第13話 大事なことなら三回言ったっていい

 滅殺魔法ワンダフルわんちゃん。

 世界を滅ぼせる程度に強烈な魔法は、しかし二足歩行のパンダを滅ぼすこと能わなかった。

 ワンダフルわんちゃんが不発だったことに海老原さんは大きく目を見開いた。人形のように端正な美貌に驚きの色がまじる。私も信じられなかった。よもや目の前のパンダには鈴木信子のような不滅能力があるのだろうか。


 血まみれのパンダはニヤリと獰猛な笑みを作る。


「ワンダフルわんちゃんは確かに強力な魔法だが弱点がないわけじゃあない。たとえば滅対象を誤認識している場合とかな。最初からないものは滅ぼすこともできないってわけだ」


 その台詞を聞いた海老原さんは大きな溜息をつき、まるでもう戦いは終わったかのようにふっと肩の力をぬいた。


「で、言いたいことはそれだけ? せっかく会いにきたというのにずいぶんと盛大なお出迎えね。何事かと思ったわ」

「別に愉快なおふざけでお出迎えってわけじゃあない。何事があったのさ」


 パンダはそう答えると風船にようにパンっと弾けて消えてしまった。それと同時に市松人形美少女が、ゆっくりと体を起こして座る。彼女の脳髄内臓こんにちはは治っていたが、それでも全身血まみれ傷だらけのズタボロだった。薄桃色の着物は鮮血で所々赤く染まっており、もう普通にこのまま大量出血か何かで死にそうですらある。


「運が良かった。たまたま二人揃ってなけりゃあくたばってたのはこっちだった」

「ベルリンパラソルはどこにいるの」

「ここにいますよ」


 襟元に花柄の刺繡レースをあしらった藍色のロングワンピースを着て、足元は涼やかなサンダルをはいている。そして右手にはやはりレースをふんだんにあしらった白い日傘。いかにもな深窓の令嬢がエントランスの奥から現れた。ただし彼女も市松人形美少女と同様に重傷で、左顔にある壮絶な裂傷とぐじゃぐしゃになった肘から先を失った左腕からはとめどなく血が流れていた。


「ごきげんよう、斑さん。そしてごきげんよう。初めましての可愛い子」

「ご、ごきげんよう」


 重傷にあってなお美しく挨拶する深窓の令嬢につられ、思わず私は挨拶を返してしまった。話の流れからして、この深窓の令嬢がベルリンパラソルで、市松人形の方が劈姫つんざきひめなのだろう。


「つい先程ですね、パンダさんがやってきまして本当に大変だったのですよ。危うく死ぬかと思いました」

「というか現在進行形で瀕死だけどな。ちなみにそのクソパンダはパンダマン三世とか名乗ってたぜ。ありゃ魔法少女だな」

「きっとカーブル派ですわね。そうそう、先日美味しい紅茶を頂きましたのでお淹れしますね。応接間でお話しましょう。お茶菓子は何がいいかしら」


「とりあえず色々話したいことはあるのだけれど」


 海老原さんはもう一度溜息をついた。


「お茶なら私が用意するから貴女達は早く治療なさい」

「あ、手伝います」


 私は海老原さんに追随した。ここで置いていかれるのは勘弁してほしかった。





 私と海老原さんで紅茶とお茶菓子を用意し、四人が応接間に集う。みみみ派の二人は相変わらず凄惨な格好をしているが、止血と最低限の治療はしたらしい。劈姫はソファに深く身を預けている。その左隣に座るベルリンパラソルは微かに笑みを浮かべていたが顔色が悪く、今にも力尽きてしまいそうだ。


 二人の対面に座る海老原さんは紅茶に口をつけた後、会話の端緒を開く。


「さて、何があったのか説明してもらおうかしら。さっきの話からするとカーブル派の魔法少女が攻めこんできたってこと?」

「まあとりあえずそう自分で言ってたな」

「にわかには信じがたいわね……」

「敵の言ったことだからですか?」


 私の問いに、劈姫は首を横に降った。


「それもあるがカーブル派がマジで来るのかってとこだな」

「カーブル派は魔邪神サテュノリゼに協力してるんですよね。なら普通にありそうですけど」

「確かにカーブル派は各派閥と敵対的姿勢をとっているけれど、実際にあっちから何か仕掛けてきたことは今までなかったのよ。魔邪神サテュノリゼとの協調姿勢も表明するだけで具体的なアクションはなかったし」

「やってんのはせいぜい第三世界の破壊ノウハウの共有くらいだろうな。ビビりカーブル派の目的は第三世界の撲滅だから。あいつらの破壊は手段」

「たとえば貴女が間違って転移した鎧武者の世界はカーブル派の破壊ノウハウが使われてたわね。あんなに鎧武者ばかりいるのは普通に考えておかしいでしょう? ああいうふうに自己に都合のいいように世界に改変するための破壊を行うのがカーブル派なのよ」

