12
突如として起こった爆発。それは魔法以外にあり得なかった。爆発の衝撃で化物は地面を震わして仰向けで倒れる。皮膚が焼け焦げる臭いが僕の鼻腔を満たす。
「本当に手のかかるやつだな、君は」
聞き覚えのある声が洞窟内に響く。背後を振り向くと、暗闇の中から見慣れたロングスカート姿のユーリアさんが現れた。
「どうして……?」
「どうしてじゃないよ、まったく。君が夜中に飛び出していくんだ。後をつけないわけにはいかないだろう。そして、案の定これだ。君は本当に馬鹿なことをする」
やれやれと肩をすくめると、動けないでいる僕に手を差し伸べる。ユーリアさんに引き上げるようにして立ちあがると、やはりまだ足元がおぼつかない。フラフラとしてしまい、その勢いのままユーリアさんにもたれ掛かってしまう。彼女は何も言わず受け止めてくれたものの、気恥ずかしさを苦笑でごまかしてパッと離れる。
「馬鹿なことって、いつから見ていたんですか?」
「最初からだよ。全部見ていた」
「それなら、もっと早く助けてくれたら良かったのに……」
危ない場面は何度とあった。そのうちの一つでも判断を間違えていれば命はなかったというのに。
「まぁ、本当は君を助けるつもりはなかった。いや、勘違いしたままの君を助けるつもりはなかったと言う方が正しいかな。臆病な自尊心の殻に閉じこもったままの君をね」
本心をさらりと口にするので、ブルリと身震いをしてしまう。
「だが、君は変わろうとした。進んで自分から変化を求めた。そうであるのならば、話は別だ。進もうとしている君に手を差し伸べるのは大人として当然のことだ」
「ユーリアさん……」
僕はユーリアさんの言葉に心を打たれ、まじまじと彼女のことを見つめる。
「まぁ、何だ。要は君が頑張ったからこういう結果になったんだ」
ユーリアさんは少しだけ顔を赤らめて顔をそむける、僕はその姿がなんだか珍しくて、可笑しくて、無意識に笑みがこぼれてしまった。
「アアア……」
化物の呻き声が発したので素早く剣を構えるが、ユーリアさんは大丈夫だと言葉で制する。
「安心しろ。もうこいつは動けないよ」
無数の斬り傷に、爆発魔法で真っ黒に焼け焦げた皮膚。ほんの少しまで大きな叫び声を上げながら暴れまくっていたのと対照的で今はもう虫の息だ。
「それにしても、君はどうやってこいつにここまでのダメージを与えることが出来たんだ?」
ユーリアさんは本当に分からないといった様子で大きく首を傾げる。
「何だかものすごく直感が冴えていた、と言えばいいのかな。化物の動きの一手先、二手先が視えていたというか……」
「なるほど、未来視の類か? 不思議なこともあるものだな」
僕に未来視が出来るわけでは無い。僕は普通の人間だ。恐らくあれはゾーンに入っただけだ。人間の集中力が極限まで達すると、時間の流れが遅くなり、直感的に数手先を読む感覚を得られる。今回のことは偶然、たまたまの類だろう。同じことを再現しろと言われた多分ムリだ。
「あれだな、強い決意をすることが君自身の能力に大きく影響を与えたのかもしれん」
「決意……」
前に進むためには決意や覚悟の類が必要なのだと身に染みて理解することが出来た。それは今までの僕にはなかったもので、今日の事は決して忘れてはいけない。心に刻む必要があると強く感じた。
「さて、君には最後の仕事が残っている。さっさと済ませたまえ」
ユーリアさんが何を言わんとしているのかは容易に理解した。化物、ブッチャーに止めを刺すことだろう。僕は奴の傍らに立つ。奴の白濁した目がこちらを見る。禿げた頭に丸い鼻。顔面には複数の傷。こうして近くで見ると、こいつは化物ではなく人間のように見える。いいや、違う。こいつは罪のない人間を大勢殺したのだ。化物に変わりはない。僕は今から化物に止めを刺すのだ。高く剣を掲げる。奴は剣先の動きを虚ろな目で追う。
「これで、おしまいだ」
