第6話 森林保護と歴史

「貴様ら、長耳族エルフだろうが!! もっと森を愛しめ!!」


 エルキュールは激怒した。

 必ず邪知暴虐なる皇帝……あ、それは自分のことだ。


 「急にどう致しました? 陛下」


 クリストスは意味が分からないと、首を傾げた。 


 「お前らが長耳族エルフのくせに森を愛しまず、切りまくるから、土壌が流出して農作物の収入が落ちているんだ」


 と、エルキュールが言うと群臣たち……

 クリストス、ガルフィス、ルーカノス、カロリナ、その他長耳族エルフ、非長耳族エルフの重臣、そして官僚たちが一斉に首を傾げた。


 木を切る→森の保水力が失われる→土壌流出→畑が壊れる→農作物の収量↓ダウンという流れが彼らには理解できないのである。


 森って放っておけば復活するだろ。

 と言うのが彼らの感覚だ。


 「はあ……」


 エルキュールは溜息をついた。

 これは説明をしなくてはならない、と。






 さて、エルキュールが自然保護の大切さについて語っている間に、何故レムリア帝国の長耳族エルフが森を愛しまないのか、ついでにレムリア帝国の民族構成と歴史について、説明しよう。


 遥か昔、あるところに大森林と呼ばれる場所があり、そこには多くの長耳族エルフが住んでいた。

 しかし人口の増大と急激な寒冷化によって、長耳族エルフたちは食糧を失った。


 そこで行われたのが大規模な民族移動である。


 多くの長耳族エルフたちが大森林から出て、木上ではなく大地を踏みしめて生活することになったのだ。

 草原、砂漠、海……そして新たな森。 

 長耳族エルフたちは世界中に散らばった。


 そのうち、幾人かの長耳族エルフたちが長い長い旅路の末に、とある半島の中部の森に居を手に入れた。

 安住の地である。

 そこでの生活が始まって千年が経ったある日のこと、一人の若者がこんなことを言い出した。


 「森とか飽きたわ」


 少年の名をレムロスという。

 レムロスは仲間を引き連れて森を出て、河の畔に一つの都市国家を建設した。

 その都市国家は建国者であるレムロスの名から、レムリアと名付けられた。


 都市国家レムリアの誕生である。

 この時、レムロスに付き従った長耳族エルフたちの数が七十六人、レムロス含めて七十七人だったとされている。

 彼らが後の聖七十七家門と皇室の祖先である。


 その後、周辺の人族ヒューマンたちから農耕や塩、鉄の作りからを学び、精霊術を活かしなながらあっという間にレムリアは勢力を拡大し、いくつもの都市国家を支配下に収め始めた。


 さて、そんなレムリアだが滅びの危機を迎えていた。

 子供ができない! 

 何故か? だってみんな男だもん。

 そう、レムロスと愉快な仲間たちは全員、男だったのである。そりゃあ出来ねえよ、出来たら奇跡だわ。


 というわけで、レムロスは故郷やそれ以外の長耳族エルフの集落にこのように呼びかけた。


 「祭りやるから! 参加料は一人豚一頭。但し、レディーファーストで女の子は無料ね! 飲み放題、食べ放題だよ!」


 と、そんな謳い文句で女を掻き集めて全員掻っ攫うことでレムロスは女を手に入れた。


 レムリアの歴史では、この後女たちの故郷の長耳族エルフ……女の弟、兄、父、元夫との対立と涙の和解が描かれているが、実際の歴史ではレムロスが戦争で黙らせたのが事実であろう。

 ……今現在のレムリアの長耳族エルフの祖先が全員強姦魔とその被害者だというのは、中々何とも言い難いものがある。


 さてそんなある時、寒波が押し寄せた。

 予め穀物を蓄えていたレムリアでは餓死者は出なかったが、レムロスの故郷である森林では違った。

 多くの長耳族エルフたちが飢餓に陥ったのだ。

 長耳族エルフたちはレムロスに支援を求めた。


 その時、レムロスはこう言ったとされる。


 「助けて欲しいなら全員木から降りろ。農業やるぞ! あと、女略奪したのは許せ」


 そう言うわけで、多くの長耳族エルフたちは「森での狩猟生活とか、もう無理だわ。レムロスさん、マジ天才。やっぱり時代は農耕だわ」などと言いながらあっさり木から降りてレムリア市に移住した。


 その後、レムロス率いるレムリアは「お前ら、目障りだよ。とっとと平地に下りてこいや!」と言いながら山岳民族を屈服させ、北上して「お前ら石造りと鉄器作るのが得意なんだってな。教えろ、さもなければ死ね!!」と鉱山族ドワーフを屈服させ、「お前らの詩とか文学、素敵だな。それに船の作り方も教えて欲しい。さもなければ死ね!!!」と言いながら南部の高度な文明を築いていた人族ヒューマンを屈服させた。


