第5話 滅殺魔法ワンダフルわんちゃん!
海老原さんは交換した連絡先を有効活用して、私をいつぞやのファミリーレストランに呼び出した。またしてもドリンクバーを注文し、ついでにベンガルトラサンドも頼む。なんか辛かった。
「貴女には攻撃魔法を覚えてもらうわ」
海老原さんは優雅にゴルバチョフティーに口をつけた。
「攻撃魔法?」
「そう、攻撃魔法。次に行く世界はそういう練習にうってつけなの」
私は曖昧に頷く。攻撃魔法の練習にうってつけな世界とかどう考えても地雷なので、そういうところはちょっと遠慮したかった。だが魔法少女に拒否権はない。なんて世知辛い。フルホワイトコーヒーを飲む。苦かった。
「それよりも海老原さん」私は話題をそらしてみることにした。「魔法少女なら変身したいんですけど、どうやるんですか?」
「ググレカス」
「はい?」
「変身用の呪文、ググレカスを唱えれば変身できるわ」
「そうなんですね」
「嘘よ」
「ちょっと殺していいですか?」
私は護身用のチェーンソーを駆動させる。どちゃクソ五月蝿い駆動音がファミレスに響き渡った。恰幅のよい店員が近くまでやってきて素敵テノールでドナドナを歌い始めた。ある晴れた昼下がりのことだった。
けれども海老原さんはチェーンソー如きに顔色一つ変えることはなかった。
「魔法少女だから変身したい。その気持ちはよくわかるわ。だけど変身は全身に魔法力パワーを行き渡らせる必要のある高等技術よ。初心者には難しいわ。だからこそまずは簡単な攻撃魔法で魔法力パワーの扱いを覚えてほしいの」
一周回って話が戻ってくる。なんということだ。私は海老原さんを細切れにしてエビフライの材料にすることを諦め、チェーンソーの電源を切った。恰幅のよい店員は帰っていった。悲しそうな瞳だった。
「わかりました。まずは攻撃魔法を覚えます……」
「そうして頂戴」
「海老原さんは変身できるんですか?」
「できるも何も、今、してるわ」
海老原さんは両手を広げてみせる。海老原さんがやたらファンシーなのは変身後だったからだと発覚した。その絶妙に人間社会に適合できていない雰囲気から、海老原さん普段着説も提唱されていたが、どうやら論争に決着がついたようだ。
「それより貴女、なんでチェーンソーをわざわざ持ち歩いているの? 目覚めなさい」
「すみません、つい……」
「そういう小さなことから魔邪神サテュノリゼの侵蝕が広がっていくのよ。己を律しなさい」
「わかりました」
私はわかったのでわかりましたと言った。確かにチェーンソーを持ち歩くのはいけないことだ。けれどつい護身用に持っていたくなってしまう。それが社会一般で許されているような気がしてしまう。魔邪神サテュノリゼ。実に恐るべき侵蝕だった。
「それではさっそく行きましょう」
海老原さんはゴルバチョフティーを飲み終えると立ち上がった。そのまま店を出てしまったので会計は私がした。そういえば前回も私が会計をしたことを思い出した。
二回目の異世界は世紀末的荒廃で、見渡す限りの荒野だった。茶色の大地と灰色の空しかない。スタスタリと歩き出す海老原さんについていく。
「ここが第599P世界よ。ルーキーが魔法を覚えるのにうってつけの世界なの」
「何もないからですね」
「それもあるわ。この世界に魔法少女になれるだけの知的生命体は存在しないの」
「へー。というか魔法少女って人間以外もなれるんですか」
「もちろんよ。魔法少女の開祖は人間だったと伝えられているけれど、魔法少女の適性者の数という点では、他の知的生命体の方が多いのよ。ちなみに魔法少女の七割が甲殻類よ」
「マジですか」
「マジマジアルマジローよ。人間は適性者が少ない代わりに、適性者は非常に優秀な魔法少女になることが多いの。だから貴女も期待されているのよ」
そんなこと初耳だったので「へー」と言ってみた。言ってみただけだった。
海老原さんは大きな岩石まで辿りついたところで止まる。私も止まる。
「ここよ。ここにちょうどいい練習相手がいるわ」
海老原さんが指さした先には粘液状の赤い塊が岩陰に隠れるようにして蠢いていた。
「な、なんですかあれ」
「特に正式な名前はないんだけど、赤泥とか呼ばれることが多いわ。見てのとおり、うぞうぞと蠢くだけの下等生物よ。さ、あれに向かって攻撃魔法を使いなさい」
「攻撃魔法……!」
初めて化粧をしたときのような高揚感。いよいよ魔法少女としての第一歩を踏み出すのだ。しかし私は気づいた。攻撃魔法ってなんだろうか。炎? 雷? ビーム? どれもありそうだがどれもこない。ネット配信されている魔法少女基礎講座では「あなたが一番使いすいと思う攻撃を思い浮かべましょう。それを魔法で実現することが攻撃魔法の端緒となるでしょう」と言っていた。攻撃。私にとっての攻撃とはなんだろうか。
私は思い浮かべた。私の暴力の形を。そして魔法の名前を紡ぐ。
「マジカル・リリカル・チェーンソー!」
私の手元で純白の閃光が炸裂し、それが収束した時そこには銀色に光るチェーンソーが現れていた。
これが、私の攻撃魔法……!
