第5話 その他の諸改革
クリストス・オーギュスト。
ガルフィス・ガレアノス。
ルーカノス・ルカリオス。
レムリア帝国を支える三人の重臣たちは、酒を飲みながら己の君主について語り合っていた。
「恐ろしいですなあ。我らの皇帝陛下は。ここにきて、我々は大当たりを引き当てた、というところですね」
ルーカノスはエルキュールのことをそう評した。
エルキュールの父である、ハドリアヌス三世は決して暗君でも暴君でも無かった。
しかし名君とは言えない人物であった。
実のところ、税制改革案はハドリアヌス三世の時代から多くの家臣たちが上奏していたのだ。
しかし宮廷内の保守派層が改革への不安を煽り、ハドリアヌス三世は結局殆ど税制を変えられなかった。
唯一やったことと言えば、塩の専売だろう。
人頭税の徴収が難しくなっていたので、それを補うために行われた。
塩は人間が生きるのには絶対に必要不可欠な必需品であるため、人頭税の代替になったのだ。
実際、初期は上手く機能して財政は一時好転した。
もっとも、少しづつ密造塩が出回るようになり最終的には機能不全に陥ったのだが。
それに比べて、エルキュールは改革を畏れず、税制の大改革をやってのけた。
そして結果として、税収を一・五倍にも増加させたのである。
「商人個人の自己申告による商業税の取り方から、商人たちに組合ギルドを結成させて地域ごとに独占権を与え、組合ギルド全体の売上を申告させて商業税を採る、というのは目から鱗だ」
クリストスは感嘆の声を上げる。
旧来のやり方では、商人たちが売上を過小報告するのは目に見えているしそもそも商人たちがどこでどのような商売をしているのか、キチンと監視するのは不可能であった。
そこでエルキュールは商人たちに組合ギルドを結成させたのだ。
組合ギルド単位ならば売上の確認をしなければならない数は減り、その上相互監視させることもできる。
また、政府が組合ギルドを通じて経済をある程度統制することも可能になった。
尚、今までレムリア帝国には組合ギルドは表向き存在しなかった。
法律で厳しく規制されていたからである。
物価の高騰への心配と、『商売』という仕事そのものが意地汚い職業と認識されていたからである。
とはいえ、経済が未発達で『買い手』の数が少ないこの世界では商人同士結束しなければまともに商売はできない。
だから非公式では存在していた。
今回、エルキュールはそれを追認したのである。
とはいえ、やはりこの政策にはそれなりの批判が官僚から出たようだ。
物価の高騰と商人の政治介入を心配する声が上がったのだ。
そのため、エルキュールは官僚たちの意見を取り入れたいくつかの条件を付けていた。
物価の最高価格や、組合ギルドの所属人数などを厳格に定めたのである。
政府による統制を受けることになった商人たちからは不満の声は出ていない。
今まで非公式にこそこそしていたのを白昼堂々できるようになったことや、さらに関税の撤廃により商売がやり易くなったのがその理由だ。
商人たちの間で、エルキュールの支持は大きく上がっている。
十二歳の割に、よく分かっている皇帝陛下だと。
ちなみにエルキュールは塩の専売を廃止するのと同時に、塩の密造者たちを不問にして組合ギルドを結成させ、他の商人たちと同様に統制下に置き、官製の塩製造設備を全て彼らに売り払ってしまった。
国家がせっせと商売するよりも、せっせと商売する奴らから取った方が楽で良い。
というのがエルキュールの考えである。
「問題は地主層の反発だな。……まあ、あの陛下のことだからそれくらいは考えてあると思うが」
エルキュールは人頭税を廃止して、地税に人頭税を繰り込み、一括で支払うように地主に義務付けた。
繰り込む、というと今までと変わらないような気がするが……
事実上、人頭税が廃止される分地税を上げただけである。
つまり事実上の重税だ。
エルキュール曰く、「人は逃げれるし売上は隠せるけど、土地は動かせないし隠せない。確実に税を採ることができるというわけだ」
とのことである。
さらにエルキュールは今まで、収穫物の収量に応じて税率を変えていた、所謂検見法から毎年定額の税率で徴収する方法へと変え、納税も原則として金納とした。
