第10話 バイバイ・ワールド

 第百二十四回最優秀魔法少女賞受賞。

 撲殺系魔法少女ファナ・スティミュラント。

 そんな栄えある魔法少女が、今、私の前に立っていた。


「あの、どうしてここに」

「おっと、お喋りはこのでかぶつを始末した後にしよう。このファナさんに任せなさい!」

「あ、ハイ」


 ファナさんはきらりんとウインクをしてから、瞬く間に鎧武者の懐に入る。速い。目で追うのがやっとだ。それは鎧武者も同じだったらしい。鎧武者がまともに動く前に、ファナさんが金属バットを振りかぶっていた。


清掃的撲殺クリーンヒット!」


 至近距離で金属バットを振れば体格差でファナさんの分が悪いことは言うまでもない。言うまでもないから、そんなこと言わなくてよかった。現実ではファナさんの金属バットが鎧武者を白球の如く吹き飛ばしていたからだ。

 しかし鎧武者も然る者。吹き飛ばされつつも、追撃にかかるファナさんに対して白刃をきらめかせ一閃。それをスライディングでかわしたファナさんがかちあげるように金属バットを振るい、鎧武者が体勢を整える隙を与えない。


進撃的殴打セカンドゴロ!」


 その一撃で鎧武者が宙に浮く。ファナさんは再び金属バットを構え右足を上げたかと思うと、鎧武者が落下するタイミングに合わせてフルスイングをする。


生贄的撲殺犠牲フライ!」


 鈍い打音。鎧武者は宙高く飛び、そして重力に抗いきれず落下する。頭蓋がぐしゃぐしゃになった鎧武者が起き上がることはなかった。


「いい準備運動だった」


 ファナちゃんは途轍もなく物騒な発言をしながら快活に笑う。私が手も足も出なかった鎧武者をさくっと撲殺しといて準備運動? なら本番ではどんな虐殺劇が始まるんだ……。そこで私は考えるのをやめた。


「さて、魔法少女ファナ・スティミュラントの質問回答コーナーのはじまりはじまりー」


 質問者に有形力を行使することによる物理的解決が図られそうであった。しかしここで問わねば乙女が廃る。私は断崖絶壁から紐なしバンジージャンプをする決心で、先の疑問を尋ねた。


「あの、どうしてここに」

「マッスルたんから後輩が行方不明になったってヘルプがきてね。後輩、君は世界と世界とを隔てる世界膜に切り裂いちまっててね、そこから辿れそうな世界を探して、幸いにも一発でアタリを引き当てたってわけさ」


 よくわからないが思った以上にまずいことをしてしまっていたらしい。私は無事に助かったことを神に感謝した。そして即座にあんなやつに感謝する必要なぞ微塵もないことに気づき、マッスル・ハッスルとファナさんに感謝した。適切な感謝が適切な人生を作るのである。


「いやあ、それにしても後輩はひきが強いね。ここ、魔邪神サテュノリゼのテリトリだよ。たぶん」

「ふぁっつ!?」


 衝撃の新事実を訊いてもいないのに明かされた。


「さっきの犬耳鎧、魔法力パワーに対する抵抗力がやたら高かったから、きっと対魔法少女用の尖兵としてここで量産されているんだろうね」

「それやばくないですか。具体的に言うと夏休みの宿題を一切やらないで迎えた八月三十一日くらい」

「だいじょうブイッ」


 ファナさんはきらりん☆レボリューションとVサインで笑った。


「だってもういるってわかったんだもの。あとは全部殺せばいいじゃないか。ちょっと大変だけど単純だよー」


 爽やかな笑顔でおっそろしいことを口になさる。


「で、でも一人じゃリアルなとこ無理ゲーじゃないですか。いや、私も手伝いますけどそれでも」

「だいじょうブイッ! さっきぶち殺したときに合図送っといたから」

「合図?」


 私が首をかしげると「ファナさんは撲殺魔法の使い手ですからね」と背後からダンディズム溢れる声がした。驚いて振り向くと女児用水着に覆われたたくましい胸板。おかしい、地獄だろうか。いや、魔法少女マッスル・ハッスルであった。


「撲殺することにより強力な魔法を行使できるのです。たとえば世界膜を越えて自分の居場所を複数の仲間に伝えたりとか」

「ピーキーすぎるだろ」


 私のツッコミがカムチャッカ半島だった。しかしファナさんは私の渾身のツッコミを無視して素振りをやりだす。おい、聞けよ。私の言ってること正論じゃん。


「さて、じゃあ始めますかー」

「斑っちは来ないのですか」

「呼んだけど会議だしすぐ来ないでしょー。先始めとこー」

「それもそうですね」


 え、本当にそんな軽いノリでやるの。私が驚いていると、マッスル・ハッスルがふっと息をふき、たくさんのシャボン玉が現れる。ふわふわと宙に浮くシャボン玉は私達にまとわると、気力が満ちすっと体が軽くなった。


「さ、お二人とも行きましょう。みなごろしの時間です」

「いえっさー。あ、後輩はとりあえず後ろついてくればいいから」


 探索してすぐ鎧武者がたむろしているのを発見したので、二人は本当に鏖殺おうさつをはじめる。ファナさんが撲殺殴殺とひたすらに金属バットを振り、マッスル・ハッスルはシャボン玉やら光線やらといかにも魔法少女っぽい魔法で鎧武者の足止めとファナさんのサポート。息の合ったコンビだ。私は邪魔にならないようにこそこそしていた。


 そうして累計四桁の超える鎧武者を殺害した頃、「お待たせ」と海老原さんが登場した。カラオケの待ち合わせに遅れたが如き気軽さだった。


「ちょ、遅ーい」

「会議なんだからそう簡単に抜けられるわけないでしょう。【示指セカンド】に怒られたわ」


 海老原さんはイエローレッドの髪をかきあげ、うんざりとした溜息をついた後、


「まあ、貴女が無事ならそれでよかったけど」


 と私に向かってなんとも予想外な優しいことを言う。


「あ、ありがとうございます」

「いいのよ、別に。で、そこら辺に転がってる甲殻類の成れの果てを滅殺すればよいのね」

「待ってください」


 まさかの待ったがマッスル・ハッスルからかかる。


「一気に滅殺するのではなく、蟻紗さんの練習に使ったらどうでしょうか」

「あ、いいねそれ。私が面倒みるよ。斑っちはその間ちまちま滅殺しといてよ」

「え」


 そんなわけで私は鎧武者相手に戦闘訓練をすることになった。鎧武者は私にとっては格上の相手なのでとてもつらい。具体的には死ぬほどつらい。なのでときおりマジで死にそうになるんだけどその度にファナさんとマッスル・ハッスルが助けてくれるのでなんとか生きている。確かに私の戦闘技術は向上するが、このハードさは強制レベルアップ拷問と言っても許されるのではなかろうか。


 私が決死の訓練をしている間に、海老原さんは淡々とワンダルフルわんちゃんで鎧武者を世界ごと滅殺していき、とうとうこの世界は跡形もなく滅殺された。どう考えてもこの人が一番危険である。これをしのぎまくってた鈴木信子もすごすぎる。なんで私が鈴木信子を殺すことができたのだろうか。今さらながら不思議になってくる。さては奇跡だったな、あれ。


 それから私の世界転移の練習も行ったのだが、間違った世界に転移せず行きたい世界に転移できるようになるまで、魔邪神サテュノリゼの支配下にあった世界が三つ滅びることになった。

 なんかもう正直ごめんと思っている。

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