第9話 正しい重税の取り立て方

 「どうだ、ルーカノス。反応は」


 「過激派の神官たちが反発していますが……彼らは押さえつけました。一部正統派の信者たちは不満を抱いているようですが、大きな行動を起こす予兆は見えません。アレクティア派は好意的に捉えているようです」


 「異教徒、異端者は?」


 「目立った動きはありません」




 よろしい。


 と、エルキュールは満足気に紅茶を飲む。




 クッキーと一緒に飲む紅茶は素晴らしい。


 エルキュールが紅茶の香りを優雅に楽しんでいると……




 「皇帝陛下!!」


 「なんだ。カロリナか?」


 「種明かしをして下さい。……もう、何が何だか分からないです!!」




 カロリナは混乱したように言った。


 それもそのはず。




 公会議を開いて教義を統一し、正統派一本に絞り、先帝ハドリアヌスの融和策すらも蹴り飛ばして保守的な姿勢を見せた後に……


 あのとてつもなく寛容で革新的な勅令である。




 カロリナが混乱するのは無理もなく、事実レムリア帝国の貴族、聖職者、そして他ならぬ異教徒、異端者たちも困惑していた。




 「よし、説明してやろう……今までの我が国の宗教政策は分かるな?」


 「……教義と国論の統一です」


 「よく分かった。偉い偉い」




 エルキュールはカロリナの頭をよしよしと撫でる。


 カロリナは複雑な表情を浮かべる。お前、絶対に馬鹿にしてるだろ。




 レムリア帝国は元々多神教の国家であったが…… 


 内乱によってその求心力を失ってしまった。故に時の皇帝が当時勢力を拡大していたメシア教に目を付け、メシア教を国教にしたのである。




 メシア教は唯一神を奉る一神教。


 故にその求心力は凄まじい。




 神が一柱、ということは正義が一つだけということであり、即ち皇帝が一番偉い、と皇帝権の肯定には持って来いだったのだ。




 しかし問題はメシア教にも様々な派閥があったこと。


 故に歴代の皇帝は公会議を主催し、時には対立する総主教を排除し、教義を一本にまとめてきた。


 それが正統主義である。




 しかし……


 先帝ハドリアヌスの時代からそれが難しくなる。




 アレクティア派の存在だ。 


 アレクティア派は非常に数が多く……


 公会議で否定しても、排除することができなかったのだ。




 その上、アレクティア派の多いミスル属州やシュリア属州は帝国にとって軍事的、経済的な要地である。


 この地の市民の支持を失うわけにはいかない。




 故にハドリアヌス帝は『新正統派』を出して、教義を統一したり、『聖像破壊令』を出してメシア教の教義を洗練しようとしたのだ。




 しかしそれらは失敗した。


 つまり……


 もはや、教義の一本化は不可能になったのである。




 それこそ領土を切り離さない限り。


 故にエルキュールは考えた。




 『なにエルキュール? 


 アレクティア派が教義を捨ててくれないって?




 エルキュール、それは無理に引き離そうとするからだよ。




 逆に考えるんだ。「認めちゃってもいいさ」と考えるんだ』




 というわけで、エルキュールは「面倒くさいしアレクティア派を認めちゃおう」作戦に出たのである。


 ついでにその他異端と異教も人頭税を支払えばセーフにした。




 イ〇〇ム教のパクリである。




 ジズヤを払え、さすれば許そう。




 「と、いうわけさ」


 「……反対派が大勢いるのでは? 正統派の過激派は……」


 「過激なアレクティア総主教はクビにした。同じく過激派のオロンティア総主教は俺に屈服した。指導者がいなければ、どうにもならんさ」


 「……まさか、最初からアレクティア総主教を処刑するためにアレクティアに行ったのですか!!」


 「まあね、だって……そうでもなければあれだけ裁判の証拠を集められないだろ?」




 尚、アレクティア図書館の炎上はさすがに予想外でマジ切れしていたのは事実である。




 「ま、待ってください!! レムリア総主教と姫巫女メディウム様は!! あの方々は反対されないのですか?」


 「されないさ。予め、密約を結んでいたからね。『聖像破壊令』の撤廃。及びレムリア総主教が西方派の異端と仲良くすることを認める、その代わりに俺の政策には文句を付けない、ってね。他にも『名誉上』とはいえ首位権を認めてやったり、公会議の決定には『姫巫女メディウムの連名』が必要と定めたり……全く、あの婆さんは油断ならないね」




