「どうする? まだやるかね、シャーヒーン殿」


 「……ふん」




 ファールス軍の歩兵部隊が完全に崩壊し、もはや戦局を覆すことが出来なくなた段階でシャーヒーンは踵を返した。




 「いつか、この勝負の決着を付けさせてもらうぞ?」


 「そうだな、次はまともに戦えると嬉しいよ」




 シャーヒーンは騎兵を率いて、戦場から離脱する。


 シャーヒーンが撤退したことで、カロリナ・エドモンドと対峙していたファールス騎兵もまたシャーヒーンの後を追うように戦場から去った。




 斯くして、レムリア軍の勝利は確定した。










 『アパティアの戦い』




 交戦勢力 レムリア帝国・(ハヤスタン王国)VSファールス王国




 レムリア帝国




 主な指揮官……エルキュール(・ユリアノス)一世、ダリオス・レパード、オスカル・アルモン、ガルフィス・ガレアノス、カロリナ・ガレアノス、エドモンド・エルドモート、(ルナリエ・アルシャーク)。




 兵力 歩兵二個軍団 二四〇〇〇


     重装騎兵六個大隊 七二〇〇


     弓兵六個大隊 七二〇〇


     軽騎兵一個大隊 一二〇〇




     合計 約三九六〇〇




 損害 歩兵 約二〇〇〇        残存 歩兵 約二二〇〇〇


     重装騎兵 約二〇〇〇         重装騎兵 約五二〇〇


     弓兵 約二〇〇              弓兵 約七〇〇〇


     軽騎兵 約四〇〇            軽騎兵 約八〇〇




     合計約四六〇〇            合計 約三五〇〇〇






 ファールス王国




 主な指揮官……カワード・カルディンティナ、シャーヒーン・シャルルカン。




 兵力  歩兵 約二六〇〇〇


    重装騎兵カタフラクト 約三〇〇〇


    中装騎兵クリバナリウス 約七〇〇〇


     軽騎兵約二〇〇〇


     クロスボウ部隊 約四〇〇〇




      合計 約四二〇〇〇




 損害   歩兵 約二一〇〇〇(逃亡六〇〇〇、死者五〇〇〇、降伏一〇〇〇〇)


    重装騎兵カタフラクト 約七〇〇


    中装騎兵クリバナリウス 約一三〇〇


     軽騎兵 約三〇〇


     クロスボウ部隊 約二〇〇〇(死者一〇〇〇 降伏一〇〇〇)




      合計 約二五三〇〇




 残存 歩兵 約五〇〇〇


     重装騎兵カタフラクト 約二三〇〇


    中装騎兵クリバナリウス 約五七〇〇


     軽騎兵 約一七〇〇


     クロスボウ部隊 約二〇〇〇




    合計 一六七〇〇




 結果 レムリア帝国の勝利


 影響 レムリア帝国のハヤスタン王国、属国化が確定。東方方面の国境安定。


 歴史的意義 数百年振りにレムリア帝国(メシア教)がファールス王国(聖火教)に勝利。


          エルキュール帝の権威、上昇。


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