第2話 魔法少女は突然に

 神様と会った翌朝はとてもよく晴れていて、高層ビルの屋上から飛び降りる自殺志願者がよく見えた。ぐちゃり。私は駅のホームから人間が肉塊になるまでをぼんやりと見ていた。一度自殺志願者がちょうど目の前に落ちてきたことがあった。あと一歩踏みこんでいたら私の脳天にぶつかって一緒に昇天していたことだろう。あの時はぐちゃぐちゃになった内臓と血液が体中に飛び散って酷い思いをした記憶がある。


 そういえば神様はいつ千円を返してくれるのだろうか。なんてことを思いながら、改札を通過すると奇妙な美少女が立ちはだかった。そう、奇妙と言っていいだろう。彼女の髪は鮮やかなイエローレッドであり、後から気が付いたがその瞳も同じ色をしていた。肌は透き通るような日本人離れした白さで、髪の色からしてそもそも日本人でないのかもしれない。

 服装はアニメかマンガからそのまま飛び出てきたかのようなロリータ調の服を着ている。着飾った衣装からのびる手足はたおやかでどこか人形めいた美しさがあった。


「貴女が鶯谷うぐいすだに蟻紗ありさね」

「そうですけど何か」

「この世界における私の名前は海老原えびはらまだら。世界を救うため、貴方を迎えに来たわ」

「いや、これから学校なんですけど」


 海老原さんが黙る。私も黙る。私たちの沈黙は通勤通学の喧騒に塗りつぶされた。海老原さんを横目に多くの人間が通りすぎていく。私も通りすぎたかった。


「蟻紗おはよー。何やってんの?」


 このよくわからない硬直状態を破ったのは舞美だった。彼女は後ろからポンと私の右肩を叩いた。


「あ、おはよー。何って……何も?」

「ならガッコ行こうよ。ていうかこの人知り合い?」

「いま知り合った」

「そういうの他人って言うんだよ」

「じゃあ他人」


 私は舞美と学校に行くことにした。まだ時間に余裕はあるけれど、これ以上海老原さんに付き合っても時間の無駄でしかない。


「ちょっと! 放課後また会いに行くから忘れないでよね!」


 この場は不利と見たのか、海老原さんはそれだけ言って後を追ってくるようなことはしなかった。


「宗教の勧誘? それとも芸能界系?」

「んーどちらかといえば宗教かな?」


 神様関連だし。


「ふーん。それよりさあ、昨日の夜彼ピと話したんだけど、今日ね、彼ピと初めてすることにしたんだあ。彼ピとは初めてだから超緊張するー」

「わかるー。援交とは違うもんね」

「それそれ! 一昨日五万稼いできたけどあれはやっぱ労働って感じ。でもヤってる途中で彼ピだったらどうなんだろって思ったらドキドキしちゃった」

「一途じゃん」


 恥ずかしそうに微笑む舞美は、小柄で童顔なこともあって可愛かった。

 援助交際なら私もやっているが、あれはセックスをするという肉体労働だ。その最中に彼ピのことを想うだなんて舞美は本当に彼ピが好きなんだなあ。

 





 今日の授業が終わった。現代文の宿題で再来週までに狂人文学を一冊読んでこないといけない。山渕も面倒な宿題を出すものだ。ロリコンのくせに。

 舞美やその他諸々の友人にバイバイして昇降口を出ると、校門で海老原さんが待っているのがわかった。多くの生徒が彼女のことを気にしながら通り過ぎている。


「やっと来たわね、遅いわ」


 海老原さんは私に気づくと両手を腰に当てて頬をふくらませた。どう考えても理不尽だった。


「そうは言っても授業あったんで」

「言い訳無用。じゃ、行くわよ」

「どこに?」

「世界を救いにに決まっているでしょうが! 貴女も魔法少女なのよ!」


 ほんと校門前でそんな痛いこと言わないで欲しかった。知り合いに聞かれたくない。頭のおかしい人だと思われてしまう。私はさりげなく周囲を確認する。知り合いはいない。良かった。


「とりあえずどっか行きませんか? 座って話しましょうよ」

「そうね、それでいいわ」


 私達はよくあるファミリーレストランに入り、適当なメニューを注文した。

 ドリンクバーも頼んだので二人で飲み物を取りにいく。ドリンクバーはたくさんの種類があるから、何にしようかいつも目移りしてしまう。悩んだ末にイカ墨ジュースを選ぶ。海老原さんはゴルバチョフティーにしていた。


