第3話 巨乳
ある日の事である。
エルキュールはレムリア市を散歩していた。
当然、アスモデウスの能力で耳を隠しながら。
皇帝としてではなく、一人の市民として街を散策していた。
「しかし……貧民窟スラムが目立つな」
ノヴァ・レムリア市の総人口は七十万を超えるが、そのうちの二割は貧民窟に住んでいる。
これには二つの理由がある。
一つは農村の荒廃。
蛮族に略奪されたり、重税に耐えきれなくなった農民が農地を手放して首都に移住したのである。
もう一つはノヴァ・レムリア市の人手不足。
経済発展により、ノヴァ・レムリア市は慢性的に人手が不足している。
仕事はいくらでもある。
だから農民が首都に居付いてしまうのだ。
貧民窟は治安が悪く、衛生的にも悪いので、犯罪や火事、疫病の温床となる。
エルキュールとしては早々解決したい問題だ。
「人口が増えて活気があるのは良いが……」
エルキュールは溜息を付く。
人口の増加により、ノヴァ・レムリアは飽和状態にある。
すでに家屋が城壁ギリギリのところまで迫っていて、足りない面積を補うために高い建物が乱立している。
土地を限界まで使うために、道路は狭くなり、複雑に入り組んでいる。
治安は悪化するばかりだ。
エルキュールが上水道を再整備したことで、衛生は多少マシになってはいるが……
それでもまだ汚い。
「近い内に、大改造をしないとな」
もっとも、今はその金が無い。
現在の最重要課題は国境の安定化、そして国内の宗教問題の解決である。
「はあ、面倒だな。宗教問題は……今まで目を背けてきたが……そろそろ向かい合わないといけない。全く……」
エルキュールはこれから待ち受ける仕事に憂鬱になりながら、街を散策する。
すると……
「あの……すみません。大聖堂はどこにあるか、ご存じですか?」
声を掛けられた。
フードを深く被った、金髪の美しい髪の少女だった。
翡翠色の瞳が輝いている。
そして何より……
大きかった。
何が?
おっぱいだよ。
(E……いや、Fはあるな……これは逸材だ……)
実は……
長耳族エルフは全体的に貧乳が多い。
というより、殆どが貧乳である。
何故なのかは分からないが……
まあ、樹上生活では大きな脂肪の塊は邪魔、ということであろう。
レムリアの長耳族エルフ……平原長耳族エルフは長い事平野で生活しているが、それでも遺伝子に刻み込まれた樹上生活の証は今も残っている。
ちなみに、どれくらい貧乳なのかと言えば……
Aカップ……ちょっと小さい(貧乳ではない)
Bカップ……普乳
Cカップ……巨乳
Dカップ……爆乳
Eカップ……百年に一度
Fカップ……千年に一度
Gカップ……未だ歴史上存在しない。レジェンド。
こんな感じである。
長耳族エルフの寿命が人間の四倍であることを考えると、年数は四分の一にした方が感覚的には分かりやすい。
ちなみに……
カロリナはCであり、長耳族エルフ的には巨乳の枠組みに入る。
あくまで、長耳族エルフ的には。
そんなわけで、長耳族エルフ男性は巨乳に飢えている。
正妻以外の妾に選ぶ非長耳族エルフの女性の殆どが巨乳であることを考慮すれば、それは明らかである。
また、宮殿に努める召使……エルキュールの妾候補の採用基準もおそらくは胸であろう。
そもそも、容姿に関して非長耳族エルフが長耳族エルフに勝てる要素は胸だけだ。
人族ヒューマンの美男美女は長耳族エルフの平均である。
エルキュールは別に巨乳好きではないが……
しかし嫌いではない。
「ええ、知っていますよ。案内しますか?」
「本当ですか! ありがとうございます!!」
少女は嬉しそうに微笑んだ。
「お名前を聞いても宜しいですか?」
大聖堂までの道のりの間、エルキュールは少女に尋ねた。
少女は若干戸惑い、瞳を揺らしたが……ニコリと笑って答える。
「シェヘラザードです。あなたは?」
「エルキュールだ。……ハーキュリーズでも、構わないがね」
エルキュールは本名もそのまま名乗る。
レムリア帝国でも、エルキュールという名前は別に珍しい名前ではない。
それに耳を隠している限り、エルキュールだからといってすぐに皇帝に結びつけるのは想像力が豊かすぎる。
今のエルキュールの見た目は人族ヒューマンだ。
「出身はファールス王国かな?」
「よくお分りですね」
「まあ、名前を聞けばね」
ついでに言うのであれば、若干訛りのあるレムリア語だった。
エルキュールはファールス語も話せるので、その訛りがファールス語に起因するものであることはすぐに分かる。
「俺はファールス語が話せますから、ファールス語で会話しましょう」
エルキュールは流暢なファールス語で言うと、シェヘラザードは目を丸くした。
「凄いですね。では、お言葉に甘えて」
