第12話 弓
エルキュールは新型弓に矢をセットする。
足で地面を踏みしめ、ゆっくりと矢を引く。
引き始めは重く感じたが、しかし滑車が動き出すと滑らかに、大して力も掛けていないのにも関わらず、胸の位置まで引き絞ることが出来た。
エルキュールは前方……百メートル先にある的に狙いを絞り……
手を離した。
矢は的も真ん中に見事に命中する。
「お見事です、陛下」
「まあ、この程度出来て貰わなくては困るな……」
長耳族エルフならばこの程度は欠伸しながらでも狙える。
当然、エルキュールも可能だ。
もっとも、現在図っているのはエルキュールの射撃の腕ではなく新型弓の射程だが。
「百五十だ」
エルキュールの命令で兵士たちが的を五十メートル先に移動させる。
移動が終わり、兵士がその場を離れて安全が確保されたのを確認してから……
エルキュールは欠伸をしながら、退屈そうに放つ。
再び的の中央に見事に命中した。
「癖は分かって来た。うん、良い弓だな」
さらに五十メートル的が移動する。
「ふえぇ……あんな簡単に……しゅごい……」
「あれは……我らの作った弓が凄いのか、陛下が凄いのか分からんな……」
ヒュパティアとヒュパティアと共に弓を開発した弓職人が感嘆の声を上げる。
実際、弓は百メートル先を射貫くのも相当な技量が必要だ。
それを易々と射貫くエルキュールの腕は相当なモノであろう。
「陛下は戦闘はからっきしだと勝手も思ってたが……実は強いのか?」
ダリオスは隣にいたガルフィスに尋ねる。
ガルフィスは大きく頷いた。
「当たり前だ。……剣や槍、馬術の腕なら長耳族エルフの中でも二十指、弓に限れば五指には確実にお入りになるだろうな」
「へ、陛下って凄いんだな……」
ダリオスは驚きの声を上げる。
完璧な人間などいない、きっと戦闘能力は無いのだろう……
とダリオスは勝手に考えていたが、どうやらいてしまったようである。
「陛下は基本的に弱点はありませんよ。強いて言うなれば、御人格ですかね?」
「カロリナ、聞こえているぞ」
エルキュールは二百メートル先を射貫いてから言う。
そして……
「後でお仕置きだな」
「お、お仕置きって……」
カロリナが顔を赤らめる。
そういうやり取りは夜にやれ、と周囲から非難の目が二人に降り注ぐが……
二人は気にしない。
バカップルとは、そういう生き物である。
気を取り直して、エルキュールはさらに五十メートル進んだ的を見る。
二百五十メートルだ。
「さて……普通の弓だとこれ以上は風精霊の補助が必要だが……」
エルキュールは少しだけ考えてから……
新型弓の性能を試すことにした。
風の精霊を纏わせず……
ただ的の中心を狙い……
放つ。
中央から少し離れた位置に矢が命中した。
「「おおお!!」」
どよめきが起きる。
二百五十メートル先、というのは長耳族エルフでも驚異的な数値だ。
「これで陛下はレムリア帝国で最高の弓遣いですね」
「バカを言うな、エドモンド。……弓の性能だ」
さらに的が五十メートル離れる。
これで三百メートルだ。
エルキュールは精神を研ぎ澄ませ……
そして放つ。
的の左端に見事に命中した。
「これで十分だな」
「宜しいんですか?」
「これ以上は当たらん。お前なら当てられるかもしれんがな、エドモンド」
エルキュールは本当の長耳族エルフレムリア帝国最高の弓遣いに言った。
それに大切なのはエルキュールの弓の技量ではない。
弓の性能である。
「もっと広い場所に移動しよう。どれくらい飛ぶか、それが重要だ」
弓の性能検査が終わり、自室に戻ってからエルキュールは上機嫌で独り言を言う。
「六百か……素晴らしい、実に素晴らしい!!」
新型弓。
最大射程距離は六百。
有効射程距離は二百前後。技量が高ければ三百。
というのがこの弓の性能であった。
もっとも……
平均視力七・〇の長耳族エルフが射た上での性能であることを考慮に入れる必要もあるが。
ともかく、エルキュールとしては大満足であった。
「一先ず、軍拡はこの辺りで良いかな……」
エルキュールは考える。
屯田兵制も始まり、すでに三万人規模の屯田が国境付近で始まっている。
最終目標は二十万人規模だが、それは時間が解決するだろう。
中央の歩兵は一個軍団一二〇〇〇規模に増強され、常備軍の規模は歩兵が三六〇〇〇、騎兵と弓兵は一個軍団九六〇〇ずつ。
さらに海軍も抱えている。
これ以上の規模の軍拡は難しいだろう。
「皇帝陛下!! よろしいでしょうか?」
「構わないよ、カロリナ」
カロリナは一礼してから入室した。
「どうした? まだ明るいぞ?」
「そっちじゃありません! ……戦車競技場を貸し切りたいのですが、良いですか?」
「ん? 別に一日程度ならば手配するが……どうした?」
「シェヘラザードと試合をしたいんです」
「シェヘラザードと?」
エルキュールは首を傾げた。
カロリナは爛々と輝いた瞳でエルキュールを見つめる。
(そう言えば長耳族エルフって狩猟民族だったな……)
長耳族エルフという種族は非常に好戦的だ。
戦闘を何よりも好む種族である。
それはカロリナも変わらない。
これだから戦闘狂は……
と、エルキュールは戦争中に自分も似たような目をしていることを棚に上げてから、カロリナに問う。
「シェヘラザードを連れて来い。……彼女の意思も確認しなくては」
カロリナが勝手に暴走して、シェヘラザードに無断で試合を計画している可能性がある。
「折角陛下が用意してくださったんですよ? 戦わないと、無礼です」などと強引に押し切ろうと考えている可能性が捨てきれない。
無論、エルキュールはカロリナが非常に心優しくまともな常識人であることを理解しているが……
しかし爛々と輝く目を見ると、どうしても勘ぐってしまう。
「分かりました、皇帝陛下」
たたたたた……
とカロリナは駆けていき……
しばらくすると右手にシェヘラザードを引き連れてやって来た。
「連れてきました!!」
「えっと……なんですか?」
「カロリナが試合したいそうだが、どうなんだ?」
「……それは初耳ですが……構いませんよ?」
初耳だったんかい……
そして構わないのか……
エルキュールは内心で突っ込んだ。
そして尋ねる。
「カロリナはこれでも強いぞ? 帝国では五指に入る。大丈夫か?」
「陛下も武人なら、私の実力くらい分かるのではないですか?」
ふむ……
とエルキュールは少し考えてから……
近くにあったペンをダーツのようにシェヘラザードへ投げた。
シェヘラザードは右手の人差し指と中指でそれを受け止める。
「やはり……筋肉や身のこなしからそれなりだとは思っていたが……」
エルキュールもそれなりの武人だ。
普段の体の動かし方を見れば、ある程度見当はつく。
だが……
「カロリナは本当に強いぞ?」
「私も本当に強いですよ……ファールス王国では五指に入ります」
シェヘラザードは胸を張っていった。
やはり大きい。
エルキュールはシェヘラザードのおっぱいを凝視するが……
カロリナに睨まれて目を逸らした。
「よし許可を出す……但し、俺やガルフィス、ルーカノスらの監督の元だ。……良いな?」
「「はーい!!」」
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