第14話 ペロソニア戦争 その四 

 「ロングボウ部隊、撃て!!!」


 エルキュールの率いる、ロングボウ部隊が迫りくるダリオス軍先鋒に向けて矢を放った。


 一分間に一人当たり五、六本の矢をロングボウは射ることができると言われているが……

 古来から、弓の扱いに長ける長耳族エルフならば、一分間に十本を射るのは容易だ。


 そして弓兵は五千人。

 つまり、一分間に五万本の矢が降り注ぐことになる。


 無論だが、全ての矢が命中するはずもなく、命中してもそれが致命傷となることは少ない。


 射程と速射に優れるロングボウだが、貫通力はクロスボウよりも遥かに劣る。


 ロングボウの矢は傭兵の鎧や盾に突き刺さるが、しかし傭兵に対して致命的なダメージを与えることができない。


 しかし……

 鎧で覆われていない部分、つまり顔などへ一%でも当たれば……


 一分間に五百人の兵士が死ぬことになる。


 一分間に五百。

 二分間に千。

 三分間で千五百。


 それに加え、手足などの負傷での戦闘不能、雨のように降る注ぐ矢による戦意低下……


 如何に二万八千の兵と言えでも、足は止まってしまう。

 ……かのように思われた。


 「案外、持つな」


 雨のように降り注ぐ矢の中を、掻い潜りながら進んでくる傭兵。

 エルキュールは何故、金で雇われているはずの傭兵がここまで必死に戦っているのかを考え……


 「なるほど。背後か」


 背後にダリオス子飼いの精鋭がいることを思い出す。

 仮に傭兵が逃走すれば、ダリオス子飼いのクロスボウ部隊が傭兵を射貫くだろう。


 クロスボウは威力が高い。

 射貫かれれば確実に死ぬ。


 味方に射貫かれて死ぬよりは、前に進んだ方が得策。


 という傭兵の心理を利用した、ダリオスの小細工である。


 そう、小細工に過ぎない。


 例え傭兵たちが丘の頂上まで登ることに成功しても……

 柵と杭と壕でその進撃は阻まれる。


 そして、柵と杭と壕を超えた先には長槍部隊が待ち受ける。

 矢と槍で次々と命を落とし、隊列を崩していく傭兵たち。


 「そろそろ頃合いか」


 エルキュールはガルフィスを呼び寄せた。


 「出番ですか?」

 「ああ、あそこから重騎兵で突撃しろ」


 エルキュールは敵兵士たちが立ち往生している、柵と杭と壕のある部分を指さした。

 当たり前だが、騎兵は障害物を飛ぶ超えて突撃するなどという器用な真似はできない。


 だが……


 「分かりました、陛下。そういうことですね?」

 「そういうことだ。……どれくらいの距離が良い?」

 「十メートルで構いません」(※この世界の度量衡は未統一で、国は勿論、民族地域によって異なりますが、考えるのが面倒くさい……じゃなかった、読者の皆さんにとってバラバラだと面倒だと思うので、全部メートルグラムetcに統一します。日本語訳の都合だと思ってください。心の目で読もう)

 「本当か?」

 「私を誰と御思いで?」


 エルキュールは不適に笑う、重臣の肩を叩く。


 「頼りにしている。ガルフィス・ガレアノス。連中に重装騎兵クリバナリウス の威力を教えてやれ」

 「御意」


 ガルフィスはエルキュールから離れ、自らの指揮する重装騎兵の元に向かう。

 そして、大きな声で号令をかける。


 「諸君、突撃だ。以上。馬に乗れ」


 兵士たちはガルフィスの簡潔な命令を受け、馬に乗る。

 自分たちの仕事は突撃だけ。

 それ以外は考える必要は無い。


 「カロリナ、お前は私の後ろをついてこい……今日は付いてくるだけで良い」

 「はい、お父様」


 カロリナも馬の乗り、ガルフィスの後ろに付いて行く。


 よく訓練された重装騎兵クリバナリウスたちは、ガルフィスを頂点に三角形の隊列をあっという間に組む。


 そして……


 「行くぞ!!!」

 「「おおおお!!!!」」


 歩兵や弓兵たちが、ガルフィスの為に開けた道を通り、ガルフィスは敵に真っ直ぐ向かう。

 目の前に柵と杭と壕が現れる。


 傭兵たちは、柵に向かって突撃してくる重装騎兵クリバナリウスを見て、唖然とした表情を浮かべる。


 障害物との距離がグングン近づく。


 そして……







 「頃合いか」


 ガルフィスの突撃を高台から見守っていたエルキュールは呟き……


 「アスモデウス、ガルフィスと幻惑で作った・・・・・・障害物との距離が十メートルになった段階で幻惑を解除しろ」

 [分かりました、御主人様]