 その後、大陸に渡り「俺を倒せるやつはいねえか!!」と大陸対岸の国を滅ぼし、塩を撒いた。


 と、まあそんな具合でレムリアは領土を拡張したが……

 どんな人間も寿命は来る。長命な長耳族エルフといえども、それは避けられない。


 レムロスと愉快な仲間たちが寿命で死んでしまったのである。 


 残された子孫たちは考えた。

 どうすればレムリアを維持できるか。


 というのも、なんと当時のレムリアは人口の五%が長耳族エルフ、それ以外は全て征服した民族というとても素敵なことになっていたのだ。

 また、建国当初からの長耳族エルフと後から加わった長耳族エルフの間で不和が生じていた。


 選択肢は二つ。

 みんなで体を鍛えて、スパルタしちゃう。


 もう一つは、融和策。

 みんな友達、地球の兄弟。


 最終的にレムリアは、融和策を採ることでこれを乗り切った。

 貴族と平民の政治上の権力は同じ。征服した民族もレムリア市民だから、みんな平等。


 斯くして王制レムリアは崩壊し、共和制レムリアへと移行したのである。


 突然共和制なんて出来るはずがないし、全民族の融和なんぞ簡単に成立しない。


 そんなわけで内乱の四百年が始まった。長い!!


 その後、レムロスの子孫(を名乗る)禿の女誑しの借金大魔王が皇帝になることで解決するのだがそれはまた、後の機会で説明する。


 エルキュールの説明が終わったので。


 大切なのは、レムリアは森嫌いが作った国だからそもそも森を愛しむ文化が欠片も無い。

 という事だ。






 「なるほど、ところで陛下はそれをどこでお知りになられたのですか?」

 ルーカノスはエルキュールに尋ねる。

 ルーカノスは聖職者である。

 この世界に於ける聖職者とは、インテリ中のインテリであり、実際教会は多くの本を収容している。


 ノヴァ・レムリア総主教であるルーカノスも当然、多くの本を読んできている。

 しかしそんなルーカノスでさえも、森云々の話は聞いたことはない。


 だがエルキュールの説明を聞く限り、その説明はとても理に適っているように見える。


 「うーん、そうだな。どっかの本で読んだかもしれん」


 エルキュールは適当に惚けた。

 まさか、前世の知識ですと言うわけにはいかない。


 メシア教には前世などと言う概念は無い。

 前世云々言いだした時点で、異教の考え。

 仮にもメシア教の守護者を自認するレムリア皇帝が異教の考えを持っていると思われるのは不味い。


 「兎に角、森を保護する法律を出して植林をする。これで土壌の流出は改善する」


 そう言ってエルキュールは昔、ハドリアヌス三世と共に見回った禿山と禿山周辺の村々を思い返す。

 建築材としては無論、船の材料、家具や暖を取るため、食事を作るための燃料、そして製鉄……


 様々なモノに木材は使用される。

 需要は常にあり、生産すれば生産するほど売れるし、木を切った後の土地には農地を作れば一石二鳥。

 そういう理論でレムリア帝国の森は切り倒されていった。


 最終的に森がなくなり、現在は山の木を切るようになってきている。

 だが森の木以上に、山の木を切るのは不味い。


 大雨が降れば地崩れは免れないし、農地も洗い流される。


 そう言った事情でかなりの村々が被害に遭っていたのだ。

 山が禿てしまったことで災害が発生している、という事は実際に山の麓に住んでいる者たちにしか分からない。


 何度もハドリアヌス三世に訴えが出てはいたが、無視されていた。


 正直なところエルキュールにとって何の縁もない村々なので滅んだところで心は痛まない。

 が、将来的な税収減は間違いなくエルキュールの首を絞めるだろう。


 エルキュールにしては珍しく、自主的に仕事をしているのだ。


 「ですが陛下、薪の需要は増々上がっています。木を伐ることを制限すれば、薪の価格が一気に跳ね上がり、それに伴い鉄製品や塩等の価格が跳ね上がり、平民の生活を圧迫する恐れがあるのでは?」


 官僚の一人……クロルという人族ヒューマンの男が手を上げてエルキュールに問いかけた。

 エルキュールは割と質問や疑問は素直に聞いて、答えたり、参考にしたりとしてくれるので、自然と家臣が意見を言える空間が出来上がっていた。


 「石炭を使えば良いじゃないか? 最近、供給は増えているだろ?」

 「石炭は確かに、近年料理や風呂、冬季の暖を取るための燃料として持ちいられています。……しかし木材が最も消費されるのは製鉄です。製鉄で石炭が使えない以上、薪の価格上昇は免れないのでは?」


 クロルの問いに、周囲の官僚や家臣たちもそうだそうだと賛同を示し、エルキュールの伐採規制を諌めようとする。


 だがエルキュールは不思議そうに首を傾げるばかりだ。


 「どうして石炭が製鉄に使えない?」

 「石炭に含まれる硫黄が鉄を脆くするのですよ、陛下」


 ガルフィスがその問いに答えた。

 陸軍軍人である、という立場上製鉄にはそこそこ詳しいのだ。


 そしてガルフィスの説明でエルキュールは合点がいったのか、ポンっと手を打った。


 「なるほど、コークスが無いのか。これは良い事に気が付いた」


 思わぬところから、改善点が見つかった。

 エルキュールはニヤリと笑みを浮かべ、そんなエルキュールを見て群臣たちはキョトンとした表情を浮かべた。

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