第28話 オスカル・アルモン #
「さて、オスカル・アルモン君……どうして俺が君を呼んだか分かるかな?」
「え、えっと……申し訳ございません。どうか、教えて頂けないでしょうか?」
後日、エルキュールはオスカル・アルモンを呼び寄せた。
オスカル・アルモンはアルモン家の分家の次男である。
アルモン家はエルキュールが標的にした大貴族の一つで、本家当主は投獄されて大部分の土地を没収された。
しかし分家は本家に従うモノ。
本家が反乱に参加した以上、分家も参加せざるを得ないことはエルキュールも分かっていたため、反乱に参加した貴族家の分家は比較的軽い罰を課されていた。
それはアルモン家の分家も同じで、無論何の御咎めなしというわけでもないが取り潰しや全財産の没収、極刑だけは避けることができていた。
しかし、皇帝自ら呼び出されるとはどういうことか。
なぜ、自分は呼び出された他の兄弟は呼び出されないのか……
と、オスカルは考えたが、実は心当たりがあった。
オスカルが、唯一エルキュールの包囲から抜け出すことに成功していたからだ。
それ関連ではないか?
と、オスカルは内心で思いながらエルキュールに頭を下げて、答えを求める。
そしてエルキュールの返答は予想通りのモノだった。
「君があの包囲から抜け出したからだ。俺には自信があった。一兵残らず、殲滅できる自信がね。しかし、君に見事に破られたわけだ」
「私は死刑でしょうか?」
オスカルは少し顔を青くして、尋ねる。
優れた指揮能力を持った、敵対派閥の貴族。
殺しておくのが無難だろう。
オスカルはエルキュールが自分に、死罪か投獄かそれとも国外追放か。
何らかの罪を言い渡すつもりだろうと考えた。
そして、オスカルはそれを甘んじて受ける覚悟でいた。
どんな理由があろうとも、反乱に加担したのは事実。殺されて文句は言えない。
だが、エルキュールは予想外の言葉を口にする。
「死刑? 何のことだね。……俺は君を将軍として召し抱えようと呼んだのだが」
「え? しょ、将軍に?」
オスカルは困惑の表情を浮かべた。
何か、功績を立てたのであれば分かる。
しかし、オスカルはエルキュールに対して敵対し、そしてエルキュールに、僅かだが損害を与えたのだ。
意味が分からない……
と、そこでオスカルはある例を思い返す。
傭兵隊長ダリオス。
かつて、レムリア帝国に反旗を翻し、先帝ハドリアヌス三世に心労を掛け、その死の遠因になったとも言われている男。
エルキュールはその男を、家臣に召し抱えていた。
「君の指揮能力を俺は評価している。精強な軍には、優秀な将軍が必要だ。俺は君を欲している。どうかね? 悪い話ではないはずだ。……アルモン家の名誉を取り戻すこともできるだろう」
「皇帝陛下にそのように評価して頂けるとは、光栄でございます」
オスカルは深々とエルキュールに頭を下げた。
どのみち、オスカルに選択肢はない。
仮に断れば、オスカルに待つのは死だろう。
皇帝の勧誘を断る、反乱分子が国内に存在するのはあまりにも危険だ。
それにアルモン家の立場も危うくなる。
そもそも、断る理由がない。
功績を上げれば、出世の道が開かれる。
アルモン家の失墜した栄光も、取り戻せる。
何より……
この皇帝は自分の能力を正当に評価してくれる!!
