第7話 神の子とは何ぞや

 「マルバス! 怪我人を治療して上げなさい」




 治療と工芸の大精霊『マルバス』




 ルーカノスが契約している精霊である。




 能力は癒し、すなわち治療だ。




 マルバスの能力で火傷を負った者、乱闘で怪我を負った者、エルキュールに散々顔を蹴られたアレクティア総主教の傷が癒されていく。




 「最後のは癒さなくても良いぞ」


 「そういうわけにもいきませんから」




 ルーカノスは苦笑いを浮かべた。




 エルキュールは治療が終わったアレクティア総主教を蹴飛ばし、兵士に命じる。




 「このゴミを牢にぶち込んでおけ」


 「よ、宜しいんですか? 仮にも総主教で……」


 「解任だ。俺が解任と言えば、解任だ。この国は俺の国だぞ?」




 残念ながら、レムリア帝国はそういう国です。




 別名、人治国家。




 法律?


 皇帝のお言葉が法律だよ。




 「こんなゴミはどうでも良い。それよりも図書館だ。本は無事か?」


 「確認しましたが、被害は最小限ですね。二割くらいが焼失しましたが……」


 「二割も焼けたのか!!」




 二割焼けた。


 つまりエルキュールの読むはずだった本が二割も燃えたということである。




 「くそ……ふざけやがって……」




 エルキュールは引きずられる元アレクティア総主教を睨みつける。


 この男が燃やさなければ、こんなことにはならなかったのだ。




 「あ、あのぉ……」


 「あぁ?」


 「ひぃぃぃ!!!」




 エルキュールに話しかけた少女が体を竦ませた。




 「何だ。今、俺は不機嫌なんだが……」


 「できます……よ?」


 「何が?」 


 「ほ、本です……内容……覚えてますし……その……分館もありますし……写本も隠してありますから……そのぉ……復元でき……ます。多分……」


 「本当か!!!」


 「ひぃぃぃぃ!!! すみません、すみません!!!」




 エルキュールは少女の肩を掴み、激しく揺さぶる。


 少女はガクガク震えながらも、首を何度も縦に振った。




 エルキュールは少女をマジマジと観察する。




 体は小柄。


 顔はよく見ると中々可愛らしく、長耳族エルフにも引けを取らない。


 そして何より印象的なのは、頭に生えた狐耳と銀色の髪。




 あと、以外におっぱいが大きい。


 シェヘラザードほどではないが、D、いやEはある。素晴らしい。




 「獣人族ワービースト……それも天狐族か」


 「は、はい……て、天狐……です」


 「名前は?」


 「ヒュ、ヒュパティア……ですア、アレクティア図書館の館長と……その、一応校長とかしてますぅ……そのぉ……二十歳です……」 


 「いや、別に年齢は聞いてないが」




 しかしヒュパティアとは、貝殻で肉削がれて死にそうな名前だな。


 と、エルキュールは思ったが口には出さなかった。




 「一応聞くけど、メシア教徒?」


 「ふぇ? い、いえ……そ、そのぉ……チガイマス……」


 「まあ、どうでも良い事だ。早く仲間の学者共を集めて復元しろ。金はいくらでも出してやる」




 すると、ヒュパティアの耳がピクリと動く。




 「本当ですか?」


 「本当、本当。皇帝は嘘付かない」(嘘) 


