第23話 アパティアの戦い 破
「「神は我らと共にあり、神は我らと共にあり、神は我らと共にあり、神は我らと共にあり!!」」
「「我らに神の御加護を!! 我らに勝利を!! 我らに神の御加護を!! 我らに勝利を!!」」
アパティアの戦いは最初、レムリア軍のロングボウ部隊の一斉射で始まった。
クロスボウ部隊の射程距離を遥かに超える、二百メートル以上離れた位置から矢を雨のように浴びせたのだ。
「な! ば、バカな……あの距離から矢が届くだと?」
「ふふん、どうだね、我が国の新兵器は」
レムリア軍の放つ矢はあっという間にファールス軍のクロスボウ部隊を駆逐していく。
「クソ、クロスボウ部隊を下がらせるか……歩兵、前へ!」
カワードはこのまま撃ち合いをしていても、一方的にやられるだけと判断してクロスボウ部隊を後方に移動させ、歩兵を前進させた。
その動きを見たエルキュールもまた、ロングボウ部隊に矢を撃たせながら撤退させ、そして歩兵を前に出す。
最初に激突したのは、カワード率いるファールス左翼とダリオス率いるレムリア右翼である。
双方、陣形から出っ張っているので自然と先に衝突したのだ。
「今ここで、勝ってしまっても良いよなあ? 陛下」
ダリオスはニヤリと笑みを浮かべ、巧みな指揮でファールス左翼を押し込んでいく。
精鋭であるレムリアの歩兵を右翼に集中し、左翼を強引に撃破する。
エルキュールの作戦その一だ。
しかしカワードも負けていない。
「さすが、世に名高いダリオス殿だ。しかし……私も『ササン八世の槍』と言われた将軍だ。そう易々と突破させない」
弱兵であり、槍の長さでもレムリアに劣り、その上連日引きずりまわされて疲弊しているファールスの歩兵だが……
カワードの巧みな指揮により、辛うじてダリオスの猛攻を防ぐ。
これにはダリオスも関心の声を上げる。
「へえ……やるねえ。じゃあ……こいつはどうかな?」
ダリオスは最右翼のハルバード部隊に号令を送る。
すると、ハルバード部隊が一個の生き物のように動き、ファールス左翼の左側面の攻撃に移る。
※レムリア右翼(ファールス左翼)の図
↑(押し込まれるファールス軍)
□□
□□□□□●
□■■□□● ←
■■■●●● ↑
→→
↑(押し込むレムリア軍)
力で押し込めなかったら、ハルバード部隊で側面攻撃せよ。
エルキュールの作戦その二だ。
並みの将軍と兵士では不可能な動きだが、しかし精鋭であるレムリア歩兵とダリオスの実力をエルキュールは信じたのだ。
そしてその期待に応え、見事側面に周り込んだ。
しかし……
「その手は予想済みだ。……最左翼にはできるだけ、強い兵士を優先して配置し、そして側面に周り込まれた時には対応するように、指示を出しておいた」
予め、側面に周り込まれる。
と分かっていれば対処のしようはいくらでもある。
ダリオス、カワードの指揮能力はほぼ互角。
斯くして、レムリア右翼とファールス左翼の動きは膠着した。
一方、その頃エドモンド、カロリナ率いるレムリア左翼騎兵とファールス右翼騎兵の騎兵は激しい死闘を繰り広げていた。
「エリゴス!!!」
カロリナの剣が次々とファールス騎兵を斬り裂いていく。
如何なる鎧を身にまとっていても、カロリナのエリゴスで斬れないモノはない。
しかし……
数が多かった。
レムリア軍左翼騎兵とファールス軍右翼騎兵の兵力差は二倍以上あるのだ。
「アンドロマリウス!!」
エドモンドも次々と敵から武器や防具を奪い、剣を振って敵を切り裂いていく。
カロリナ、エドモンドの活躍によりレムリア騎兵は辛うじてファールス騎兵と戦えていた。
ある程度戦うと、二人は目配せして踵を返す。
よく訓練された騎兵は、二人の後を追って反転し、逃げるように撤退する。
それをファールス騎兵が追い、追いつかれそうになった瞬間にレムリア騎兵が反転し、再び戦う。
エドモンドとカロリナがエルキュールから与えられた役割はたった一つ。
騎兵を戦場から排除することだ。
