第20話 脅し
「レムリア法だと、婚約関係、または婚姻関係にない、処女の女性と同衾するのは『強姦』と見做されて、死刑になると聞いている」
ルナリエは淡々とエルキュールに言う。
ルナリエの青い、透き通った瞳がエルキュールをしっかりと捉える。
「私は処女。あなたはその私と同衾した。これはレムリア法では『強姦』であり、死罪になる」
「……よくご存じだな。我が国の悪法だ」
レムリア結婚法。
レムリア共和国を、レムリア帝国に生まれ変わらせたエルキュールの父祖が制定した古い法律である。
非常に歴史の古い法律なので、所々現代の長耳族エルフには理解できない倫理観が影響している。
が、別にそもそも不義の交わりをしなければ良い話なので今まで一度も改定されていない。
そしてまた……数百年、使用されなかったため事実上死文化されていた。
レムリアの裁判官の間ですらも、知られていない法だ。
「あなたは皇帝。無論、死罪になることはあり得ない。でも、あなたは兵士に対して、強姦を禁じている。その強姦を禁じている本人が、一国の王女を強姦、または法律上強姦として扱われるようなことを働いた。……非難は免れない」
「……あなたは私を脅しているのか?」
「そう捉えるのはあなたの勝手。私は客観的事実を言っている」
敬語を使わず真っ直ぐエルキュールを見つめるルナリエ。
その目にはエルキュールへの反抗と敵対の意思がはっきりと表れていた。
エルキュールは溜息を付いてから、ルナリエに言う。
「止そう。そういうのはお互いにとって、良くない。……なに、処女か非処女かなんて男には判別できない。私と君さえ、黙ってさえいれ良い。……いや、絶対に話すな!!!」
そう叫び、エルキュールはルナリエの肩を掴んで……強引に押さえつけた。
「痛い目に遭いたくなかったら……誓え。このことを話すな……死にたくはないだろ?」
「殺せるものなら殺せばいい。……殺せるならば。私を殺したら、事態は悪化するだけ」
エルキュールとルナリエはベッドから転がり落ちるように、取っ組み合う。
「っく、お前……」
「体術なら、嗜んでいる」
エルキュールは腕力でルナリエに優っているが、しかしルナリエも必死に抵抗する。
互いに縺れ合い、関節を取って拘束しようとする。
(クソ、あまり使いたくない手だが……)
エルキュールはルナリエの豊かな胸を右手で鷲掴みにする。
ルナリエは眉を顰める。
無論、エルキュールはこんな時にセクハラをするほど能天気でも、脳味噌下半身でもない。
至って真面目だ。
「アスモデウス! やれ!!」
[ふふ、分かりました。主様]
アスモデウスの練った魔力が、エルキュールの右手を伝い、ルナリエの胸、そして体全体に伝わる。
「~っ!!!」
ルナリエの体がビクビクと痙攣する。
エルキュールがアスモデウスに命じて、ルナリエの体に強烈な性的刺激を送り込んだのだ。
普通ならば、白目を剥いて気絶するレベルの刺激。
「狂い死にしたくなかったら誓え!!! このことは他言無用だとな!!」
「失礼いたします、皇帝陛下。お食事のご用意が……」
エルキュールがそう叫んだその時、ドアが開く。
ハヤスタン王国の召使だ。
その召使を監視するように……その後ろにはレムリア帝国の兵が控えていた。
互いに絡み合うエルキュールと半裸のルナリエを見て……
レムリア兵は驚愕の表情を浮かべ、召使は白々しく目を見開いた。
レムリア兵は気まずそうに目を逸らし、召使はルナリエと目を合わせて……
そして召使は予めルナリエに命じられたように……
「これはこれは、失礼しました!! お楽しみのところ、申し訳ございません」
そう言って……
「ちょ、ちょっとま……」
エルキュールが口を開く前に、ピシャリとドアを閉めた。
その後、ドタドタと召使が廊下を走る音が響き……
「大変です!! 皇帝陛下とルナリエ様が!!!」
などという声が宮殿中に響き渡った。
青ざめた顔のエルキュールに対し、ルナリエはニヤリと笑みを浮かべて言った。
「誰と誰が黙ってさえいれば良い?」
「この女……」
エルキュールの精霊術により、強引に発情させられたせいか、その顔は赤く、息は荒い。
そしてまだ快楽が抜けきっていないのか、時折体を震わせる。
しかしその目は真っ直ぐ、エルキュールを睨みつけていた。
