第4話 財政改革 税制

 レムリア帝国は中央集権体制が整っている国家である。

 また、官僚制の整備もハドリアヌス帝の時代にかなり進んだため、多くの行政資料が残っている。


 エルキュールは三か月掛けてその行政資料・文書……約五十年分を読み漁り、さらに五年間隔で百五十年分の行政資料を読み、統計グラフを作った。

 そして、グラフの動きとレムリア帝国で発生した飢饉、戦争、新しい法律、公会議などを照らし合わせる。

 そして、結論を出した。


 「やはり、徴税能力の衰えと軍事費の増大か」







 エルキュールはレムリア帝国の官僚たちを全員呼び出した。

 官僚たちは新しい皇帝が、一体自分たちに何を言い出すのか、不安そうな表情を浮かべている。


 それに対し、エルキュールは穏やかな顔を浮かべながら官僚の一人に問いかけた。


 「クロル君」

 「は、はい!!」


 人族ヒューマンの新人官僚は心臓を跳ねさせた。

 当然だ。

 『地上に於ける神の代理人』とまで評される、レムリア皇帝に直接声を掛けられたのだから。


 また、名前を憶えられているという事実もクロルを緊張させた。

 ただの新人官僚の名前を、皇帝が憶えている!!


 クロルは頭を混乱させた。


 「我が国の税金制度を言ってみてくれ」

 「は、はい!」


 帝国の税制度は主に六つである。


 ・地税

 ・人頭税

 ・商業税

 ・関税

 ・戦時負担金

 ・奴隷解放税


 これに、塩の専売が加わる。


 「なるほど、ありがとう。クロル君」


 そう言ってエルキュールは珈琲を一口飲んでから、宣言する。


 「人頭税、商業税、関税、奴隷解放税、そして塩の専売を全て廃止、または改定する」


 え?

 と、でも言うように官僚たちの表情が固まった。


 あまりにもエルキュールの言っていることが突然すぎて、呑み込めなかったのだ。

 しかし、少しづつその意図を官僚たちは理解し始める。


 この人は、税制度を抜本的に変えてしまうつもりなんだ。

 と。


 変わるというのは、恐ろしい。

 何故なら、変わることで前よりも悪化してしまう可能性があるからだ。

 今はまだ、何とかなっている。だから、変えない方が良い。


 多くの人はそういう思考に陥り、改革を畏れる。

 しかしエルキュールは全く恐れていなかった。


 何故か?


 『何でもする』の為なら、国が傾くリスクなんて些細なモノじゃないか!!

 というのは、さすがにジョークである。(一割くらいは本音かもしれないが……)


 エルキュールには自信があったのだ。

 自分のやっていることが、絶対的に正しいという、確固たる自信が。


 「へ、陛下! それは……」

 「待て待て、今から説明する。反対は俺の話を聞いてからにしてくれ」


 そう言ってエルキュールは一枚の行政資料を見せた。

 それは人頭税を徴収するための、とある村の住民名簿だった。


 「これを見て、どう思う? クロル君」

 「え、えっと……」


 エルキュールに妙に気に入られてしまった新人官僚は緊張した面持ちで、思ったことを言った。


 「じょ、女性ばっかり……だと思います」

 「その通りだ! 他にも、あまりにも身体障害を持っている人間が多すぎる!!」


 レムリア帝国の人頭税は女性よりも男性の方が重い。

 また、身体的な障害を持った人間……手足の欠損、目や耳の不自由など、その重さによってある程度税が免除される。


 最初は農民たちも真面目に報告していた。

 しかし、ある時から農民たちはある事に気付いた。


 嘘を言っても気付かれない。


 目や耳の障害の有無は、自己申告である。

 本人がそう言っている以上、役人は確認のしようがない。


 また、「俺の家族は男二人と女四人です(本当は男四人と女二人だけどね!)」と申告する人間の家に立ち入り、本当に申告の内容が正しいかどうか、女装していないかどうか確認するのは手間が掛かる。


 帝国の人口は一千万人を超すのだから。


 そもそも、報告されている人口が真実かどうか定かではない。

 一人二人、サバを読んでも気付かれないのだから、農民の多くは過小報告していると判断しても良い。


 一人一人の税金逃れそのものは大したものではないが…… 

 塵も積もれば、何とやら。

 当然、帝国の大幅な税収減に繋がるのである。


 「君たちはこの情報を正しいと、胸を張って言えるかね?」


 官僚たちは何も言い返せなかった。

 住民名簿が間違っているのは、どう見ても明らかである。


 「まともに税金が採れていない税制度なんぞ、無い方がマシだ。よって、廃止する」


 そして、一口珈琲を飲んでから再びクロルにエルキュールは視線を向けた。

 クロルは身構える。


 「何度も聞いて悪いが、この商業税はどうやって採っている?」

 「えっと……商人の売上額と販売しているモノによって、税率を定めて税金を……」

 「売上額というのはどうやって調べているのかね?」

 「……商人の自己申告です」


 つまり、嘘をつき放題という事だ。


 「商業に税金を掛ければ、かなりの収益が望めるのは事実だ。だから俺も、商業に税を掛けるという方針は変えない。だが、今までのやり方では手間が多すぎる。よって、これは改定する」