 「はい!!! 分かりました!!!」




 ヒュパティアは一目散に駆けていく。


 エルキュールはそんなヒュパティアを見送ってから……




 「写本をたくさん作ってノヴァ・レムリアに持って行こう。そもそも本が一冊しかないから、燃えた時に困るんだ」


 「うーん、先ほどノヴァ・レムリア総主教として見過ごせない言葉があったような気がしますが……」


 「聞かなかったことにしろ」


 「はい、分かりました。皇帝陛下」




 ルーカノスは苦笑いを浮かべた。




 「で、皇帝陛下。アレはどう裁きます?」


 「アレ?……ああ、元アレクティア総主教か。まあ、罪状は決まっているさ。問題は次のアレクティア総主教だ」


 「私が兼任するのは如何でしょう?」


 「しばらくは良いが、俺はお前にそこまで権力をくれてやるつもりはないぞ?」


 「はは、冗談ですよ。皇帝陛下」




 ルーカノスは愉快そうに笑った。


 政敵の死が確定されて、とても嬉しそうである。この男。




 「……メシア教にもいろいろ問題はあるんですね」


 「まあ、メシア教徒にもいろんな方がいますからね……」




 シェヘラザードとカロリナは悪人二名を見ながら、うんうんと頷いた。


















 「皇帝陛下!! 何故です、何故私が裁かれねばならないのですか!!」


 「ルーカノス、もう一度言ってやれ」


 「はい、分かりました。皇帝陛下」




 アレクティア総督府では、今回の騒動を起こしたとして元アレクティア総主教の裁判が行われていた。


 元アレクティア総主教を、皇帝自ら裁く。




 という滅多に無い光景を見るために、多くの人々……非メシア教徒、正統派メシア教徒、アレクティア派メシア教徒と様々な人々が傍聴席に押し寄せていた。




 レムリア帝国の裁判は基本的には公開裁判。


 民衆は見たり、聞いたりできるのだ。




 「一つ!! 放火の罪。




 例え悪魔の建物であろうとも、異教徒の建物であろうとも、異端の建物であろうとも、火を付けたのは事実。


 これは立派な放火罪です。




 今回は早急に火が消し止められましたが、市街地に火が飛び火し大火に繋がる恐れもあった。そして死傷者も大勢出ています。




 どのような理由があろうとて、火を放ったのは事実。言い逃れはできません。




 放火は死罪と決まっております」




 「ということだ。分かったか?」


 「な、納得できません!! 私は悪魔を……」


 「じゃあ、こう言おう。お前は皇帝が駐在している都市を火を付けた。下手をすれば火は総督府にまで及び、俺が焼け死ぬ可能性もあった。その点についてはどうかね? まさか、貴様の放った火が異教だけを焼く清浄な火だとは言うまいな? まあ、もしそう言うのであればお前を焼いてやっても良いぞ。燃えないのだろう?」




 レムリア帝国では放火は殺人よりも重い罪だ。


 下手をすれば、国が傾きかねないほどの大火に繋がる可能性もある。




 故に許されることではない。




 アレクティア総主教は何も言えず、黙ってしまう。


 そんなアレクティア総主教にルーカノスは告げる。




 「その二、違法な蓄財。




 元アレクティア総主教の自宅から大量の金貨が押収されました。アレクティア総主教としての収入から考えれば、あり得ない額です。調べたところ、彼が違法な裁判で財貨を巻き上げ、蓄財していたことが分かっています。……そうですね?」




 「はい、そうです。総主教……いえ、元総主教は確かに違法に蓄財をしておりました。全てここに私が記録しています」




 「助司祭……貴様……」




 元アレクティア総主教は証言台に立った助司祭を睨みつけるが、助司祭はどこ吹く風だ。


 助司祭の内心は「私は止めました。あなたが悪いです」と言ったところか。




 「その三、違法な私刑。




 多くの異端者、異教徒を違法な裁判で死罪にしています。確かに異端審問は総主教に与えられた権限です。ですが、総主教に許されているのは異端か否かの判断をするまで。司法権は皇帝陛下のモノです。これは立派な皇帝権の侵害です」