「もう既に兵士や召使には指示を出してある。数時間後には市井……エルシュタット市民全員が知るところになる。どうする? 皆殺しにする?」
「……ふん」
エルキュールは不機嫌そうに拘束を解き、ベッドにギシリと音を立てて座り込む。
そしてルナリエを睨みながら、尋ねる。
「何が目的だ?」
「ハヤスタン王国を分裂させたりさせない」
「なるほど、分かった。じゃあ、分裂させない。神に誓おうじゃないか。その代り、今回の件は……」
「信用出来ない」
実に正論である。
こんな奴、信用する方がおかしい。
「そもそも、俺が嫌なら徹底抗戦すれば良かった。違うか?」
「それをすれば、あなたはエルシュタットを燃やした。違う?」
「まあ、そうだな」
エルキュールは戦争に騎士道やら、武士道やら、ましてや正義、博愛、平和主義や人道主義を持ち込むつもりは欠片も無い。
勝つためなら、手段を選ばない。
略奪を禁じているのは、長期的に見て得だからだ。
自分に逆らったらどうなるか。
それを世界に示すために、エルシュタットのみ兵士の略奪や強姦を許すという選択肢は考慮の範囲内だ。
「でも、一度降伏した我が国をファールス王国は許さない」
「だろうな。少なくとも、アルシャーク朝は終わりだ」
アルシャーク家は元々、ファールス地域を支配していた古い王家であり、現在ファールス王国を支配しているアカイメネス家からすれば、かつての支配者であり、敵だ。
口実ができれば、喜んでファールス王国はアルシャーク朝を潰すだろう。
「だから我が国はあなたの慈悲に頼るしかない」
「ならば、頼み方というモノがあるんじゃないか?」
「あなたは私が泣いて媚びたら助けてくれる?」
「助けないな」
「そういうこと」
ルナリエが国を守る手段はただ一つ。
自分の体を犠牲にして、エルキュールをハヤスタン王国に繋ぎ止めることだけだ。
「しかし、私が面子のために国益を損ねると?」
「普通にシュリア属州まで迎撃に出れば良いモノを、わざわざここまで派手な行動をする人間が面子を気にしないわけない」
「……これは主導権を得るためで、純軍事的な理由だから別に俺の見栄ってわけじゃないんだが……」
エルキュールは肩を竦める。
ルナリエは真っ直ぐ、エルキュールを見つめる。
「あなたのような虚栄心の塊が、これからの歴史に『エルキュール帝はハヤスタン王国の王女を強姦して慰み者にした』と書かれ、未来永劫語られることを我慢できるはずがない」
「……」
エルキュールは見栄っ張りだ。
そしてプライドが高い。
ルナリエの指摘する通り、エルキュールは人一倍虚栄心が強い。
だからこそ、嫌だ嫌だと言いながらも皇帝をやっているのだ。
そんなエルキュールにとって、『少女を強姦した』という悪評は我慢ならないものだろう。
特にそれが事実でないとするならば余計に。
それにこれはエルキュールの虚栄心だけの問題ではない。
仮にもエルキュールは『地上をおける神の代理人』であり、『全メシア教徒の守護者』だ。
そんな人物が仮にも世界で初めてメシア教を国教化した国の王女、一人のメシア教徒の乙女を強姦した……もしくは、そうと捉えられてもおかしくないことをした。
非難は免れないだろう。
レムリア帝国の国威は多いに損なわれる。
それだけは避けなくてはならない。
「冤罪で人を貶めるのは人道に反していないか?」
「関係ない我が国を蹂躙しておいて、良く言う。まさか……進軍途中で何一つ略奪や強姦をしていない……なんてあり得ないことは言わないで。例えあなたが禁じようとも、我が国の民があなたの軍の被害を受けたのは事実なのだから」
関係ないわけではないが……
まあ、しかしエルキュールが言える立場ではないという点では事実である。
「だが、君は良いのかな? 私のような男の妻になど、なって」
「どうせ、政略結婚はいつかするモノ。別に問題ない。それに、顔は好み」
今更顔が好みなどと褒められても……
と、エルキュールは苦笑いを浮かべた。
「そもそもだが……皇帝の寝床に忍び込むのは暗殺と取られても仕方がない。私には君を処刑する権利があると思うが、それについてはどう思うかね? 今、謝るならば双方非があったと手打ちにしても……」
「処刑するならば、処刑して頂いても構いませんよ。皇帝陛下。ええ、確かに陛下には私を処刑する権利があります。客観的に見ても私の行動は暗殺をしようとしたと判断されても、致し方がありません」
