「こんなことになるだろうと思っていたよ」


 疫病対策のために村内の家屋のすべてを魔法で焼き払いながら、彼女はまたしても呆れた口調で言う。僕は結局、ユーリアさんに助けられたのだ。二匹の屍喰らいに襲われて成す術がない僕を見るに見かねた彼女は屍喰らいを爆発四散させた。命が助かったとはいえ僕の心は晴れない。切り株に寄りかかるようにして座る僕は大きく肩を落とす。


「こんなはずじゃないのになぁ……」

「こんなはずじゃないとは?」


 一通り燃やし終えたユーリアさんは、腕組をしながら僕の傍らに立つ。


「いや、ユーリアさんには分からないかもしれないですけど、異世界に転生する人って大体は特別な能力や環境に恵まれて、元の世界で冴えない人でも活躍できるのがお約束なんですよ。だけど、僕はせっかく異世界に転生したのに現状は特別な能力に恵まれているようには見えないし、活躍することもままならない……」

「何を馬鹿なことを」


 彼女は僕の言葉を小さく鼻で笑う。


「そんなこと言わないで下さいよ。元の世界の面倒なことから逃げ出して、異世界で自由気ままで楽しく生きることが出来ると思ったらこれなんですもん。修練ばかりだし、死にそうにもなるし。こんなんなら異世界に来るんじゃなかったよ……」


 零れた本音に彼女は大きな溜め息をつく。


「だから君は勘違いをしていると言っているんだ。特別な能力? 異世界で活躍? バカも休み休みにしたらどうだ?」

「……え?」


 彼女の口調は厳しいものとなり、慰めてくれるものだと期待していた僕は不安気に顔を上げる。


「いくら君らのような人間が異世界を訪れようと君は君なんだ。異世界に来たぐらいで君の能力や本質が大きく変わることはないんだよ」

「……」

「君らの世界の人間はどうやらこちらの世界に誇大妄想を抱きすぎている節があるな。だが、いい加減に目を覚ませ。君らの求めているようなものは存在しない」


 なんだ。やっぱりそうなのか。うすうす感じてはいたが、改めて口にされるとショックだ。

 理想と現実は往々にして乖離する。その差異は大きければ大きいほど凄まじい落胆を味わることになるのだ。僕が夢見た異世界はここには存在しない。僕には何の力もなく、この世界でもやはり苦労をするのだ。どちらの世界でも現実は僕に厳しい。


「こんなことなら異世界に来なければ良かった……」


 そうだ。どうせ苦労をするのならば、最低限度の生活と命の安全を保障がされている元の世界に居た方が楽じゃないか。ここにはまともな娯楽もないし、厳しいことばかりだし、命も落としかねない。


「元の世界に帰りたい……」

「全く、君は本気でそれを言っているのか?」


 首肯する。


「そうか。君がそう思っているのなら元の世界に帰るための手続きをしよう。しかしだな、あまりこういうことは言いたくないんだが――」


 ユーリアさんは一瞬だけ言い淀む。しかし、真っすぐ僕の事を見つめるとそのまま躊躇わずに口を開いた。


「君は元の世界でも今日のように困難から目を逸らし、見ない振りをして、逃げ続けるんだろうな」


 僕の本質を見透かした彼女のキレイな瞳には、パチパチと燃え続ける炎が映っている。きっと、彼女の瞳に僕はもう映っていないのだろう。そんな気がした。

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