早速、翌日から修練は始まった。ユーリアさんは僕の身体つきを見るなり、基礎体力が足りないと判断したらしく、修練は基礎的なものが多かった。陽が高い内はランニングや筋肉に負荷を掛ける修練が中心だ。そこから休憩を挟み涼しくなってきたところで、全身の悲鳴を無視しながらひたすらに剣を振るう。振って、振って、振りまくる。無心でユーリアさんを相手に剣を振りまくった。


 時折、異世界に来てまで何をしているんだろうか、という疑問を、やりきれない気持ちを抱くことがあったが、この修練は自分に必要なものだと、自分の力を開花させるための通過儀礼、もしくはゲームのチュートリアルだと考えることでどうにか我慢をすることが出来た。しかし、一週間という時間は僕の抱える疑問が不満へと変化するのには十分だった。


「どうした、動きが止まったぞ」

「ユーリアさん、いつまで修練をするつもりなんですか?」

「それは私が一定の基準に至ったと判断するまでだ」

 

何を今更、と呆れたようにユーリアさんは言う。


「もう一週間以上も修練ばかりじゃないですか! 僕はこんなことを繰り返すために異世界に来たんじゃないんです! もっと冒険とかワクワク出来るような毎日が僕を待っていると思っていたのに」

「その冒険とやらをするのにも修練が必要だろう」

「もう修練は十分です! 僕はもうある程度、剣を振るうことが出来るようになったんだからいいじゃないですか」

「君は何というか――」


 ユーリアさんは険しい表情で何かを言いかけたが、唐突に諦めたような表情になり、続きを口にするのを止める。


「まぁ、いい。そこまで言うなら、腕試しと行こうじゃないか」

「やった」


 小さくガッツポーズをする。これでようやく俺の物語が始まるんだ。修練の日々で忘れかけていたワクワクというものを久しぶりに取り戻せたような気がする。だが、ユーリアさんはそんな俺を冷ややかな目で見る。


「君が勘違いをしていると気づいてくれるといいんだがね」

「何を言っているんですか。僕だって少しは成長したんですから大丈夫ですよ」


 ある程度の修練は積んだ。剣の重さにも慣れ、振り回すことくらいであれば問題はなくなった。RPGで言えば最初のチュートリアルを終えたと言っても良い。基本的なチュートリアルを終えれば、冒険に出発し、最初の敵を倒すのが決まりだろう。しかし、そんな僕の思いに反して彼女はため息をつくだけだ。


「分かった。とりあえず実戦に出てみようじゃないか。ちょうどよく手ごろな案件を知っていることだしな」


 そういいながら屋敷の中へと入って行ったと思いきや、直ぐに何かを抱えて戻ってきた。芝生の上に放り投げられたそれらは革で作られたレザーアーマーと金属製のヘルムだ。


「君はそれを着ていくといいんじゃないか」

「あまり頼りにならなさそうですね」

 

 見た感じ防御力は皆無だ。なめした革を重ねただけの胸当てに、薄い金属で作られた兜だ。大した防御力が期待できないというのは事実だろう。


「何もないよりはマシだよ」

「それはそうですけど……」


 僕はこの時代に来てから着用しているこの時代のシャツの上から胸当てを装着し、ヘルムを被る。そして修練で使用していた剣に木の盾を持てば……。


「うーん、一応それらしくは見えるかな……」

「準備は済んだのか?」

「終わりました。って、あれ?」


 ユーリアさんを見ると、いつものロングスカート姿のままだった。


「ユーリアさんはその恰好のまま行くんですか?」

「ん? まぁ、そうだな。それに私は魔法を使って戦うわけだから、君が身に付けている類のものは必要ないんだよ」


 防御魔法なるものでも使うのだろうか。それがどういうものなのかは皆目見当はつかないが。まじまじと彼女のことを見ていると、ユーリアさんは急に俺の手を掴む。


「え?」

「では、出発するぞ」

「出発って、馬か何かで行くんじゃ……ってうわあ!」

 

 突然、目も開けられないほどの突風が襲う。僕はあまりの勢いに立っていられなくなりそうだったが、ユーリアさんが強く俺の右手を握っていたために何とか堪えることが出来た。


 何が起きているのかを把握するために薄く目を開けると、目の前には楕円状の裂け目があり、そこから強い風が吹き出している。その裂け目の中にはこことは違う景色が、荒れた村の姿が映し出されていた。


「まさか、瞬間移動ってやつ……?」

「そのまさか、だ」


 心の準備が整っていなかったが、それを伝える間をなく、彼女は裂け目の中へ僕を引っ張って行った

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