第13話 ペロソニア戦争 その三

 攻撃三倍の法則というものがある。

 早い話、守ってる敵を倒すには攻撃側は三倍必要だよという法則であり、より簡単に説明するのであれば『攻撃よりも守りの方が有利』ということになる。


 しかし、攻撃側は好きな時に好きな場所を攻撃できるので選択の幅は守りよりも大きい。

 また将棋なども、守りよりも攻撃の方が主導権を握れて初心者にはやり易かったりする。


 さて、ここでエルキュールは考えた。


 じゃあ戦略的に攻撃をして、戦術的に守ろう。




 「先程からずっと主導権、主導権言っていたのに……守りに入っても宜しいのですか?」

 「何を言っているんだ。待つのも立派な主導権を取る方法だよ、カロリナ」


 エルキュール率いるレムリア軍は都市から少し離れた丘の上に布陣していた。

 丘の側面は川が通っているため、正面と背後にだけ気を使えばいい……守るには最適の場所である。


 そう、守るのには。


 「でも、守りは受けだから主導権を握れない、不利になると……」

 「受けならね。良いか、カロリナ。俺は守るわけでも攻撃されるわけでもない。相手に攻撃させるんだよ」


 ダリオスはこの半島で非常に嫌われている。

 粗暴な傭兵の支配には、皆飽き飽きしているのだ。


 だからこそ、ダリオスはエルキュールを早急に排除しなくてはならない。


 それに少しでも弱気を見せれば、傭兵たちが逃げ出してしまう可能性がある。

 勝つ見込みのない戦いをするほど、傭兵たちも暇ではないし命も軽くはない。


 戦争はビジネスなのだ。


 だからこそ、ダリオスはエルキュールを倒さなくてはならない。

 攻撃しなくてはならない。

 如何に不利な戦場でも、だ。


 つまり、エルキュールは現状十分に戦争の主導権を握っているのだ。

 これ以上兵士を走らせて、疲弊させる必要性はない。


 「良いか、カロリナ。この丘は正面か背面以外攻める場所が無い。……そして、正面と背面には兵士たちに壕を掘らせ、そして杭を打ってある。これなら十分に兵数の不利を覆せる」


