第16話 神速

 「どうする、どうする!!」


 「ど、どうすると言われましても……どうしましょう!?」




 一方、ハヤスタン王国は大混乱に陥っていた。




 『今回はシュリア争奪戦なんだって、へえ……でも我が国には関係ないね。がんばれ、ファールス王国!!』と応援していたら、なんとレムリア軍が訳の分からない速さで突撃して来たのだから、無理もない。




 しかもハヤスタン王国は武装を禁じられていたため、まともな兵どころか武器すらも怪しいのだ。




 「どうする! どうする!!!」




 ハヤスタン王国の国王はひたすら家臣に向かって、「どうする?」と尋ねる。


 家臣の方も「どうしましょう?」と答える。




 酷い有様であった。




 そんな国王の様子を一人の少女と老人が見ていた。




 少女の名前をルナリエ・アルシャークと言う。




 アルシャーク朝ハヤスタン王国の第一王女。 


 年は十八歳。




 ラピスラズリのように美しい青色の髪と、紫水晶のように美しい紫色の瞳の美少女である。




 種族は混血長耳族ハーフ・エルフで、人族ヒューマンの血が混じっている。


 その所為か、割と胸が大きい。




 地味に彼女の誇りだ。




 「……この国、ダメだ」




 ルナリエは小さく溜息をついた。


 ルナリエの父である、ハヤスタン王国国王フラーテス・アルシャーク(フラーテス三世)は百歳を超える、混血長耳族ハーフ・エルフである。




 長年、子供に恵まれず唯一生まれたのがルナリエであった。


 そのためルナリエはフラーテス三世にとても可愛がられていたが……




 「父上、優柔不断過ぎ……」




 ルナリエはフラーテス三世の統治に対して、不満を抱いていた。


 父親としては愛している。


 が、王としてもう少しなんとかならないのか、というのがルナリエの気持ちであった。




 「もうこうなったら姫様が優秀な婿を連れてくるしかないですなあ。はははは」




 ルナリエの横で笑う老人はヴァハン・カルーラン。


 リナリエの母方の祖父に当たる、混血長耳族ハーフ・エルフである。




 ちなみに混血長耳族ハーフ・エルフの魔力量、寿命は長耳族エルフの血の濃さに依存するが、二人ともかなり長耳族エルフの血が濃いので、魔力、寿命は純血長耳族ハイ・エルフとさほど変わらない。




 ルナリエは肩を竦めてから、踵を返して歩き始める。


 ヴァハンがそれに付いて行く。




 「どうするおつもりで?」


 「戦いに行く」




 ルナリエは短く答える。




 「おやおや、一人で四〇〇〇〇人を倒すおつもりで?」


 「お爺様もいるから、二人で二〇〇〇〇人がノルマ」




 ルナリエの言葉に、ヴァハンは肩を竦める。




 「ナイスジョーク」


 「自分で言いますか、普通」




 ヴァハンは苦笑いを浮かべる。


 相変わらず、調子の外れた孫である。




 「当てはあるのですか?」


 「ファールス王国の武器庫から武器を拝借する。あとは義勇兵を集める」


 「武器庫の武器はファールス王国軍が管理していますが……」




 反乱防止のため、ハヤスタン王国は軍隊の保持が禁じられている。


 また武器も必要最低限しか所有が認められていない。




 「ファールス王国軍はすぐに撤退する」


 「……理由を聞いても?」




 ルナリエは軽く頷いてから、その理由を述べた。


 ルナリエの説明を聞いて、ヴァハンは納得の表情を浮かべる。




 「なるほど、確かにその通りですね。全く、頼りにならない同盟国だ。軍事力の保有を禁じるならば、せめて最低限守って欲しいですなあ……ところで、義勇兵なんて集めて役に立ちますかな?」