 ……実際のところ、総主教の裁判の範囲は明確に定められていない。


 現在でも論争中なので、元アレクティア総主教が異端者を死罪にすることは違法ではないが……


 合法でもない。




 淡々とルーカノスは罪状を述べていく。


 すべては予め、エルキュールと決められたことだ。




 そして……




 「よって目を潰し、耳鼻を削いで晒した後に斬首刑に処す……以上!」


 「お、お待ちください!! 皇帝陛下、私は、私は!!!!」




 「五月蠅い、死ね!!」


 「ざまあみろ!!!」


 「お父さんの仇!!!」




 喚く元アレクティア総主教に対して、傍聴席の非メシア教徒、そして『アレクティア派』のメシア教徒たちが石を投げつける。




 相当な恨みを勝っていたようであった。




 自業自得であろう。










 斯くして、元アレクティア総主教は斬首刑となった。


 これにて一件落着……




 するはずがない。




 アレクティア総主教は、レムリア総主教、ノヴァ・レムリア総主教、ヒエソリア総主教、オロンティア総主教に並ぶ五本山の一角。




 その総主教を斬首にしたのである。


 たかが大貴族を斬首にするのとは訳が違う。




 今回の裁判は……


 エルキュールによる最初のメスだ。




 レムリア帝国の宗教問題を解決するための。




 そう、エルキュールはこれを機にレムリア帝国の宗教問題を一掃しようと考えていた。


 そのための、挑発である。






 今回の事件に対して、各総主教……五本山の総主教たちの反応は様々であった。




 まずノヴァ・レムリア総主教はルーカノスなのでエルキュール支持を表明した。


 レムリア総主教はエルキュールをやり過ぎと非難しながらも、理解を示した。


 ヒエソリア総主教は無言を貫いた。




 そして……


 オロンティア総主教はエルキュールに破門宣告をした。




 それを聞いた時、エルキュールは笑みを浮かべた。




 獲物が釣り針に懸かった、と……
















 「へ、陛下!! 破門されたと聞きましたよ!! 大丈夫なんですか!!」


 「ああ、それはもう取り消されたよ」




 エルキュールはカロリナに笑顔を向けた。


 カロリナの頭に?が浮かぶ。




 「どういうことですか?」


 「簡単だ。オロンティア総主教を『権利剥奪刑』に処す。と布告したのさ。そうしたら、オロンティア市の『アレクティア派』メシア教徒がオロンティア総主教庁を包囲したらしくてね」


 「……」


 「慌てて使者を出して、謝って来たよ。まあ、『皇帝の勘大かつ一方的な譲歩』で許してやったがね」




 そもそもだが、メシア教で一、二の権威を持つノヴァ・レムリア総主教とレムリア総主教がエルキュールの支持に回っている以上、オロンティア総主教の破門なんて有って無いようなものであろう。




 それに……オロンティアでは『アレクティア派』のメシア教徒が圧倒的多数派だ。


 オロンティア総主教がそこで威張り散らせていたのは、偏にレムリア皇帝という後ろ盾があったからである。


 その後ろ盾に喧嘩を売れば、このような結果になるのは自明だ。




 「さて、というわけでアレクティア総主教とオロンティア総主教は俺の手に落ちたわけだ。下準備は整ったというわけだね」


 「……最初からこれが狙いで?」


 「狙い? 違う、準備だ。本当の狙いはここからだ」




 エルキュールはカロリナの問いを否定する。


 ここまではエルキュールの描いた通り、既定路線である。




 「ところでレムリア総主教はどうして陛下の支持に周ったのでしょうか? あまりレムリア総主教・姫巫女メディウム猊下と先帝陛下は仲が良くなかったような……」


 「先帝とはな。すでに俺はレムリア総主教には『ある法令の撤廃』を伝えている。だからレムリア総主教は俺の支持に周ったのさ。それにレムリア総主教とアレクティア総主教はあまり仲が良くないからな」