 エルキュールは今までダリオスを手玉に取り、主導権を握り続けた。

 しかしいつまでも主導権を握れるか、と言われると怪しいところだ。


 というのも、やはりダリオスという男の実力は確かであるとエルキュールは考えているからだ。

 平野で、兵力に劣る状態で正面から会戦に臨めば間違いなく負ける。

 エルキュールはそう確信していた。


 だからこそ、有利な戦場に敵を引きづり込むのだ。

 兵数の不利を帳消しにし、敵の長所を潰し、そして味方の長所を最大限に生かせる場所に。


 「陛下!! 南西より、敵兵数万! 敵将、ダリオスの旗も確認できました!」


 斥候からの報告を聞き、エルキュールは不適に笑った。

 そしてカロリナに向かって微笑み、頬に唇を押し付けた。


 「あ!」

 「君に勝利を捧げよう。期待していてくれ」







 「……これが本当にあのハドリアヌス三世の息子か? 誰だ、経験の浅い幼い皇帝が即位したなどと言った奴らは」


 それは俺だったな。

 などと思いながら、ダリオスは敵の築いた陣地を高台から見る。


 敵は丘の上に強固な陣地を構築していた。

 遠目から、馬を防ぐための柵と杭が突き刺さっているのが良く分かる。


 見えないが、壕も掘れらていると考えて問題ないだろう。


 「敵の長所を封じ、自軍の長所を生かす。戦争の基本を弁えているな」


 ダリオス軍がエルキュール帝の軍隊に対して、優っているのは数である。

 だからこそ、エルキュール帝はあの丘の上に布陣している。


 側面が川で挟まれているため、側面からの攻撃は不可能。

 攻撃ができるのは正面か、背面のみ。


 つまり数の有利を活かして、包囲することができない地形だ。


 その上、エルキュール帝率いるレムリア軍は長弓ロングボウ兵を有している。

 ロングボウはダリオス軍の有する、クロスボウと比べて訓練が難しく、威力が弱いという欠点があるが……


 その代わり、クロスボウよりも長い射程と優れた連射能力を持つ。


 曲射が難しいクロスボウでは、丘の上から弓を放つロングボウに対抗できない。

 一方、ロングボウはこちらをいくらでも打ち放題。


 ダリオス軍の優位は全て潰されていて、レムリア軍の優位が十分に生かされている。


 はっきりと言おう。

 ダリオス軍に勝ち目は無い。


 すでに、九割方エルキュール帝が勝利している。


 だが、ここで降伏してもダリオスに待つのは死である。

 それに、まだ一割の勝機はある。


 ならば……


 「ここで引き下がるほど、俺も人生をまだ楽しみ切って無いんでね。足掻かせてもらうぞ、エルキュール帝」


 ダリオスは不敵に笑う。

 かつてないほどの危機を、ダリオスは楽しんでいた。





 ダリオスが率いている兵は子飼いの傭兵である、歩兵四〇〇〇とクロスボウ部隊三〇〇〇の合計七〇〇〇と、外から雇った歩兵二八〇〇〇と蛮族の軽騎兵五〇〇〇。


 合計四〇〇〇〇。


 それを迎え撃つのは、エルキュール帝率いる重装騎兵クリバナリウス八〇〇〇と、歩兵一五〇〇〇、長弓兵五〇〇〇。


 合計二八〇〇〇。


 傭兵隊長『黒豹』のダリオス。

 レムリア帝国皇帝、後に『三大陸の覇者』と呼ばれる皇帝。


 名将とうたわれた傭兵隊長と、後に名将とうたわれる若き皇帝二人の戦いが始まろうとしていた。






 ダリオスはすぐに攻撃の準備を始めた。


 外から雇った歩兵二八〇〇〇を正面。 

 側面に蛮族の軽騎兵、五〇〇〇を配置。


 その背後には、子飼いの傭兵である歩兵四〇〇〇とクロスボウ部隊三〇〇〇の合計七〇〇〇。


 ダリオスの作戦は単純明快。

 力押しである。


 というより、力押し以外の選択肢はあり得ない。

 下手に川を渡り、側面に攻撃を仕掛けようとしてもたつけば矢が雨のように降ってくるのが明白だからだ。


 もっとも、ダリオスとてバカではない。


 あくまで、矢面に立つのは金で雇った……いくら死んでも問題無い傭兵と蛮族である。


 そして彼らの逃亡を防ぐために、背後に子飼いの、信用できる精鋭を配置している。


 傭兵を使い潰し、エルキュール帝の防御陣地を突破。

 最後に子飼いの傭兵で止めを刺す。


 それがダリオスの考えた、現状における最善手あった。


 「まあ、予想はしているだろうな。エルキュール帝が俺と同じくらいの才能があるのであれば、当然この最善手は予想する」


 そして……

 その最善手でも勝てる自信があるからこそ、丘の上に布陣している。


 つまり、この作戦でダリオスが勝つことは不可能だ。


 「戦略で負けた勝負を戦術で巻き返すのは難しいな……だが、分かってて負けるほど俺も潔くないんでね」


 ダリオスはもう一つ、別の作戦を組み込む。

 第二の作戦だ。


 「あとは相手の実力次第だな」


 賽は投げられた。







 真っ直ぐ、迫ってくる傭兵の歩兵、二八〇〇〇を丘の頂上から見下ろしながらエルキュールは呟いた。

 「ふむ……やはりそれで来るか」


 エルキュールの考えた、ダリオスが採れる戦術は四つ。


 一つはクロスボウ部隊でエルキュールのロングボウ部隊で撃ち合いをし、エルキュールのロングボウ部隊を排除する作戦。


 だが、これは常識的な武器の性能を知っていればあり得ない。


 かつて、レムリア軍の重装騎兵を沼地に誘い込み、クロスボウ部隊で串刺しにするという……

 兵科の特性と地形を生かした戦いで、先帝ハドリアヌスを打ち破ったダリオスが採る可能性は低い。


 二つ目は強引に包囲に持ち込む。

 丘の上に布陣しているエルキュールの軍隊を丘の麓で包囲し、少しづつ輪を縮めて包囲殲滅するという作戦。


 だがこれは下策中の下策だ。


 丘の側面は川が通っているため、川を渡るのに時間と兵士の体力を消耗する。

 必然的に包囲の輪は崩れる。


 後は綻びに対して、重力を味方に付けて重装騎兵クリバナリウスで突撃すれば容易に突破可能。

 その後、背後から何度も強襲を繰り返せばダリオス軍の敗北は必然。


 三つ目の選択肢。

 それは正面と背後の二つに兵力を分けて、強引に力責めをすること。


 これは悪くない手だが……

 片方の軍隊を預けられる将軍がダリオス軍に居るのかが問題になる。


 裏切る可能性が無く、距離の離れた状態で連携を取ることができ、何より二〇〇〇〇以上の大軍を率いることのできる将軍……


 そんなモノが居れば、ダリオスはここまで追い詰められてはいない。


 自分自身しか、軍隊を率いることができない、任せることができないからこそ、エルキュールに隙を突かれたのだから。


 それに兵力を二つに分ければ、戦力の分散を招くことにも繋がる。

 そもそも、防御陣地を突破できるのか危うい状況で兵力を割くという選択をダリオスがするとは思えない。


 よって、四つ目の選択肢。

 正面からの力責めである。


 それも……


 「使い潰しの傭兵を正面に、信頼できる精鋭をその背後に……予想通りだな」


 後は、どれだけ小細工が仕込んであるか。

 それをエルキュールがどれだけ見破られるか。


 勝敗はそれで決まる。


 「後は兵士の奮闘に賭けるとしようか」


 賽は投げられた。

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