第12話 働け!魔法少女

「…これでやっと…

普通の女の子に戻れるんだ…。」


先程まで降り注いでいた強い雨は、魔法少女の呼吸が整うと共に弱まってきていた。


周囲に倒れている兵士達は、

もはや動く気配すらない。


遠くで聞こえていたあの子供の泣き声も、いつの間にか消えていた。


魔法少女は一つ深く呼吸をすると、まるで意を決したかのように黒い箱を抱えてその場で立ち上がった。



「…ねぇ…。」



その瞬間、突然背後から何者かにそう声を掛けられた。


その声は自分よりも明らかに幼い声のはずなのに、この雨よりも遥かに冷たく、そして全くといっていい程人間味のない無機質な声だった。



「…ねぇ…」



背後にいる人物は再び魔法少女に声を掛ける。


少女は決して振り向くような事などはしなかったが、黒い箱を抱えている両腕の力が無意識に強くなった。



「…ねぇ…」



その瞬間、

魔法少女の背後に

びったりとその者が張り付いた。


顔こそは見えないが、背後から自分の腕へとまわされたその者の手は、予想以上に小さく、そして青白いものだった。



「…ねぇ…」


体が密着された事により、先程から繰り返されているその言葉がまるで自分の体の中から出てきた言葉かのように近く聴こえ、自分の胸を不快にざわつかせる。


魔法少女がその者を

無理矢理ふりほどこうとした瞬間…


耳元で深く重たい言葉が響いた。



「…ねぇ…


その箱、開けちゃダメ?」


その言葉に思わず振り向いてしまった魔法少女の瞳には、邪悪な笑顔を浮かべた一人の少女の姿が映っていたのだった。



◇◇◇



「…出来ればマルルちゃんにも、もう少し働いてもらいたいと思うんだけど…」


おばあちゃんと一緒に例の森から黒い箱と気絶したままのパンドラを抱えて自宅まで戻ってきた頃、バニラがぼそりとそう呟いた。


『…確かに。せっかく別の魔法少女と出逢って、これからは協力して戦っていけると思っていたのに、これじゃあ前と何も変わらないからね。』



…グサッ!



小さな羽を羽ばたかせながらそうバニラに話かけるアイスの言葉に、マルルとおばあちゃんの胸はまるで何か鋭いもので突かれたかのように痛んだ。


「…変わらないどころか、むしろマイナスよね。今まではアイスの事だけ気をつけていれば良かったものが、今では守る対象が三人に増えてしまったんだもの。」


そう言ってマルルに出された紅茶に口をつけながら、ため息まじりに冷たくいい放つバニラ。



…グサグサッ!!



そんなバニラの言葉に、お盆を抱えたまま申し訳なさそうに立ち尽くしていたマルルの存在がさらに小さくなった。



『マルルが今使える魔法って、どんなのがあるんだい?』


バニラが放つその険悪な雰囲気を打開しようと、アイスがマルルに尋ねた。



「…フワリと…」



…ふむふむ。

バニラとアイスが頷いている。



「…ポワロンと…」



…ふむふむ。

バニラは頷きながら、

再びティーカップを口元へと運んだ。



「…あとなんかパインが出るヤツ…」



「…それだけ…?」


バニラがギロリとマルルを睨んだ。


「…あ!あとはマルルは家事が得意なんじゃ!その紅茶とかの~!美味しいじゃろ~?ワシはマルルのいれてくれる紅茶が大好きなんじゃ~!」


「…え…えへへっ…ありがとうっ!マルルもおばあちゃんの事、大~好きっ!」


無理にでもその場を取り繕おうとするかのように、おばあちゃんはそう言ってワザとらしくマルルの頭をなで、マルル自身もその場の雰囲気を少しでも明るくしようと、とびきりの笑顔で答えた。


…もちろんこんなモノ、

バニラにとってはただの茶番でしかない。


「…そんなに紅茶を入れるのが得意っていうなら、いっその事その紅茶に毒を混ぜて、デス・ピザエール達に飲ませてまわる方がよっぽど殺傷能力が高いわよ。」



…そんな殺人事件みたいなコト、


私にはできませ―――――――んッッ!!



本当にやってしまえば、すぐさまニュースや新聞で取り上げられてしまいそうな程におっそろしい事を平然と言ってのけるバニラの言葉に、首をぶんぶんと振りながら否定しまくるマルルとおばあちゃん。


そんな二人の様子を見て、バニラは一つため息を漏らすと、静かに言葉を続けた。


「…私は、一ヶ月前に突然みんなに『お前が魔法少女だ!この街を一人で守り抜いていけっ!』って言われて、それからはずっと一人で戦ってきたわ。沢山傷ついた事もあったし、怖い思いもいっぱいした。だけど、全然とどまる事を知らないデス・ピザエール達の姿を見て、『これは大元おおもとを叩いてしまわない限りキリがない』って思ったの。…だから、自分と同じ魔法少女を探す旅に出たのに…これじゃあ、ラスタ・クリームの街だけを守っていた時の方が、よっぽどマシよ!!」


そう言ってテーブルに突っ伏せるバニラ。


本人の悲痛な叫びだったのだろう。

最後の方はすっかり涙声となってしまっていた。


「…バニラちゃん…。」


そんなバニラの様子にいたたまれなくなったマルルが、思わず声をかけようとしたその時、その様子を見ていたアイスがあっさりとした声で答えた。


『…今回バニラに負担がかかってしまったのは、その子の魔法の能力が低いからではなくて、そもそもその子の変身が間に合わなかったからじゃあないのかい?』



……………………………。



「それだっ!!」


しばしの沈黙を破り、バニラを含めた三人の声が見事にハモった。




~次回、魔法少女 まじかる・ぱいんっ!


『早く着替えろ!魔法少女!』


でお会いいたしましょう!


魔法のリズムで、

まじかる、まじかるンっ!

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