第3話 故に彼は英雄足りえる

 「相変わらず、罪深い男ですねえ。ご主人様は」


 「五月蠅いぞ、アスモデウス」




 夢の世界。


 定期契約分の『対価』を支払い終えたエルキュールは、アスモデウスと雑談していた。




 エルキュールがアスモデウスと契約したのは、今から六年前。


 エルキュールが十歳の頃である。




 今世に於ける、エルキュールの童貞。


 及び精通。




 そして定期的な精と魔力の供給、使役時に追加の精と魔力。




 という条件で二人は契約を結んだ。




 例え使役しなくても、エルキュールは週に一度アスモデウスと体を交わし、搾り取られる必要がある。




 アスモデウスは最上位精霊とされる、七十二柱の中でも有力な精霊であり、悪魔だ。


 だからこそ、燃費は悪い。




 もっとも、その能力は絶大。




 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚すらも騙す幻惑や他者の夢の中に入り込むなど、普通の魔法、魔術、精霊では成し得ないことをできる。




 「全く、あんなに自分を大切に思ってくれる女の子がいるのに。こんなビッチ悪魔としちゃうだなんて、ご主人様は本当に悪いお方ですよ」


 「だったら、夢に出てくるなっての。疲れるんだよ……」




 エルキュールは溜息を付いた。


 カロリナに絶倫、と称されたエルキュールだがさすがにアスモデウスに、淫魔サキュバスに勝てるはずもない。




 もっとも、アスモデウスと行為に及んで生きているどころか性機能が壊れない、それどころか翌日回復している時点で、エルキュールは十分化け物じみていると言えるが。




 「おやおや、ご主人様。悪魔との契約をお忘れで? 契約違反は御法度ですよ」


 「分かってるさ。精霊との、悪魔との契約は絶対だ」




 精霊術、またの名を悪魔召喚術を行う上で絶対に守らなければならないことがある。




 まず、悪魔とはしっかりとした契約を結ぶこと。


 悪魔は契約の抜け道を常に探る。故に抜け道の無い完璧な契約を作らなければならない。




 次に悪魔との契約は絶対に守ること。


 童話の世界のように、機転を利かせて回避したとしても……


 悪魔は執念深い。


 契約を破れば、必ず災厄が訪れる。




 次に精神的な隙を作らない事。


 悪魔は主人が隙を見せれば、すぐに反逆しようとする。




 次に契約内容を他者に漏らさないこと。


 契約の内容を無暗に他者に話してはいけないのは、人間も悪魔も同じだ。




 そして……


 最後に悪魔との信頼関係を築くこと。




 これは上記の四つに矛盾しているように思われるが……


 悪魔も結局は生き物である。


 そして、案外情に深い。




 だから悪魔と信頼関係を築くことはできる。




 互いに信頼し合い、友情が芽生えれば……


 契約が破棄されるか、どちらかが死ぬまでその関係は続く。




 「しかし、だ。お前は燃費が悪すぎてな。使いどころが難しい」


 「はは、皆さんそうおっしゃいますね。ただ、何だかんだで皆さん私を使いこなしてくださいますよ。伝説の大王も、雷光の将軍も、あなたの御先祖の禿も」


 「俺の先祖だけ、酷い言い方をしないでくれないか?」


 「事実ですから」




 などと、かつての主人を懐かしむアスモデウス。


 目を細め、昔を重い懐かしみその姿は老婆のようであった。




 恰好はエルキュールの趣向に合わせてバニーガールだが。




 「私は英雄としか、英雄になり得ることができる人としか契約しません。ですから、保証します。あなたは英雄になりますよ。歴史に名を遺す、大英雄にね」


 「まあ、話半分に聞いておくよ」




 エルキュールは肩を竦めた。




 「おやおや、自信過剰のご主人様にしては珍しく謙虚ですね」


 「その顔ぶれに比べられたら、いくら俺が天才でも霞むさ。まあ、数十年後は分からんが」




 さすがのエルキュールも、そこまで自信過剰ではない。


 自分の現在の実力は弁えている。




 「私が今まで契約した主人のジンクスを教えて差し上げましょうか?」


 「何だ?」


 「生涯で殺した人数が十万を下回った人は一人もいません」


 「だろうな」




 アスモデウスのかつての主人は世界的にも有名な大英雄だ。




 一人は自軍の数倍の相手に自ら突撃し道を切り開き、勝利を得てきた、生涯無敵の大王。


 シンディラまで遠征し、世界を征服するという野望を胸に抱いたが、最後に夢半ばで倒れた男。


 そして騎兵の機動力を生かせば大軍とて、倒せることを証明した男でもある、




 もう一人はたった一人で総兵力五十万を超す大国レムリアに一人で挑んだ男。


 五度目の戦いで若き英雄に倒されるまで、無敵を誇り、レムリア人を恐怖のどん底に叩き落とした男。


 騎兵の機動力を使った、鉄床戦術を実証した男。


 三十万の歩兵、数万の騎兵、千の戦象すらも恐れないレムリア人が唯一恐れた、そして今も恐れられている男。




 最後の一人は分裂状態のレムリアを再統合した男。


 その求心力でレムリアを救い、そして皇帝となり、栄光を手にした。


 カリスマ性の塊。




 彼らの生涯は栄光で彩られている。


 だが、忘れてはならない。




 その栄光を支えているのが、死体の山であることを。




 「人を一人殺せば殺人者だが、十万人殺せば英雄ってことだな」


 「それは違うと思いますけどね、ご主人様。大虐殺をしたのにも関わらず、英雄どころか大罪人扱いされている人は大勢いますよ」


 「じゃあ、お前は何が違うと思うんだ?」




 エルキュールの問いに、アスモデウスは悪戯っぽく微笑み、答える。




 「着飾れるかです」


 「着飾る?」


 「自分の築いた死体の山で、自分を美しく着飾れる人間こそが大英雄です。本来は醜く、汚く、そして穢れた死体を、美しく、照り輝く飾りに変えることができる。それこそ、大英雄です」




 そしてアスモデウスは目を細め……




 「だからあなたは大英雄になれますよ」


 「はあ……」




 エルキュールは溜息を付いた。




 「やれやれだな。あまり、やれやれ言う主人公は好きじゃないが……今回ばかりはやれやれだ。まるで人を悪の権化みたいに言うのはやめてくれ」


 「何をおっしゃいますか、逆ですよ」




 アスモデウスはケラケラと笑い……




 「悪意で殺せる人間は精々百人程度です。でも、善意なら一万人、十万人程度簡単に殺せます。だから、あなたは善人ですよ。間違いありません。少し、虚栄心が強くて欲が深く、自分勝手で、人の痛みに共感できませんが、ね」




 そういうアスモデウスに対してエルキュールは……




 「やれやれだ」




 肯定も否定もしなかった。

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