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柔らかい陽の光が僕の意識を引き戻す。癖で右手だけが目覚まし時計を探すが、そんなものはここには無い。何故ならここは異世界と呼ばれる場所だからだ。
異世界についての説明は要らないだろう。貴族が住まう王城を囲むようにしてレンガ造りの街並みが広がり、生活に現代技術は見られない。一歩でも生活圏外から出てしまえば、そこは魑魅魍魎の類が暴れており、またそこは同時に国同士の戦地であることが多い。重火器、戦車、航空機を駆使した戦争ではなく剣と魔法が主役の戦争。これも異世界にありがちな設定はずだ。
学生の僕がここに、つまり異世界に転生した経緯は省く。簡潔に言えば、社会が嫌になった僕は次第に異世界で活躍することを夢見るようになり、そうしたらいつの間にかここに居たのだ。僕はここに辿りついた。始めこそはテンションも上がっていたけれど、どうやらそう上手くはいかないらしい。
「ようやく起きたか。朝食は出来ているから早く食べてくれ」
「おはようございます。ユーリアさん」
僕が部屋の戸口に立っている女性にそう挨拶すると彼女も同じように返す。この長く美しい黒髪を持つ女性はユーリア・アッシュだ。異世界に迷い込んだ現代人を導く案内人兼魔女を自称しており、僕に対して最低限の世話をしてくれている。案内人を自称しているだけあって、僕がいた元の世界についても多少の知識を持っているが理由は不明だ。聞いても教えてくれないのだから仕方がない。一方で魔女というのは事実だ。ユーリアさんは疑う僕の目の前で魔術を披露してみせたのだ。内容は二つの物体を瞬時に移動させるといったシンプルなモノだったが、本気を出す場であれば、様々なことが出来るらしい。
眠気覚ましに昨日までの情報を整理しながら朝食の席に着く。ユーリアさんは僕の対面へと座り、退屈そうに僕が食事をする様を眺めている。ユーリアさんが出してくれる食事自体は質素だ。白いもっちりとしたパンとミルク。昨夜の夕飯にはソーセージ系の肉料理も出ていたが、それが何の肉なのかは分からなかった。
「それでユウ。初日にも話したと思うが、君は無条件でこの世界に住まうことは出来ない」
ユウというのは僕の下の名だ。
「えーと、市民権とやらが必要なんですよね?」
「そうだ。この国では長期滞在が難しくてな。市民権が無い人間は不穏分子と見做され、ひと月もすれば追い出されてしまう。だが、市民権さえ手に入れることが出来ればその心配もなくなる」
僕が異世界に辿りついてからの問題というのはこのことだ。僕はいま旅行者と同じ扱いらしい。けれど、時期が過ぎると不法滞在者になってしまい、僕はこの街にいられなくなってしまうのだ。
「市民権の獲得にはどうすればいいんですか……?」
「簡単だ。君がこの国にとって有用な人間であることを証明すればいい」
「証明かぁ。まだ僕にどんな特別な力があるかも分からないのに、そんなこと出来るかなぁ」
僕がそう漏らすと、ユーリアさんは顔を顰める。何かを言いたげであったが、言葉には出さなかった。
「まぁ、そうだな。一番手ごろなのはバウンティハンターだな。最近は軍で処理しきれない程の依頼が集まっているらしくてな。コツコツとやっていけば、市民権を付与してもらえるかもしれん」
「じゃあとりあえず、そのバウンティハンターをやってみます」
「よし、そうと決まればさっさと登録だけでも済ましてしまおう。ほら、早く食ってくれ」
ユーリアさんは僕を急かすと外へと出て行ってしまう。恐らくは面倒事は手短に片づけたいタイプなのだろう。異世界でも人の性格自体は変わらないらしい。
僕はパンをミルクで流し込んだせいか少しだけむせてしまった。
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