第13話 模擬戦闘


 レムリア帝国の戦車競技場。


 普段は馬の嘶き、車輪が地面を削る音、観客の怒号と歓声に包まれて騒がしい場所だが……




 今日は静かであった。


 それもそのはず、レムリア帝国皇帝エルキュールが貸し切ったからである。




 いや、貸し切ったという表現は少々おかしい。




 そもそもレムリア帝国で催される戦車競技は所謂『パンとサーカス』の一つであり、皇帝が市民へ下賜する娯楽だ。


 だからそれを取りやめるのも、皇帝だけが一時的に使うのも問題は無い。




 無論、連日となれば不満が発生するが。






 いつもは数万人の人が収容される戦車競技場には七人の人物がいた。




 我らがレムリア帝国の若き英雄、エルキュール一世。


 レムリア帝国、重装騎兵クリバナリウス長官であり陸軍将軍ガルフィス・ガレアノス。


 レムリア帝国、海軍提督、クリストフ・オーギュスト。


 レムリア帝国、ノヴァ・レムリア総主教ルーカノス・ルカリオス・




 そしてレムリア帝国の外交の一切を司る、トドリス・トドリアヌス。




 この四人が観客席に座り……






 「あなたが猛者であることは分かっていました。手合わせできて、嬉しいです」




 炎のように真っ赤な髪、ルビーのように美しい瞳の少女。


 カロリナ・ガレアノス。




 「ご期待に沿えると嬉しいですね」




 そして黄金のように美しい髪、翡翠色の瞳の少女。


 シェヘラザード・アカイメネス。




 二人が競技場で向かい合う。




 「おーい! 壊さない程度にやれよ! 修理費高いからな!!」


 「「はーい!!」」




 エルキュールが上から声を掛けると、二人は揃って元気に手を上げて返事をした。


 エルキュールは満足気に頷き、弓を空に向かって構え、放つ。




 ひゅるるるるるる~




 そんな間抜けな音を立てて、鏑矢が鳴り……




 それが戦いの合図となった。














 「先手必勝です」




 初めに動いたのはカロリナだ。


 魔力がカロリナから溢れ出る。




 カロリナの固有魔法『神速Ⅱ』が発動したのである。




 一瞬、カロリナは体を沈め……


 地面を蹴る。




 カロリナの姿が一瞬、消える。


 そして……




 「はあああ!!!」




 カロリナの愛剣であり、契約精霊でもある『エリゴス』がシェヘラザードに迫る。


 それに対してシェヘラザードは……




 「早いですが、見切れなくはないですね」




 弾き返した。


 そして凄まじい早さで剣を振るい、カロリナの腹に剣を叩きつけ……




 る前にカロリナが身を引き、離れる。




 二人の間には五メートルほどの距離。




 「加速系の魔法……私と同じですか」


 「ええ、私も『神速』の固有魔法を持っています。……まあ、あなたと違い『Ⅰ』ですから、速度は負けますが……そう簡単には攻撃は食らいません」




 そしてシェヘラザードは剣を構える。


 白銀に輝く、美しい長剣だ。




 「私の『エリゴス』の一撃で壊れないとは、随分と良い剣ですね」




 剣と恋愛の大精霊『エリゴス』


 カロリナが契約する、七十二柱の精霊の一角、序列十五位、階級は公爵。




 その能力は如何なる武器にも変異出来るという、変身能力と……


 対象に依る質量変化、そして強靭な硬度である。




 そんな『エリゴス』の一撃を防いだシェヘラザードの剣は……


 世界最高レベルであるのは間違いない。




 それに……




 「それに随分と力が強いですね。私の『エリゴス』を真正面から受けて、弾き返せる力の持ち主はそうそういませんよ?」




 エリゴスは対象によって、その質量、重さを変えられる。


 カロリナにとってはエリゴスは鳥の羽よりも軽いが……


 その剣を受け止める相手には、船の錨よりも重くすることが出来る。




 「固有魔法ですか?」


 「『金剛力Ⅱ』です」




 『金剛力』。


 身体能力強化系の固有魔法の中では、『神速』に並ぶほど高位の魔法だ。




 「じゃあ、お返しに次は私が」




 そう言ってシェヘラザードは体を沈め……


 一気にカロリナに肉薄する。




 どちらも『神速』の魔法使い。


 だが……


 カロリナの方が速い。




 カロリナは余裕でシェヘラザードの剣を受け止め……




 「!!!!」




 吹き飛ばされる。


 ゴロゴロと地面を転がりながらも、剣を地面に突き刺してカロリナは立ち上がる。




 カロリナはゆっくりと剣を地面から引き抜いた。




 剣が……『エリゴス』が真っ二つに割れていた。




 「……そんな馬鹿な」




 カロリナはシェヘラザードの剣を確認する。


 シェヘラザードの剣には傷一つついて居ない。




 ……これはあり得ないことだ。




 『エリゴス』の硬度は世界中の、如何なる鋼よりも上。


 『エリゴス』が真っ二つに割れるのであれば、シェヘラザードの剣も真っ二つに割れてなくてはならない。




 何故か……


 カロリナが考えるよりも先にシェヘラザードが接近する。




 カロリナは慌てて『エリゴス』に魔力を送り、刀身を復元させてそれを向かい撃つ。




 金属と金属が何度もぶつかり合い……


 そして一方がついに折れて、刃が宙を舞う。




 折れたのはカロリナの剣だ。




 「これでお終いですね」


 「そんなわけないでしょう」




 即座にカロリナはその場を離脱する。




 カロリナの方が速度は速い。


 逃げるのは簡単だ。




