第12話 ペロソニア戦争 その二

 傭兵隊長『黒豹』のダリオス。

 種族は|獣人族ワービーストの高位種。

 とある西方国家の、小さな男爵家の三男坊の生まれである。


 ダリオスは戦史上、『復興者』の一人に数えられている。


 復興者……それはレムリア帝国崩壊によって始まった混乱期の間に忘れ去られてしまった、かつての高度な戦術を復興させた者のことである。


 歩兵、騎兵、弓兵。三つの兵科を組み合わせて戦う。

 というのはまるで当たり前のようだが、現在のこの世界では違う。


 エルキュールの父であるハドリアヌス三世が重装騎兵に拘り過ぎて歩兵を疎かにしたことから、それはよく分かるだろう。


 古代の資料の多くを保存しているレムリア帝国ですら、この体たらく。

 蛮族は言うまでもない。


 長い人類の戦いの歴史、研磨されてきた殺しの技術が失われ、この世界の戦争は正面からの兵力の押し合いという、非常に原始的なモノに退化しつつあった。


 兵站の概念は無論、戦略、戦術の概念すらも忘れられて久しい。

 戦いの勝敗を決するのは、神への祈りである。などと大真面目に一国の将軍が言ってしまうほど、この世界の戦争技術は退化していた。


 故に、歩兵と騎兵、クロスボウを組み合わせて使いこなせるダリオスはこの世界に於ける数少ない名将であり、『復興者』であった。







 「いくら兵は集まった?」

 「子飼いの傭兵、歩兵五千とクロスボウ部隊五千合計一万に加えて、すでに歩兵三万と蛮族の軽騎兵五千が集結していて、我らの総兵力は四万五千です」

 「ふむ……まあ、それだけ集まれば大丈夫だろう」


 ペロソニア傭兵団領の統治者であり、実質的な国王である男。

 傭兵隊長ダリオスは副官の報告に満足気に頷いた。


 現在、ペロソニア傭兵団領の財政状況は危機的状態に陥っていた。

 というのも、一万の傭兵を維持し続けるにはペロソニア半島という地盤が弱すぎたのだ。


 ペロソニア半島はオリーブ油や葡萄酒、大理石等の産業があり、決して貧しい地方ではない。

 だが一万の金食い虫を常時養い続けるほどの経済的基盤はなく、そして税金を集める能力もダリオス傭兵団には欠けていた。


 傭兵団を解体すれば反乱が発生し、他国に付け入る隙を与える。

 しかし傭兵団を維持するには重税を掛ける必要があり、住民の恨みを買い、余計に反乱の危険が高まる。


 ジリ貧とはこのことであった。


 そこでダリオスは博打を打つことにした。

 財布を振り絞って傭兵を集め、レムリア帝国に侵攻して領土と賠償金を掠めとろうという作戦である。


 ちなみにダリオスの財布だけでは、レムリア帝国に大きな譲歩を引き出せるだけの兵力を集めるには足りなかったため、レムリア帝国と敵対する二ヶ国・・・から大きな財政的支援を受け、加えて外国の商人からも借金をして資金を集め……そしてそれでも足りない分はレムリア帝国領内での略奪を許可することで傭兵を集めていた。


 ダリオスは二度、レムリア帝国を打ち破った実績がある。

 斜陽とはいえ、仮にもかつて世界を支配した超大国の皇帝を二度も打ち破った実績のおかげで軍資金も傭兵もスムーズに集めることができていた。


 「しかし、隊長。本気でやる気ですか?」

 「何だ、不安か?」


 ダリオスは笑いながら副官の肩を叩いた。


 「所詮、相手は十五歳の若造だ。それも、あのハドリアヌス三世の息子だぞ? 俺の敵ではないな」


 ダリオスはハドリアヌス三世との戦いを回顧する。

 大国レムリアの皇帝が相手だと、気を引き締めていたダリオスを拍子抜けさせてしまうほどの弱さであった。


 蛙の子は蛙。

 ハドリアヌス三世の子はハドリアヌス三世であろう。


 などと、考えて笑い飛ばしていたダリオスだが……


 「隊長!! 大変です!! レムリア帝国軍が我が国の領内を進行中です!!!」


 ダリオスの笑顔が固まり……

 どこかでエルキュールが高笑いした。






 「ははは!! どうせ、あの黒猫野郎、俺のことを『所詮、蛙の子は蛙だ。十五の若造なんぞ、余裕余裕!!』などと言っていたのだろう。蛙に裏を書かれた気分はどうですか!!!」


 エルキュールは高笑いした。

 名将と名高い『黒豹』ダリオスを欺けたのが相当嬉しいのか、得意の絶頂である。


 実のところ、バレてはいやしないか、どこかに伏兵がいないか……と少し前まで不安で一杯でカロリナに励まして貰っていたのだが……それは秘密である。


 「上手く行きましたね、陛下」

 「ああ。あっさりと上陸出来た」


 エルキュールたち率いるレムリア帝国軍(重装騎兵クリバナリウス八〇〇〇と、歩兵一五〇〇〇、長弓兵五〇〇〇、合計二八〇〇〇)が駐留しているのは、ペロソニア傭兵団領のとある小さな港である。


 どうしてあっさりと上陸できたのか……これには三つの理由がある。


 まず第一、そもそもペロソニア傭兵団は船を持っていないこと。碌な輸送船すら持っていないのだから、レムリア帝国海軍を防ぐことはおろか、捕捉することも不可能に近い。


 第二、攻める気でいたため攻められるとは思っていなかったこと。つまりダリオスの完全な油断。


 第三、エルキュールが常備軍を深夜のうちに船に乗せ、闇夜に紛れて首都から出航し、その上商人たちを使って情報統制を行っているため。


 レムリア帝国の宮殿に勤めている料理人や召使たちが、今ようやく「あれ? 陛下どこに行った?」というレベルの状況で、エルキュールの所在が分かったらダリオスは超能力者であろう。


