第10話 楽しい軍制改革 その二

 イタリアの思想家、マキャヴェリは著書『君主論』でこのように述べている。


 『傭兵と外国軍とか、マジありえない。マジサイテー。あいつら金の為なら何でもするしー。信用しちゃダメ。というかー、有能だと国の脅威になるし、無能だと敵に負けるしーマジいらなーい。やっぱり時代は自国軍、市民軍、常備軍よねー、傭兵とか外国軍に頼っちゃう君主とかマジキモイ。やっぱりローマってサイコー!』

 ※かなり噛み砕いています。マキャヴェリは決してギャルではありません。



 これを思い出した時、エルキュールは子供特有の反抗精神からこう思った。

 常備軍を持てないから、傭兵に頼るのではなかろうか?


 南米に植民地を持ち、プランテーションとポトシ銀山で巨万の富を築いたスペイン・ハプスブルク家とてテルシオを維持するのに何度も国庫を空っぽにしたという。


 まあテルシオは常備軍化した『傭兵』と言えるのでマキャヴェリが愛する自国軍や市民軍とは少々性質が違うが。


 また、フランス革命で市民側に裏切ったフランス人衛兵隊と比べて、死ぬまで国王に忠義を尽くしたスイス人衛兵隊の例もあるので、あまり一概に傭兵が悪く、国民軍が良いとは言えない。(君主にとっては、という事でありフランス人にとっては裏切ってくれたフランス人衛兵隊の方が良かっただろうが)


 マキャヴェリ自身は傭兵と外国軍に相当苦しめられたようなので、傭兵憎しとなるのは当たり前と言えるが。多分、三分の一くらいは私怨だろう。


 馬鹿と鋏は使いよう、とは言ったモノで傭兵も使い方次第だろう。


 エルキュールは確かにどちらかと言えばマキャヴェリアンであり、権謀術数主義者であるがマキャヴェリの言ったことを丸ごと信じているかと言われると、そんなことはないし、そもそもエルキュールの性格や思想は『君主論』を知る前と知った後で大きく変わったか、と言われるとさほど変わっていないというのが事実である。


 マキャヴェリ本人は大して大きな政治的功績無いし……

 というのがエルキュールのマキャヴェリに対する個人的な感想であった。


 とはいえ、一般的に傭兵が信用出来ないのは事実である。

 そこで……


 「やはり、常備軍の整備が先決だろうな。ガルフィス」

 「私もそう思います。……傭兵共はまるで使い物になりません」


 というと、まるでレムリア帝国は全てを傭兵に頼っているように聞こえるがそれは違う。

 一部、常備軍を有している。


 一万の長耳族エルフ長弓兵隊と、一万の長耳族エルフで構成された重騎兵クリバナリウス。


 合計、二万の常備軍を持っている。


 さらに、百隻以上のガレー船を有する海軍も有している。


 さて、帝国の財政が大炎上した理由がお分り頂けただろうか?


