第2話 屯田兵

 エルキュール、ガルフィスの試算ではレムリア帝国の領土を守るのに必要最低限の兵力は十五万以上である。




 ハッキリ言って、これだけの兵力を集めるほどの国力は現在のレムリアにはない。


 だが、これからエルキュールが楽をするためには絶対に必要だ。




 そこでエルキュールは考えた。


 盾と矛で分けてしまおう、と。




 守るだけならば都市に立て籠るだけいい。


 そして、都市に立て籠るだけならばそこまで兵士に練度は要らない。




 だから……




 「以上が屯田兵制の概略だ。……こいつは税制改革以上の大改革だ。どうだ、何か意見はあるか?」




 エルキュールは武官や文官たちを集めて、新たな制度の説明をした。




 屯田兵制。


 軍事制度と土地制度が表裏一体となった、兵農一致の政治制度である。




 兵士を土地に屯田させ、平時は耕作させて、戦時には自弁させた武器で戦争に駆り出すという制度だ。




 この制度には大きなメリットが三つある。




 一つは、敵に蹂躙されて荒廃していた国境付近の土地が安定するということ。


 もう一つは、土地を守るために兵士が必死に戦うので非常に士気が高くなること。


 最後に、武器は自弁なので維持費が掛からないこと。




 手っ取り早く、それなりに優秀な兵士を集めるのには持って来いの制度である。




 尚、これを導入しようと考えたのはエルキュールだが……


 発案はエルキュールではない。




 一般的に日本で最も知られている屯田兵、と言えば北海道の開拓であろう。




 ロシアの南下を防ぐのと同時に、北海道を開拓するために導入された。




 他にも、三国志で有名な曹操が導入している。




 また、これは少し日本人には馴染みが薄いが……


 ビザンツ帝国のヘラクレイオス一世もイスラーム勢力の侵入を防ぐために、導入している。




 無論、全く同じ制度というわけではないが……


 概略は同様だ。




 「皇帝陛下、宜しいでしょうか?」


 「何かな、クロル君」




 官僚のクロルが手を上げてエルキュールに質問する。




 「この制度、地方の分権を招きませんか?」


 「ちゃんと監視して、中央の管理下に置けば問題ない」(まあ、それでもいつかは軍閥として自立してしまうかもしれないが……)




 自分の存命中は大丈夫だろう、とエルキュールは考えていた。


 エルキュールには地方を統制する自信があったのだ。




 そもそもだが、どのような制度であろうと中央の力が弱まれば地方が分離するのは当然だ。


 例え、厳格な中央集権体制を整えても、官僚機構が腐れば地方分権化は進む。




 エルキュールが行う予定の屯田兵制はあくまで、兵士を屯田させるだけの制度。


 今までの行政区分も変わらない。




 何より、エルキュールは地方軍には騎兵や攻城兵器を与えないつもりでいた。




 それらを持つのは、主力である中央軍、つまり常備軍で十分だ。




 「もう一つ、ご質問があります」


 「何だ?」


 「税収が低下しませんか? 武器を自弁させる代わりに、地税は下げるのですよね?」


 「まあ、そうだな。しかし、お前は良い質問をする」




 エルキュールはよく聞いてくれたと、クロルを褒めてから説明する。




 「税収の低下はさほど心配していない。良いか、屯田する土地は国境周辺の荒廃した土地だ。ここが屯田兵によって耕され、僅かでも地税収入が入れば税収は増える。それに屯田させるのは、主に土地を持たない、我が国の国庫を圧迫している流民たちだ」




 レムリア帝国には多くの流民が存在する。


 彼らの多くは戦争で土地を失った農民や、民族移動で帝国領内に侵入した蛮族だ。




 その数は概算二十万人前後である。




 レムリア帝国は彼らが暴徒とならないように、一定量の小麦を支給していた。


 元々レムリア帝国には小麦法という、貧民救済法(生活保護制度のようなモノ)があったので、最初は大きな問題にはならなかったが……




 年々流民の数は拡大するばかり。


 小麦法はレムリア帝国の国庫を確実に圧迫していた。




 流民が屯田兵となれば、小麦法の負担も減る。


 その上、税収が手に入る。




 そう、むしろ税収は増えるのだ。




 「他に質問は?」




 エルキュールは官僚たちを見回した。


 特に反対意見は見られない。




 すでにエルキュールは官僚たちを掌握していた。




 「では、具体的な法案の起草に取り掛かってくれ。どれくらい地税を軽減するか、初めにどれくらい屯田させるのか、細部は君たちに任せる」




 骨子はすでにエルキュールが作っている。


 あとは官僚たちが肉付けして、それをエルキュールが再度修正するだけ。




 エルキュールだけで、国政は運営できない。


 レムリア帝国はエルキュールを頂点にした、官僚組織によって治められているのだ。




 「それともう一つ、屯田兵制と同時に施行した法律がある。こちらはあまり急ぐ必要はないし、少しずつやれば良いが……保馬法だ」




 保馬法。


 北宋の王安石の新法の一つである。




 内容を簡単に説明すると……




 『遼の騎兵隊マジ強い……ウチの騎兵隊、弱すぎぃ……騎兵増やさないとぉ……でも、お金足りないしぃー、そうだ! 馬を農民に支給して、農耕馬として使わせる代わりに世話させよう!! で、戦争があったら徴収すればいい。これなら農地も広がるし、経費も削減できる!! やだ、ウチマジ天才!!』(※王安石はギャルではありません)