そして上記の税制改革の結果、余裕の出来た人手とさらにメシア教の神官たちまで臨時で動員し、徹底的に土地の測量をして、隠し畑を徹底的に摘発したのである。
「今のところ、地主たちに目立った動きはありませんよ。もっとも、非長耳族エルフの地主たちはかなり不満を溜めているようですがね」
ルーカノスは肩を竦めた。
レムリア帝国に於ける地主、というのはイコール貴族である。
土地を持ち、その上由緒ある血族の富裕層を貴族と呼んでいるのだ。
爵位のようなモノは存在しないので、貴族と平民は封建制国家と比べるとかなり流動的で、区別も適当だったりする。
レムリア帝国の貴族は聖七十七家門と呼ばれる純血長耳族ハイ・エルフの血筋の七十七家のうち、皇族であるユリアノス家を除いた七十六の貴族家と、純血ではない混血長耳族ハーフ・エルフや非長耳族エルフ……獣人族ワービーストや人族ヒューマンなどを含む、レムリア帝国の侵略を支持した在地の支配層や婚姻政策や功績を立てたりなどをして貴族の地位(立場)を手に入れた、中小貴族が約二百家ほど存在する。
※(尚、レムリア帝国の法では、ハーフだろうとクォーターだろうととてつもなく血が薄かろうと、そして限りなく純血に近い混血であろうと、長耳族エルフの特徴を持った混血の長耳族エルフは混血長耳族ハーフ・エルフとされる。
法律上、長耳族エルフとだけ明記され、純血か混血か明記されない場合は両方を含む。どちらか限定する場合は、必ず純血か混血か明記される。この小説ではこれに準拠する)
このうち、聖七十七家門に属する純血長耳族ハイ・エルフたちはエルキュールに忠誠を誓っているので、不満は抱きこそすれ反乱を起こす可能性はほぼ無い。
また、聖七十七家門の分家だったり婚姻関係を結んでいる混血長耳族ハーフ・エルフの者たちも本家の意向には逆らわないと考えられるので、無視しても良い。
しかし非長耳族エルフたちは少々忠誠が怪しいところがある。
と、少なくとも三人は考えていた。
「一先ず、備えておかなくては成らぬな。私は兵の練兵に力を注ぐ」
ガルフィスはそう言って立ち上がった。
それに対して、クリストスも頷く。
「貴様のことはあまり好かんが、珍しく意見が一致するな。……私は貴族たちの動向に気を付けておこう」
そしてルーカノスも笑みを浮かべて、同意を示した。
「私も、教会の人脈を使って監視を強化しましょう。……陛下は確かに名君だ。しかし、まだ幼い。経験不足からの見落としは必ずある……至らぬ点は我々が助力しなくては」
将来の名君、救国の英雄を支えなければ。
実のところ、政治上のライバルであまり仲良くない三人もこのことに関しては一致したのである。
「ところで陛下は?」
「カロリナとデートをしていらっしゃる。自慢したいのでしょうな。……孫が生まれるのは近い」
「良いですねえ。女の子に興味が持てる、というのは」
「あなたがそれを言うと重いな」
「どうだ、三年と言わず二年でやって見せたぞ」
エルキュールはカロリナに胸を張って見せた。
それに対して、カロリナはさすがさすがと頭を撫でながらエルキュールを誉め立てる。
ここは帝都の街中だ。
実のところ、エルキュールは財政改革以外にも様々な公共事業や政策を実行している。
その成果をカロリナに自慢するために、デートに連れ出したのだ。
尚、エルキュールは髪と瞳の色を魔術で変えているので「キャー! あそこに皇帝陛下がいるわ!! サイン貰わないと!!」という騒ぎになる心配はない。
「それで何を見せて下さるのですか?」
「まずはこっちかな」
そう言ってエルキュールはカロリナの手を握る。
カロリナの心臓がドキリと跳ねる。
しかしエルキュールは平然としている。
そんなエルキュールの顔を見て、カロリナは勝手にドキドキした自分が恥ずかしくなり、顔を赤らめた。
そんな様子のカロリナを見て、内心でニヤケながらエルキュールは歩き始める。
まずエルキュールは始めに、戦車競技場へと向かった。
戦車と言っても、タンクではなくチャリオットの方である。
エルキュールは予め用意していた特等席のチケット二枚を受け付けの係員に見せて、入場する。
「確か、カロリナは戦車レースは好きだったよね?」
「はい。まあ嫌いな方はいらっしゃらないと思いますが……」
娯楽の少ないレムリア帝国では、戦車レースは数少ない娯楽で、老若男女貴族平民問わず人気の催しである。
