第8話 美食を求めて 

 ノヴァ・レムリア大宮殿。


 現在のレムリア帝国の政治の中枢であり、そしてエルキュールが住む場所でもある。

 このノヴァ・レムリア大宮殿は、少なくともエルキュールの知る中では世界最大の宮殿である。


炭鉱族ドワーフ含む多数の職人たちによって作られたこの宮殿は、建物そのものが一種の芸術品である。

 そして宮殿の中はステンドグラスとモザイク画で飾り立てられ、そして皇帝しか使用できないとされる美しい紫色の絨毯が敷かれている。


 大理石でできた宮殿の壁は、よく見るとキメ細かい彫刻が施されていている。


 レムリアっ子が胸を張るレムリアの誇りであり、そしてレムリア帝国の建築技術、芸術が集約された、最高の芸術品である。


 さて……

 これは道路などのインフラ設備にも言えることだが、建物は立てるよりも維持費の方が掛かる。

 このノヴァ・レムリア大宮殿も例外ではない。


 施された美しい彫刻だったり、モザイク画などは案外丈夫なので修繕したりする必要はあまり無い。

 問題なのは豪勢なことではない。


 広いことである。


 大きければ大きいほど、建物は目立つ。

 これは真理である。


 ノヴァ・レムリア大宮殿はとにかく巨大だ。

 故に掃除にも手間がかかる。


 そして巨大であればそれだけ警護にも金が掛かる。

 そこでエルキュールは考えた。


 三分の二を封鎖してしまおう。


 斯くしてエルキュールは大宮殿の維持費を五分の一に縮小することに成功した。

 仮に何かの式典で部屋を使用しなくてはならない時は、直前直後で掃除をすればいい。


 少なくとも使用されていない殆どの部屋は、月に一度でも十分なはずである。

 それを一日に一度キッチリ掃除など、バカらしいことこの上ない。


 というわけである。




 という感じに徹底的に無駄を省き、財政を健全化させたエルキュールであるが……

 一部の分野で、ハドリアヌス三世以上の無駄をしている。


 一つは宮殿に仕える使用人、すなわち召使(♀)の制服である。

 今までの非常に地味な制服から、エルキュールは綺麗で可愛らしいデザインの、ミニスカメイド服を採用したのだ。


 当然だが、ミニスカメイド服を着れるのは可愛くて若い未婚の女の子だけである。

 おばさんは今までと同じだ。

 宦官は言うまでも無い。

 汚れたらどうするか? 税金で買い替えれば良いじゃない。


 尚、大宮殿に勤めている女性の若い召使は……


 人族ヒューマン三十人。

 混血長耳族ハーフ・エルフ二十人。


 の合計五十人だけなので、さほど金は掛からない。

 ちなみに五十人は選りすぐりの美女だ。


 デザインはエルキュールと古くからの知り合いの芸術家である。

 この芸術家、ノリノリで何十種類の可愛らしいメイド服をデザインした。

 そしてエルキュールはそのほぼ全てを採用した。


 そのため日によってデザインは変わる。



 なぜミニスカメイド服を採用したのか?

 エルキュールの目の保養のためである。


 ついでに可愛い子がいたら(性的に)食っちまおうなどとも考えていた。

 こういうと、まるでエルキュールがゲスのように聞こえるが……いや、実際ゲスなのだが……


 そもそも大宮殿に仕えている若い女の子は皇帝の妾候補である。

 採用基準が顔であることが、それを物語っている。


 そしてそれは女の子たちも当然、分かっている。

 というより、むしろ皇帝の妾になる気満々である。


 エルキュールは、美男揃いの長耳族エルフの中でも上の上に位置する美男であり、筋肉質で体型もよく、若く、そして何より国最大の権力者。


 その種子を狙うために、女の子たちの目はギラギラしている。

 まあ、現在のエルキュールはカロリナに夢中なので、女の子たちが抱かれる可能性は今のところ薄いのだが。


 ちなみに若い女の子の召使はほぼ十年で宮殿から去る。

 十年掛けて目を掛けて貰えないなら、別の男で妥協するしかないのだ。


 まあ、人族ヒューマンはともかく混血長耳族ハーフ・エルフならば十年で美貌は変わらないので、結婚は容易だ。


 しかし、やはり皇帝の妾になりたい。

 そんな女の子たちは若干顔を赤らめながらも、ミニスカメイド服を着て今日もエルキュールの前でお尻をフリフリさせ、「犯せ、犯せ!」と心の中で念じているのである。



 エルキュールの無駄使いはミニスカメイド服以外にもう一つある。

 それは料理である。




 「うん、今日も美味いな」


 エルキュールは銀製のスプーンでスープを掬い、フーフーと冷ましながら飲む。

 そして、銀製のフォークでパスタを絡め、口に運ぶ。


 人件費、材料費を含めて、一食十万円(日本円換算)の食事が並ぶ。


 サラダ、パスタ、魚料理、肉料理、スープ、デザート。


 その全ての食材はレムリア帝国中から集められて来た新鮮な、そして旬の食材であり、それを調理するのはレムリア帝国最高峰の料理人であった。


 間違いなく、エルキュールの目の前で並んでいる料理は、この世界で最高レベルのモノ。

 そんな豪勢な食事を口に運びながら、しかしエルキュールの顔はどこか晴れない。


 (前世の記憶にある三ツ星料理には若干劣るんだよな……)