 と、まあ結論から言うと司馬光率いる旧法党の反対にあって頓挫し、結局北宋は滅んだのだが。


 それでも、経費削減の効果はあったそうだ。




 もっとも、エルキュールはさすがに農耕馬として支給した馬を騎兵に使おうとは考えていない。




 農耕馬に求められる能力は、体力と足腰の強さだ。


 一方、軍馬に求められる能力は体力や足腰の強さもあるが、何より足の速さも大切だ。




 それに軍馬は日ごろから訓練する必要がある。


 お世辞にも、農耕馬では強力な騎兵部隊は組織出来ない。




 だが、しかし……


 戦闘には使えなくても、輜重を支える駄獣としてなら十分以上に使えるのはないか?


 とエルキュールは考えた。




 駄獣としてならば、足の速さは不必要だ。


 体力と力強さがあれば、それで十分だ。




 エルキュールは屯田兵制に合わせて、保馬法を施行しようと考えていた。


 これならば荒れた土地でも、すぐに畑を広げられる。


 その上、屯田兵たちに農耕馬を駄獣として使えるように訓練させるように命じることもできる。




 「ですが、皇帝陛下。まず農耕馬を揃える資金はどうするのでしょうか? 現在の我が国の財政では、極めて小規模でしか実施できません」


 「そちらは別で方策を練っている。……まあ、一先ずは屯田兵制で十分さ」




 エルキュールはニヤリと笑った。














 「陛下、ご質問があります」


 「どうした、カロリナ?」




 エルキュールは自分の愛しい婚約者に声を掛けられ、振り返った。


 カロリナは少し、戸惑ってから尋ねた。




 「このためですか?」


 「どのためだ?」


 「……大貴族を粛清したことです。屯田兵制の為ですか?」




 カロリナの問いに、エルキュールは肩を竦めてみせた。




 「どうしてそう思った?」


 「……屯田兵制のためには、国境周辺の土地を国有地にする必要があります。……それをスムーズに行うために、粛清したのですか?」


 「まさか、それだけのために粛清なんてしないよ」




 エルキュールはそう否定してから、しかしニヤリと笑みを浮かべ……




 「ただ、理由の一つではあるかもな」


 「……」




 エルキュールは暗に肯定した。




 「……さすが、ですね。あなたは」


 「褒めてるのか?」


 「褒めています。……常に先を見て、行動している。すべては陛下の計画通り、ということですか?」


 「計画通りなら、今頃皇帝はしていないよ」




 ははは、とエルキュールは笑う。


 そしてエルキュールはカロリナの唇を突然奪った。




 「!!!」




 カロリナは目を見開いて驚く。


 そんなカロリナに対して、エルキュールはニヤリと笑って見せた。




 「俺が皇帝をやっているのは、君に良いところを見せるためみたいなモノさ。もっと褒めてくれ」


 「あなたは……全く……」




 カロリナは溜息を付いた。




 そして……




 「陛下、もう一つ聞いても構いませんか?」


 「何だ?」


 「お金はどうやって用意するつもりなのですか? ……まさか、税金を上げるとか?」




 エルキュールの掲げる軍拡、内政政策にはどうしても初期投資の資金が必要になる。


 それをどうやってエルキュールは確保するつもりなのか……




 少なくとも、カロリナの思いつく手段だと税金を上げる以外は無い。




 「まあ、当たらずと雖も遠からず、かな?」


 「……あまり税金は上げないでください」


 「ん? どうしてだ」




 エルキュールは首を傾げる。


 少なくとも、カロリナが気にするようなことでは無いように思える。




 「陛下には……敵をあまり作って欲しくないんです。あなたは無意識でいろんな人の心を踏み躙るような人ですから。気を付けてください」


 「……」




 思い当たる節があり過ぎて、エルキュールは言葉を詰まらせる。


 もっとも、直すつもりは一切無いのだが。




 「まあ、安心しろ。俺は税金というのは、『大義名分』が必要だと思っている。誰もが納得する、大義名分だ。今回も、大義名分は用意する。不満は……まあ、出ないとは言わないが、上手くやるさ」




 エルキュールは片目を瞑ってウィンクをする。


 カロリナはそんなエルキュールを心配そうに見つめた。


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