「武装魔法。比較的ポピュラーな攻撃魔法ね。さ、それで赤泥を倒しなさい!」
「はい!」
マジカル・リリカル・チェーンソー(以下、「マリチェ」と言う。)を駆動させると、マリチェはけたたましく交響曲第1番「ブラームス」を奏で始めた。
「死ね!」
特に恨みはなかったが、ここであったが百年目、私のマリチェの練習台になってもらおう覚悟、という気持ちでなんとなく赤泥を切断してみた。赤泥は全身をぶるぶると気味悪く震わせた後、動かなくなった。おそらく死んだのであろう。今日はいい天気だった。けれどこの世界は曇りだった。
「じゃあこの調子でどんどん攻撃魔法を使っていきましょう。魔法の上達には練習あるのみよ。かつて偉大なる魔法少女ケチャップライスはこう言いました。『死ぬほど修行しろ。さもなくば死ね』と」
「どう考えてもクレイジーですね」
「そうね」
引用した張本人であるくせに海老原さんが同意する。
「でも彼女の言葉は真理の一端をついているの。世の中、努力よ」
「はあ」
海老原さんは意外と根性論信者だった。
「というか攻撃魔法はある程度使い慣れておかないといざというときに困るから、今のうちに特性をきちんと把握しておかないといけないわ」
「なるほど」
海老原さんは意外と理にかなったことを言った。
それから私は赤泥の虐殺に勤しむことになった。体液がやたらめったら飛び散るので、すっかり服が汚れてしまった。今日来ていたカーディガンはお気に入りだったので少し悲しかった。私は悲しみのあまり赤泥を虐殺した。すると体液がやたらめったら飛び散るので、服が汚れてしまった。私は悲しみのあまり赤泥を虐殺した。海老原さんが魔法で服の汚れを元通り綺麗にしてくれた。私は喜びのあまり赤泥を虐殺しようになったが、すんでのところで踏みとどまった。またカーディガンが体液まみれになるのは困る。
「ところで貴女に伝えておくべきことがあるわ」
「なんですか」
「もしかしたら今度、新しい魔法少女に会ってもらうかもしれないわ」
「マジですか」
「マジマジアルマジローよ」
海老原さんは真顔だった。マジだった。
「そーいえば、海老原さんの攻撃魔法はどんなんなんですか?」
「私の?」
海老原さんは人形のように可愛らしく小首をかしげる。
「見せてなかったっけ?」
「いいえ全く一度も」
「そう。なら見本がてらに披露してあげる」
海老原さんは、大きな岩石を指さし「滅びろ」と言った。岩石は滅びた。塵となり風に吹かれてさらさらと消えていった。ちょっと何が起きているのかよくわからなかった。
「え、あの、え? え? えええええ」
「これが私の滅殺魔法、ワンダフルわんちゃんよ」
「クソほども犬関係ないですやん」
事もなげに説明する海老原さんだが、一方の私は驚愕のあまり語尾がやんになった。
「私の世界では犬は滅びの象徴として忌み嫌われているの」
「マジですか」
「マジマジアルマジローよ」
海老原さんは真顔だった。マジだった。
というか海老原さんヤバすぎだった。やべー矢部太郎。もしかして海老原さんは相当に優秀な魔法少女なのではなかろうか。月間魔法少女に載っていたファナ・スティミュラントよりもすごいのかもしれない。ありうる。考えてみれば神様経由で私の指導する立場にある魔法少女なのだ。優秀でないはずがない。これまでの言動がわりと残念だったので全然思い至らなかった。
こうして私は海老原さんの意外な一面を知ることになった。ちなみにその後、私も海老原さんのワンダフルわんちゃんができないか試してみたが、赤泥が不細工なチワワに変わるだけだった。海老原さんから修行が足りないと指摘を受けた。曰く、私の魔法には外連味と支配的制圧性が足りないらしい。頑張ろうと思った。
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