もっとも、父であるガルフィスが厳しく、本人も真面目なためカロリナは年に一度程度しか訪れないが。
席に座ってから、エルキュールはカロリナに話しかける。
「この競技場、実は新しく作られたんだ。俺が新しく建てたんだよ。競技場の一つが今までの財政難でメンテナンス不足で老朽化が激しかったんだ。新しく、建て替えてしまった方が安くなるからね」
「そうですか、偉いですね」
カロリナは始まろうとしている戦車レースに集中していて、エルキュールの自慢に適当に相槌を打つ。
エルキュールはそれを見て、若干ムッとしたが自分が建造したデートスポットでカロリナが喜んでいるということに満足することにして、自分もレースに集中した。
「赤が勝ちました」
自分の推しているチームが勝ったことにご機嫌なカロリナの手を引いて、エルキュールは歩き出す。
途中で、自分が新たに建設するように命じた建設中の水道橋を見つけて自慢しようとしたが、あまりウケは良くないだろうと考えてエルキュールは口を噤んだ。
「じゃあ、次は美術館に行こうか?」
「……美術館、ですか?」
エルキュールは頷いた。
エルキュールはカロリナの手を引いて、自分の建設した美術館に向かう。
そしてやはり予め用意していた入場券で中に入った。
「これは……皇室財産ですか?」
「ああ、そうだ。歴史的価値の高いモノや、売るには惜しすぎるほど高価な美術品はここで展示することにした。ちなみに、皇室財産以外にも国内の貴族たちの財産も展示されてるよ。まあ一番多いのは当然、皇室財産だけど」
エルキュールは、売っても問題無さそうな財産は殆ど売り払って国庫の足しにしてしまった。
しかしそれでも、かなりの『それを売るなんてとんでもない』モノが残った。
どうしようかと考えた結果、エルキュールは展示して金を稼ごうと考えたのだ。
皇室の豊かさを見せつけることもできて、一石二鳥と言うわけである。
元々は皇室財産だけだったが、一部の貴族たちが『自分たちの秘蔵の品も自慢したい』と言い出して、展示品は少しづつ増えてきている。
貴族たちには『場所代』を請求して、さらに儲けることができて一石三鳥になっていた。
笑いが止まらない。
尚、入場料を高く設定して客の『質』のボーダーラインを作り、その上多数精霊術師や魔術師、騎士を配置して守りを固めているため、今のところ盗難の被害は出ていない。
今後、どうなるかは分からないが。
「綺麗な宝石、ですね」
「欲しいならやるぞ。俺のモノだし」
「そんな……皇室財産ですよ? さすがに恐れ多いですよ」
そう言ってカロリナは遠慮を示す。
しかし、その目はどう見ても宝石に釘づけだ。
そんなカロリナを見て、エルキュールは次の目的地を決める。
美術館を出た後、二人は手を繋いだまま商業エリアに向かった。
世界の三分の二の富が集まる都。
と言われているだけあって、様々な国の物産が売られていた。
エルキュールはそこで売られていた、ルビーのネックレスを試しにカロリナの首に掛ける。
「うーん、カロリナの髪と瞳はルビーと同じ……いや、ルビー以上に美しいから、ルビーが霞んでしまうな」
「見え透いたお世辞ですね」
などと、カロリナは言葉だけクールに返して見せたが、口元がニヤけているのをエルキュールは見逃さなかった。
月並みな言葉でも、言ってみるモノだ。
「サファイアの方が似合うかもな」
そう言ってエルキュールは店主からブルーサファイアを受け取り、カロリナの首に掛けてみた。
「うん、赤い髪と瞳に青い石は映えるね。青いサファイアが君の美しさを引き立てている」
「大袈裟ですよ……」
と、言いながらもカロリナの顔は若干赤くなっていた。
同年齢のイケメン皇帝に見つめられながら褒められて、悪い気のしない女はいない。
月並みのお世辞でも、言ってみるものだ。
「じゃあ、次は海に行こうか」
「……港、ですか?」
店主に金を支払ってから、エルキュールはそう言った。
しかし港というのは、帝都ノヴァ・レムリアではあまり良いデートスポットとは言えない。
臭いからだ。
レムリア帝国の帝都であるノヴァ・レムリアはこの世界でも珍しく、上下水道が整備されている。
しかし、だからこそ汚水が垂れ流しになる港とその周辺は非常に臭うのだ。
「安心しろ、カロリナ」