 その上、アレクティア総主教の不正蓄財は明確であった。


 レムリア総主教がアレクティア総主教を庇う義理は無いのだ。




 「メシア教も大変なんですね」


 「シェヘラザード、幻滅したか?」


 「いえ、聖火教もこういう政争はありますから。宗教には付き物だと理解しています。それよりも……大切なのは神の教えを忠実に守ること、そうですよね?」


 「総主教共に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいな」




 エルキュールはシェヘラザードに賛同を示す。


 坊主は神に祈ってれば良いのである。




 「ところで、今まで気に成っていたんですが……お一つ聞いても良いですか?」


 「何だ?」






 「聖像って偶像じゃないんですか?」








 空気が凍り付いた。




 エルキュールとカロリナは目を合わせ、シェヘラザードに近づく。


 そして……




 「良いか、シェヘラザード。世の中には触れてはならないことがあるんだ」


 「メシア教の禁忌は『聖像』『神の子が神か人か』『神の前の平等なのに聖職者に階級が存在する』の三つです。これは触れてはいけません」




 メシア教徒に聞くと、殺し合いに発展する三大禁忌である。




 メシア教では『偶像崇拝』が禁じられている。


 偶像とは何ぞや? というと……


 分かりやすく言えば、仏像などが偶像である。




 つまり神を模した像や絵だ。


 なぜ禁じられているのかというと、「神そのものではない」からである。




 ただの石、木、絵を崇拝するなど、もってのほか。


 そもそも被造物である人が創造主である神を模した像、絵を作るのはあまりに不敬である。




 という理論であった。


 ……が、実際のところあった方が分かりやすいし、布教にも便利ということもあり『聖像』ならぬモノが造られていた。




 これが神の教えに反しているか、反していないか……


 というのが『聖像問題』である。




 「というか『聖像』に関してはメシア教徒内でも意見が分かれているからな。まあ、一応言っておくと先帝陛下は『聖像はどう見ても偶像』派で、レムリア総主教は『聖像はセーフ』派だ」


 「へえ……そうなんですか」




 先帝ハドリアヌスは帝国に降りかかる苦難、度重なる戦争の敗北をこのように捕らえた。


 『聖像を拝み、神の教えに反しているからだ!!』


 と、そんな先帝ハドリアヌスは『聖像破壊令』という法律を出し、レムリア帝国及びメシア教徒を大混乱に陥れた。




 現在、エルキュールが即位したことでこの法律が形骸化しているが……


 まだ、撤廃はされていない。




 「『神の子は神か人か』に関しては、正統派とアレクティア派、西方派、東方派の四派閥で分かれてますね」




 「そうなんですか?」




 カロリナの言葉にシェヘラザードは首を傾げた。




 「どういう違いがあるのですか?」


 「私も正直よく分かって無いので、説明できないです。陛下なら分かるかと」


 「俺も上手く人に説明する自信はないぞ。ルーカノスに聞け。あいつに聞けば『正統派』が如何に正しいか、語ってくれるぞ」




 ちなみに『神の子は神か人か』論争について分かりやすく説明すると……




 聖書には預言者であるメシアは『神の子』と書かれている。


 そして……この世に降臨した神として扱われる。




 が、しかし聖書にはこのように書いてある。


 『神は唯一です』




 すべては聖書がガバガバなのが悪いのだが…… 


 聖書の記述は正しくないと困る、というのがメシア教のお偉いさんと皇帝の都合である。




 斯くして『神の子は神か人か』論争が起こったのである。




 それぞれの主張をざっくりとまとめると……




 正統派……神の子は神であり人です。これに聖霊も合わせて三位一体。全部同じなの!!




 アレクティア派……神の子は神であり人だけど、どっちかと言ったら神。




 西方派……人に決まってるだろ、JK




 東方派……ハーフじゃね?




 こんな感じである。




 日本人にとってはわけわからないかもしれないが、これはメシア教の教義の合理性、理論性に関わる重大なことである。


 どれくらい重大かと言えば、人死が出るくらい重大だ。




 尚、西方派と東方派はレムリア帝国から駆逐されているので残るのは正統派とアレクティア派の二派閥である。


 この両者は三対一くらいの人口比で、圧倒的少数が存在しないため大いに揉めていた。




 「そう言えば、陛下。確か先帝陛下は正統派とアレクティア派の合同を目指していらっしゃっていましたよね?」


 「ああ、正統派とアレクティア派の意見を折衷した『新正統派』だな?」




 エルキュールはカロリナの問いに頷いた。


 『新正統派』とは、正統派とアレクティア派の教義を擦り合わせて作った新たな教義である。




 ハドリアヌス帝としては、帝国のメシア教徒を一つにしたかったのだろう。


 その妥協案として、『新正統派』を作った。




 ただ、『新正統派』はあまりにも中途半端ということもあり『正統派』と『アレクティア派』の双方から嫌われる羽目になり、余計に混乱を招いたのだが。




 「皇帝陛下、準備が整いました」




 ルーカノスがエルキュールにそう伝える。




 カロリナが首を傾げる。




 「何の準備ですか?」


 「公会議だよ」


 「……公会議って、あの公会議ですか!!」




 カロリナが驚きの声を上げた。


 エルキュールはニヤリと笑う。




 そして宣言した。




 「第一回アレクティア公会議を開催する。レムリア帝国、いや世界中の司教たちをこの地に集め……教義の再確認を行う」


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