勝てとは一言も言われていない。
つまり時間稼ぎさえ出来れば良いのだ。
尚、レムリア帝国の
その分、機動力が失われるため今回のような戦い方には適さない。
だから最低限の鎧以外は外し、身軽な形で戦っていた。
軽量化した
ある程度戦ったら、再び退却。
エドモンド、カロリナはこれを何度も繰り返し、時間稼ぎに徹していた。
一方、レムリア軍右翼騎兵率いるガルフィスとファールス軍左翼騎兵率いるシャーヒーンはエドモンドやカロリナを上回るほど、激しい戦いをしていた。
「アモン!!」
灼熱の炎を纏ったガルフィスの槍が、シャーヒーンに襲い掛かる。
ガルフィスの固有魔法『神速Ⅱ』と『金剛力Ⅲ』、そして血統魔法である『我が剣は皇帝の為に』、さらに炎と予知の大精霊『アモン』の合わせ技。
普通の人間ならば、一撃で吹き飛び、消し炭になる。
だが……
「クロセル!!」
氷に覆われたシャーヒーンの大剣が、ガルフィスの槍を弾く。
氷と炎がぶつかり、水蒸気の霧が発生する。
氷と学問の大精霊『クロセル』。序列四十九位、地位は公爵。
シャーヒーンの契約精霊である。
またシャーヒーンもガルフィスと同様に複数の魔法を重ね掛けしており、互いの速度、腕力はほぼ互角。
『ササン八世の剣』シャーヒーンと『猛火』のガルフィス。
勝敗は付かない。
だが……ガルフィスの目的は勝敗を付けることではない。
シャーヒーンを足止めし続けることだ。
ある程度戦うと、やはりガルフィスは踵を返して撤退する。
それをシャーヒーンは追う。
仮にシャーヒーンがガルフィスを無視して、レムリア軍歩兵の側面を攻撃しようと、方向を転換すれば……
すぐさまガルフィスが反転して、シャーヒーンたちの脇腹を殴りつけに来る。
それが分かっているからこそ、シャーヒーンはガルフィスを追い、倒さなければならない。
「止まれ! ガルフィス・ガレアノス!! いつまでも逃げるな!!」
「ああ、分かったよ。シャーヒーンよ!!」
再びガルフィスは逃げるのをやめて、シャーヒーンと戦いを始める。
それを合図に、レムリア軍騎兵とファールス軍騎兵の戦いも始まる。
「できれば、このような戦い方ではなく、正面から堂々と戦いたいモノだ!!」
ガルフィスの渾身の一撃。
しかしシャーヒーンはそれを防いで見せる。
「ならば逃げなければよかろう!!」
そして反撃、神速の斬撃をガルフィスに放つ……
が、ガルフィスはそれを避けて見せる。
「ふん! まさか、一対一の一騎打ちをしてくれるというわけではあるまい? 数の差で寄ってたかって殺すつもりだろうに!!」
「当たり前だ! それが戦争というもの!」
ガルフィス、シャーヒーンの一進一退の攻防は続く……
その頃、エルキュールは額に汗を掻きながら、中央を指揮していた。
(両翼はまだ持っている……が、どれだけ持つか分からん。ダリオスの敵左翼への攻撃は失敗……正面からの力押しも、ハルバード部隊の機動力で周り込む作戦も失敗……)
すでにエルキュールが用意した、三つの策のうち二つが不発に終わっている。
もはや、最後の一つに賭けるしかない。
(……全く、どこぞの女のせいでこんな綱渡りの戦いを強いられるとは)
しかし、エルキュールの表情には笑みが浮かんでいた。
エルキュールは楽しんでいたのだ。
このギリギリの状況を。
大勝利と大敗北の綱渡りを。
「……第一大隊、あと三歩下がれ。第二大隊はあと二歩、第三大隊、下がり過ぎだ。一歩前へ」
絶妙な指揮で、エルキュールは少しずつ中央の歩兵を後退させていた。
隊列が崩れないように、敵が違和感を覚えない程度に。
少しずつ、少しずつ……
そして……
「……オスカルに伝えろ。中央の準備は整った。後はお前の判断でやれと」
エルキュールからオスカルの元に、伝令の馬が走った。
「……なるほど、分かった。陛下には必ず勝利を齎すとお伝えしてくれ」
オスカルは伝令兵にそう言ってから、指揮に戻る。
激戦が繰り広げられている、両翼の騎兵。
