第3話 財政改革 白と黒

 東レムリア帝国首都、ノヴァ・レムリアは『世界の三分二の富の集まる都』と言われている。

 天然の良港を持ち、その上東西南北の貿易ルート上にあるのがその理由だ。


 つまり帝国の繁栄は中継貿易による富に支えられているのである。

 しかしこの中継貿易には二つの欠点がある。


 一つは輸出入先の政治状況、経済状況に大きく左右されるという事。

 二つ目は、中継貿易をするとどうしても隣国……帝国にとって最大の宿敵であるファールス王国に富が流れてしまうという事だ。


 つまり帝国は中継貿易以外の収入源を探す必要がある。


 まず第一に上げられるのは農業だろう。

 帝国の主食は小麦だが、それ以外にも葡萄やオリーブなどが育てられている。


 この葡萄とオリーブを加工した、葡萄酒ワインやオリーブ油が帝国の主な輸出品だ。

 しかし、外貨獲得の手段としては少し弱い。


 次に手工業では、ガラス製品や良質な陶磁器などが作られている。

 これらも帝国の輸出品である。

 しかし、どちらもファールス王国で作られている。


 ファールス王国もレムリア王国に負けないほど、手工業が発展している国だ。

 そのため、競合し合うことになり、大きな利益は出ない。


 というか……

 そもそも、これらの商品が売れたとしても税金として国庫に入らなければ何の意味もない。

 だから、葡萄酒やオリーブ油、ガラス、陶磁器の生産を推奨してもあまり意味がない。


 何か、新しい物産を専売出来れば……


 「というわけで、こいつを見て欲しい。どうだ?」

 「……とても、白いです」


 カロリナは目を見開いて、それを見た。

 クリストスも、ガルフィスも、ルーカノスも同様にエルキュールの手元を見る。


 エルキュールが両手で持っているのは、真っ白い陶器であった。

 そう、真っ白い陶器だ。


 「これは帝国で作られた陶磁器だ」

 「……本当ですか?」


 クリストスは息を飲んだ。


 帝国やファールス王国で作られている陶器は、黒色が主だ。

 と言うのも、白い陶磁器を生産する技術が両国ともに無いからである。


 白い陶磁器は、ファールス王国よりもさらに東の絹の国でしか生産されていない。

 そのため、非常に高い値で取引されている。


 純白はメシア教では、聖なる色なのだ。


 「骨灰磁器と言ってな。骨を使って白い色を出させてるんだよ」


 所謂、ボーンチャイナである。


 なぜ、エルキュールが骨灰磁器の製造方法を知っていたのか……

 というと、実のところ作ったのはエルキュールではない。


 当たり前だ。

 いくら勉強楽しいキチガイのエルキュールとて、本で読んだ知識だけで骨灰磁器を作れるわけがない。


 実際に作ったのは、レムリア帝国の職人である。

 約四年前、八歳の時のエルキュールがこっそりとレムリア帝国の職人に依頼していたのだ。


 元々、成人した段階で家出する気だったエルキュールだが、一応育てて貰った恩というのは多少は考える程度の良識はエルキュールにもある。


 家出するけど、骨灰磁器作ったから許して!

 という計画だったのだ。


 エルキュールがやったことは材料と簡単な作り方を指示し、あとは資金だけを渡して定時報告を受け取っただけであり、エルキュール視点で見れば「寝て起きて報告聞いて寝て起きて報告きいていたらできてた」程度のものであるが、依頼された職人からすれば堪ったモノではない。


 レムリア帝国の皇帝はこの国の絶対的権力者である。

 その息子の依頼なわけで、断る場合は死を覚悟しなければならない。

 当然、失敗しても『死』である。


 エルキュールは骨灰磁器というものが存在することを知っているためその完成に何一つ疑問を持たなかったが、職人サイドからすれば陶器の「と」の字も分からないド素人のガキの提案なので、失敗は確実だと考えるのが常識である。