「はあ、なるほど」


 劈姫と海老原さんの説明にとりあえず頷く。よくわからないがやはりカーブル派とはお近づきになりたくない。というか魔法少女にろくな性格の持ち主がいない。海老原さんと初めて会った頃はとんでもない人だと思っていたけれど、ここ最近もしかして意外とまともな方なんじゃないかって疑惑が急浮上だ。

 私は現実逃避のためにお茶菓子のフィナンシェを食べた。あ、すごいおいしーい。


「ひとまずそれは置いておきましょう。それで劈姫が作った幻覚のパンダが襲ってきた魔法少女なのね」

「ええ、あのパンダさんは本当に強くて。ファナさんと互角でも不思議ではありませんわ」

「ファナさんと互角?」


 ベルリンパラソルの推測に耳を疑う。あの撲殺クリエイターであるファナさんが苦戦する姿など想像もつかない。あの人はあれでも最優秀魔法少女賞を取っているハイレベルな魔法少女なのだ。

 私は疑問を消化するためにも二個目のフィナンシェに手をつけた。


「俺は驚かねーな。クソパンダの大熊猫拳法ってが性格悪い。殴った相手の魔法力パワーを削ぐんだよ。攻撃を受ける前提のベルと特に相性が悪かったってのもあるが単純に強かった」

「今日ここにいるのは私だけの筈でした。あのパンダさんは私用の刺客だったのでしょう。たまたまツンちゃんがデートの相談に来てくれていなかったら命を落としていたところでした」

「ちょ、バカ、余計なこと言うな!」

「あら、失礼いたしました」


 顔を真っ赤にして慌てふためく劈姫に、ベルリンパラソルが楚々として謝る。え、というか劈姫がデートとかするんですか? 市松人形なのに一人称俺でいかにも勝気な劈姫が?


「まあ貴女達の恋愛事情はさておいて」


 海老原さんによって聞き捨てならない衝撃の事実がさておかれた。恋バナをしない魔法少女に価値はあるだろうか(反語)。


「他にそのパンダに関する情報はないの?」

「さっきも言ったがデスパンダマン三世って名乗ってたがそれ以上はな。まあ死体なら奥にあるが。【小指ザ・ラスト】は何か知らないのか?」

「……ちょっと記憶にないわね。戻ったら私も探ってみるわ。それで今回会ってくれたのは、魔邪神サテュノリゼ討伐に協力してくれるということでいいのかしら」

「少なくとも俺らはそのつもりだったんだがこのざまだよ……。いつ戦線に戻れるかわからねえし戻ったとしてもまずはクソパンダをけしかけたクソボケにお礼参りしなきゃならねえからな」

「そうね、この状況だとみみみ派には魔邪神サテュノリゼの周辺いる魔法少女を叩いてもらう方がお互いのためになるかもしれないわね」

「だな。あ、そうだ。でも一人だけ魔邪神サテュノリゼと戦いたいってやつがいてな。今度そいつは連れてくわ」

「さっちゃんはまだ魔法少女になったばかりでして、ひとりでは上手く転移ができないのです」

「童謡か」


 思わずツッコミを入れてしまう。しかし新米ってことは私と一緒だ。もしかしたらエターナルフレンド級に仲良くなれるかもしれない。私は期待を胸に三個目のフィナンシェをほおばった。


「んー、そんな子が来ても役に立つの?」

「さっちゃんは魔法少女になる前から異世界転移してしまうような子なのでポテンシャルは期待できますわ。みみみ派にいるのも意図せず異世界転移して困っていたところを偶然ツンちゃんが助けたことが理由ですから」

「ひとりで異世界転移できないのも魔法が強力すぎて上手く制御できないのが理由だしな。それに元いた世界を探したいって言ってるから、できるだけ世界を巡らせてやりてーし」

「ツンちゃん優しい」

「バカ、やめろ、人前でそういうことすんな」


 劈姫は真っ赤になって抱きつくベルリンパラソルを引き剝がす。その言い方、人前じゃなければ抱きつくのはありなのだろうか。人前じゃなければ抱きつくのはありなのだろうか。人前じゃなければ抱きつくのはありなのだろうか!


「まあそういうことなら。でも使えないならお払い箱よ」

「そりゃそうだろ。まあ良さそうなら適当に育ててやってくれ。見込みあるんだ」

「勝手な言い草ね」

「勝手な言い草さ。己の美学を押し通してこそのみみみ派だぜ」


 劈姫はシニカルに肩をすくめてみせた。そのしぐさからは魔法少女としての貫禄すら感じる。しかしベルリンパラソルが楽しそうにその頬をつついていたので台無しだった。

 私は四個目のフィナンシェを食べることにした。


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不本意に孕んだ現実感を堕胎する ささやか @sasayaka

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