第9話 鎧武者に犬耳をつけるのは間違っているだろうか

 魔法少女マッスル・ハッスルがパチコーンと指を鳴らすと、ミニスカメイドたちが消え去り、私たちは果てしなく真っ白な空間にいた。空間魔法だ。私でもわかる。

 そして先ほどまで一応まともなロマンスグレーおじさんであった魔法少女マッスル・ハッスルは、悲劇的なことにワンピース型の女児用水着を着用してらっしゃっていた。泣きたい。


 私の視線に気づいた魔法少女マッスル・ハッスルは、ダンディに微笑む。


「似合うでしょう?」

「ア、ハイ」

「さて、貴女はまだ一人で異世界転移できないと斑っちから伺ってます。今日は異世界転移の練習をしましょう」

「なるほど」


 私は頷く。思った以上にまともかつありがたい内容だった。


「ここは貴女の練習用に私がちょいぱっぱと作った世界です。普通と比べて楽に転移できるように設定してあります。さ、ここから第4649P世界に戻ってください」

「その、転移の仕方がよくわからないんですよね」

「異世界転移のやり方みたいなものは千差万別なので、自分が一番やりやすいものでいいです。ちなみに私ならこういう水着になることです」


 納得したくない納得をしてしまった。


「感覚としては、そうですね、球体を覆う膜を突き破るイメージや壁にドアを作って開けるイメージなどがいいかと思いますね。抜け出すイメージです。魔法力パワーは漫然と発散させるのではなく、そのイメージ合わせて放出するといいでしょう」


 マッドな格好とは真逆にまっとうなアドバイスに従い、抜け出すイメージを思い浮かべようとしてみる。抜け出す、脱出、ふと以前読んだ月間魔法少女のインタビューを思い出す。そういえばファナ・スティミュラントは撲殺で転移していた。撲殺。殺す。自然と使い慣れたマジカル・リリカル・チェーンソー(以下、「マリチェ」と言う。)を連想する。何を切ればいいのだろうか。膜。しかしマリチェでは上手に膜を切れない。壁。やっぱりマリチェでは上手く切れない。柵。そうだ、柵だ。柵を切り倒していくイメージだ。私は自身を閉じこめている柵を全て切り倒してみると――夕日が廃ビルを真っ青に染めていた。


 ……転移は成功だ。転移は。


 ここはどこだ。

 あたりを見回す。廃ビル群を縫う細い路地に私は立っていた。太陽が青いなんて明らかにおかしい。見知らぬ景色だ。馬鹿でもわかる。ここは第4649P世界ではない。どうやら全く知らない世界に来てしまったようだった。


「……まずいかもね?」


 思わず疑問形。


 遭難したときはむやみに移動しない方がいいと聞くが、今回みたいな場合はどうなのだろうか。ひとまず更なる転移は控えて、魔法少女マッスル・ハッスルの助けを待つことにする。


 先ほど廃ビルと称した建造物はやけにサイズが大きかった。たとえば、入口の高さはどれもこれも私の世界の二倍くらいはある。つまり、この世界の人間又はそれに類する知的生命体は、私の二倍がスタンダードということだろう。敵対したら王手飛車取りチェックメイト感が半端ない。やべー矢部太郎である。子どもだと誤解して優しくしてくれないだろうか。


 兎にも角にも私が選ぶべきは、ここを動くか動かざるべきかである。結論から言えば悩む必要なんてなかった。現地生命体が私にハローしてきたからだ。


 こいつが未知との遭遇ってやつか。思わずニヒルな笑みを浮かべる。SFアクション映画の主演女優になれそうだ。


 現地知的生命体は鎧武者だった。予想どおり私に二倍くらいのサイズ感。

 というか鎧武者だった。金属のような赤黒い光沢を持つなにがしかを纏った人型の生物(腰に刀状の凶器つき)は、鎧武者が一番適切な評価だと思う。そういえば魔法少女の七割が甲殻類だと海老原さんが言っていた。もしかしたらこの現地知的生命体も甲殻類の進化系なのかもしれない。


「あー、えー、ハロー?」


 美少女的微笑をもって平和的交渉を試みたが、結果はかんばしくなかった。鎧武者は戦闘部族よろしく刀を振り上げ襲い掛かってきた。あいや待たれよ、名乗りもせずに刀を抜くとは武士の風上にも置けぬ奴なんて言う暇すらなかった。


 とっさにマリチェを顕現させて斬撃を防ぐ。鎧武者の一撃は重たい。かろうじて受け流し、鎧武者と距離をとった。防げるのは数回が限度だろう。私は新米魔法少女であってラストサムライではない。斬り合いでは分が悪すぎる。女子高生が握るべきは刀ではなくインスタ映えする何かなのだ。


 だ、け、ど!