 「立たない」




 ルナリエはあっさりと言った。


 ヴァハンは問う。




 「では、何のために?」


 「それは……」














 一方、その頃。 


 ハヤスタン王国のファールス軍は撤退の準備をしていた。




 「シャーヒーン将軍、よろしいのですか?」


 「問題無い。ハヤスタン王国なんぞ後で奪い返せば良いのだ。それよりも一〇〇〇の軍隊を各個撃破される前に撤退させ、カワード将軍と合流することが先決だ」




 ハヤスタン王国領内には一〇〇〇のファールス王国軍が存在するが、そのすべては各要塞や都市に分散している。




 そのためこのままだと各個撃破される恐れがあるのだ。


 それに集合させたとしても、一〇〇〇では大した抵抗もできない。




 早々引き上げるのが上策だ。




 シャーヒーンはハヤスタン王国の国王や国民たちが慌てている間に、冷静に事態に対処して撤退を始めていた。




 そしてこの動きはルナリエの読み通りだった。




 「しかしレムリア軍、レムリアの新皇帝は恐ろしいな。自国領内で一日四十五キロは……狂っている」




 天才と何とかは紙一重、とは良く言ったものである。


 とシャーヒーンは溜息を付く。




 あまりにも斜め上の行動で、シャーヒーンも含めて誰一人エルキュールの動きを読めていなかった。




 「……何としてもハヤスタン王国を取り戻さなくては」




 そうしなければササン八世に顔向けできない。


 シャーヒーンは覚悟を決めた。


















 エルキュールがノヴァ・レムリアから発って三十八日目。


 進軍速度を速め、ハヤスタン王国に向かってから十八日目。




 エルキュールはハヤスタン王国との国境の砦に駐屯していた。




 そう、エルキュールは一日平均四十五キロの進軍で約八百キロの距離を僅か十八日で踏破したのである。




 「……まさか、本気でやるとは思いませんでしたよ」


 「だからやるんだろ。やると思われてることをやったら負けだ」




 呆れ顔のガルフィスに対して、エルキュールは飄々と答える。


 そして歩兵を率いていた、ダリオス、オスカルの両名に尋ねる。




 「何人、脱落した?」


 「私の軍団では百五十人程度です」


 「私のところは二百人程度です」




 ダリオス、オスカルの報告を聞いてエルキュールは満足そうに頷いた。


 十分に予想範囲内の脱落である。




 オスカルと比べてダリオスの方が五十人程度、損害が少ないのはやはりダリオスの方がオスカルよりも進軍が上手。ということであろう。




 「しかし脱落するとは、軟弱な奴だな。あとで鍛え直してやらないと」




 そしてエルキュールはエドモンドに尋ねる。




 「ロングボウ部隊の方はどうだ?」


 「三人、倒れましたが無事辿り着きましたよ」




 人族ヒューマンよりも長耳族エルフの方が持久力は上なので、当然の結果だ。


 尚、ガルフィスが率いる重装騎兵クリバナリウスに関しては聞く必要は無い。




 一日四十五キロ程度の進軍は、騎兵からすれば大したことではない。




 「それにしても初めて知りました。軍隊ってこんなに早く動けるものなんですね」


 「まあ、それなりに工夫があればな」




 カロリナの言葉にエルキュールは頷いた。




 レムリア帝国領内には無数の軍用道路が敷かれている。


 そして軍用道路上には、食糧庫が設置されている。




 少なくとも、レムリア帝国領内に於いてはレムリア軍は食糧を持ち運ぶ必要が無いのだ。


 さらに渋滞が発生しないように、予め集合場所を決めた上で……


 軍を複数に分けて、分散進撃をした。




 まあ、それ以上にレムリア軍の日頃からの進軍速度を重視した訓練と、エルキュール含めた将軍たちの進軍が上手いからだが。


 兵士の持つ最大の能力を上手く引き出すのが、名将というものであろう。




 「それで陛下、これからはどうする御予定ですか?」




 カロリナの問いにエルキュールは少し考えてから答える。




 「一先ず、二日は休憩だな。それからは予めこの砦に集めてあった三日分の食糧を兵士一人に、そして中隊ごとに六日分の食糧を荷馬車に乗せて、進軍する。……これらの九日分の食糧は緊急時のモノだ。だから出来うる限りハヤスタン王国領内での現地調達で兵站は賄う」




