第12話 ご注文はパンダですか?

 海老原さんはだいたい甘ロリ系なのだが、今日はゴスロリ系を着ていた。そういう気分なのだろうか。いつものファミリーレストランで桃色自殺ティーを飲む海老原さんはどことなく不機嫌そうだった。


「どうでもいいニュースと悪くないニュースがあるの。どちらから聞きたい?」

「え、じゃあどうでもいいニュースで」

「今日の星占いで蟹座が最下位だったわ」

「ほんとどうでもいい!」


 というか海老原さんが蟹座どうかすらも知らないんだが!

 心を落ち着かせるために私も桃色自殺ティーを飲む。うん、さわやかで甘ったるい自殺の味だ。


「して、悪くないニュースとは」

「貴女がみみみ派の魔法少女と顔を合わせることになったわ」


 みみみ派。どこかで聞いた覚えはある。そうだ、魔法少女マッスル・ハッスルが言っていたのだ。


「あれだ、みみみ派ってなんか協力してくれない人達なんですよね?」

「んー、そういうわけでもないのよ。みみみ派は『美しくなければ死ねばいい』という極端な唯美主義を信条として掲げているから、美的感覚が合うときは惜しみなく尽力してくれるわ。たとえばファナが自殺志願者デッドラインにいたときのパートナーもみみみ派の魔法少女ベルリンパラソルだったわ。ベルリンパラソルなくしてファナがあれを乗り越えることはまずできなかったでしょう」

「普通にやばそうなんですが」


 あの人と仲良くパートナー組める時点で危険ドラッグばりに危険度が高い。しかしこの論理だと海老原さんやマッスル・ハッスルまで危険度が高いことになってしまう……何も間違っていない。危険ドラッグばりに危険度が高い。


「それでどうしてみみみ派の人が来ることに?」

「さあ? 星座占いで海亀座が最下位だったんじゃない?」

「さっき蟹座最下位だったろ。あと海亀座などない」


 私のツッコミがカムチャッカ半島だった。だが海老原さんは私のツッコミを意に介さず肩をすくめる。


「まあ要するにそれくらい私達にとって些細なことが重要だったりするのよ、みみみ派には。代わりに世界がどうなろうと知ったこっちゃないとか言うけど」

「マジですか」

「マジマジアルマジローよ」


 とんでもないことになった。これからの魔法少女ライフはどうなってしまうのだろうか。私は気分を落ち着かせるため冷水の入ったコップを持って立ち上がり、隣のブースにいる禿オヤジに向かって投げつけた。禿オヤジは死んだ。気分が落ち着いた。ストレス解消にはオヤジ殺しに限る。

 私は着席して海老原さんに尋ねる。


「わかりました、それでそのみみみ派の魔法少女はいつ来るんですか?」

「いや、待ちなさい」

「しばらく来ないってことですか?」


 海老原さんの強い制止に首を傾げる。その人形めいた美貌が渋面を作り、鋭い視線が私を射抜く。


「ねえ、どうして今そこの禿オヤジを殺したの?」

「いや、気分を落ち着かせるためですよ。そのみみみ派の魔法少女がやばい人ならどうしようって思うじゃないですか。やっぱそういうときはオヤジ殺しかなって」

「気分を落ち着かせるためにオヤジを殺すの?」

「そうですよ」

「何かおかしいと思わない?」

「何がですか? まあコップ一撃で死ぬとかクソ雑魚弱太郎って感じはしますけど」

「そう、そうね、よくわかったわ」


 いったい海老原さんは何を気にしているのだろう。私は禿オヤジの死体に視線をやる。禿オヤジの禿頭からは真っ赤な血液がだくだくと流れ、テーブルを赤に染めていた。それに気づいたウルトラボインな店員がテーブルを拭くついでに禿オヤジのポケットから財布を抜き取る。財布の中身を確認したウルトラボインな店員はにっこりと笑みを浮かべた。

 そもそも禿オヤジとは女子高生のストレス解消のために生き長らえてきた哀れな生命体だ。だから私達が禿オヤジを殺すことは生命の理に適った称賛されて然るべき行為なのだ。やっぱり私は間違っていない。そう説明しようとしたところで、海老原さんは「魔法力パワー!」と呪文を唱えて私の額にデコピンをした。頭がスッキリしたような気がした。


「深呼吸をしなさい、ラマーズ法で」


 海老原さんに従い、ひっひっふーと深呼吸してみた。特に何も産まれなかった。

 しかし私は己の過ちに気づいた。禿オヤジを殺したところで何もストレス解消にならない。禿げた死体が増えるだけだ。意味がない。


「どうやら気づいたようね」

「はい……。これも魔邪神サテュノリゼの影響ですか?」

「そうよ、たとえ魔法少女であろうと魔法力パワーを巡らせていないと影響を受けかねない」

「どうすれば防げますか?」

「自分の正しさを疑いなさい。自分の感情を認めなさい。自分の価値を信じなさい。貴女が貴女である根幹を掴んで放さないことが肝要よ。いつか貴女が貴女であることが試されるときが来る。それを忘れないで」