 この骨灰磁器は死を覚悟し、泣きながら温度を調節して完成させた職人の苦労の結晶である。

 まあ、完成させた職人はエルキュールから一生遊んで暮らせるだけのお金を受け取り、加えてこれから一生骨灰磁器の生産だけで、将来何一つ不安を残すことなく生活できるので、努力そのものは実ったのだが。


 「まあ、実はまだ研究段階なんだけどね。ほら、綺麗な白色じゃないだろ?」

 「それでも凄いですよ!!!」


 クリストスは興奮気味に立ち上がる。

 ポーカーフェイスを保っているルーカノスも、その目はしっかりと骨灰磁器に向けられている。

 そしてガルフィスが苦笑いを浮かべる。


 「まさか、いきなりこんなすごいモノが出てくるとは思いませんでしたよ」

 「まあな」


 エルキュールは控えめに肯定した。

 一応、人様の考えたモノをパクッてるという意識はあるので、控えめに胸を張る。


 まあ、無知は罪というのであれは知は功績である。

 そういう意味では、間違いなくエルキュールの功績ではあるが。


 「こいつを造れる職人は僅かだが、居る。職人たちを掻き集めて、量産させるぞ。そして売上の四割税を採る。なーに、考えたのは俺さ、文句は言わせん」


 例え、売上の四割税金を採っても間違いなく職人たちは儲かるだろう。

 それほど、白い陶磁器の需要は高いのだ。


 「あと、もう一つはこれだ」


 パチン、とキメ顔でエルキュールは指を鳴らす。

 するとメイドがお盆の上に五つのコップを乗せてやって来た。


 メイドはコップを机に並べてから、深々と一礼して退出した。

 エルキュールはメイドが置いていったコップ……骨灰磁器で出来た真っ白いコップに口を付ける。


 「うーん、苦いな。やっぱり」

 「……何ですか、これ」


 カロリナは顔を顰めながら、コップの中の液体を眺める。

 真っ黒い、何かよくわからない液体だ。

「珈琲だ」

 「こーひー?」


 カロリナの頭に?が浮かぶ。

 エルキュールは黙って飲めと、四人に促した。


 クリストス、ガルフィス、ルーカノス、カロリナは恐る恐るコップに口を付ける。

 反応はそれぞれだった。


 「あ、美味しいです」


とカロリナ。


 「ううぇ……」

 とガルフィス。


 「これは……苦いですね」

 と顔を顰めながらクリストス。


 「目が覚める気がします、私は好きですね」

 と、ルーカノス。


 そんな四人を見ながら、満足気にエルキュールは頷く。


 「葡萄酒や麦酒ビールに代わる新しい飲み物だ」


 帝国の、というより帝国周辺の国々の水の殆どは硬水である。

 また、日本ほど水源も豊かではない。


 そのため、あまり水が美味しくないし、新鮮な水も手に入りにくい。

 だから帝国では葡萄酒や麦酒が主な飲料物だ。


 アルコールが含まれている酒類は基本腐らないので、長期保存もできる。

 また、水に薄めて飲むことで水を殺菌して、同時に味を少しマシにすることもできるのだ。


 しかしこれには大きな問題がある。

 アルコールで酔っぱらってしまうのだ。


 だから一部の貴族、聖職者、そして商人の間では茶を飲むことが流行している。

 麦茶とかではなく、正真正銘チャノキから出来る茶である。


 これは東方からの輸入品で、非常に高価だ。


 そこで珈琲を売りこもう! 

 というのがエルキュールの作戦である。


 「こいつは眠気覚ましの効果があってな。実際、ある教会で飲まれてたんだ。そいつを貰って来たというわけだ」


 エルキュールが珈琲を手に入れたのは、偶然である。

 数年前にハドリアヌス三世に連れられて、帝国南部に言った時、偶然宿泊した教会で珈琲が飲まれていたのである。


 教会の片隅にコーヒーノキを植えて、栽培し、眠気覚ましに飲まれていたのである。

 今回、使者を派遣して急遽珈琲をそこから入手したのだ。


 ただ……

 エルキュールにはほんの少しだけ疑問があった。


 珈琲って、こんなところで育つっけ?