 どんなに兵站に気を使っても、前近代の軍隊は結局食糧を現地調達するしかない。


 レムリア軍に大型輸送機でもあれば、話は別だが。




 生憎、レムリア軍には『未亡人量産機』は配備されていないのである。




 「というか、食糧をどっさりと抱えたままじゃ速度が遅くなるからな」




 エルキュールはとにかく速さを重視している。


 敵よりも先に動き、常に戦争の主導権を握る。




 それが重要であると考えていた。




 (まあ、どこぞのおフランスの食人鬼の二の舞いになることは気を付けなければならないが……ハヤスタン王国には冬将軍はいないからな。問題無い)




 なーに、短期決戦なら大丈夫さ。




 きっと、クリスマスには終わるって。




 などと脳内で複数のフラグを立ててから、エルキュールは宣言する。




 「ここからは敵の領内だ。今までのように、一日四十五キロは難しいだろう。というわけで……一日三十キロで、一気にハヤスタン王国の首都を落とす!!」




 どっちにしろ強行軍じゃないか。


 将軍たちは脳内で突っ込んだが、口に出すのはやめた。




 エルキュールの無茶に毎回ツッコミを入れていては、身が持たないことを遂に悟ったのである。




 それから二日後、レムリア軍はハヤスタン王国に侵攻した。














 一方、そのころカワードは大急ぎでハヤスタン王国に向かっていた。




 「閣下!! レムリア軍がハヤスタン王国に侵攻した模様です!! ハヤスタン王国からは救援要請が来ております!!」


 「分かっている!! ……っく、まさか二十日でハヤスタン王国に……なんという進軍速度だ!!」




 予想よりも二十日から、一か月早い。




 「進軍速度を速める!! 全将兵に伝えろ!!」


 「で、ですが閣下……すでに一日二十キロ以上も進軍しております。こ、これ以上は限界かと……」




 部下の忠言に対して、カワードは拳を握り締める。


 部下の言う通りで、ファールス軍はこれ以上行軍速度を上げることはできない。




 もうすでにかなりの脱落者が出ているのだ。




 しかしこのままの進軍速度では、ハヤスタン王国に到着するのは三十六日後になる。




 レムリア軍の進軍速度はハヤスタン王国領内では多少遅くなることが予想できるが……


 しかしそれでも一日二十キロは維持するだろう。




 ハヤスタン王国を守る兵力は一万以下。


 あと一週間もあればハヤスタン王国はレムリア帝国の手に落ちる。




 そうなればファールス王国の安全保障が脅かされることになる。




 もはや大失態どころではない。




 ヤズデギルド王子の王位どころか、生命すらも怪しい。


 無論、カワードは間違いなく処刑されるだろう。




 「か、閣下!! ヤズデギルド殿下から……」




 カワードはヤズデギルドから送られてきた手紙を読み、思わず恨み言を漏らす。


 そこには『何をやって居るんだ!!』という趣旨の内容がびっしりと書かれていた。




 具体的な指示はなく、『何とかしろ!!』という意図だけが書かれている。




 「百も満たない若造が……」




 元はと言えば、ブルガロン王国に言葉に踊らされてレムリア帝国に侵攻しようとしたヤズデギルドの所為である。




 そもそも今、何とかしようとしているところなのだ。




 何とかしようとしている時に、『何とかしろ!!』と言われれば腹が立つのが人の感情というものだ。




 「……しかたがあるまい。ハヤスタン王国は切り捨てるか」




 このままハヤスタン王国に向かっても、もう間に合わないのは明白。


 となれば……




 次にエルキュールが攻撃するであろう場所に先回りするのが上策だ。


 どうせ、進軍速度では勝てないのだから。




 後手に回れば、必ず敗北する。




 「……シャーヒーン将軍がハヤスタン王国から、撤退してくれたのは幸いだ。……このまま、シャーヒーン将軍と合流し、レムリア軍を迎え撃つ」

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