 実はレムリア総主教座は西方派の獣人族ワービーストの国家の中にある。


 これはレムリアは滅ぼされた西レムリア帝国にあったからである。




 都市は動くことはできない。




 そんなわけで、レムリア総主教座は西方派には甘い。


 敵対すれば攻め込まれかねないからだ。




 故に……


 レムリア帝国の宗教政策に大きな顔で介入することができないのである。




 「あとは教義の統一以外に税金を採りたかった、ってのはあるね。異教徒相手なら多少税金を採っても非難されない。これで軍拡資金は手に入れた」


 「ちゃんと集まるんですか? 税金逃れは……」


 「何のために勅令の『第五条』で氏名と住所を報告しろって記したと思う?」




 異教徒、異端者はレムリア帝国の法の保護を求めたければ……


 どうしても自己申告が必要になる、というわけだ。




 「は、反乱は!」 


 「『財産の多寡に応じて』の人頭税だ。だから貧乏人には無いも同然の税金さ。それに……今までの差別、迫害が廃止されて自由に宗教活動ができるようになるんだぞ?」




 これで反乱を起こすバカはいない。


 とエルキュールは考えていた。




 起きれば起きたらで殺せばいいとも考えていた。


 むしろテロリスト予備軍には早いところ武力蜂起してもらった方が、後々楽になる。




 「それに今回の人頭税は取り逃がした税金の回収の意味もある」


 「取り逃がした?」




 カロリナは首を傾げた。


 エルキュールはカロリナの長い耳を弄りながら、優しく丁寧に説明する。




 「カロリナ、異教徒や異端者が公務員になれると思うか?」


 「無理ですね……」


 「では、地主や自作農は?」


 「……土地を取られてしまいますね」




 メシア教では異教徒や異端者は人間ではない。


 よって、彼らの財産を奪っても非難されることはないし、今まで何度も奪われてきた。




 故に彼らは持ち運べない……奪われやすい土地は持たない。




 「では、商売は?」


 「……信用されませんね」




 好き好んで異教徒や異端者から物を買う者はいない。




 「だから異教徒や異端者の多くは小作人や奴隷みたいに働かされる下働き……だけど、中には成功して金持ちになる奴もいる。なーんだ?」


 「………………あああ!!! 金貸し!!!」


 「その通り、メシア教では疎んじられる貸金業。それを営むことで財を成した異教徒や異端者は大勢いる」




 また、異教徒や異端者には学者も多い。


 土地は持ち運べないが、金貨や宝石などの物品、そして知識は持ち運べる。




 一部の異教徒や異端者はそれらを使って強かに生き残っていた。




 そして……


 エルキュールの財政改革では商業税はギルド単位で課せられる。




 が、ギルドを大っぴらに組めない異教徒や異端者には実質的無税であった。




 エルキュールはそれを人頭税という形で回収しようと目論んだのである。




 「ぜ、全部……計画通り、ですか?」


 「いや、まだだよ。まだ、終わっていない」




 エルキュールはニヤリと笑った。




 「人頭税で軍拡の資金は得た。だが、治水や保馬法用の馬の購入費、その他国家事業のためには金が足りない。次はこれを確保する」


 「……でも、これ以上重税なんて」


 「重税じゃないさ。でも……この宗教政策の続きかな?」




 エルキュールは悪戯っぽく笑った。
















 「諸君、よく集まってくれた。単刀直入に言うと、君たちにお金を貸して欲しいのだよ。帝国の発展のために、ね?」




 エルキュールは異教徒、異端者の金貸しを宮殿に招き、そう言った。


 予想通りだったのか、彼らには動揺は無かった。




 一人の男が代表して、一歩進み出てエルキュールに問う。




 「皇帝陛下。我々は陛下の御勅令により、救われました。襲撃や理不尽な暴力に怯えず、夜眠れるようになり、そして……今まで禁じられて来た聖地への巡礼も可能になりました。我ら一同、陛下には感謝しております」




