第10話 芸術的
「いやあ、しかし我らの皇帝陛下は素晴らしいな、そう思わないかね? オスカル・アルモン殿」
「全くですね。ダリオス殿……ところで、何を吸っておられるので?」
「大麻マリファナだ。吸うか?」
「結構です」
ダリオスは美味しそうに、大麻をパイプに入れて吸う。
レムリア帝国では大麻は普通に嗜好品として出回っている。
痛み止めとして、よく用いられる。
メジャーな植物だ。
「いやはや、皇帝陛下に敗れた時は終わったと思ったがね。まさか、ここまで優秀で面白い主人になるとは思わなかったよ。君も、そう思わないかね?」
「そうですね。我がレムリア帝国はこれから滅びの道を突き進むばかりと思っていましたが……ここへ来て、主は我らを見捨てなかった、と言ったところでしょう。まさに神の思し召し、というやつですな」
と、神と言えば……
オスカルはダリオスに尋ねる。
「あなたは『西方派』メシア教だったと思いますが……今もそうですか?」
「二週間前に『正統派』に改宗したよ。さすがに『西方派』は肩身が狭いしな」
いくら勅令で差別が禁じられても、白い目で見られるのは変わらない。
元々敬虔ではないダリオスにとって、改宗はさほど抵抗のあることではない。
「しかし、何も考えて無さそうに見えて、何もかも考えている、お見通し。すべては計画通り、という方だな。皇帝陛下は」
「今回はさすがに鳥肌が立ちましたよ……鮮やか過ぎる」
まずは大貴族を粛清する。
これで政権の基盤を固めるのと同時に、土地を手に入れて屯田兵制の布石にする。
その後元アレクティア総主教を粛清、エルキュールに攻撃を仕掛けたオロンティア総主教を返し刃で屈服させる。
これでレムリア帝国領内の殆どの聖職者を事実上屈服させ、支配下に収める。
そして姫巫女メディウムと密約を結び、公会議を有利に運んだ上で……
ハドリアヌス帝時代に生じた『新正統派』及び『聖像破壊令』等の混乱を収めて、正統派を完全に確立。
同時に勅令で『アレクティア派』に信仰の自由を与える、とすることでアレクティア派の支持を得る。
既にエルキュールに抑え込まれている正統派の聖職者は何も言えない。
その上で……
異教徒・異端者に課税することで、新たに財源を確保。
さらに彼らの宗教組織を逆に利用し、活動や信徒の数、信徒の居場所を常に把握することで反乱を未然に防止。
それを脅しの材料とし、異教徒・異端者から金を借りてさらに財源を得る。
一つの政策が網目のように広がり、帝国の諸問題を一刀両断するかのように解決する。
実に鮮やかで、まさに芸術のようであった。
「しかも、あれだけ金を貸せば……異教徒・異端者共は帝国を支持せざるを得ない。もはや帝国と一蓮托生、というわけだな」
「まさに、借金の枷ですな……彼らの生きる糧が金である以上、彼らはもう帝国からは逃れられない……」
異教徒・異端者がエルキュールに莫大な金を貸す。
ということはつまり、その金がエルキュールに返ってくるまで異教徒・異端者はエルキュールに、帝国に逆らえないということになる。
反乱を起こすには武器が必要だ。
武器を買うには金が必要だ。
異教徒・異端者が反乱を起こすには……同じ異教徒・異端者の支援が無くてはならない。
だが、この借款で彼らは帝国側になってしまった。
異教徒・異端者が反乱を起こすことは、絶望的に難しくなったのだ。
「極めつけは此度の『教会法』だ」
「あれで帝国の宗教問題は解決しますし……さらに新たな財源が確保できますね」
『教会法』
エルキュールが新たに制定した、教会の統制法である。
この法律の骨子は三つ。
一つは教会内部での大きな範囲での自治を認める、というもの。
今までハドリアヌス帝の代まで、帝国は教会内部の人事に首を挟み続けた。
しかしエルキュールはこれを廃止し、教会に自由な自治を許したのだ。
最も……
総主教に関しては、『教会内部で選ばれた後にエルキュールが任命する』という形を取るため、最低限の首輪は用意されている。
二つ、教会の財産に関して。
教会は寄付や寄進で莫大な土地や財産を持っている。
この土地、財産が課税対象になるかならないか……
これはハドリアヌス帝の時代から問題となっていた。
ハドリアヌス帝の主張は、教会の土地である前に帝国の土地なのだから金を払え。
教会の主張は、寄付・寄進された以上神の物だから手出し無用。
というわけである。
教会はハドリアヌス帝による課税を防いだが……
ハドリアヌス帝は時に武力で無理やり教会から財産を奪ったりしていた。
つまり勝敗は互角、と言える状態だった。
この状態を解決するために、エルキュールは……
『寄付された金は教会の所有物として手出し禁止。寄進された土地は教会を運営するために必要な範囲内であれば無税。但し、必要以上の利潤を得ているのであれば課税対象』
としたのである。
要するに妥協案であった。
教会からすれば運営に必要な最低限は確保できるし、必要以上の利潤を得ているのであれば……まあ税金を払うのは致し方ない。
エルキュールからすれば、恒常的に新たな財源が手に入る。
と双方納得のいく結論が出たのである。
そして最後の骨子……
それは各教会がその教会に所属する、信者の氏名、住所を中央政府に提出する……というものであった。
正統派とアレクティア派、その他異端、異教徒の正確な人数を知るため……