 そもそも、軍馬は一頭だけでもとてつもなく高価だ。

 その上、鎧まで用意しなくてはならない。


 重騎兵クリバナリウスがとてつもない負担になっていたのである。


 元々、帝国は十万程度の歩兵の常備軍を有していて騎兵は同盟部族等の蛮族を雇うことで補っていた。

 しかし、これからの戦争の主力は騎兵になる。

 そう考えたハドリアヌス三世が歩兵の常備軍を解体して重騎兵クリバナリウスと長弓兵を編成するという決断をしたのだ。


 エルキュールはこれについては英断だと考えている。

 というのも、これからの戦争の主力が重騎兵による突撃であることは自明であるからだ。


 また、昔の帝国の常備軍は古き良き……と言えば聞こえは良いが、時代遅れの短剣と盾を主武装とした歩兵、重装歩兵レギオンだった。

 かつては柔軟性に優れ、どのような戦場でも対応出来たためレムリア帝国の領土を拡張させる原動力にもなったが、ハドリアヌス三世の時代にはすでに質が大きく劣化していた。


 その上、戦術の変化により短剣と盾による接近戦が難しくなっていた。


 同じ歩兵……同様に剣を主武装とした歩兵や、長槍を装備して密集陣形を取る相手では、機動力と柔軟性を持つレムリア帝国の軍隊は優位に立てた。


 しかし敵である蛮族の多くが騎兵を使い始めるようになり、鐙の発明により騎兵突撃が容易になったことで、短剣と盾ではこれを防ぐことが難しくなっていたのである。


 そう言った意味で、ハドリアヌス三世は時代の流れを読めていたと言える。


 唯一の誤算は、騎兵と弓兵を強化したらお金が足りなくなり歩兵は全て解体せざるを得なくなったという事である。

 ハドリアヌス三世は決して無能ではないのだが……変なところで気が抜けている皇帝と言える。


 さて、ここで気に成るのは歩兵はどうやって用意しているのか、というところだ。

 当たり前の話だが、騎兵と弓兵だけでは戦争はできない。


 その答えは簡単だ。

 半分は農民から徴兵した兵士、もう半分は帝国内に侵入した蛮人の傭兵である。


 一方は素人に毛が生えたような兵士。

 もう一方は戦争で命を懸ける気が全く無い兵士。


 これでは勝てる戦争も勝てない。


 「財政改革で金はある。十万は無理でも、三万ほどは何とか維持できるだろう」


 帝国の支出のうち、約七割が軍事費である。

 エルキュールの財政改革のおかげで、さらに五割税収が増加したので軍拡は可能だ。


 「で、ガルフィス。帝国の領土を守り抜き、そしてある程度失地回復戦争を行うにはどれほどの兵力が必要だ?」

 「……そうですね、騎兵は十分……と言いたいところですがまだ足りていません。歩兵ですが、最低でも十万は必要でしょう。贅沢を言えば、さらに十万ほど……」

 「そりゃ無理だろ」


 そう言ってエルキュールは肩を竦めた。

 そして、もう一人の軍人であるクリストスにも尋ねる。


 「どうだ? 海軍はどれくらい増強が必要だ?」

 「現状維持するのであれば、今のままでも構いません。ただ、そろそろ何隻かの船の寿命が訪れつつありますので、新たな建造が必要です。……軍事費を削られると、制海権が危うくなる恐れがあります」