それは化物との戦いがなのか、これまでの自分がなのか。どちらともとれる言葉を小さく呟く。僕は限界まで掲げた剣を勢いよくブッチャーの心臓へと突き刺した。剣先が柔らかい皮膚へと、心臓へと突き刺さる感覚が確かに伝わる。ブッチャーは一瞬だけ、苦しそうな顔をするが、すぐに安らかな顔へと変わる。化物の命は今にも消えようとしていた。僕は命が消える最後の瞬間まで見つめる。そして、命の灯が消えるその瞬間。奴の口が動いたような気がした。
力が抜けたようにその場に座り込み、上を見上げる。夜はいつの間にか明けて、天窓のように穿たれた洞窟の穴からは月明かりに代わって、朝日が差し込んでいた。
まぶしい朝日につい手をかざす。隣へと目をやると、ユーリアさんが微笑んでくれる。彼女の笑顔を見たら、安堵感と疲労感がドッと体に流れ込んできたのを感じた。僕はその場に倒れ込むように仰向けになり、ボーッと空の一点を見つめる。
本当に本当に長い一日だった。
目が覚めると、僕はベッドの上で寝ていた。ここはユーリアさんの家らしい。昨夜の出来事を思い出してみるが、最後にユーリアさんの笑顔を見たあたりからの記憶が思い出せない。どうやら限界を超えた僕は意識を失っていたみたいだ。ベッドから体を起こす。全身のダメージは嘘みたいに消え去っており、動き回ってみても痛むところは皆無だった。
「お、やっと起きたか」
部屋の扉が開けられる。そこには白いワンピースを着たユーリアさんが寝むそうにあくびをしながら立っていた。
「おはようございます。えっと、昨日はその――」
「三日だ」
「え?」
「君は三日も眠っていたんだよ。その間いろいろと大変だったんだぞ」
ユーリアさんが説明するところによると、戦闘で負った傷自体は彼女の治癒魔法で回復させることに成功したが、よほど疲労困憊していたのかなかなか意識が戻らなかったそうだ。ユーリアさんは付きっきりで看病をしていたとのこと。
「なんか、すいません」
「まぁ、君に手間が掛かることはもう分かり切っていることだ。それにもう慣れてしまったよ」
ユーリアさんは眠そうに欠伸をすると、僕のベッドへと腰かける。
「それで、君はどうするんだ?」
「どうするとは……?」
訳が分からず首を傾げる。彼女はそれを見て、小さくため息をつく。
「君は元の世界に帰りたいと言っていたじゃないか」
あぁ、そうだった。昨日の、いや、三日前の僕は異世界の現実に敗北し、元の世界に帰りたいと泣き言をこぼしていたんだった。そんな情けない自分の姿を思い出して忸怩たる思いに襲われる。
「手配は済んでいる。君が本当に帰りたいのなら――」
「いや、僕はここに残ります」
僕は柔らかく微笑みながら彼女の言葉を遮る。そんな僕の顔にユーリアさんはあっけに取られた顔をするが、すぐに凛々しい笑顔を浮かべる。
「そうか。それが君の選択なら。だが、本当にいいのか?」
「大丈夫です。ここは僕を成長させてくれる、そんな気がするんです。だから、もう少しだけ頑張ってみようかなって」
莞爾とした笑顔で答える。こんなきれいな笑みを人前に出したのは何年ぶりだろうか。それだけ、自分の中で何かが吹っ切れて、自信がついたことの表れなのかもしれない。
「そうか。そういうことなら――」
ユーリアさんは悠然と立ち上がると僕に右手を差し出す。
「改めて、ようこそ! 私はこの世界での案内人で、世話役で、説教係で、君のありとあらゆる面倒を見る魔法使いのユーリアだ! ユウ、今後ともよろしく頼むよ」
「はい、お願いします!」
朝日が差し込む部屋。彼女の純白のワンピースは綺麗に朝日を反射させて、的皪と輝いていた。その姿はまるでこの世界で迷った僕を導てくれる天使の様にも見えた。僕は差し出された彼女の手をしっかりと掴んだのだった。
昨日の僕に期待された僕は明日の僕に期待する Kehl @kehl
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