というのがエルキュールの主張だが……
ただ教会を統制したかった、というのと人口を調査する費用を安く抑えたかった、というのが本音のところであった。
教会からすると面倒だが……
自治と引き換えの条件ならば、吝かでもない。と言ったところか。
「戦争芸術、ってのがあるとするならば陛下のアレは政治芸術だな」
「言い得て妙ですね。まさに芸術……素晴らしいの一言です」
エルキュールの目的は一貫している。
財源の確保と、国内の安定である。
だがこの両方を同時に満たすのは非常に難しい。
課税を強化すれば不満は高まるし、国内の安定を重視して減税すればそれだけ収入も減る。
不満一つ出さず、いやむしろ自分の支持者を増やしながら……
増税をする、という普通ではあり得ない両立をエルキュールはして見せたのだ。
「しかしこれ以上の手品はさすがに不可能だと思うがね……どう思う?」
「不可能というか……この件で帝国国内は安定しましたし、特にすることはないのでは? あとは国内の開発で徐々に税収は上がるでしょうし」
他に出来ることと言えば……
戦争以外にはない、と少なくとも二人は考えていた。
つまり、自分たちの出番である。
「まあ、どうせ我らには政治は分からん。……政治は陛下にお任せすれば大丈夫だ。我らの仕事は兵の教練と戦場での活躍だ」
「おっしゃる通りです。……陛下に付いて行けば、どんな敵も怖くはありませんね。楽しみです」
「戦争が楽しみとは、あなたは不謹慎だ」
「ダリオス殿、あなたも笑っているではありませんか」
二人は愉快そうに笑った。
すでにエルキュールは軍を完全に掌握しているようである。
「うわあ!! へ、陛下!! 本当に良いんですか? 宜しいんですか? 支援してくださるんですか!? 上げてから絶望に叩き落とすのが楽しいじゃないか!! とかじゃないですよね?」
「無いぞ。……喜んでくれて何よりだ」
ピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねる獣人族ワービースト天狐種の少女、ヒュパティア。
二十歳(本人談)なので決して少女ではないが……
見た目は少女である。
おっぱいは大きいが。
エルキュールは揺れる胸を見て目を癒しながらヒュパティアに言う。
「俺は帝国の利益になるのであれば、異教徒だろうと異端者だろうと構わんさ。君たちの知識は是非とも、帝国の科学技術・文化の発展に活かして貰いたい。だから君たちの活動を保護し、支援しよう。但し……無償というわけにはいかない。っと、言うわけで当然仕事を頼みたいのだが、良いかね?」
「は、はい……何でしょう?」
ヒュパティアは緊張で顔を強張らせる。
「我が国の使用している弓矢の改良だ。遊牧民の使用する複合弓は知っているな?」
「は、はい……、し、知っています。獣の角や皮を膠で組み合わせて、作った短弓の事……ですね? き、騎乗用に短く、そ、そして取り回しが良く、そして長弓と同等それ以上に……射程が長い」
エルキュールは満足気に頷いた。
「それだ。……複合弓と長弓、組み合わせればより破壊力が増すとは思わないか?」
「は、はあ……で、ですがそのぉ……誠に申し上げにくいのですが……その分弓を引くのに強い力が必要になるのではないかなあ……と愚考致します……いくら長耳族エルフの腕力が人族ヒューマンよりも優れていても……げ、限度があるのではないでしょうか……?」
「それについてだが、滑車を付けるというのはどうかね?」
「滑車? ……ああ!! 成るほど!! 確かに、それならば引く力を軽減できますね!!」
エルキュールが目指しているのは、現代の地球で用いられる弓の最終進化形態ともいえるコンパウンドボウである。
銃火器があるため、専ら地球では狩猟やスポーツ用だが……
この世界では十分以上に力を発揮するだろう。
「てこの原理を活かしたり、材料を工夫すれば……より強力な弓が出来るはずだ。期待しているよ」
「は、はい……ご、ご期待に沿えるようにが、ガンバリマス!!!」
ヒュパティアは拳を握り締める。
そんなヒュパティアの様子を見て、エルキュールは満足気に頷いた。
「そうそう、それと……アレクティア図書館の分校をノヴァ・レムリアに立てようと思う。そのためには写本が必要なんだが……こうしないかね? 誰でも二冊まで写本を書いて良し。その代わり、一冊は必ず中央政府に収める。もう一冊は自分の物にしても良い」
「は、はあ……で、でも……その……パピルスや羊皮紙は高くて……」
「これならどうだ?」
エルキュールは紙の束をヒュパティアに手渡した。
真っ白い、パピルスでもない、羊皮紙でもない紙だ。
「こ、これは……」
「植物から作った紙だよ。パピルスと違って裏も書けるし、製造も難しくない。必要ならいくらでも上げよう」
三年前からエルキュールはせっせと紙の開発をしていた。
あった方が便利だからである。
パピルスや羊皮紙はどうしても高く、量産が出来ない。
これでは行政用の文章だけでも手痛い出費になる。
つまり元々は節約のためであった。
「こ、これはどうやって……」
「秘密だ」
エルキュールはそう言ってヒュパティアにウィンクした。
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