急にルナリエは丁寧な言葉で……エルキュールに諭すように言う。
「ですが同盟国・・・の姫として、それは愚策であると具申させて頂きます」
「……同盟国というのは勝手に人の寝室に侵入して、脅すような国なのかね?」
「少なくともレムリアでは……同盟国と言うのは、勝手に敵国と領土を分割しても良い程度の存在、都合の良い駒であると聞きましたが……違うのですか?」
「……」
国同士に真の友好関係などない。
同盟関係など、容易に入れ替わるのだからそれは今更だ。
「賢明なる陛下であればお分りになると思いますが……仮にも一国の姫を抱いた後に処刑する、という行動はただの強姦よりも優る悪評かと」
淡々と……理路整然とルナリエは言葉を並べる。
「私は陛下の身とレムリア帝国の国益を案じて申しております。これでも我がアルシャーク家はハヤスタンの国民に好かれております。私も国民からそれなりに愛されていると、少なくとも私自身は思っております。もし私を殺すようなことをすれば……例えそれがどのような理由であれ、ハヤスタン国民の不評を買います。それは今後、ハヤスタン王国の西半分の統治をする上で……大きなしこりとなるでしょう。私は陛下が感情的且つ短絡的・非合理で愚かな選択をすることなく……賢明なご判断をすることを信じております」
そんな風に……ルナリエは言った。
(……面倒な。こいつを殺しても俺にメリットはない。むしろハヤスタン国民の憎しみを買う。こいつをダシにハヤスタン王の首も取ろうと思えば取れるが……それはさらに事態を悪化させる)
ハヤスタン王国を元々滅ぼすつもりのエルキュールだが……
それは今ではない。
少なくとも今はアルシャーク家の支援は必要なのだ。これからファールス王国を倒すためには。
(賠償金でも取るか? いや……そもそも現在ハヤスタン王国の国庫を押さえてるのは俺だぞ。事実上俺の財布になっているところから俺に賠償金を支払っても罰にならん。やれるとしたら謹慎処分程度か? ……それはそれで問題だな。暗殺未遂犯を謹慎処分程度で済ませたらそれはそれで舐められる。ああ、面倒くさい……どう転んでも俺に損しかないじゃないか!!!)
失うモノがない人間の相手ほど……
面倒なモノはない。
エルキュールは頭を掻き毟った。
(やるなら徹底的に……ハヤスタン人が俺に憎しみより先に恐怖を覚えるように徹底的にやる必要があるが……今は時間的余裕がない。だが戦争と外交交渉を終えた後では……もうあること無いこと広められた後だろう。その後の粛清はあまりに外聞が悪過ぎる……ああ、腹立たしい! この女……殺してやりたい!!)
エルキュールはルナリエを睨み付ける。
「そもそもどちらかというと、寝室に忍び込んだ段階で強姦したのは君のようなものだと……」
「意外です。皇帝陛下は……女に強姦されたと一生言われる屈辱に耐えることができるのですか? いえ……できるというのであれば、どうぞ。処刑して下さっても構いませんよ」
エルキュールは顔を顰めた。
そんな恥ずかしい理由でルナリエを処刑すれば、一生の恥だ。
「皇帝陛下、私は決してあなた様に……無償でハヤスタンを守れなどとは申し上げておりません。今は殆ど軍備もない状況ですが……陛下がお許しくださるのであれば、我が国は武装して……ともにファールスと戦います。我が国は戦略的な要地です。私と結婚し、我が国を防衛することは……決して我が国の利益だけにあらず。陛下の利益にもなります。それに……私の父には私以外の子はいません。次の国王は陛下と結婚する私であり、そしてその次の国王は陛下と私の子供になります。下手にファールスと土地を分け合い、アルシャーク家を潰して統治に時間と労力と資金を掛けるよりも……私と結婚してハヤスタンを丸ごと手に入れる方が遥かに利があると思いませんか? 戦略的価値は無論、我がハヤスタン王国は貿易ルート上の要所でもありますし、土地も肥えております。そこから上がる税収は決して少なくありません。無論、結婚したら私は陛下と共に……ノヴァ・レムリアで暮らします。もし父が死に、私が即位しても……私は夫である陛下と共に暮らしましょう。私と陛下の子供も……夫である陛下がお好きなように育ててくれて構いません。どうですか? 悪くないと思いません? 確かに我が国を得るには相応の血を流さなければならないのは事実ですが……将来的にそれ以上の利益が上がることを陛下に確約致します。あとは……そうですね、オマケと言っては何ですが……容姿には自信があります。どうぞ、私の体もお好きなように扱って頂いても構いません。私は陛下に……逆らうことはできないのですから」
