第21話 属国化

 エルキュールとルナリエの結婚報告を聞いた、レムリア帝国の家臣たちはみんな死んだような目を浮かべた。




 「陛下……」


 「いくらなんでも……」


 「……冗談と言ってください」


 「まさか、本当にやるとは……」


 「ただただ、悲しいです……」






 「おい、お前ら!! 何だ、その目は!! まるで俺が何か悪い事をしたみたいじゃないか!!」




 いや、そうだよ、悪いことをしたんだよ、お前は。




 「いくら酒に酔っていて、寝ぼけていて、夜這いされたからといって、普通一国の王女、しかも処女と体を重ねますか? 陛下、あなたならそれがどうなるか分かるでしょう……」




 ガルフィスが悲しそうな声を上げる。




 エルキュールの事実上の育ての親、教育係の一人であり、後見人の一人でもあり、そして自分の娘の婚約者が、こんなことをやらかせば誰だって悲しくなるだろう。




 「ま、間違えたんだから仕方がないだろ!!」


 「……誰とですか?」




 ガルフィスの問いに、エルキュールは声を詰まらせた。


 アスモデウス、と答えれば必然的にアスモデウスとの契約内容を話さなければならないが、しかし契約の内容を他者に話すことは契約違反になる。




 「カ、カロリナ……かな?」


 「陛下は出会ってすぐの女性と私を間違えるんですか? 陛下の私への気持ちはその程度だったんですか?」




 エルキュールの答えに、カロリナが冷たい声を掛ける。


 エルキュールは慌ててカロリナに取り繕う。




 「ち、違うんだ……そ、そうじゃなくてだな……」


 「……胸ですか?」


 「へ?」


 「胸ですか!! 私の胸が小さいからダメなんですか!!!」




 カロリナは涙目でエルキュールの肩を掴み、激しく揺さぶる。




 「ま、待て! べ、別にお前は小さくないだろ!! Cカップもあるじゃないか!! 長耳族エルフ的には巨乳……」


 「的って何ですか! 的って!! ようするに、全人種基準だと小さめって言ってるようなモノじゃないですか!!!!」


 「お、落ち着け! 全人種基準だとCは確かに巨乳じゃないが、貧乳じゃない!! そ、それに、ほら。いつも言ってるだろ? スレンダーなお前の体は好きだって……」


 「じゃあ、何であのおっぱいと一夜を共にしたんですか!!」




 カロリナはエルキュールと一緒に付いてきたルナリエを指さす。


 おっぱい呼ばわりされたルナリエは、何故か自慢げに胸を張った。




 「あのですね、私も別に陛下を一人占めしようとか、思ってません。ええ、あなたは皇帝なのだから、複数の女性と結婚するのは当然、義務でしょう。分かっていますとも。ですが! いくらなんでも、この形は無いんじゃないんですか? しかも、彼女は混血長耳族ハーフ・エルフですよね? 結婚する意味が皆無じゃないですか!!!」




 歴史上、混血長耳族ハーフ・エルフが皇帝になったことは一度もない。


 エルキュールとルナリエの結婚は、後継者を増やすという意味合いでは欠片も意味がない。




 「す、すまん……えっと……埋め合わせするから……許して、ね?」




 エルキュールはカロリナの手を握り、目を見つめながら、必死に謝る。


 カロリナは恥ずかしそうに顔を逸らした。




 「……まあ、今回は私も悪かったです。私が……その、陛下と一緒に寝ていればこんなことにはなりませんでしたし……もう、しないでくださいね?」


 「分かった、絶対にしない!!」




 ……こういう男の『絶対にしない』が本当に守られたことは歴史上、どれだけあるだろうか?




