第9話 楽しい軍制改革 その一
キン、キン、キン。
レムリア帝国の宮殿の裏庭で、高い金属音が響き渡る。
黒髪の少年と、燃えるように赤い髪の少女が剣を何度も激しくぶつけ合っていた。
赤と黒が幾度も交錯する。
そして……
キン!
黒髪の少年の剣が宙を舞う。
クルクルと回転しながら、地面に落ちた。
少年は両手を上げる。
「参った、参った。全く、カロリナには敵わないね。さすが、ガルフィス将軍の娘。十四歳で帝国十指に入る騎士だね。俺じゃあまるで相手にならないよ」
「そんなこと有りません、私は本気で戦いました……やはり、陛下は剣もできるのですね」
カロリナはエルキュールを褒める。
実際、帝国で十指に入る武人であるカロリナとまともに打ち合えている時点で、エルキュールもそれなりの実力を持っていると言える。
「陛下は剣術だけでなく、体術や弓術、馬術、槍術にも長けてましたね」
「習わされたからな。これでも要領は良い方だから、師に恵まれて時間もあれば、どんなことでも人並み以上には熟せる自信はあるよ。……まあ、一流に慣れても君のような超一流にはなれないけどね」
エルキュールは肩を竦めた。
どんなことも人並み以上にこなせるが、しかし超人の域に達することはできない。
それが自分の限界。
エルキュールは自分の運動能力をそう評価していた。
「そもそもカロリナ、お前は武器の時点で手を抜いているじゃないか」
エルキュールは剣を拾い上げる。
鉄で出来たその剣は刃の部分が潰されて丸くなっていた。
カロリナの剣も同様に丸くなっている。
安全のためだ。
真に安全を考えるのであれば、木刀でやるべきであるがそれでは鉄の重さになれることができない。
まあ、長耳族エルフは他の種族と比べて体が丈夫なのでそう簡単には死なないのでさほど心配する必要は無いが。
「お前が契約している精霊と、魔法を使えば俺なんて簡単に倒せるだろ」
「陛下だって、自らの精霊を使わなかったではありませんか」
魔術。
魔法。
精霊術。
主に長耳族エルフの使用できる能力はこの三つである。
魔術はこの世の理を読み解き、世界に干渉する『学問』の一種である。
そのため哲学的宗教的自然科学的な要素が絡む。
魔術は非常に手間が掛かり、魔術師が一つ火の玉を作って敵の鎧を少し焦がしている間に、ロングボウを装備した弓兵は五人は撃ち殺している。
とまで言われる。
それに様々なやり方で容易に打ち消したり、掻き消せる。
魔術はあくまで戦闘に使われるような技術ではないのだ。
医療だったり、モノ作りだったり、工事だったり、攻城戦などではかなり重宝する存在ではあるが。
魔法は魔術に非常によく似ているが、全く違う。
魔法は魔術よりも、ずっと強力で戦闘にも使える。
ただ、火の玉を出したりと言ったRPGのようなモノは魔術や後述する精霊術の専売特許であるが。
魔法と魔術の違いは習得ができないという点だ。
魔術は努力で身に着けられることができるが、魔法は努力ではどうしようもない。
先天的に身に着けたり、ある体験が切っ掛けに突如身に付いたりする。
そして、そもそも保有者が限られている。
それが最大の特徴である。
魔法は三種類に分類できる。
一つ目は固有魔法。生まれながらに持っている魔法だ。
代表的なのはカロリナの持つ、『神速』の固有魔法だ。
名前の通り、自分の体の速度を数倍に引き上げることができる。
二つ目は血統魔法。生まれつきだが、血統によって受け継がれる魔法だ。
代表的なのはガレアノス家、つまりカロリナやガルフィスの持つ『我が剣は皇帝の為に』である。
武器所有時に身体能力を上昇させる魔法だ。
ちなみに、剣でなくとも槍や弓を使っても問題なく身体能力は上昇する。
スプーンやフォークでも、本人が武器と認識することができれば問題ない。
三つ目は継承魔法。これは人から人へ、指名した人間に譲渡することで受け継がれる魔法だ。
血統魔法や固有魔法と違い、世界でほぼ一種類づつしかない。
代表例はエルキュールの持つ、『最高命令権インペラトール』である。
これはレムリア皇帝が代々受け継ぐ、継承魔法であり、皇位継承の証である。
効力は、長耳族エルフに対して心理的に優位に立つ。
というモノだ。
長耳族エルフは、この『最高命令権インペラトール』を有する皇帝の命令を拒否し辛くなる。
無論、本当に嫌ならば拒否は可能であるし、憎ければ暗殺もできるのだが。
それでもかなり心理的なハードルが上がる。
エルキュールの財政改革で、長耳族エルフの貴族からの反発が小さかったのはこの権能のおかげである。