 そう言った男は……六星教と呼ばれる、異教徒の金貸しであった。


 六星教とは、メシア教の母体となった宗教であり世界最古の一神教とも言える宗教である。




 そしてメシア教と同一の神を信仰している……所謂啓典の民である。


 メシア教を創始したとされる、神の子も元々六星教徒であった。




 しかし彼らは神の子を裏切り、神の子が磔刑に処される要因となったこともありメシア教から激しい差別に晒されていた。




 尚レムリア帝国に於ける、異教徒・異端者の金貸しのうち七割は六星教徒である。




 「ですが、陛下。我らは金貸しでございます。我らは金を貸し、その利息で……」


 「回りくどく、丁寧に言おうとしなくても良い。ようするに、ちゃんと返してくれるのか? って言いたいんだろ?」




 エルキュールは笑みを浮かべた。


 六星教徒の男の顔が青ざめる。




 ここはレムリア帝国の宮殿。


 仮にエルキュールが気まぐれで彼らを殺そうと思えば、殺すことができてしまう。




 そして……


 六星教徒が殺されたと聞いて、喜ぶメシア教徒は大勢いるが怒り、憤るメシア教徒は……


 果たしてどれほどいるのか。




 「安心したまえ。君たちの気持ちもよく分かる。確かに俺はその気になれば踏み倒すことが出来てしまうだろう。……それに私はすでに君たちの氏名と住所を押さえているからね。君たちが少しでも俺に逆らおうと思えば、俺は君たちを殺せる。君たちが自分の氏名と住所を伝えない、という選択肢は無い。この国では……少なくともそうしなければ君たちの身を理不尽な暴力が襲うだろう」




 エルキュールは穏やかに言うが……


 それは事実上の脅しであった。




 金貸したちは自分たちに選択権が無いことを悟る。




 エルキュールはそれを分かった上で、尚も笑顔で言う。




 「安心した前。金の卵を産むガチョウを殺すほど俺は愚かではない。それに……君たちから借りた金は治水・灌漑・道路などの公共事業や産業・貿易の振興、教育などに投資・・するつもりだ。つまり利益の回収が見込める。闇雲に軍事費や宮廷費用、教会の建築に使って浪費はしない。だから君たちから借りた借金は必ず返済しよう。ああ、神に誓うとも」




 金貸したちが驚きの表情を浮かべた。


 彼らが驚いたのはエルキュールが投資・・と言ったからである。




 資本主義が根付いた日本では、『投資』は別に目新しい事でもない。


 当たり前の事だ。




 しかし……


 この世界の経済レベルではまだ、あまり一般的なことでは無い。




 無論、商人たちならば『投資』という概念を分かっているし、普通に行われている。




 しかし……


 基本的に商売は『人が作った物を右から左に流して利益を得る、いわば汗を流さず不当な利益を得る』と見なされているため、当然商人たちの常識である『投資』は民間には流布しない。




 エリートである、官僚、軍人、政治家、聖職者にとっては尚更だ。




 ましてやエルキュールがやろうとしていることは、「余った金」を投資するレベルの話ではない。


 借金をして、それを『投資』して利益を得ようとする……




 少なくとも、この世界の『君主』という人種が考えだして実行するにはあまりにも……




 浅ましく、汚らわしく……




 そして革新的なことだ。




 経済音痴に、いやこの世界の一般的な人間から『皇帝が賭け事をしている』と見做されてもおかしくない。 




 それほど『この世界に於いては』革新的過ぎる発想である。




 「俺に『投資』しろ。損はさせない」




 エルキュールは金貸したちに笑って言った。


 金貸したちは息を飲む。




 こいつは違う。


 普通の皇帝、君主とは違う……少なくとも自分たちに近い視点で『世界』を見ている!!




 金貸したちは直感的にそう感じた。




 断る理由は無い。 


 どうせ断れないのだ。


 それに……




 こいつに『投資』すれば儲かる!!




 彼らの鼻が利益を嗅ぎ付けた。






 斯くして…… 


 エルキュールは労せずして、今すぐ使用できる莫大な現金資産を手に入れたのである。


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