 「ええい、横からごちゃごちゃ五月蠅い!! だいたい、さ? 何で俺ばっかり責められてるの? 確かに俺に非があるのは事実だけど、俺は被害者なんだよ! 加害者はこいつだろ!」




 エルキュールはルナリエを指さす。


 ルナリエは心外だというように、顔を顰めた。




 「私、強姦されたのに」


 「してない!! 『法律上強姦と同じ罪に問われる』のと、『強姦した』のは全然違うだろうが!!」




 エルキュールがしたのは、『強姦したと言われても仕方がない行為』であり、けして『強姦』ではない。


 カロリナという婚約者がいながら、チンコ入れちゃったことを除けば、倫理上エルキュールは何一つ悪いことはしていない。




 悪いのは九割九分ルナリエである。




 「でも処女だった」


 「知るか!! だいたい、仮に俺がお前の部屋に忍び込んでパンツずらして、性器でも観察してみろ。俺は変態クズ野郎として非難合唱されるだろ! なのに、なんでお前が俺の部屋に忍び込んで俺の性器を観察するのは許されるんだ? おかしいだろうが!!」




 そりゃあ、おめえ……


 『逆』レイプって言葉があることを考えれば自明だろ……




 「陛下、先程から何に怒ってらっしゃっているのかよく分かりませんが……」




 ダリオスがエルキュールに尋ねる。




 「陛下は精神的に傷ついたんですか?」


 「……いや、別に」


 「じゃあ……中の具合はどうでしたか?」




 ダリオスの問いに、さすがのルナリエも顔を赤くする。


 カロリナもダリオスを非難するような目で見る。




 が、ダリオスは気にしない。




 「どうでしたか?」


 「すごく良かった」


 「じゃあ、良いんじゃないですか?」


 「……まあ、そりゃあ、そうなんだけど」




 どこか、腑に落ちない。


 と、エルキュールは溜息をついてから……




 「まあ、良いさ。取り敢えず、フラーテス三世と話を付けてくる。……ルナリエ、確かこの件はお前の独断で良いんだな?」 


 「独断と言えば、独断。でも、父上は私の目的を知っていた。止めはしなかったけど」




 まさか、フラーテス三世も自分の娘が夜這いするとは欠片も思わなかっただろう。


 仮にそんなことをしようと企んでいたと知っていたら、間違いなく止めた。




 「そうか。取り敢えず、ガルフィス、お前も来い。あと、ルナリエ。お前もな」




 エルキュールはガルフィスとルナリエを連れて、フラーテス三世の元に向かった。
















 「というわけだ、ハヤスタン王。あなたの娘は貰う。文句は娘の教育方法を誤った過去の自分に言うのだな」


 「……はい?」




 フラーテス三世は混乱していた。


 無理もない。




 昨晩、色気の欠片もない娘が自国よりも遥かに国力が上の国家の皇帝の寝室に忍び込んで夜這いし、処女を散らしてきたと言われたら誰だって困惑するだろう。




 「ル、ルナリエ!! お、お前は!!」


 「テヘペロ」


 「テヘペロじゃない!! 何をしているんだ!!」




 ハヤスタン王は頭を抱える。


 が、しかし冷静になって考えてみるとハヤスタン王国からすれば悪い話ではない。




 レムリア帝国に降伏したハヤスタン王国を、ファールス王国は絶対に許さない。


 かといって、レムリア帝国は昨晩のままだったら確実に守ってくれなかっただろう。




 しかしルナリエとエルキュールが男女の仲になり、両国に血の繋がりが出来れば話は別だ。




 さすがのレムリア帝国も親戚になった国を見捨てる、という選択肢は取らないだろう。


 それに……




 最悪、ルナリエの中に流れているアルシャーク家の血は次代に受け継がれる。




 ユリアノス家という、世界でも有数の名門の血の中に。




 「……分かりました。どうか、娘をよろしくお願いします」


 「ああ、こちらからもよろしく頼むよ。……さて、じゃあこれから我が国とハヤスタン王国との関係について、決定事項・・・・を言う」




 その言葉にフラーテス三世とルナリエは顔を強張らせた。


 ルナリエがエルキュールに縋りつく。




 「ま、待って! け、決定事項って……」


 「まさか、同盟の条件について口を出せる立場だと思っていたのか? お前との結婚がご破算になって俺が失うのは、俺の評判。だが、お前が……いや、ハヤスタン王国が失うのは全てだ」