 美しい、女の声がエルキュールの頭の中に響く。

 この声を聞くことができるのは、アスモデウス……七十二柱の一角を担う夢魔の大精霊と契約しているエルキュールだけだ。


 「支払いは後日、一週間後に夢で」

 [はい……楽しみにしていますよ?]


 斯くして幻は消え……




 

 「突撃!!!」


 十メートルのところで、障害物が消滅したのを確認したガルフィスは一気に加速して勢いに乗る。

 突然消えた障害物と、真っ直ぐ突撃してくる重装騎兵クリバナリウスを見て、傭兵たちは恐慌状態に陥った。


 障害物があるため、突撃は成功しないと高を括っていため、対応が遅れたのだ。


 混乱状態の傭兵を確認したガルフィスは、馬上槍ランスを空に突き出して叫ぶ。


 「アモン!!!」


 七十二柱の一角。

 炎の大精霊、アモンを、自分の契約精霊をガルフィスは呼び出した。


 ランスの周りを、灼熱の炎が蛇のように渦巻いていく。

 そして炎を纏ったランスを、そのまま敵に向けて、突進した。


 炎が弾け飛び、周囲の傭兵たちが一瞬で黒焦げになる。

 派手に燃え上がる炎は見た目ほどの破壊力は無いが……兵士たちを恐怖させ、逃亡させるのには十分だった。


 完全に崩れた陣形。

 そこにカロリナを含めた重装騎兵クリバナリウスが次々と突撃していく。


 「エリゴス!!!」


 カロリナもまた、自分の精霊を呼び出す。 

 七十二柱の一角、武器の大精霊エリゴスだ。


 カロリナの手に、銀色に煌めくランスが姿を現す。


 所有者には羽毛よりも軽く、そして攻撃を受ける相手には錨よりも重く感じるランスが次々と敵を吹き飛ばし、粉砕していく。


 ダリオス軍の先鋒、二八〇〇〇は崩壊し始めていた。






 「まあ、予想通りだな」


 悲鳴を上げ、逃げ惑う傭兵たちと比べて、ダリオスは冷静であった。

 先鋒部隊、使い捨ての傭兵が役に立たず、ロングボウの矢で隊列を崩され、重装騎兵クリバナリウスの突撃で壊滅する。


 というのは、十分に予想できる展開だ。


 まあ、このまま力で押し切ってエルキュールを倒したかったのも本当なので、実のところはかなり気落ちしていたが……


 それを決して表情には出さず、第二の指示を出す。


 「傭兵共を左右に移動させるように、指揮官たちに伝達。蛮族の軽騎兵には引き続き、待機。クロスボウ部隊と長槍部隊を前へ」


 ダリオスの指示通り、傭兵たちは左右に逃げるように移動する。


 正面から受け止めるのではなく、後ろに逃げるのではなく、左右に避けて突撃を受け流すことにより突撃の被害は最小限に抑える。


 その後の動きは以下の通り。


 突破された穴はすぐさま塞ぐ。

 こうすることで、エルキュール本隊と重装騎兵クリバナリウスを率いる将軍……おそらく、ガルフィス・ガレアノスを分断する。


 そして……


 「長い突撃で疲弊した敵をクロスボウ部隊で射貫き、突撃をさらに抑えたうえで、長槍部隊で完全に受け止める。そして両側面の軽騎兵で挟み込んで壊滅させる」


 レムリア帝国の主力は重装騎兵クリバナリウスとロングボウ部隊であり、双方共に補充が難しい兵科。

 その上、支配階層である長耳族エルフが構成員。


 これを失えば、エルキュールは戦争継続どころか今後の政治運営も怪しくなることは容易に想像できる。


 「敵の長所を殺し、自分の長所を生かして敵の短所を狙う。これが戦争の基本だ。……さて、俺の打てる手はここまで。エルキュール帝、あなたはどうする?」

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