 という、素朴な問いである。


 珈琲の生育条件については、エルキュールも詳しくは分からない。

 だが、エルキュールが珈琲を見つけた教会の庭の気候と降水量は……


 珈琲の生育条件から、若干ズレているのではないか?

 と、考えていた。


 とはいえ、ここは地球ではない。

 地球の珈琲と、この世界の珈琲が全く同じ植物だとは考えられないし……


 そもそも、この木の実が珈琲であるという確証もない。

 塩基配列を調べたわけではないのだから。


 限りなく珈琲に近い、珈琲とは違う木の実である可能性が高い。

 事実、地球での『珈琲』の呼び方と、この世界で珈琲が育てられていた教会での『珈琲』の呼び方は、言語が異なることもあり、全く異なる。


 この世界の地形や植生は限りなく、地球に似ている。

 だが一部で大きな違いもある。


 まあ、長耳族エルフや獣人族ワービーストが闊歩している時点で言うまでも無いことだが。


 「育て方は教会の人間が分かっている。こいつを皇室私有地で育てて、売り捌こうじゃないか。大儲け出来るぞ」


 初めは貴族、聖職者、大商人に高値で売りつけて浸透を図る。

 そしてある程度珈琲が知られ、庶民たちが興味を示すようになったら、少しづつ栽培方法を農民に教えて生産量を増やす。


 初めは専売。

 その後は売上税で利益を上げる作戦だ。


 「と、まあ取り敢えずはこの二本に集中しようか。これで国庫にも金が入るようになるはずだ」


 一度に多くのモノに手を出すと、空回りする。

 というのはエルキュールの考えだ。


 本当は養蜂、さらに発見できればサトウカエデ、種子や卵を密輸出来れば砂糖や綿や絹と手を出したいのが本音であるが、一度に多くのことはできない。


 今はもっとも手っ取り早く、確実に出来ることに全力を注ぐべきであろう。

 黒い珈琲とそれを飲むための白い高級磁器という組み合わせは、なかなか悪くない。

 セットにして売れば、良い儲けになるであろう。


 (まあ、骨灰磁器と珈琲だけで財政が好転するはずないけどな)


 エルキュールは興奮気味の四人を見ながら、心の中で思った。

 国の財政規模というのは、たかが骨灰磁器と珈琲だけで支えられるほど小さくないのだ。


 無論、この二つが一大産業になれば別だが……

 まだまだ始まったばかり。

 最低でも国庫に影響を与えるようになるまでは、あと五年は掛かる。


 これでは約束の三年は達成できない。 

 カロリナに『何でもする』ことができない。


 「さて、あとは行政文書を調べるしかないな」


 帝国の国家財政は初めから傾いていたわけではない。

 昔は潤っていたのだ。


 財政が傾き始めたのは、エルキュールの父であるハドリアヌス三世が即位してから暫く。

 その後、ハドリアヌス三世の尽力で一時的に回復するも、再び統治の末期で悪化。


 というのがエルキュールの知る概略だ。


 国家財政があっという間に縮小した、という理由は三つ考えられる。


 一つ、人口減少と農地荒廃による国家収入全体の低下。

 しかし、この影響はそれほどではないとエルキュールは考えていた。


 もし国家財政が傾くほど、農業基盤が破壊されていれば今頃帝国は滅んでいる。


 となると、考えられるのは残りの二つ。


 徴税能力の衰えによって、額面通り税金を採れていないのか。

 それとも無駄遣いや横領により、税金が消滅しているのか。


 どちらかだ。

 しかしこれは……


 「行政資料を読み漁って、探すしかないな」


 エルキュールは肩を竦めた。

 全ては『何でもする』ためだ。

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