 つまり、今のままで構わないから減らさないでくれ。

 という事だ。


 それについて、ガルフィスは不機嫌そうに言った。


 「陛下……ここ二十年ほど、海戦という海戦は起きていません。今必要なのは陸軍です」


 するとクリストスが噛み付いた。


 「何を言う!! 制海権を失えば帝都の防衛が危うくなる! 陛下、海軍は重要です」

 「無駄飯食らいが何を……陛下、陸軍の強化を!!」


 ギャーギャー喧嘩をし始める二人。

 エルキュールは先ほどから、こちらを苦笑いで見つめているカロリナに抱き付いた。


 「カロリナぁー、海軍と陸軍が喧嘩を始めたよぅ……」

 「それを仲裁するのが陛下のお仕事では?」


 カロリナは苦笑いを浮かべる。

 最近何かにつけて甘えるように抱き付いてくるエルキュールを、カロリナは好ましく思っていた。

 母性本能のようなモノがくすぐられるのだ。


 全く、この人は私が居ないとダメなんだから……

 という奴である。


 駄目男に寄生される女というのは、おそらくこのような心理なのだろう。


 「陛下、頑張ってください」

 「お前がそう言うなら」


 エルキュールは仕方がないと立ち上がる。

 復活が早いのは、どさくさでカロリナの胸に顔を押し付けることに成功して、エネルギーを補給出来たからである。


 「海軍は縮小しない。制海権を失われれば、取り戻すのは難しいからな。陸軍は三万、増強する。それで我慢しろ、ガルフィス。そして仲良くしろ、さもないと退位するぞ」


 エルキュールは二人にそう命じた。

 二人は皇帝の目前で喧嘩していたという事実に気付き、すぐさま頭を下げて謝罪した。


 「仲直りの抱擁をしろ」

 「え、これとですか!!」

 「へ、陛下?」


 クリストスとガルフィスはギョットした顔で見つめ合う。

 しかし、皇帝の勅命に逆らうわけにはいかず二人は嫌々抱き合った。


 「ほっぺにチュウしろ」

 「……」

 「……」


 二人は心を無にして、互いの頬に唇を押し付けた。

 それをエルキュールは満足気に頷きながら見て……


 「あ、目が痛い。吐き気がする!! どうやらグロいモノを見てしまったのが原因のようだ。助けて、カロリナ!」


 エルキュールはそう言ってカロリナに抱き付く。

 カロリナはエルキュールの髪を優しく撫でる。


 「どうですか? 気分は」

 「うーん、浄化される気がする」


 エルキュールはカロリナの目を真っ直ぐ見つめる。

 カロリナの美しい顔を見て、先ほどの気持ちが悪い光景を上書きする。


 気の毒なのは、嫌いな相手とキスをさせられて、挙句に気持ちが悪い呼ばわりされた二人である。


 しばらく、エルキュールとカロリナはイチャイチャし合い、その様子をガルフィスとクリストスはバツが悪そうに見ていた。




 「というか、問題は三万の常備軍の下士官と何を武器に持たせるかだろ。当てがあるのか?」


 万卒は得易く一将は得難し。

 とは言うが、実際に得難いのは将軍よりも下士官である。


 優れた命令を出す将軍よりも、その優れた命令を兵士に伝えられる優れた下士官の方がはるかに重要なのだ。


 「三万程度の軍隊の下士官ならば、問題ありません。……傭兵や徴兵した兵士を指揮するための下士官ならば、常に一定数いますから」

 「そうか? なら問題無いな。じゃあ、次は武器と戦術だな」


 エルキュールは古き良きレギオンは復活させる気は全く無かった。

 レギオンという戦術はそもそも非常に高度で難しく、その上現在では時代遅れ。


 苦労して復活させるようなモノではない。


 「歩兵で敵を受け止め、弓兵で迎撃し、そして逃げる敵を騎兵で追撃する。または歩兵で敵を拘束し、弓兵で崩し、そして騎兵の突撃で崩す。これが理想形だ」


 複数の兵科を組み合わせて、それぞれの長所を生かす。

 それが戦争の基本形である。


 最も、戦術が昔から退化しつつあるこの世界ではそんな当たり前なことも忘れ去られつつあった。

 ハドリアヌス三世が騎兵ばかり重視をし、歩兵を忘れたのはそれが大きい。


 帝国の軟弱な歩兵で外敵を撃退できたのは、敵も歩兵を軽視して軟弱だったからである。


 「陛下、よくご存じですね。そう言えば、陛下は何度も戦場を経験していらしていましたね」

 「勝ったこと無いけどな」


 ハドリアヌス三世はエルキュールを後継者と期待していたため、よく戦場に連れまわした。

 そして、負けていた。

 おかげでエルキュールは逃げることなら一流になってしまった。


 とはいえ、全く経験にならなかったわけではない。

 むしろ逆……ハドリアヌス三世を反面教師にして負けた理由を考察し、兵法書をよく読んで自分の考察を裏付けし……ということをやっていたためエルキュールはかなり戦争には詳しい。


 指揮そのものは執ったことは無いので、あくまで机上の空論だが。

 それはガルフィスが補えば良いだけのことである。


 「レギオンでは受け止めることも拘束もできん。短剣と盾の組み合わせは強力だが……あれはかつてのレムリア帝国軍の士気の高さと精強さのおかげだ。やはり、これからは槍だろう」


 エルキュールの言葉にガルフィスは同意するように頷いた。

 それについてはガルフィスも同様に考えていたからである。


 問題は……


 「槍の長さ、そして盾の有無。陣形の組み方だな……」





 その後、エルキュールとガルフィスは討論を重ねて最良の歩兵常備軍を新たに創設した。

 二人の作った歩兵が役に立つのは、それから一年後、エルキュールが十五の頃だった。

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