 さて、見事に奇襲を決めたエルキュールたちであるが、現状決して有利とはいえない。


 「ダリオスの奴がどれほど兵力を集めているか分からんが、多分俺たちよりも兵力は大きい。この差を埋めるためにも、常に主導権はこちらが握る必要がある。先手必勝だ」


 エルキュールはそう言いながら、地図を広げた。

 レムリア帝国の書庫に眠っていた、ペロソニア半島の非常に正確な地図である。


 ダリオスの持っている地図よりもずっと正確なことは間違いない。


 「現在地はここ。ここから南にあるのがペロソニア半島最大の都市。で、ダリオスの本拠地はレムリア帝国との国境近く……ここから北の城塞都市だ」


 つまりエルキュールの進軍先は二つに一つ。


 ダリオスの本拠地である要塞都市か、ペロソニア半島最大都市かだ。


 ここから南か、北か。

 どちらかに進まなくてはならない。


 「まあ、まずあり得ないのは要塞都市への殴り込みだな。そうだろう? ガルフィス」

 「それは私も同感ですな。論外でしょう」


 互いに意見の一致を得られたことで、双方は自信を持って要塞都市への殴り込みを選択肢から外す。


 しかし不服そうな顔の少女が一人。

 カロリナだ。


 「どうしてあり得ないのですか? 直接ダリオスをやっつける。分かりやすいじゃないですか」

 「そりゃあ簡単さ。まず要塞都市は距離で言えば一番遠い。だから兵が疲弊する。その上、ダリオスは動く必要が無く、どんな場所でも待ち構えられる。……これでは主導権はダリオスに握られる。奇襲の効果が無意味になる」


 兵士の数で劣る以上、エルキュールたちは常に主導権を握る必要がある。

 もっとも時間が掛かり、相手に時間を与えてしまう選択肢は論外だ。


 「でも、悠長に城攻めなんてしてたら背後から挟み撃ちにされてしまいますよ?」

 「安心しろ、落とす算段はある」


 そう言ってエルキュールは、ムッとした顔のカロリナの頭を片手で撫でながら、ここから少し離れた最大都市を指さす。


 「ここを奇襲で奪い取る。異存はないな? ガルフィス」

 「はい、異存はありません」


 ガルフィスもニヤリと笑った。









 「おのれ、若造が!!!!!」


 ダリオスは頭を抱えていた。

 というのも、エルキュールに完全に裏をかかれたからである。


 レムリア帝国軍が港に上陸した。

 という情報を手にした時、ダリオスの脳裏には三つの選択肢が浮かんだ。


 北に攻め上ってくるのか。

 南の最大都市を奪いに来るのか。


 ダリオスはレムリアは後者を選ぶと予想し、すぐさま南に進軍した。

 この時点でダリオスは余裕だった。


 というのも、最大都市にはそれなりの高さの城壁があり、信頼できる子飼いの傭兵のうち歩兵一〇〇〇とクロスボウ部隊二〇〇〇、そして外から雇った二〇〇〇の歩兵。合計五〇〇〇を守りにつけていたからだ。


 そう簡単には落とせない。

 あとはエルキュールがもたもたしている間に、背後から攻めて挟み撃ちにすれば良い。


 

 所詮、若造か……驚かしやがって。

 などと考えながら、ダリオスはエルキュールを追いかけていた。


 しばらくして、最大都市が陥落したという報告がダリオスに飛び込んできた。

 一日で都市が陥落した、という情報であった。


 五〇〇〇の守りがついている都市はそう簡単に落とすことはできない。

 と、なれば落とされた理由は二つ考えられる。


 都市住民の反乱か。

 それとも傭兵の裏切りである。






 「陛下、いつから準備していましたか?」

 「三ヶ月くらい前からだな。ダリオスが戦争の準備をしようと、しなかろうと元々近い内に攻める予定だったんだよ」


 カロリナにエルキュールは得意気に話す。

 エルキュールが一日で都市を陥落させることができたのは、ダリオスの予想通り。


 都市住民の反乱と傭兵の裏切りである。


 三か月前から、エルキュールはダリオスが新たに雇った傭兵に買収工作を働いていた。

 子飼いの傭兵たちはダリオスへの忠誠心がそこそこあるため、買収は難しい。

 しかし新しく雇った傭兵はあっさりと買収することができた。


 さらにダメ押しでエルキュールは都市住民の反乱を誘発させた。

 予め都市の中に密偵を入れて、彼らに住民を扇動させたのだ。


 元々ダリオスの支配にはうんざりしていた都市住民たちは、エルキュールが助けに来たと大喜びで暴動を起こした。

 ダリオス子飼いの傭兵たちがすぐさまこれを鎮圧すればまた違ったかもしれないが……


 彼らはエルキュールの奇襲攻撃ですっかり動揺していた。

 その隙をついて、予め買収されていた傭兵が城門を開けて、そこから一気にレムリア軍が侵入。


 都市はあっさりと陥落した。


 「まあ、勝負は三か月前からついていたというわけさ。……さて、そろそろ外に出ようか。ダリオスが明後日にはやってくる。最上の戦場で迎えてやろう」


 ダリオスは都市を奪い返す必要がある。

 となれば、短期決戦でエルキュールを倒さなければならない。


 つまり……


 「戦場は俺が選べる。すでにダリオスは俺の掌の上というわけだ」


 エルキュールは不適に笑った。

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