そう言ってエルキュールはカロリナの手を引いて、港に向かった。
カロリナは汚物の臭いを嗅ぐことを覚悟する。
しかし、臭わない。
ただ、潮の匂いがするだけだ。
「……どう言う事ですか?」
「簡単だよ、下水処理場を作ったんだ」
エルキュールはようやく自分の内政成果を自慢できると大張り切りで話し始める。
「今まで、ノヴァ・レムリア市の汚水……汚物やゴミは全て海に垂れ流しになっていた。だから、港は非常に臭かったし、それが原因で疫病が流行ったりした。それを解決するために、一度全ての汚水を集めて沈殿、濾過の処理を施してから海に流すようにしたわけだ」
ドヤ顔でエルキュールは語る。
カロリナは驚愕で目を見開いた。
「……わざわざ捨てる水を綺麗にするんですか?」
「でも、そのおかげで悪臭は無くなっただろ?」
確かに……
とカロリナは考える。
今まで、ゴミや汚物が最終的にどこに行くのかをまともに考えていなかった。
しかし冷静に考えてみると、それが悪臭の原因なのだから綺麗にしなくてはならないのは当然なのかもしれない。
と、そこでカロリナは気付いた。
「もしかして、帝都の道に落ちているゴミや汚物の量が減ったのは……」
「ああ。法律で規制したり、集める場所を決めたり、落ちているゴミや汚物を掃除する役職を作ったりしたんだよ。ちなみに、ゴミは帝都から離れた場所に全て埋めて処理させている。……君とせっかくデートしているのに、道が臭かったら嫌じゃないか」
エルキュールは片目を瞑って見せた。
尚、この時エルキュールは「実は窓の外からウンコを投げ捨ててはいけないという法律を出そうと思ったんだが、よく調べてみるとすでに過去二千年間に何十回も出されているのに気が付いたから、あきらめて清掃させることにしたんだ」と言おうとしたが、流石に控えている。
一応、デート中なのだ。
その日の夕方、二人は帝都が一望できる丘の上にいた。
太陽が沈み、帝都が赤く照らされている。
「なあ、カロリナ」
「何でしょう、陛下」
「何でもする、って言ったよな」
ドキリ、とカロリナの心臓が跳ねた。
二年が経ち、すでに赤ちゃんの正しい作り方を知る程度には性的知識が分かるようになったカロリナは、自分の約束した『何でもする』が相当危険なモノであるという事を最近自覚し始めていた。
相手は仮にも皇帝。
約束を破るわけにはいかないが……
「な、何でしょう?」
「いや、何をして貰おうかなと」
エルキュールはそう言ってカロリナの体をじろじろ見る。
カロリナのまだ幼さの残る可愛らしい顔と、膨らんできた胸、そして臀部、足に何度も視線を這わせる。
カロリナは怖いような、恥ずかしいような、逆に何故か感じる期待感に頭を混乱させながら、高鳴る心臓を押さえ、顔を赤らめて俯く。
そんな可愛らしいカロリナの反応を見ながら、エルキュールは考える。
(十四歳だからなあ……あまり過激なことをするのはかわいそうだな)
そしてカロリナに命令した。
「じゃあ、キスしてくれ」
エルキュールは自分の頬を指さした。
「え?」
「だから、ご褒美のキスだよ」
レムリア人は割とあいさつ代わりにキスをしたりする。
無論、唇ではなく頬だし、実際には唇を付けず音だけで、それも家族や親友など限られた相手だけだが。
頬ならば、ハードルは低いはず。
エルキュールはそう考えたのだ。
「……分かりました」
いろんなスゴイことを想像していたカロリナは、案外軽い要求に驚き、戸惑い、そして破廉恥なことを考えていた自分に恥ずかしさを感じた。
そして間違いなく両想いであると確信が持てるとはいえ、互いに思いを確認し合ったことはない幼馴染の頬にキスをするという行為に思いを巡らし、顔を朱色に染めた。
心臓を高鳴らせながら、カロリナはエルキュールに近づいて爪先で立ち……
「好きです、陛下。よく頑張りました」
と言って、頬に軽く唇を押し付けた。
それに対してエルキュールも若干顔を赤くしながら……
「ありがとう。俺も好きだよ」
そう言って、カロリナの頬に唇を押し当てた。
[ヒューヒュー!! お熱いねえ!! ご主人様!!]
(黙れ、エロ悪魔!!)
エルキュールは脳内に響いてきた声に対して、脳内で怒鳴りつけた。
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