精霊術は精霊と契約を結び、精霊の力を使う術だ。
別名、悪魔契約術とも呼ぶ。
長耳族エルフが得意とし、レムリア帝国はこの精霊術を利用することで発展してきた。
魔法と違い、精霊と契約を結べば誰でも扱うことができ、魔術と違い面倒な計算や詠唱を必要としないなど、非常にメリットが大きい。
唯一欠点を上げるとするならば、契約を結ばなくてはならないことだ。
この契約、の内容は人それぞれであるが一般的なのは魔力である。
そのため、同じ現象を起こすのであれば魔術の方が燃費は良い。
長耳族エルフのほとんどは精霊と契約を結び、精霊術を扱える。
もっとも、精霊の多くは下級精霊であり、軽い風を起こしたりする程度しかできない。
そう聞くと、役に立たなそうに聞こえるが……
どんなそよ風でも、一万人の精霊術師が集まれば突風になる。
その突風で矢を飛ばしたり、風を背に受けて騎馬突撃をすれば軍事上かなりの戦力になる。
そのため、非常に重宝される。
またある程度天候を予報できたり、農業や漁業などにも役立つ。
この精霊術の力のおかげで、レムリアは大国となったのだ。
「俺の固有魔法は単純な『身体能力強化』だ。お前の魔法に比べれば大したことない。精霊も戦闘向きじゃない」
エルキュールは肩を竦める。
同じ効果の魔法でも、格が存在する。
エルキュールの持つ、『身体能力強化』は非常に一般的で平凡な魔法だ。
一方、同様の身体能力強化系の魔法でも、カロリナの持つ『我が剣は皇帝の為に』『神速』は身体能力強化系の中でも五指に入ると言える。
「でも……」
「良いじゃないか、お前は強い。お前が俺を守ってくれれば良いだろ? そもそも俺が強い必要なんて、無い方が良いからな」
そう言ってエルキュールはカロリナの頬に唇を押し当てた。
不意打ちに、カロリナは顔を赤らめる。
「ほら、返してくれよ」
「か、揶揄わないでください」
そう言いながらも、カロリナはエルキュールの頬にキスを返した。
「平和だな……」
「あの……陛下、やらなきゃいけないことがあるのでは?」
「知らんな」
エルキュールはカロリナの膝を枕に、趣味の読書をしていた。
最近のエルキュールはほぼ毎日、カロリナの膝枕の上でゴロゴロしていた。
カロリナは困った顔を浮かべながら、満更でもなさそうな顔でエルキュールの髪を撫で、そしてエルキュールを見習って、普段はしない読書をする。
最近の二人の日課であった。
しかし、そんな二人の甘い空気を二人の男がぶち壊す。
「「陛下!!」」
やって来た一人は、ガルフィス・ガレアノス将軍。カロリナの父であり、レムリア帝国陸軍の大将軍。
もう一人は、クリストス・オーギュスト将軍。エルキュールの叔父であり、レムリア帝国海軍の大将軍。
二人は先を争うようにエルキュールの元に行き、跪いて言った。
「陛下、軍備の拡張をして頂けませんか?」
「陛下、軍事費のことでご相談が」
二人は同時に同じことを言い、そして睨みあった。
「カロリナぁー、外戚たちが怖いよぉ」
「よしよし」
カロリナは苦笑いでエルキュールの頭を撫でる。
そしてエルキュールに言い聞かせるように言った。
「陛下、国防は皇帝として重要な職務ではありませんか?」
「はあ……お前がそう言うなら」
エルキュールは溜息混じりに起き上がり、髪の毛を直しながら言った。
「まあ、去年は増えた収入の多くを公共事業に使ったからな……今年は軍事費に割り当てて軍拡をする予定だったけど」
エルキュールは増えた収入の多くを、治水灌漑、橋や軍用道路の修理、水道橋や公衆衛生の整備などに費やした。
国家の足腰を強くしなくては、とても軍拡に耐えられないからだ。
しかし、軍隊を強くしなくては外敵に勝てない。
この世界の蛮族は平気で平和条約を無視して攻め込んできては略奪を繰り返すので、どんなに内政に力を入れても軍隊が弱ければ荒らされてしまい、無意味になる。
現在のレムリア軍は弱い。
ハドリアヌス三世は連戦連敗を重ねたが、それはハドリアヌス三世の軍事的才能の欠如も当然あるが、それ以上に軍隊が脆弱であることが大きい。
だから軍隊を新たに再編しなくてはならない。
財政改革と同様に。
しかし……
「うーん、面倒だな……やる気が起きない」
「……じゃあ」
カロリナは少し顔を赤くしながら言った。
「軍隊が強くなったら、何でもして上げます」
「よし!! クリストス! ガルフィス!! 資料を持ってこい!!」
単純な男である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます