第11話 今から君達には殺し合いをしてもらいます

 図らずも世界を三つも滅亡させてしまったことに罪悪感を覚えていたのだが、一晩ぐっすり寝たら気分爽快元気満タンになったので、若いっていいなと思いました(達観した客観的視点)。

 思い返せばひどい目にあったものだ。世界が三つ滅びたのは私のせいではなくあの三人の所業だし、だいたいどういう関係で仲が良いのかわからない。やめてほしい。ノーモア疎外感だ。三人は報告と称してあの後どこかに行ってしまった。これで打ち上げだったらマジ恨む。


 とりあえず朝食のためリビングに行くと、全裸の妹が鼻からスパゲッティを食べていた。ブヒブヒと鼻を鳴らしながらスパゲッティを啜るさまは実に肉豚っぽい。スパゲッティを食べる際に音を立てるとかまだまだマナーがなってない。


「私の分もある?」

「ぶひひー」

「そう、ありがと」


 ちゃんと私の分もあった。朝食にしては少し重たい気がするが、まあ若いから大丈夫でしょう(達観した客観的視点)。そうしてスパゲッティを食べようとしたところで、私ははたと気づいた。


 


 妹を見る。妹は鼻からスパゲッティを啜っていた。目の端に涙を浮かべているのは、きっと上手に啜れなくて涙腺が刺激されているからだろう。下手だなと私は思った。私ならもっと上手くやれるのに。


 私は、いつもどおり――いつもどおり――いつもどおり――スパゲッティに顔を近づけていき、そこでピロンと着信音が鳴った。舞美からだ。おはよーというスタンプ。それだけの他愛のないメッセージだった。


 私はおはようと返信してから、フォークを手に取る。スパゲッティにはフォークを使う。


 フォークでくるくるとパスタを巻き取り、音を立てずに口に運ぶ。まあ美味しい。そして妹に尋ねる。


「ねえ、なんで鼻からスパゲッティ食べてるの?」

「部活の練習」

「へえ。頑張って」


 私は妹の部活がなんであったか思い出そうとしたが、結局思い出すことができなかった。





 教室で会った舞美は相変わらず左腕を三角巾で吊るしている上、可愛らしい顔の右半分が火傷でぐじゅぐじゅになっていた。生々しく爛れ血肉が剝き出しになっている。右目は白く濁っていてきっともう二度と光を映すことはないだろう。


「どしたの顔」

「彼ピにアイロンでじゅって」

「わーお。愛だね」

「愛なの」


 舞美は本当に恥ずかしそうに微笑む。壊れた顔面で作る微笑はどこかグロテスクに見えた。

 恋をして付き合うということは、それが金銭にせよ時間にせよ相手のために何かを費やすということだ。そもそも恋愛には妊娠や出産という肉体提供のプロセスともなり得るのだから、それが自身の肉体であっても特筆すべきことではない。

 舞美の彼ピは彼女の身体を激しく求めるのだろう。求められるということは言祝ぐべきことだった。きっと。


 左藤さんは教室にいない。戸籍謄本を探しに旅立ったまま戻ってこないのだ。彼女はお嬢様だから道に迷ってしまったのかもしれない。あるいは戸籍謄本の取り方がわからないのかもしれない。心配だ。


