街へと出ると、依然としてたくさんの人の往来が見られた。忙しなく食品を運ぶ女性に、走り回る子供たち、談笑をしながら歩く兵士の姿もあった。街へ出て、何よりも驚いたのが自分の目の前に屹立している大きな城である。見上げると首が痛くなるような大きさで、この地域を支配する一族がその強大さを誇示していた。

 

 景色、そして匂いが俺のいた世界の(というより都会の)整然とされ、作られた匂いではなく、土や草、木材の香りといった様々なものが混ざり合って雑然とした匂いが、ここが異世界なのだと俺に強く実感させる。


「着いたぞ」


 連れてこられた場所は少々広めの広場だ。集会所と言うからにはそれらしい建物でもあるかと思っていたが、広場の中央に大きな掲示板があるだけであり、その傍に置かれた長い木製のテーブルが受付になっている簡素な作りだ。ユーリアさんが言うにはどうやらここが集会所らしい。彼女は受付に暇そうに座っている兵士に話しかける。


「やぁ、新しいハンターの登録をしたいんだが……」

「あぁ。また、あなたですか」


 兵士は眠そうに大きくあくびをしながら答える。


「まぁね。今、忙しかったりするのかな?」

「僕が年中ひまなのを分かって言っていますね?」


 バレたかとユーリアさんが笑うと、兵士もそれにつられて笑顔になる。どうやら彼女と受付の兵士は面識があるらしい。


「それでバウンティハンターを希望しているのは、そこの……ひ弱そうな人でいいんですか?」

「そうだ。ちゃっちゃと手続きを済ましちゃってくれ」


 二人の会話を遠目で見ていると、ユーリアさんは俺を手招きして近くに呼び、受付で兵士と対面するように座らせた。


「さ、聞かれたことに答えるだけでいいからな」

「分かりました」


 そう言うと、兵士による質問が始まった。名前、年齢、性別といった基本的なものは答えることが出来た。しかし、僕の過去や仕事の経験に質問が及ぶと次第に窮していく。


「つまり、剣を握った経験も無いと?」

「そうですね……」


 チラリと助けを求めるような視線を横で見ているユーリアさんに送る。


「あぁ、すまないが、これは全くの素人でね。その手の質問はあまり意味が無いと思ってくれ」


 兵士は軽く眉を顰める。


「そうでしたか。経験も無いのにバウンティハンターに応募なんて勇気がありますね」


 言葉だけ聞けば褒めているように聞こえるが、兵士の目は明らかに僕を馬鹿にしていた。素人を馬鹿にしたくなる気持ちは分からなくもないが、露骨な態度をされるとやはり傷つく。

 そんなことを考えている間、兵士はテーブルの下でゴソゴソと探り、掌の大きさ程の羊皮紙を取り出した。羊皮紙には何も書かれていない。僕はそれをボーっと見つめていると、兵士に「ほら」と何かを要求された。


「右手を差し出すんだ」


 再びユーリアさんによる助け舟が出され、僕は言われた通りにする。兵士は俺の右手首をグッと掴むと、ナイフを腰元から取り出して、僕の掌をきなり切ったのである。


「イタッ!」


 僕は突然のことに驚き、反射的に右手を引っ込めようとするが、兵士は決して離そうとしない。掌の傷口から流れ出る血が羊皮紙へと零れ落ちたところでようやく解放された。


「急に何を……」


 ワケを尋ねようとしたが、ユーリアさんも兵士も羊皮紙に夢中なので、俺も渋々それに視線を向ける。羊皮紙に零れた血がじんわりと広がり、それはゆっくりと小さな円形を作っていた。


「ええっと、これは一体、何なんですか?」

「これは君の質を見ているものだと思ってくれればいい。血は人の口よりも雄弁なこともある」

「それで、僕の能力はどうなんですか!?」


 期待を大いに込めて、目を輝かせて尋ねるが返ってきた答えは僕をがっかりさせた。


「狼の一匹でも狩ることが出来れば上出来なレベルじゃないでしょうか」

「まぁ、そうだな。余り優れているとは言い難いな」

「そんな……」 


 異世界に訪れた人間は何かしらの異能を持つ、というのが異世界モノの定番ではないか。異能を持たない状態で僕は生きていけるのだろうか?


「そうがっかりするな。逆に言えば、伸びしろがあるということだ」

「そうですよね! 伸びしろですよね! 始めから異能を持っている方がおかしいですもんね!」

「……? 何はともあれ、これで手続きは終わりだな。手間をかけて済まなかったな」

「いえいえ。あ、近頃は応募者も多いので、市民権が欲しいのなら急いだほうがいいですよ」


 ユーリアさんは分かっているよ、とでも言うように手のひらを軽くヒラヒラさせると、僕たちは集会所から立ち去った。

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