「はい、わかりました」


 海老原さんは微かな笑みを浮かべ、桃色自殺ティーを優雅に飲み干した。





 みみみ派の魔法少女との待ち合わせは第7853Q世界だった。あのデブの多い第638C世界と同様、文明レベルは私の世界と似ている。ただ、人も建物もショッキングピンクを基調しており非常に目が疲れる。文字もミミズがのたくったような形なので魔法力パワーで読めるとしても目が疲れる。視力が低下しそうな世界だ。

 海老原さんが迷いなく商店街を進むので、とりあえずそれについていく。またレストランにでも行くのだろうか。


 それにしても海老原さんはちゃっかり周りに合わせて全身をショッキングピンクに変色させているので、違う色を持つ私だけが悪目立ちする。そのせいで周りの視線が凄い。海老原さんに三度と懇願して私もショッキングピンクに変色してもらってようやく周りに溶けこむことができた。ショッキングピンクな世界観も気にならなくなる。


「全く、早く自分で変色できるようになりなさい」

「できないですよ、いったいどうやってやるんですか」

「変身の要領でやればいいのよ」

「まず変身ができないんですけど……」

「修行が足りないわね。またマッスル・ハッスルに頼もうかしら」


 恐るべき台詞を聞いてしまった。一刻も早く変身を会得せねば。私は断固たる決意をした。


「ところで、なんでこの世界で待ち合わせなんですか?」

「ここはみみみ派が掌握する世界の一つなのよ。貴女にもそういう世界を見せるのも悪くないと思ってね。みみみ派が掌握している世界は尖ったところが多いわ。ここはかなり穏当な方ね」

「これで穏当」


 私は思わず周囲を見回した。ショッキングピンクだが確かに普通の商店街だ。ショッキングピンクの主婦がショッキングピンクや八百屋でショッキングピンクな野菜を買っている。まあ色以外は穏当かもしれない。色以外は。


「穏当よ。ちなみにみみみ派からは魔法少女ベルリンパラソルか劈姫つんざきひめが来る予定だから」

「ベルリンパラソルさんってさっき言ってた魔法少女ですよね」

「ええ、彼女は本当に優秀な魔法少女で、防御、反射、回復に優れた傘魔法の使い手よ。自殺志願者デッドラインでファナが戦闘を継続できたのは、彼女のサポートがあってこそだったわ。あとはそうね、だいたい深窓の令嬢っぽい格好してる」

「劈姫という方は?」

「あまり交流はないのだけれど、確か典型的なみみみ派とも言うべき性格だったはずよ」


 この微妙なニュアンス、もしかして危険ドラッグばりに危険度が高いベルリンパラソルさんの方がまだ安全なのではないか。そんな恐るべき予想が脳裏に閃いた。ドンピシャならやべー矢部太郎だ。


「ここがこの世界のみみみ派の拠点よ」

 ほどなくして海老原さんがショッキングピンクな高層ビルを指さす。大企業とかが入ってるやつだ。

「え、やばくないですか」

「大丈夫よ、こんなもんだから」


 余計やばいだろ。海老原さんはそのまま高層ビルにすたすたと歩を進める。ゴスロリを着た美少女が高層ビルに入るさまはどうにもミスマッチで面白いがそんなこと考えている場合ではない。どうか穏当に終わりますようにと祈りながら中に入ると傘。

 広々としたエントランスには日傘、雨傘、和傘、ビーチパラソル、ガーデンパラソル、ありとあらゆる種類の傘が散らばっていた。そしてそれら全てが見るも無残に破壊されていた。


「は……?」


 啞然とする海老原さんが不明瞭な単音を漏らす。私だってそうだ。意味がわからない。なんでエントランスに傘が散らばっている上、例外なく壊れているんだ。


「あ、来ちゃったかー」


 エントランスの奥から声が聞こえ、血まみれのパンダが二足歩行でやってきた。右手でずるずると何か引きずっている。その引きずられた跡が鮮血だと気がついたとき、パンダは既に引きずっていたものを私達の前へ投げ出していた。それは市松人形のような可愛い少女だった。だった。脳髄と内臓が盛大にこんにちはしてしまった彼女にまだ息があるとは思えなかった。


「なるほどね。貴方、とりあえず死になさい」


 海老原さんは無表情に頷き、パンダに向かってワンダフルわんちゃんを放った。

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