 ほどなくして教室にやってきた釜底先生が教壇で「今から君達には殺し合いをしてもらいます」と言った。


 殺し合い。


 意味がわからず内心で首を傾げていると、屋根裏さんが美しい挙手をした後、「先生、一時間目は羽ばたきじゃないんですか」と私の、というかクラスの疑問をぶつけてくれた。

「家鴨川先生は、昨晩フライドチキンになったので今日はお休みをとっています。なので殺し合いに変更です」

「わかりました」


 屋根裏さんが頷く。頷く? それはつまり理解と納得が得られたという肯定的評価なのだろうか。私にはわからなかった。


 教室は手狭ということで体育館にクラスで移動する。

 釜底先生は体育座りする生徒の前に立ち、殺し合いに関する説明を始めた。


「さて、とは言ってもこのクラスで殺し合いをするのは初めてでしたね。ご存知のとおり、殺し合いには無差別と決闘の二つの方法があります。今回は決闘をやってみましょう」


 いや、ご存知じゃねえよ。私のツッコミがカムチャッカ半島だった。

 しかし私の困惑を他所に釜底先生の説明は続く。


「まずは決闘の作法を実演しましょう。誰か相手役になってくれる人はいませんか?」

「はい、私やります!」


 屋根裏さんが美しく挙手をする。

 釜底先生と屋根裏さんが適度な距離感で向き合う。


「決闘をする前にまず挨拶をします。挨拶は礼儀です。どの道生きた相手には二度と会えなくなるわけですからね。挨拶の基本は二拍三礼です。オリジナリティを出すためにそこにピースサインやお尻ぺんぺんを加えてアレンジをする決闘者もいますがまずは基本をおさえましょう」


 そうして釜底先生と屋根裏さんが二拍三礼の挨拶をする。


「挨拶を終え、合図と共に決闘を開始です。合図には、もーいーかいもーいーよー方式、コイントス、タイマーなどがありますが、ここは誰かに合図をしてもらいましょう。では左藤さんお願いできますか」

「左藤さんはいません」と玉磨たまみがき君が言うと、「じゃあ玉磨君お願いします」と玉磨君が合図を出すことになった。

「では僭越ながら私めが。……おっぺけぺー!」


 玉磨君が裂帛の気合で出す。


「はい、ありがとうございます。これで決闘が始まるわけです。決闘にはルールを設ける場合がありますが、基本的にはルール無用のデスマッチとなります」


 流れるように説明する釜底先生はどこからともなく拳銃を取り出しそのまま発砲。銃弾はあやまたず屋根裏さんの脳天に命中し、彼女は爆散して百四十四個のプチトマトになった。


「そしてどちらかが相手を殺したところで終了。以上が決闘の流れです。ここまでで何かわからないことはありますか?」

「決闘は常に一対一なのですか?」

「チーム戦のようなルールを設けることもありますが、基本は一対一です」


 玉磨君の他にも何名かが質問をする。意識高い。


「じゃあ試しに隣の人と決闘をしてみましょう。合図はみんなが挨拶を終えたところで私が出します。武器が欲しい人は体育館倉庫にあるので好きなものを使っていいです」


 釜底先生の言葉に従い、ばらばらと動き出す。私の隣はたまたま玉磨君だった。モーニングスターを携えている。


「よろしく」

「うん」


 玉磨君に合わせ二拍三礼をしたところで、「おっぺけぺー!」と合図が出される。


 玉磨君がモーニングスターを振りかぶる。あのとげとげしい鈍器が直撃したらわりと死にそうだ。玉磨君の動きに合わせ、私は護身用のチェーンソーでモーニングスターの中ほどを切断する。どちゃクソ五月蝿い駆動音が保証するどちゃクソな切れ味。玉磨君の目が見開かれる。甘い。砂糖の蜂蜜がけくらいの甘さだ。遠心力でクルリと一回転した私は二撃目を玉磨君の胴体にぶちこむ。回転する刃と血肉のハーモニー。すなわち血煙。


 こんくらいで切断余裕だろと思っていたが、玉磨君がとっさに後ろに身を退いたので切断まではいかなかった。でも致命傷だ。

 倒れて血だまりを作る玉磨君の目には涙が浮かんでいた。

 私はチェーンソーをゆっくりと振りかぶりトドメをさしてあげることにする。そんな私を見て、玉磨君が最期の言葉を吐く。


「冥途の土産がパンチラかよ」

「超絶感謝しろし」


 今日は黒の紐パンだぜ。


 こうして今日の殺し合いでクラスメイトが半分に減った。だけど舞美は生き残ったので別に構わなかった。


 そうして放課後は二人で仲良く組合で売春して、稼いだお金で蟋蟀こおろぎパフェを食べた。プリっと新鮮で美味しかった。

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