そう言ってルナリエはエルキュールに自分と結婚したことによって得られる利益を説く。
ここまで言われればエルキュールも勘付く。
これがルナリエの目的なのだ。
エルキュールにハヤスタン王国を属国にするように説得する……それがルナリエの目的。
そのためにはまずエルキュールの耳を傾けさせる……つまり興味を引かせる必要がある。
そのための手段が色仕掛けであり、また強姦の濡れ衣を被せることだ。
悪印象であろうとも、好印象であろうとも……
耳をまず傾けさせ、話を聞かせる。
そうしなければ話は始まらない。
そして……自国を分断させること、自分を処刑すること、自分と結婚しないことによって失われるレムリア帝国の国益を説明し、次に自分と結婚してハヤスタン王国を属国にすることで得られるレムリア帝国の国益を説く。
エルキュールが演説でやるのと、同じ手法だ。
さらにルナリエは言葉を続ける。
「陛下が我が国を見捨てれば……陛下の評判は地に落ちます。ですが、逆に陛下が我が国を助ければ……どうなるでしょうか? 我が国はアレクティア派ですがメシア教を国教とする国です。そして陛下はメシア教の守護者でございます。そして……レムリア帝国にはアレクティア派が大勢いる。もし陛下が我が国を異教徒の国であるファールスからお救い下されば、陛下の名声は今よりも遥かに高まるでしょうし、レムリア帝国のアレクティア派は陛下に心酔するでしょう」
ルナリエは考え得る限りの利益をエルキュールの前に並べて見せた。
「それに……陛下は名将と聞き及んでおります。陛下ならばきっと、ファールス王国を徹底的に痛めつけ、我が国を救いだしてくださると……それができると信じております」
最後にエルキュールを持ち上げ、褒めた。
ルナリエの言葉を聞き……
エルキュールは鼻を鳴らした。
「まあ、良いさ。……君が相手ならば、カロリナに出来ないこともできそうだ」
そう言ってエルキュールは立ち上がり……
ルナリエの肩を掴み、押し倒す。
そしてルナリエの細く、白い喉を両手で締め上げる。
「ハヤスタン王国を人質に取られる以上、君は俺に逆らえなくなる……いわば、性奴隷と実質変わらない状態になるわけだが……構わないのかな?」
「私の体なら好きにすれば良い。ハヤスタン王国を守るためなら、どうなっても構わない」
「それはそれは結構な心掛けだ」
エルキュール……暴君はニヤリと笑い、両手に力を籠める。
ルナリエの気道が塞がれる。
ルナリエは必至に両手で暴君の手を取り外そうともがき苦しむが……
「~っ!!! っくぁ……」
ルナリエの体で快楽の蛇が暴れ回る。
強引に何度も頂点にまで、持って行かれる。
「俺の精霊術ならば、君をいつでも、どんな時でも果てさせられる。頭がおかしく成るほど発情させるのも簡単だ。感度も数十倍から数百倍、数千倍に上げられる。ああ、言っておくが……痛覚も操作出来るぞ? 試してみるか? 全身を火炙りにされる痛みなんてどうだ? それとも皮膚を生きながら剥がされる痛みの方がお好みかな?」
暴君は嗜虐的な笑みを浮かべつつ、固有魔法『畏怖』を発動させてルナリエに迫る。
ルナリエの目に涙が浮かぶ。
「感覚だけじゃ物足りないというなら……夢の中で実体験させてやろう。夢の中じゃあ、いくらでも死ねる。生きたまま内臓を引きずり出され、焼かれたことはあるか? 無いなら体験させてやろう」
カチカチとルナリエの歯が恐怖で震える。
暴君の手から送られる快楽と、酸欠でルナリエの顔は真っ赤に染まっていた。
「夢だけでも物足りないというならば……現実でも遊んでやろう。快楽で頭をぶっ壊して、セックスしか考えられないようにしてしまおうか? それとも、麻薬で脳味噌を溶かしてやろうか? それとも手足を削ぎ落として便所に放り込んでやろうか? なあ、良いよなあ? ハヤスタン王国のためなら、どうなっても構わないのだろう?」
暴君はそう言って、ルナリエを脅しながら……