そしてレムリア軍右翼ダリオスとファールス軍左翼歩兵カワードの攻防。
中央歩兵の駆け引き。
オスカルの指揮するレムリア軍左翼歩兵と、ファールス軍右翼歩兵との戦いはそんなものとは無縁の、穏やかなものであった。
当然だろう。
この戦いの主戦場は(レムリア軍から見て)右翼歩兵と両翼の騎兵だからだ。
誰もが布陣図を見れば、そう思う。
……そう、そう思わされてしまう。
エルキュールが左翼ではなく右翼に兵力を集中させ、そして左翼には無名なオスカルを、右翼には有名なダリオスを配置したのは……
右翼に戦力を送り、右翼で決着をつけるため……ではなくカワードの意識を右翼に逸らすためである。
マジシャンは右手を上げるのは……客の意識を右手に集中させるため。
右手には種も仕掛けもないが……しかし左手に種と仕掛けを隠している。
エルキュールが右翼に全ての戦力を注いだ……かのように見せたのは左翼の、特にオスカルの実力を隠すためである。
「いいか、オスカル。敵はお前の実力を知らん。だからファールス軍右翼の将は大した相手じゃない。そしてダリオスに気を取られているカワードは右翼にまで意識が回らない。……兵数はほぼ互角、なら後は将軍と兵士の質で決まる。兵士の質は我々が勝っている。後はお前がファールス軍右翼歩兵の指揮官に勝つだけだ。……この戦い、最も重要なのはお前の動き。俺の包囲網を突破した時と同じ力を出せ。そうすれば……この戦、我らの勝利だ」
オスカルはエルキュールの言葉を思い出す。
反乱に参加した自分に、これだけ期待し、重要な仕事を任せてくれている。
答えなければ、不忠というものだ。
「全軍! これより反撃に転じる!!」
オスカルの号令に従い、各大隊長が動き始める。
長い行軍と長時間の戦闘で疲労が溜まっていたファールス軍に対して、力をセーブして蓄えていたレムリア軍が一気に襲い掛かる。
オスカルの巧みな指揮による、滑らかにレムリア軍左翼が動き、一部がファールス軍右翼の側面に周り込む。
突然の攻勢に、ファールス軍の将軍は付いて行くことが出来なかった。
周り込んだハルバード部隊はすぐさま、ファールス軍右翼の側面を強襲した。
そして……
第二図
□
↑ □□□□●
■■□□●
★●□□□☆☆ ☆☆□■■●●★
★●●●□□□□□□□□■★★
★■■■■■■■■
〇〇〇◇◇◇ ▽▽▽〇〇〇〇
◆▲ ▲▲▲▲▲
オスカルはファールス軍右翼歩兵の側面の一部の兵士を敗走させてしまう。
そのままさらに押し込みながら、ファールスの右脇腹に強い打撃を加えて行く。
すると……
第三図
□
□
↑ ↑ □□□□●
★● ■■□□●
★●□□☆☆ ☆☆□■■●●★
★●●□□□□□□□□■ ★★
■■■■■■■■
〇〇〇◇◇◇ ▽▽▽〇〇〇〇
◆▲ ▲▲▲▲▲
ファールス軍右翼歩兵はあっという間に崩れていく。
「ひぇえええ!!」
「な、何が起きてるんだ?」
「側面が崩壊したぞ!!」
「逃げろ!!!」
「待て!! 逃げるな!!」
ファールス軍の右翼を率いていた副将は、何とか混乱状態の兵士たちを押さえ、陣形を保とうとする。
しかし、努力は実らず櫛の歯が欠けるようにファールス軍右翼歩兵は崩れていく。
「あの男が敵将だ!! 捉えろ!!」
「「おおおお!!!」」
オスカルの号令で、兵士たちが副将に襲い掛かる。
レムリア軍のハルバード部隊は次々に護衛の兵士を倒し、副将を捉えてしまう。
司令官を押さえられたファールス軍右翼は完全に機能を停止する。
さらに、そこへレムリア軍のロングボウ部隊の攻撃が加わる。
そして……
第四図
★★ □□□□
●●■■ □□●●●
★●☆☆ ☆☆□●★
★●□□□□□□□□■■■★★
■■■■■■■■
〇〇〇◇◇◇ ▽▽▽〇〇〇〇
◆▲ ▲▲▲▲▲
勝敗は決した。
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