第27話 ハドリアヌスの乱 その五

 エルキュールの包囲戦術により、前線で指揮を執っていた貴族の殆どは討死した。


 指揮を傭兵に任せていた者や、資金提供だけを行った貴族たちは生き残ったがすぐにエルキュールにより、捕縛された。




 ハドリアヌスはブルガロン王国への亡命を企てたが、逆にブルガロン人に捕縛されて熨斗を付けてエルキュールに返却された。




 そして……


 裁判が行われる。












 「……さて、単刀直入に聞こうか。君はどうして、反乱を企てたのかな?」


 「そ、それは……」




 元老院で一人一人貴族を呼び出し、エルキュールは尋ねる。


 元老院議員に晒しものにされたながら、貴族は答える。




 「か、奸臣から陛下を御救いするために……」 


 「なるほど。では、ハドリアヌスが皇帝を名乗っていたのは?」




 貴族は言葉を詰まらせる。


 必死に頭を回転させ、どうにか言い逃れようとする貴族。




 エルキュールはそれを見て、ニヤリと笑って言う。




 「騙されたのだろう?」


 「だ、騙された?」


 「君たちよりも、多くの土地を持ち、財力を持っている貴族にだ」




 そこで、貴族の男は気付く。


 エルキュールが何を求めているのかを。




 「そ、そうです!! 私は騙されました!!」


 「誰にだ。名前を上げてくれ」


 「私を騙した反逆者は……」




 貴族はペラペラと、自分よりも強い権力を持っていた貴族に自分の罪を被せる。


 そんな貴族を、元老院議員たちは軽蔑した目で見つめる。




 「反逆は本来なら死刑、そして家の取り潰しだ。だが、君の家は代々ユリアノス家に仕えてきた。その功績を無視して、君を死刑にし、家を潰し、財産を没収し、君の家族と家臣たちを路頭に迷わせるのはかわいそうだな」




 エルキュールはわざとらしく言い……




 「当主である君には懲役三十年。婦女子及び家臣は不問とする。また、罰金として……」




 淡々とエルキュールは処罰の内容を伝える。


 それは反乱を企てたにしては……寛大な処置であった。




 「以上とする」


 「はい……寛大な処置、ありがとうございます。皇帝陛下。このご恩は忘れません」


 「はいはい、次の裁判が待っているからね」




 まあ、三年後には恩なんて忘れているだろう。


 と、エルキュールは内心で思いながら早々貴族を連行させる。




 「では、次。君は……」




 その後もエルキュールは、中小貴族たちに「君は騙されたのだろう?」と尋ね、大貴族によって騙されたという証言を引きずり出した後、軽い刑を言い渡していく。




 なぜ、このようなことをしているのか?


 これにはいくつか、理由がある。




 まず第一。


 貴族を殺し過ぎるわけにはいかないという事。




 今回、反乱を起こした貴族家を全て取り潰したところで貴族の権力が減衰することは無い。


 権力の空白を別の貴族が埋めるだけだ。




 むしろ、権力の空白を取り込んだ大貴族が新たに産まれてしまう可能性もある。




 それに、今回反乱を起こしたのは主に非長耳族エルフ貴族たちだ。


 無論、反乱を起こしたのは極一部だが……




 しかし彼らに厳罰を課せば非長耳族エルフ貴族の勢力が減衰して、長耳族エルフ貴族の勢力が伸長してしまう。


 エルキュールは長耳族エルフ至上主義者ではない。




 あまり非長耳族エルフを締め上げると、新たな火種を作りかねない。


 だからこそ、非長耳族エルフをある程度安心させてやる必要があった。




 次に第二の理由。


 それは中小貴族なんぞ、何の脅威にもならないという事だ。




 この戦争で多くの私財を費やした中小貴族は、もはや放っておいても没落する。


 罰金だけでも、十分過ぎるほど力を削ぎ落とせる。




 だからエルキュールは一定額の罰金と、牢にぶち込むだけで許したのである。




 そして第三の理由。


 それは……






 「では、次は……」




 呼ばれたのは、ハドリアヌス派の中でも一、二を争うほどの大貴族であった。


 非長耳族エルフ貴族の中でも、非常に大きな権力、財力を持ち、中央政界にも影響力を持つ大貴族である。




 エルキュールとて、無視できないほどの力を持った貴族だ。




 何故か、その大貴族は堂々としていた。


 それもそのはず。


 彼は最悪、処刑されることは無いだろうと考えていたのだ。




 家が採り潰しになることもない。




 精々、多額の罰金と十年程度の禁錮だろうと。




 なぜ、そのように考えているのか?


