第4話 愛すべき日常は無意味

 第638C世界での幸福な地獄を終え、私はなんとか元の世界に戻ることができた。てっきりそのまま次の世界に転移するものだとばかり思っていたが、海老原さん曰くワーク・ライフ・バランスとのことだ。変なところで律儀だった。どうやら魔法少女業界でも労働問題は存在するらしい。


 なんやかんやで帰宅すると、鼻フックをつけた妹がふんどし一丁でレゲエをBGMに盆踊りをしていた。きっと学校の宿題だろう。私も昔やったものだ。クラスメイトの登坂のぼりざかさんがとても上手で全国大会まで進出していた記憶がある。


 部屋で着替えてから開くのは物理の教科書ではなく、買ってみた月刊魔法少女だ。とりあえず特集の「ドキッ★ 魔法少女がときめく拷問ベスト10!」を読んでみる。私が好きな凌遅刑は第3位にランクインしていた。

 ちなみに1位は陵辱だ。「自分の性的欲求を満たして上で拷問にもなる。最高です。」「人間の尊厳を蹂躙しつつ肉体的苦痛を加えるという点で、文句なしの1位です。」「シンプルイズベスト。」どれも納得の意見だ。


 そのまま月刊魔法少女を読み進める。すると偶然にも今日海老原さんが名前をあげていた魔法少女ファナ・スティミュラントのインタビューが掲載されていた。彼女は第百二十四回最優秀魔法少女賞を獲得したらしい。気になったのでちょっと確認してみる。



『ファナ・スティミュラントさん、最優秀魔法少女賞受賞、おめでとうございます!』

『ありがとうございます。光栄です』

『ファナさんは魔法少女になられてから第21L世界の殲滅、それうふすふぉのパート禽問題の解決、自殺志願者デッドラインなど、数々のご活躍をなさっていますが、その中でも特に記憶に残っているものはなんでしょうか』

『そうですね……、あれはだいたい一年前くらいでしょうか。第8888O世界で未開の蛮族と吹矢競争をしたことがあるんですが、その時対戦相手にこう言われたんですよね、「スポポビッチ(※)」と』

『スポポビッチ!』

『そうなんですよー、もうほんとびっくりしちゃってー』

『それは驚きますよね。それでどうなさったんですんか?』

『割と好みだったんで宣言どおりに一家を撲殺して煮込みうどんにして二人で一緒に食べました(笑)』

『え、じゃあファナさんって……!』

『はい、結婚してまーす。いえい』

『ええええええええええええ!! 全く知らなかったです!』

『だって初めて言いましたから』

『なんというスクープを(笑)。ありがとうございます!』

『いえいえ。あ、このインタビュー載る号売れますね(笑)?』

『そこは売ってみませます(笑)。さて、意外な素顔をのぞいたところで次はファナさんの魔法少女スタイルを尋ねていきたいと思います。ファナさんといえば、世界転移の中継ポイントを作成する際に現地の知的生物を三十体撲殺するパフォーマンスで有名ですが、どうしてこのようなパフォーマンスを始めたのですか?』

『いや、これは元々はですね、先輩の勧めだったんですよ。ルーキーの時、私はほんと落ちこぼれでろくに魔法も使えなければ中継ポイントも作れなかったんです。それを見かねた先輩がですね、言ってくれたんです。「お前が一番好きなものはなんだ?」って。それで私は「撲殺です」って答えたわけですよ。そしたら先輩は「好きなものを極めていけば、自然とそれに付随するものもできるようになる。そうやってできることの裾野を広げていけばいいのであって、いきなり何もないところから始める必要なんてない。撲殺が好きならまずそこからやってみればいい」って言ってくれて』

『素敵な先輩ですね』

『はい、今でも尊敬してます。それで先輩のアドバイスに従って、まず手当たり次第に現地人を撲殺してみることにしたんです。そうすると撲殺しているうちに魔法力パワーが溜まっていくのがわかって。簡単に中継ポイントを作ることができたんです。それ以降も初心を忘れないように中継ポイントを作る際には必ず撲殺することにしています』

『先輩との絆を感じるいい話ですね! 最後に今後どのような魔法少女になっていきたいかを教えてください』

『今までを振り返ると撲殺を極めるのは良かったんだけど、逆に撲殺に頼りすぎてしまったという一面もあると思うんです。だからもっともっと裾野を広げていきたいですね。そうすれば最終的に撲殺もワンステップ上に行けると思うので』