「若輩の身ですが、どうか、宜しくお願いしたします」
「はは、若輩は俺も同じだがな。頑張ろうじゃないか、お互い、爺共に負けないようにね」
エルキュールはオスカルに手を伸ばした。
オスカルは戸惑いながらも、エルキュールの手を強く握った。
「では、今日からお前は俺の家臣だ。……もう後戻りはできないからな?」
「はい、皇帝陛下。どこへでも、お供させていただきます」
オスカル・アルモン。
ミスル貴族、アルモン家分家。
二つ名は『寡黙』
ハドリアヌスの乱の際に、エルキュールに見い出されて召し抱えられる。
エルキュール帝十七柱臣の一人。
「皇帝陛下」
「カロリナか、どうした?」
「それはこちらのセリフですよ。こんな夜更けに」
自室のバルコニーで月を眺めていたエルキュールにカロリナが声を掛けた。
エルキュールは肩を竦める。
「いや、星や月が違うと思ってね」
「何とですか?」
「こちらの話さ」
エルキュールは適当にはぐらかす。
信じて貰えない真実は、嘘と同じだ。
「しかし、こんな夜更けに女性が男性の部屋に来るのは感心しないぞ」
「まあ、お父様は御怒りになるでしょうけど……ね?」
カロリナは悪戯っぽく笑う。
カロリナは、生地の薄いネグリジェの上にストールという非常に危うい恰好をしていた。
このような恰好でエルキュールの元に訪れたのは……
エルキュールのことを信頼しているのと同時に、何かあってもエルキュールならば問題ないという気持ちの表れだ。
エルキュールはそのことを少しだけ、嬉しく思った。
「実は良い葡萄酒があるんだが、折角だし飲むか?」
「じゃあ、折角だし貰います」
エルキュールはコルクを開けて、真っ赤な葡萄酒をカロリナのグラスに注ぐ。
そして自分のグラスに注ごうとして……
「陛下、私がお注ぎしますよ」
「そうか?」
カロリナは葡萄酒の入ったガラス製のボトルをエルキュールから受け取り、エルキュールのグラスに注いでいく。
互いのグラスに葡萄酒が注がれたのを確認すると、二人は軽くグラスを当て合う。
「君の瞳に乾杯」
「乾杯、相変わらずですね。陛下は」
二人は葡萄酒をゆっくりと飲む。
一気に飲むような、下品なことはしない。
主役は酒ではなく、二人の会話だ。
酒はあくまで会話の潤滑油に過ぎない。
酔っぱらって、呂律が回らなくなったら意味がない。
「お疲れ様です。陛下。大変だったでしょう?」
「まあ、な。とはいえ、後始末はしっかりやらないと、後が面倒になる」
後始末、即ち戦後処理である。
反乱を鎮圧し、支配体制を強化し、国を強くすることができるか。
それとも今まで以上に不安定にしてしまい、国を弱体化させるか。
それは戦後処理に懸かっている。
「……皇后殿下は何と?」
「ありがとうございます、だとさ。まあ、兄殺しは醜聞になるからな」
エルキュールは泣いて感謝する自分の母親を思い返す。
「まあ、幸いだったのは皇太后殿下が賢明だったことだな。ハドリアヌスと一緒に反乱でも起こされていたら、母親殺しと兄殺しの称号が俺に付いただろうよ」
「陛下は……」
カロリナは少し戸惑ってから、尋ねる。
「皇太后殿下のことがお嫌いなのですか?」
「カロリナ、良い事を教えてやろう」
エルキュールは笑みを浮かべる。
「愛の反対は憎しみや嫌悪じゃない。無関心だ」
「……」
そう、無関心だ。
だからこそ、エルキュールは皇太后が自分をどう思っていようと、どうでも良い。
大人しくしてさえいれば、何の問題も無い。
「白けたな。もう少し、楽しい話でもしないか? 政治の話は今じゃなくても出来るだろ」
「じゃあ……」
二人は話題を転換して、身近にあった愉快な話、明るい話をする。
会話が弾むうちに酒が進み、そして侍女が持ってきた肴さかなも二人の胃袋に吸い込まれていく。
「これ、美味しいですね。料理長ですかね?」
「まあ、そうだろ。葡萄酒の種類に合わせて、適切な肴を持ってくる。相変わらず、あいつの腕は確かだ。しかし、こんな夜更けに大変だな」
「まあ、それがお仕事ですし、ね?」
「違いない! まあ、後で残業代でも支払ってやろう。俺はホワイトな国造りを目指しているからな!」
互いに酒が周り、饒舌になっていく二人。
いつの間にか、エルキュールはカロリナの隣に座っていた。
エルキュールが肩に手を回すと、カロリナはそれを拒まず、むしろ受け入れるように頭をエルキュールの肩に乗せた。
「陛下……」
「どうした?」
「好きです。愛してます」
エルキュールはそれには答えず、カロリナの顎を掴む。
カロリナは目を瞑る。
エルキュールはカロリナの唇に自分の唇を押し付ける。
二人の唇が合わさる。
「俺も愛しているよ」
「陛下……」
二人はもう一度、接吻を交わす。
そして、エルキュールは尋ねる。
「どうする?」
「……お任せします」
エルキュールはカロリナを抱き寄せた。
そしてカロリナの長い耳に舌を這わせる。
「ん……陛下……初めてなので……」
「ああ、分かってる」
その後、二人は蜂蜜のように甘い夜を過ごした。
翌日、二人は正式に婚約を交わした。
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