非常に冷めきった頭でそろばんを弾いていた。
(最初は混乱し、後手に回ったが……ルナリエ姫、あなたは俺に時間を与え過ぎた)
ルナリエは暴君を丁寧にじっくりと説得しているつもりで……
暴君に冷静になる時間を与えてしまった。
(考え得る選択肢は……三つ。一つ目はここでルナリエ姫を殺してしまうことだが……今後の統治と外交を考えると、長期的には最悪の愚策。二つ目は悪評を気にせず、このままハヤスタン王国を引き裂いてしまう事。だが……義勇兵が集まる程度にはハヤスタン人の愛国心、郷土愛は強い。ルナリエ姫の純潔を奪った上で放置し、加えて故郷を引き裂く俺に対し……ハヤスタン人は反感を抱くだろう。あまり良い手とは言えない。となると三つ目だが……)
暴君は暴れてもがくルナリエを見下しながら……
思案を巡らせる。
(まあ……確かに俺としては一番楽な選択肢はハヤスタン王国の分割。だが……より国益を考えればハヤスタン王国を丸ごと手に入れるべきなのは事実だ。こいつに説得されるのは癪だが……その気にさせられてしまったものは仕方がない。そして……もしハヤスタン王国を丸ごと手に入れるのであれば、現在ササン八世が出張中でファールス王国の西方方面の軍事力が衰えている……今しかない。アルシャーク家はハヤスタン人に好かれているのは事実だし、ルナリエと結婚すればその統治は……非常に楽になる。長期的な利潤は一番大きい)
しかし問題はリスクの高さ。
(考えられるリスクは二つ。一つは……ファールス王国相手に決定的な勝利を挙げなくてはならないということ。だが……ササン八世が相手ならばともかく、敵将はカワード将軍とシャーヒーン将軍。兵の質でも負けてないし、将軍の質でも負けてない。そして当然、俺は負ける気がしない。これについては問題無い。となるともう一つのリスク、ルナリエが裏切る可能性)
こちらを怯えた目で……
睨みつけるルナリエを見下ろしつつ、暴君は考える。
(人の思考は極端であれば極端であるほど、そして賢明であれば賢明であるほど……読みやすい。もしルナリエが……自分の身が直接的な恐怖に晒されると、考えがブレてしまうような人間であるならばその思考は読み辛くなるが……)
ルナリエは恐怖で泣きじゃくり、全身から冷や汗を流し、失禁しながらも……
暴君を真っ直ぐ睨みつける。
「かぁ……わ、な……い。ハ……ャ、スタン……なら……」
『構わない。ハヤスタンのためなら』
ルナリエは暴君に対して言い切って見せた。
暴君はルナリエの強い意思をしっかりと感じ取った。
深い溜息をつき、暴君は手を離す。
「ゲホ、ゲホ……」
ルナリエは咳込み、息を大きく吸う。
肩で息をしているルナリエを見下ろしながら、暴君……エルキュールは言った。
「君の意思の強さ、愛国心には降参だ。私の負けだよ……分かった、結婚しよう。……ああ、さっきのはさすがに九割くらい脅しだから、本気にしないでくれたまえ」
やれやれ……
とでも言いたそうに、エルキュールは肩を竦めた。
(例え自分の身がどうなろうとも……国を優先するほどの愛国心。つまりハヤスタン王国に利益がある限り、そして俺がハヤスタン王国を守ろうとする限り……絶対に裏切らない、裏切れない人物。これならば御するのは簡単だ)
ハヤスタン王国とレムリアの双方に利益が出ているうちは警戒する必要は無く……
ハヤスタン王国に被害が出る時には監視を強化すればいい。
何よりも喜ばしいことにルナリエは理性的で賢明な人間。つまり理性的ではない、感情的な行動は起こさない。
つまり理性的に考えて、裏切るべきではない状況を常に作れば良いだけの話だ。
(ダリオスに比べれば操りやすい……あいつは俺を裏切っても失うモノは少ないが、ルナリエはあまりにも失うモノが大きい)
エルキュールはニヤリと笑みを浮かべる。
プライドは傷ついたし、損害も出た。
だが得た利益も大きい。
今回の失敗は糧にして……次は同様のミスをしなければ良い。
(取り敢えず、アスモデウスを信用し過ぎるのはやめよう。あとは……抱く抱かないは別としてカロリナと一緒に寝よう)
そして今度の徴収の時……
アスモデウスには少々仕置きをしてやろうと、固く決意した。
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