「負けてたまるかあああああああああああ!」


 敗北イコール死! 負けられない戦いがここにある! くらえ、海老原さん直伝(伝わってない)の滅殺魔法――


「ワンダルフルわんちゃん!」


 どどめ色の怪光線がマリチェからほとばしり、鎧武者を直撃する。何故どどめ色の怪光線になるのかはわからなかったが、まあそういうものなのだろう。


 私のワンダルフルわんちゃんは海老原さんのような絶大な破壊力こそないが、成功すれば対象を不細工なチワワに変えることができる、ある意味恐ろしい魔法だ。チワワにしてしまえば切り刻むなり食うなりこっちのものだ。


 怪光線のきらめきがおさまり、結果、鎧武者には見事な犬耳が生えた。しかしそれだけだった。不細工なチワワにはなっていない。


 ワンダルフルわんちゃん破れたり……!


 ちくせう、滅殺魔法のくせに意外と勝率が悪い気がするぞ。詐欺ではないだろうか。


 犬耳を生やした鎧武者が襲いかかってくる。心なしか、いや確実に先よりもその斬撃が鋭い。


「もしかして怒ってらっしゃる?」


 強烈な一撃をかろうじてマリチェで防ぐと激しい火花が散った。どうやら怒ってらっしゃるようだ。

 これはチャンスだ。私は現状を打破する秘策を思いついた。私の言葉に反応するということはコミュニケーションを取る余地、すなわち説得の余地があるということだ。


 説得。

 戦争反対平和万歳を是とする幼気な女子高生の生存戦略はコミュニケーションにこそある。


 私は魔法の言葉を叫んだ。


「その犬耳、インスタ映えしますよ!」


 鎧武者は強烈な斬撃をもって返答とした。防げたのは偶然と言っていい。


「インスタ映えですよ、インスタ映え! インスタ映え!」


 魔法の言葉を繰り返す。しかし効果はなかった。考えてみれば鎧武者なだけで十分インスタ映えする。インスタ映えはお腹いっぱいな可能性もある。あるいはこの世界にはインスタ映えの概念がないのかもしれない。こいつがカルチャーギャップというやつか。


 どちらにせよ鎧武者にはインスタ映えじゃあ駄目なのだ。私は刹那の間に思考を巡らせ、別のアピールポイントを叫んだ。


「犬耳だとかわいいって女の子にモテモテ☆レボリューションですよ!」


 ピクリ、と鎧武者の攻勢に澱みが生じる。


 これだ! 私はたたみかける。


「気になってる子がいるときに犬耳をピクピクさせて、さらにはさわらせてあげれば完璧です完璧! その鎧感と犬耳というアンビヴァレントでプリチーな組み合わせこそが時代のトレンド! つまり犬耳を制すものはモテを制すのです!」


 私の説得によって鎧武者の剣筋が鈍る。犬耳を受け入れるべきかどうか迷っているのだ。

 このときを待っていたのだよ。マリチェをフル稼働させ、鎧武者に切りかかる。


「ここであったが関ヶ原! 丸太のように切り刻んでやる!」


 しかし私は忘れていた。丸太はそう簡単に切り刻めるようなものではない、と。

 果たしてマリチェは鎧武者に傷を残すことに成功したが、切り刻むには至らなかった。


 一方の鎧武者さんは犬耳をピンと立てておられ、これはひょっとして激怒していらっしゃっていた。やべー矢部太郎である。


「話せばわかる!」


 私は再度交渉の意を伝えるが、目にもとまらぬ一閃、マリチェが断ち切られる。


「は?」


 え、これ魔法のチェーンソーなんですけど金属製なんですけどなんで切れるの? わけワカメなんですけど。

 マリチェはすっかり短くなってしまいこれ以上鎧武者の攻撃を受け止めることはできない。普通に洒落にならないピンチだ。このままだとあと一撃で来世に期待人生ガチャを回す羽目になる。


 勝利を確信したのか鎧武者がゆっくりと刀を振り上げる。


 私は最後の説得を試みる。


「こ、ここで私を殺して終わりだと思ったら大間違いだし。所詮私は魔法少女の中でも最弱。このまま私を殺せば必ずや第二第三の魔法少女が現れ、私の仇をうちに来るだろう。でも今私を見逃してくれればそんなことにはならないからやっぱやめにしない? ね、謝るからさ。ごめんなさい。ね、やめにしよ?」


 効果はなかった。鎧武者が切りかかる。思わず目をつむる。すぐに死が私を襲うだろう。


 


 金属同士が衝突する甲高い音。鎧武者の刀を受け止めたのは私の肉ではなく金属バットだった。


「やれやれ、危機一髪ってところかな」


 それは金属バットを握った小柄な女性だった。シャギーの入ったボブカットに勝気な光を宿した瞳、そしてTシャツとジーンズというシンプルな服装もあいまって、まるでやんちゃな少女のような雰囲気を持っていた。そして私は彼女のことを知っている。見たことがある。


 彼女は鍔迫り合いになっていた刀を軽やかにはじき返し、鎧武者に金属バットを突きつける。


「そこの犬耳鎧野郎。お前の相手はこの魔法少女ファナ・スティミュラントだ」


 そうして魔法少女ファナ・スティミュラントは私を見て笑う。


「助けにきたよ、後輩」

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