 「逃げてばっかりですか?」


 「そんな簡単な徴発に引っかかると思われるのは心外ですね。……今の打ち合いでカラクリは分かりました。『ベリト』ですね?」


 「その通りです」




 虚偽と錬金の大精霊『ベリト』




 その能力は錬金……即ち金の錬成である。


 もっとも、錬成は一時的で魔法が解けると金はただの土くれに戻ってしまうが……




 それでも一時的に金に変わる。




 金は非常に柔らかい金属だ。


 装飾品に使用される金も、多くは銀や銅などを混ぜた合金である。




 シェヘラザードはカロリナの『エリゴス』を斬るたびに、少しずつ金に錬成していったのだ。


 如何に『エリゴス』が強力な武器精霊であっても、金という不純物が混じれば脆くなる。




 「でも……これは推理小説ではありません。どんなに種を理解しようとも、私の『ベリト』には逃れられませんよ」


 「本当にそう思います?」




 カロリナは不適に笑った。


 そして……『エリゴス』に魔力を送り込む。




 『エリゴス』の姿が変質する。




 「弓……ですか」


 「ええ、それも世界最高の『弓』です」




 カロリナは『エリゴス』を弓の姿に変異させる。


 エリゴスは剣の精霊だが……


 武器であるならばどんな姿にも変えられるのだ。




 そして……


 カロリナは距離を取りながら、シェヘラザードに向かって矢を放つ。




 矢は寸分狂わず、シェヘラザードに向かい……




 「!!!!」




 シェヘラザードの目の前で槍へと姿を変えた。


 シェヘラザードは慌てて、槍を剣で叩き落とす。






 「……錨と同じだけの重さの矢。それを当たる瞬間に槍に変えてリーチを伸ばす。厄介ですね」


 「錨と同じ、と感じるのはあなただけです。私にとっては羽のような軽さですよ」




 カロリナとシェヘラザードの鬼ごっこが始まった。


 逃げながら矢を放つカロリナ、それを追うシェヘラザード。




 互いに体力を擦り減らす消耗戦に移行する。


 そして……




 「埒が明かない……良いでしょう」




 シェヘラザードは立ち上がり、大きな声で唱えた。




 「『来たれ、勝利よ!!!』




 周囲の雰囲気が変わる。


 異様な雰囲気の中、カロリナは新たな矢をつがえるが……




 突如、突風が吹いて矢が吹き飛ばされてしまう。




 「これは……」


 「私の……いえ、『アカイメネス家』の血統魔法です。……この辺り一帯の未契約の下級、中級精霊は私の味方です」




 なるほど。


 カロリナは納得した。




 つまりこの周囲の風は全て、シェヘラザードの味方。


 どんなに矢を放っても、風に邪魔されてしまう。




 と、なれば接近戦しかない。




 カロリナは笑みを浮かべた。




 エリゴスを高々と掲げ、カロリナは唱える。




 「『我が剣は皇帝の為に!!!』」




 一時的にカロリナの魔力が最高潮に高まる。


 カロリナは『神速』に魔力を注ぎ込み、一気に加速した。




 カロリナの神速の斬撃。 


 それをシェヘラザードは受け止め、弾き、そして砕く。


 だがカロリナは高まった魔力でそれを瞬時に修復し、再び斬りかかる。




 時折、シェヘラザードは風や大地を動かしてカロリナのバランスを崩そうとするが…… 


 それでもカロリナは剣を振るう。




 一進一退の攻防。




 そして……


 「っつ……もう、ダメ……」


 「こ、こんなところで魔力切れ……」




 二人は同時に倒れた。




 そして……






 「ルーカノス、治療してやれ」


 「はいは……全く、いつ大怪我するか危なっかしい試合でしたね。もう二度と、やらせないでください」


 「分かってるよ……まさか、二人ともここまで強いとはな」




 エルキュールは肩をすくませた。
















 「ひぐぅぅ……こ、腰が痛い……」


 「お、お腹が……」




 三日後……


 シェヘラザードとカロリナは筋肉痛で呻いていた。




 全身の筋肉が悲鳴を上げていた。


 ルーカノスがその気になれば、筋肉痛を治すことも可能だが……




 互いに手加減しなさ過ぎた罰、


 ということもあり、二人の筋肉痛はそのままにされていた。




 「うーん……しかしあとちょっとで勝ったんですけどね」


 「それは私のセリフ。あと十秒でも勝負が続いてたら勝ったのは私です」 


 「いや、私だから。あと五秒もあれば勝てました」




 カロリナとシェヘラザードは激しく口論する。


 結局、勝敗はついて居ないのだ。




 「お前ら、随分と仲良くなったな」


 「そりゃあ、もう」


 「ねえー」




 エルキュールが声を掛けると、カロリナとシェヘラザードは顔を見合わせて笑った。




 「まあ、仲が良いのは結構だが……もう戦うな?」


 「えー!」


 「まだ決着着いてないんですが……」


 「死んだら困る」




 シェヘラザードもカロリナも、死なれたらレムリア帝国としていろいろ不味い人間である。




 カロリナとシェヘラザードがエルキュールに文句を言っていると……




 「皇帝陛下!! 急報でございます!!!」




 トドリス・トドリアヌスが飛び出たお腹を揺らしながら走って来た。


 額には汗が浮き出ている。




 「どうした?」




 エルキュールの問いにトドリスは答えた。




 「ファールス王国軍が属州シュリアに向かっております!!」

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