『ある意味ファナさんらしい回答ですね(笑)。今回はお忙しい中ありがとうございました!』


 ※エルアニア圏におけるいわゆるプロポーズ。意味は「私の家族を全員食べてもいいから結婚してくれ」。



 そういえば魔法少女になったはいいが魔法も変身もできないじゃないか私。今回の異世界転移はチュートリアルみたいなものだったが、今後は魔法少女としての力が試されることもあるだろう。となれば、魔法少女として十全に動けるようになっておきたいところだ。今度海老原さんに確認しておこう。

 試しに「変ッ身!」と叫んでみたが何も起こらなかった。部屋に私以外いなくて心底よかった。

 それから妹が晩御飯できたと伝えにきたが遠慮することにした。今日もうお腹いっぱいだ。






 一晩経ってもお腹が減らなかったので、朝食をとらずに登校することにした。通学途中、舞美の後ろ姿を見つけたので声をかける。彼女が振り向く。私は驚いた。舞美は右目に眼帯をつけ、三角巾で左腕を吊っていたからだ。顔も腫れていて見るからに痛々しい。


「おはよー、蟻紗」

「おはよ。それ、どうしたの」

「彼ピとしたときにめちゃくちゃされたのー」

「そういえばそんなこと言ってたね。どうだった?」

「超激しかったー。右目なんて駄目になっちゃった。もう一生見えないって」


 私は大変だなあと思ったので「大変だねえ」と言った。

 舞美は満面の笑顔で応える。壊したいほど愛してくれる相手がいるということは幸せなことだ。やはり愛が辿りつく先は対象の破壊なのだ。


「そういえばさ、昨日のよくわかんない美少女なんだったの?」

「あーアレ。なんていうか職場の先輩的ポジションになった」

「大丈夫なん?」

「意外と親切」

「ならいいけど」


 それから私達は平凡で退屈な学校生活とやらを漂った。何も変わったことはなかった。照前先生は相変わらず七色のアフロだったし、家鴨川あひるがわ先生の羽ばたきの授業は教えるのが下手だ。強いてあげれば、昼休みに屋根裏さんが教室で爆散して七十二個のプチトマトになったくらいだ。私達は思春期だからそういうこともある。私はようやく食欲が湧いてきたのでそのうちの二個を食べたが、酸味が効いていて割と美味しかった。


「ねえ、これからどうする?」


 放課後、満身創痍の舞美に尋ねられる。


「んー、特に予定はないけど。舞美は?」

「あたし売春組合に行って登録しようかなって思ってさー。蟻紗も来ない?」

「売春組合かあ」


 売春組合に加入すれば、組合費を取られるものの客や場所の斡旋や何か揉め事があった際に助けてくれる。小遣い稼ぎ程度に細々とやるなら完全個人の援助交際の方が手軽だが、それなりにしっかりやりたいなら売春組合に加入してもよいかもしれない。


「入るってことは舞美はもっとやるつもりなの?」

「彼ピがなんかお金に困ってるぽくってさ。相談されたときに助けられるようにしときたいなーって」

「何それ愛じゃん」

「そうだよ、愛だよ」

「じゃ、その愛に付き合ってあげるよ」

「ありがとう!」


 私達は電車を乗り継ぎ、売春組合のある繁華街に向かう。繁華街にはゴミが人のようにいた。


 地図アプリで検索して探し出した売春組合は、繁華街の外れ、清潔な印象を持つビルの中にあった。娼婦は最古の職業と言われるとおり、売春組合は伝統と格式を重んじる労働組合だ。なので私達は入口の前で全裸になり三つ指をついて誠心誠意の礼をしてから入った。


「あるでѦaて」


 由緒正しい挨拶が私達を迎える。発音も実に正確だ。

 受付で売春組合に加入したい旨を説明すると、申込用紙を渡され、諸々の説明をされる。戸籍謄本などが必要だというので、私達は後日提出することにした。


 そうして帰宅すると自宅前で海老原さんが仁王立ちしていた。そのたたずまいは歴戦の猛者と評するに相応しい迫力を有していた。


「蟻紗」

「はい」


 海老原さんはかつてない真剣な表情をしている。いったい何があったのだろうか。もしかして魔邪神サテュノリゼが直接侵攻してくるとかそういうヘヴィー級の話だろうか。今日の晩御飯は何しようか。和紙に墨汁を垂らしたかのように心に不安が広がっていく。


 海老原さんが言う。


「連絡先教えて」

「はい」


 私は海老原さんと連絡先を交換した。

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