 エルキュールは足を組み、フラーテス三世を見下すように睨みつける。




 「私はレムリア帝国の皇帝、エルキュール一世。レムリア帝国と、その臣民の利益を最大限に優先する」




 フラーテス三世とルナリエは自分たちに選択権が無いことを悟る。




 エルキュールは淡々と決定事項を言う。




 「一つ、ファールス王国との今までの条約は全て破棄せよ。無論、一銭たりとも貢納金を支払ってはならない!




 二つ、ハヤスタン王国は我が国以外の国と外交的な関係を構築することを禁じる! 外国との交渉は全て、レムリア帝国を通すこと。




 三つ、我が国はファールス王国のように何から何まで国防の面倒を見てやるつもりはない。我が国の軍隊が駆けつけるまで、ハヤスタン王国には自力で戦ってもらう。そのために軍隊の保有を許可する。但し、軍隊はレムリア帝国を同様の装備、編成にすること。また歩兵を一個軍団、弓兵を一個軍団までとして、それ以上の兵力の保有を禁じる。当然、騎兵や攻城兵器の保有も禁止だ。そして城壁や要塞の修築、建造には必ずレムリア帝国の許可を採ること。




 四つ、武器の製造を禁じる。全ての武器はレムリア帝国から購入せよ。




 五つ、防衛戦争以外の戦争を禁じる。


     尚、防衛戦争か否かの判断をするのは私だ。貴国ではない。




 六つ、ハヤスタン王国の軍隊は全てレムリア皇帝の統帥権に属する。




 七つ、関税率は協定関税とする。




 八つ、レムリア皇帝はフラーテス三世と並び、ハヤスタン王国の共同統治者となる。それに伴い、ハヤスタン王国における全ての法律は両者の連名で初めて効力を持つものとする。




 九つ、次期ハヤスタン王国の国王はエルキュール一世とルナリエ姫の息子、または娘とする。フラーテス三世が崩御した場合、ルナリエ姫を臨時の国王とする。




 十、以上九つの盟約を違反した場合は血でもって償ってもらう。






 以上だ。異存はありますかな? ハヤスタン王」








 フラーテス三世とルナリエは息を飲む。




 (これは……事実上の属国、いや属州化……だが……)


 (この内容ならば、ハヤスタン王国は確実に存続できる!)




 仮にエルキュールがハヤスタン王国が滅んでもいい、ファールス王国にあげても構わない。


 と思っているのであれば、ここまで徹底的な属国化はしない。




 ハヤスタン王国への支配を強める、ということは暗にハヤスタン王国への守りを強化するということを意味する。




 それにハヤスタン王国にとって嬉しいのは、自主防衛が可能になるということだ。


 自分の軍隊を持つことは、ハヤスタン王国にとって悲願なのだ。




 とはいえ、気になるのは外交権・関税自主権・立法権の事実上の接収だ。




 どのような支配がされるのか、エルキュールの善意に任せるしかない。




 (さて、どうする? 拒否するか、それとも全て飲むか)




 一方、エルキュールからすればこれらの条件は絶対に譲れないものだ。




 ハヤスタン王国は戦略的要所なので、エルキュールからすれば押さえて置くことにけして利益が無い、というわけではない。


 むしろ、安全保障上ハヤスタン王国を属国化するのには大きなメリットがある。




 しかし問題は何かが合った時にファールス王国に寝返りかねないという点だ。


 だからハヤスタン王国を徹底的に属国化させる必要がある。




 十秒ほどの沈黙の後に、フラーテス三世は頷いた。




 「分かりました。この条件で受け入れましょう」


 「あなたが理性的な王で良かった」




 エルキュールとフラーテス三世は握手を結んだ。

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