 それは簡単だ。




 エルキュールに、多数の貴族からの助命嘆願が届いていることを知っているからだ。




 例えエルキュール派の貴族でも、この大貴族と親戚関係だったり、借金だったり、何らかの恩がある貴族が大勢いる。




 エルキュールが、自分の派閥の貴族に配慮すれば……


 どうしても寛大な処置を取るしかない。




 だからこその自信だ。




 大貴族はゆっくりと、自己弁護しようとする。




 「私は……」


 「お前を権利剥奪刑に処す。以上」




 エルキュールはそれを遮って、あっさりと告げた。




 え?


 大貴族の顔に驚愕の色が浮かび……そして顔が青くなる。




 権利剥奪刑。


 それは、レムリア帝国に於いて死刑よりも重い刑罰であった。




 貴族への死刑の場合は斬首で、原則として貴族の名誉は守られる。


 貴族として、処刑されるのだ。




 しかし権利剥奪刑は違う。




 権利剥奪刑に処された者は、帝国領内での法的権利や財産を全て剥奪されるのだ。


 当然、その身分、名誉も。




 命が採られることがないなら、良いじゃないか。


 と思うのは、考えが甘い。




 通常の死刑であるならば、死刑囚であっても法的権利や名誉、身分は保証されるため、苦痛の少ない斬首刑で済む。




 だが、権利が剥奪された生きる死人に対してならば……


 言うまでもない。




  さらに、恐ろしいのは……


 権利剥奪刑で殺された者の死体は燃やされる、ということだ。




 火葬が一般的な日本人には理解しがたいが……


 メシア教では死体を燃やされた者は天国に行けず、煉獄に落ちるとされている。




 死ぬのは恐ろしい。


 しかし、死体を燃やされるのは死ぬよりも恐ろしい。






 「お、お待ちください!! 私は……」


 「おい、このゴミを追い出せ。次が待っている」




 エルキュールの命令で衛兵が大貴族をつまみ出す。


 それは貴族への扱いとは、かけ離れた……まるで汚い害虫の死骸を窓の外から放り出すような扱いだった。






 そう、エルキュールの狙いは初めから大貴族だ。


 単純に裁判をすれば、裁けない大貴族。




 それを、中小貴族の罪を被せることで厳罰を処しても誰も文句が言えないようにしてしまったのだ。




 加えて、仲間を裏切った経験のある貴族たちが……


 再び徒党を組めるはずもない。




 貴族たちを疑心暗鬼にさせるのも、目的の一つである。






 エルキュールは淡々と大貴族たちを捌いていく。


 軽い者は全財産没収の上で、牢獄に。


 重い者は斬首刑。


 そして最も重い者は権利剥奪刑に、それぞれ処していく。




 斯くして、延べ二十人の大貴族がレムリア帝国から姿を消した。












 そして最後に残ったのは……




 「では、我が兄よ。いや、反逆者ハドリアヌス。何か、言い逃れはあるか?}




 エルキュールは最後の被疑者、ハドリアヌスを問い詰めた。




 「言い逃れ?」




 ハドリアヌスは青い顔でエルキュールに尋ねる。




 「ああ、例えば……誰かに騙されたとか」




 実はエルキュールはハドリアヌスを殺すつもりはあまり無かった。


 というのも、特に殺す必要性も感じていなかったからである。




 ハドリアヌスそのものには大した力は無い。




 大貴族は全て粛清した。


 中小貴族は疑心暗鬼で徒党を組めないし、組んだとしてどれほどの力があるだろうか。




 命だけは助けて、どこかに幽閉するだけで許してやっても良い。


 と、エルキュールは考えていた。




 一応、血を分けた兄弟。


 殺すのはあまりにも外聞が悪すぎる。




 もっとも、タダで許すわけにはいかない。


 エルキュールにも面子があるからだ。




 最低限の条件は……




 エルキュールへの臣従と絶対服従。


 そして自分の過ちを認めること。


 そして罪を大貴族に被せること。




 以上の三つである。




 「僕は……僕は……」


 ハドリアヌスはぶつぶつと呟いてから、エルキュールに言った。




 「こ、皇帝陛下。全ては僕の過ちでした……ど、どうか、命だけは……」




 「賢明な判断だ」




 エルキュールは笑顔を浮かべ、終身刑を言い渡した。


 そして、心の中で思った。




 (皇太后殿下、約束通り、出来る限りの譲歩と努力はしましたよ)




 と。

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