 役人たちによる抜き打ち検査でもあれば、ある程度脱税を取り締まることは可能だ。

 しかしそれには手間も時間も人手も掛かり過ぎる。


 日本のような、巨大な官僚組織を持つ国家であるのであれば『所得税』の脱税を取り締まることは可能だが、レムリア帝国の官僚組織では不可能だ。


 「次に関税だが、こいつは純粋に物流の妨げになっている上に収益が小さい。それに役人の不正蓄財の温床になっている。廃止だ」


 ついでと言わんばかりに関税を叩き斬り、エルキュールは珈琲を口にする。


 「次に奴隷解放税。……これは言うまでもないだろ。どうしてこんな骨董品が残っているのか、不思議なくらいだ。政治支持者を増やすために、奴隷解放が流行っていた昔と違い、今では奴隷解放をする奴なんぞ、殆ど居ないぞ? 廃止だな。まあ、奴隷に税金を掛けるという点では賛成だけど」


 そしてエルキュールは珈琲を一気に飲んだ。


 「最後に塩の専売。こいつは父上が新たな財源を確保するために実施した、新しい制度だな。何と、塩の値段を定価の三十倍で独占販売するという。塩は必需品だから、どんなに釣り上げても買われるという事だ。いやはや、素晴らしい素晴らしい……で、専売品の塩って買っている奴いるのか? 専売品の塩よりもはるかに品質が良くて安い密造塩が帝都中に出回っているのだが?」


 官僚たちは一斉に目を逸らす。

 というのも、実は彼らも密造塩を購入しているからである。


 レムリア帝国の官僚の給料は安い。

 官製の塩を購入するほど、生活的余裕は無いのだ。


 そしてエルキュールは官僚たちに向かって聞く。


 「さて、諸君。ここまでの内容で、何か俺の言っていることが間違っている! と胸を張って言える者は居るか? 安心したまえ、神に誓って罰しはしない」


 シーンと静まり返る。

 誰も、エルキュールに反論できるものは居ない。


 と、そこで一人の男が手を上げた。

 クロルである。


 「お、恐れながら……関税の廃止と仰いましたが、関所も廃止してしまうのでしょうか? 関所を廃止してしまうのは治安維持の側面から、良くないと思います……」

 「それは勿論。関所は廃止するつもりはない。安心してくれ」


 エルキュールは笑顔を浮かべた。

 エルキュールの笑顔を見た官僚たちの緊張が若干溶け、疎らに手が上がり始める。


 「お、恐れながら……」

 「お一つ、お聞きしても……」

 「少し、疑問点が……」


 エルキュールは一人一人、官僚たちの疑問に丁寧に答えていく。

 一時間ほどで、全ての官僚たちがエルキュールの言説に納得を示した。


 「さて、諸君。そう言うわけで、新たな税制度を俺が考案する。遠慮すること無く、反論をしてくれ。我々・・で、新しい税制度を導入して帝国を救おうじゃないか」


 そしてエルキュールは自分の考案した税制度の書かれた羊皮紙を配りながら、最後に言った。


 「そうそう、実は俺は君たちの給料が低すぎると思っている。だから、財政改革が成功したら真っ先に君たちの給料を適正な額にするつもりだ。……頑張ろうじゃないか」


 ニヤリとエルキュールは笑みを浮かべ、官僚たちは目を輝かせた。


 その後、三日三晩エルキュールと官僚たちは激論を交わした。

 こうして出来上がった税制度は帝国に公布され……


 そして二年。


 帝国の国家収入は一・五倍に増加した。


 また、宮殿の人件費等の税金の使用用途が見直されて支出も圧縮され、そして皇室財産の一部である宝物の中で、歴史的価値のないモノは売却された。


 斯くして、火の車状態だった帝国の国庫は、無事鎮火されたのである。



 官僚クロルの日記


 『エルキュール大帝は恐ろしい方だった。あのお方は伝統を破壊することに、何の恐れも抱いていない。その上、先輩たちの反論を殆ど封じてしまった。とても、十二歳とは思えない。四十年は努めている官僚と言われても、私は信じることができる。


 その上、エルキュール大帝の税制度は非常に画期的であり、その上効果的だった。


 そして安月給を上げてくれるという。


 自分はこの方に仕えるために官僚になったのだ。

 神の思し召し、これは運命だ。


 私は、いや、私たち全ての官僚はそう思った』

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