 「うーん、一・五ツ星くらい? まあ、前よりは上がったな」

 「ありがとうございます。……これからも精進し、陛下を唸らせるような料理を作って見せます」


 料理長は深々とエルキュールに礼をする。

 エルキュールは期待している、と声を掛けて再び食事に集中する。


 実際のところ、別にエルキュールの前世だった男は大富豪というわけでもないので、日常的に三ツ星料理を食べていたわけではなく、むしろ冷凍食品等の方が多かったくらいなので、今の方が遥かに食べている料理は栄養価、味含めて上だ。


 だが、今のエルキュールは皇帝である。

 国で一番偉いのだから、三ツ星クラスの料理を日常的に食べても文句は言われないはず。


 なのだが……


 生憎、レムリア帝国の料理レベルでは、エルキュールの前世におけるミシェラン一つ星と二つ星の間程度が限界であった。


 レムリア帝国の技術レベルはどんなに進んだ分野であっても、精々ルネサンス期程度である。

 だが、魔術魔法があるため食材の長期保存や鮮度を落とさず遠方から輸送もできるし、料理に使う火の火力も現代の日本と同等、それ以上に調整できる。


 それに加え、レムリア帝国は貿易国家であるため香辛料や砂糖に関しては高価だが……皇帝であるならば容易に手に入る。


 それでもなお、この程度であった。


 しかしこれに関しては仕方がない。

 まだ料理の研鑽が進んでいないのだ。


 それにレムリア帝国の料理は、周辺各国と比べると随分と高い。

 西方諸国の国々など、王侯貴族でさえも手掴みで食べ物を食べ、そして食べ物もただ焼いて香辛料をぶっかけただけというレベルである。


 レムリア帝国は先進国なのだ。


 しかしエルキュールはそれでは満足しない。


 そこでエルキュールは料理人の数を増やし、料理人たちに新しい料理の開発と味の向上を命じた。

 そしてそれはある程度、成功しつつある。


 例えば、ハンバーグは今までレムリア帝国に無かった料理だ。

 エルキュールが命じて作らせ、そして改良させたハンバーグはエルキュールの好物となっていた。


 また、新しい調味料も研究させた。

 具体的な例を挙げるとマヨネーズだったり……その他にも様々なソースの類を作らせて、現在マヨネーズ含めて五種類の調味料が完成させている。


 もっとも、最近はアイデアが枯渇しつつあり料理長の頭を悩ませているのだが。


 味の向上の方は着々と進んでいる。

 料理人たちは日夜料理を試作し、改善点をレポートに纏め、そして新たに作り……

 を繰り返すことで少しづつ料理の味を向上させた。


 その最たるものはスープであろう。

 エルキュールによって齎された、『旨み』の概念を念頭に置いて作られた数々のスープはこの世界の標準的なスープを遥かに超えるレベルのモノになっていた。


 さらにエルキュールは料理のバリエーションを増やすために、帝国中から様々な食材を掻き集めさせていた。

 珈琲が埋まっていたのだ。

 どこかに、美味しいけど見向きもされていなかった食材があるに違いない。


 そうエルキュールが考えて始めた食材探しにより、見つかったのがトマトである。

 ご存じの通り、トマトは多くの料理に欠かせない。


 すでにレムリア帝国の宮殿料理ではトマトは欠かせない代物となっていた。

 もっとも、民間ではまだ食べられていない。

 まあ、エルキュールとしては自分の舌さえ満足すれば国民の食事事情はどうでもいいので、さほど気にはしていないのだが。


 莫大な金と料理人たちの苦労により、レムリア帝国の宮殿料理のレベルは跳ね上がっている。

 もっとも、まだまだエルキュールが満足できるレベルのモノにはなっていないのだが。





 エルキュールはデザートのアイスを食べながら、ふと呟いた。


 「パン、パスタ、ピザ……上手いんだけど、そろそろ別の物を食べたいな」


 具体的には、ライスが食べたい。

 まあ、エルキュール自身・・はライス……ご飯や和食を食べたことは無いが。


 それでも前世の男が愛したという、和食には興味があった。


 「和食が食べたいな。洋風料理は飽きた。あとは……中華料理とかインド料理も食べたいな」


 しかしさすがにレムリア帝国一、二を争う料理人でも見たことも聞いたこともない料理を再現するのは不可能だし、そもそもレムリア帝国に米がない。


 どうしたものか……

 などと考えて、ふとエルキュールは思いつく。


 「そうか、帝国内に無いのであれば国外から持ってくればいい」


 珈琲やトマトはレムリア帝国内で発見された、新たな食材だが、トマト以降新食材の発見報告はない。

 そろそろ目を海外に向けるべきだろう。


 「商人に命じて探させるか」


 幸い、レムリア帝国は貿易国家。

 外国からやってくる商人は大勢いる。


 彼らから情報を得て……


 「世界中から食材と料理人を連れてくれば……うん、名案だ」


 エルキュールは権力者である。

 金ならばいくらでもある。金さえあれば、どんなことだってできるのだ。


 一先ず、米。

 あと、味噌、醤油。なくても大豆。あと小豆も欲しい……


 エルキュールはニヤニヤと笑みを浮かべた。



 

 美食の都、ノヴァ・レムリア。

 レムリア帝国の首都がそう呼ばれる日は近い。

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