シェヘラザードはファールス語で返した。
「しかし、美しい金髪ですね。太陽に照り輝いて……まるで黄金のようだ」
「褒めても何も出ませんよ」
髪の毛の色はよく褒められ馴れているのか、少女は笑って聞き流す。
カロリナと違ってお世辞には強そうだ。
そう判断したエルキュールは話題を変えた。
「大聖堂に行く、ということはメシア教徒ですか?」
「ええ、そうなんです。出来れば聖地巡礼がしたいな、と思っています」
ファールス王国の国教は聖火教だが、全てが聖火教徒と言うわけではない。
当然、メシア教徒もいるしメシア教の教会もある。
「最近、ファールス王国ではメシア教が弾圧されていると聞きますが……」
「ええ……まあ……今回レムリア帝国に来たのはそう云うのから逃れるためでもあるんですよ」
少女は悲しそうに言った。
現在のファールス王国国王、ササン八世は今までの宗教寛容策を廃止して異教徒への弾圧を強化している。
聖火教以外の聖堂や教会を破壊し、聖職者を投獄し、信者を強制改宗させているという情報がエルキュールの元にはすでに来ている。
全く酷い話……
のように感じるが、レムリア帝国の方が異教徒への弾圧は厳しい。
それどころか、同じメシア教徒内同士で異端異端と内部争いをしているのでファールス王国の方がマシである。
ちなみに、ファールス王国のササン八世の方針転換の要因の一つに、メシア教徒のスパイ行為がある。
弾圧が加えられるのは自業自得と言える。
「レムリアに移住する予定で? もしそうなら、便宜を図りましょうか?」
皇帝であるエルキュールなら、シェヘラザードのためにどんな職でも家でも用意できる。
金髪巨乳美少女は人類の宝。
保護するのがエルキュールのメシア教徒としての義務だ。
決して、下心ではない。
断じて。
絶対に。
多分……
「うーん、悩んでいます。それでも私は故郷は好きですし、家族もいますから……」
シェヘラザードはそう言ってから、頭を抱える。
「衝動的に家出してしまいまして……帰ったらお父様にどんなお叱りを受けるか……お尻ペンペン百回程度じゃ済まないと思うんですよね……」
(……お尻、ペンペン?)
エルキュールの脳裏に?が浮かぶ。
エルキュールの目から見て、シェヘラザードは十五歳から十七歳程度。
この世界では十分成人として見て良い年齢だ。
それがお尻ペンペン?
ファールス王国では普通なのだろうか?
それとも彼女の家庭が特殊なのだろうか?
(……まあ、深く考えない方が良いな)
エルキュールは深くは追及しなかった。
「シェヘラザード」
「どうしました?」
「えっと……レムリア帝国の皇帝陛下はファールス王国ではどんな評判だ?」
レムリア帝国では、イケメンで内政もできて、税金も軽く、戦争にも強い、素敵な皇帝と評判(エルキュール調べ)だが、敵国ファールス王国ではどのような扱いなのか。
ふと、思い立って尋ねてみる。
シェヘラザードは難しそうな顔をする。
「うーん……ファールス王国とレムリア帝国はあまり仲良くないですからね……怒らないでくださいよ?」
「怒らない怒らない」
やっぱり評判悪いんだろうな。
と分かっていたエルキュールは大きく頷く。
「えっと……残忍残虐で凶悪な悪の帝王……って感じです」
「……どの辺が?」
こんなに慈悲と優しさで満ちている名君(エルキュール評価)がどうしてそのような評価になるのか。
エルキュールは首を傾げる。
「『わざと反乱を起こさせて貴族を粛清』『包囲殲滅で敵を皆殺し』『裁判のやり方が卑劣』……という感じですね」
「なるほど、確かに」
エルキュールは納得した。
確かに残忍残虐で凶悪な帝王である。
「あ、着きましたよ」
そうこうしているうちに、二人は大聖堂に到着する。
レムリア帝国首都、ノヴァ・レムリアで最大の聖堂がこの大聖堂だ。
もっとも、近年老朽化が激しくそろそろ立て直しをしなくてはならないのだが。
「わあ!! 凄い……ありがとうございます!!」
「なに、大したこと無いさ。じゃあ、元気でね。お気をつけて」
そう言ってエルキュールが別れを告げようとした時だった。
神の悪戯のように……突風が吹いた。
その風が少女のフードを吹き飛ばす。
隠れていた少女の……
長い耳
が姿を現した。
「……あ」
少女は慌ててフードを抑える。
が、すでに遅い。
エルキュールの目にはしっかりと、少女の長い耳が映っていた。
少女は慌てて踵を返し、逃げようとするが……
エルキュールが即座に少女の手を掴む。
「悪いな、ファールス貴族、それも長耳族エルフを放っておくわけにはいかないんだ。一緒に来てもらおうか?」
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