「さて」


 ゴルバチョフティーを一口含んだ後、海老原さんが言う。


「この世界は狂っているわ。魔邪神サテュノリゼのせいよ」

「なるほど。そんなことを言い出すなんて確かに海老原さんは狂ってるみたいですね」


 海老原さんは「魔法力パワー!」と唱えて私の額にデコピンした。頭がスッキリしたような気がした。


「何を言ってるの? 私は正気よ。昨日の出来事を冷静に思い返してみなさい。そうすれば自分の如何に異常な行為をしていたか理解できるから」


 昨日の出来事を思い返してみる。


「神様に会うなんて確かにおかしいです」

「おかしいはおかしいけどそれはイレギュラーだから。他にあるでしょ」

「……昨日、妹をレイプしていた強姦魔をバラして食べました。おかしいです。常識的に考えて、野生の人間を自分で捌いて食べるなんてありえません。普通お肉はスーパーマーケットで買います!」


 私は雷に打たれたかのような激しい衝撃を受けた。動揺した。どうしてこんな異常なことに気付かなかったのだろうか。明らかにおかしいじゃないか! これが魔邪神サテュノリゼの力なのか。恐ろしい。いや、待て。そうだ、他にもおかしいことはあった。どうして私は強姦魔に留守番を頼んだ? どうして私は護身用にチェーンソーを持っていた? いつからこの世界の常識はここまで異常に侵蝕されていたのだろうか。


「どうやら貴女もこの世界の異常性に気がついたようね。そう、魔邪神サテュノリゼは第7742A世界からこの世界へ間接的に侵蝕を行っているの。奴を倒すには世界転移を行ってあいつを倒すしかないわ」

「異世界転移ってやつですか」

「まあ間違ってないわ。ただ第7742A世界は厳重にプロテクトされていて、一足飛びに行くことはできないの。だから他の世界を経由してプロテクトの穴を狙うことになるわ」

「わからないけどわかりました。要するにたくさん異世界転移するってことですね」

「その理解でひとまず問題ないわ」


 山吹色の長髪のウエイトレスが活蛆の蜂蜜がけを持ってくる。こんなの頼んだっけ、と疑問が湧くがすぐに思い出す。そうだ、甘いものが食べたかったからこれにしたんだ。


 私はさっそくスプーンで活蛆をすくい、口に運んでみる。生きた蛆がぴちぴちと口内を動く。意外と弾力のあるそれを噛み潰すとどろりとした体液とはかけられていた蜂蜜が混ざり合う。端的に言ってそれはおぞましい味であったが、これを食べたいと思ったのであるから美味しいに違いなかった。美味しい。現に海老原さんも「結構これ甘いね」と特に違和感なく活蛆の蜂蜜がけを食べていた。だからこれは美味しい。


 それにしても世界が侵蝕されているという衝撃的な事実は看過し難い。魔法少女なんて眉唾物だったが、もしも世界を救えるならば魔法少女にでもなんでもなってやろうじゃないか。そう密かに決意する。


「魔法少女ってどうすればいいんですか」

「それは難しい質問ね。でもさっき私がしたように魔法力パワーをはっきりと感じられるようになるのが第一歩だと思うわ」

「どうすれば感じられるようになりますか」

「それも難しい質問ね。早寝早起き朝ごはんを食べるといった規則正しい生活習慣が大事だと一般的には言われているわ」

「一般的?」

「まあ魔法少女業界ではね」

「そんな業界あるんですか?」

「あるわよ。本屋に行けば月間魔法少女って雑誌売ってるから」

「マジですか」

「マジですよ」


 海老原さんはちゅるんと活蛆の蜂蜜がけを口に入れる。


「さて、これ食べ終えたらさっそく世界転移をしましょう。準備はいい?」

「その前に本屋行って月間魔法少女買ってもいいですか」

「いいわよ」


 ドリンクバーをおかわりして活蛆の蜂蜜がけを食べ終えた後、私達は本屋に寄った。無事に月間魔法少女を入手する。ちゃんと雑誌コーナーに置いてあった。

「異世界転移ってどうやってするんですか?」

 私は買ったばかりの月間魔法少女を胸に抱え尋ねる。特集は「ドキッ★ 魔法少女がときめく拷問ベスト10!」だった。後でちゃんと読んでみようと思った。私が好きな拷問方法である凌遅刑はランクインしているだろうか。

「魔法少女によって好みが分かれるけど私はドアから入る。人間社会だとそれが一番やりやすいし」

「ドアから入る」

「そう、トイレとか適当なドアを開けるときに魔法力パワーをこめて別世界に接続するの」

「私もできますか、それ」

「慣れればできるよ。ま、今回は私がやろう」

 私達はコンビニエンスストアの女子トイレのドアを開け、異世界に転移した。

 ばびゅん。

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