いつも一緒。

ササトマ

いつも一緒。




魔女様が呪いをかけた。

「君にはこの少女をあげよう。」

お隣さんちの女の子は、赤髪の少女の人形を貰った。

「君にはこの少年をあげよう。」

向かいの家のお兄ちゃんは黒髪の男の子の人形を貰った。

「魔女様、魔女様。私は何が貰えるの?」

魔女様の着ている黒いコートの袖をちょいちょいと引きながら尋ねると、魔女様は少し悩んだ。

「そうだねぇ…、君にはこの子をあげよう。」

そうして、茶色で煤けていて、尚且つ黄ばんでいる、古ぼけた革張りの、両手で抱えなきゃ持てないくらいに大きな本をくれた。






ふあぁぁぁ…と大きな欠伸と伸びをした。

午後九時ごろから机の上で本に向かっていたはずなのに、いつの間に寝ていたんだろうか。もう朝日が登っていて、時計も六時を指している。

9時間も突っ伏して寝ていた所為か、動く度に身体がボキボキと音を立てた。

「痛た、痛、ほんと痛い…!!」

唸りながら部屋を出る。廊下を歩きながら、「おかーさん、おとーさん、起きてる?」

叫ぶように声を張り上げる。こうでもしないと、母と父は目を覚ましてくれないのだ。

「おはよう今起きたよ」

「起こしてくれてありがとうね」

「ううん、いつもの事だし!」

お母さんもお父さんも、優しそうに笑いかけてくれた。いつも通りだ。




朝ご飯には目玉焼きを載せた食パンを食べて、朝の支度をした。

パジャマから着替えて、顔を洗って、あれして、これして…。

そんなことをしているうちに時間になってしまったから、鞄をもって玄関へと小走りで向かう。

靴を履いて、姿見を見ながら服を整え、玄関にある棚に置かれた割れた鏡の破片に向き直る。

「魔女様、今日も学校に行ってきます。今日もいつも通りの1日になるよう、見守っていてくださいね。」

そうして深いお辞儀をして、「じゃあ行ってきます!」と両親に告げる。外に出て、学校へと走り出した。




息を切らさない程度に軽く走っていると、その少し先に幼馴染みの少年が歩いているのが目に入った。

心なしか、ふらふらしているように見える。

「おやおや、どうしたのかな、寝不足かな??」

駆け寄ると、幼馴染みの彼は右手で右のこめかみを軽く抑えていた。

「今日の小テストの為に勉強してたら寝過ごした」

「あらら、勤勉ですねぇ、」

からかい半分でそう口にすると、彼はそんなことはないと真面目くさった顔で答えた。

「因みに今日の範囲は数学の教科書の114ページの内容しか出ないから、それ以外やってんなら無駄ですよぉー??」

「なんでお前が知ってんだよ」

「なんでもですよ、どうしてもですよ、私のカンは当たるのですよ!!!」

今の私の言葉、なんかリズム良かったよねー??私天才ー!?、なんて言いながら笑っていると、彼は耳を塞いだ。

「うっせぇ頭痛いんだから黙れよ」

早口で捲し立てながら、頭を抱える彼。

どうやら彼がヤマを張っていたのは別のところだったらしい。

まぁお前のカンが外れるかもしれないし、なんて言っていたが、残念、私のカンは本当に当たるのだ。

………いつも通りに。




「結局お前の言う通りだったな」

彼が言う。学校終わりの帰りの道は、いつも二人並んで帰る。朝は私が寝坊したりだらだらしてたりで待たせちゃうからと先に行かせているが、帰りはそうならないからだ。

「え、なにが??」

「小テストの件」

「あぁ、あれね。」

そう。

あの後、結局数学の小テストは私の言った通りの範囲が出た。私は当たり前ながら全ての空欄を埋めることが出来たし、その答えに自信があるが、彼は少しばかりしょげている。ダメだったらしい。

「あーあ、魔女様に会いたいなぁ…。」

「また魔女様かよ」

小さな声で呟いただけだったのに、彼の耳には届いていたらしい、呆れたような声音だった。




______魔女様。

日向(ひゅうが)町は古ぼけた田舎だ。道は舗装なんかされていないから風があれば砂埃が舞う。

車なんて町民の十分の一も持っていない。だから毎週土曜日だけのバスと毎月初めの日曜日だけの電車は本当に貴重だ。バスは町内をぐるりと一周して、隣街に向かってくれる。電車は隣街、その隣街、更にその隣街…と回ってくれる。

徒歩やら自転車やらで行ける範囲には本当に小さな文具屋やスーパー、ドラックストアに病院くらいしかないから、遊びに行ったり、近場に無いものを買いに行くにはその日まで待たなきゃいけない。

だからバス停も駅も、バスや電車が来る日には大行列になる。

とにかく、何を買うにも遠くに行くしかないこの街は、お年寄りが住むには難しすぎる。

若い人がわざわざ来るようなところでもないから、町民はどんどん減っていく。




そんな町に、一年前のある日。一人の老婆がやってきた。

足を痛めているのか杖をついて、腰を痛めているのか背中を丸めて。皺だらけの顔に真っ白な髪。擦り切れた黒い服には補強をする様に同じような色でツギハギがされていた。

お年寄りだ、老人だ、老婆だ。と、その人が来たことはあっと言う間に町に広まった。

「この町に住むのだろうか?」

誰かが言った。

「そんな訳ないだろう、見てみろ、引越しの道具なんて持ってないだろう。」

「じゃあ何しに来たって言うのよ、こんなへんぴな町なんかに。」

「お前、聞いてこいよ、」

「嫌だよ」

小さな声で話し合いながら、町人は皆その老人の元へと集まっていく。

老人は、少しずつ歩を進め、街の広場へとやってきた。

広場の中心に来ると、自らの周りの人だかりを見回し、おもむろに両手を広げる。




その老婆は魔女だった。

その人は、信じられないと笑い出す人々に願いを聞いていく。

金が欲しい、リッチなご飯が食べたい、車が欲しい、街に行きたい………。

その人が杖をひと振りするだけで、空からお金が降ってきて、美味しそうなご飯が現れて、車が湧いてきて、街に瞬間移動した。

本当に、本当に魔女だった!!

皆が魔女様に夢中になる。

本当にいるかどうかもわからない神様より、何も願いなんて叶えてくれやしない神様より、何倍も凄いじゃないか!と、皆は魔女様をはやし立てた。




機嫌を良くした魔女様は突然、いいものをあげよう、と言い出して、村人を1人ずつ呼んだ。

そして、一人に一つ、順番にお人形をプレゼントしていく。

大きな大きな、それぞれの等身大のお人形。

大人も子供も、犬や猫ですら関係なく、それを皆にあげていった。

だけど、一番最後の私にはくれなかった。

もう無いから。そう言って、私には人形の代わりに、本を受け取った。

「これに、自分を主人公にした本を書きなさい。」

これは何か、と尋ねると、魔女様はそう答えた。

「自分を?」

「そう。主人公は自分。登場人物にはこの町の人。」

「どうしても自分じゃなくちゃダメ?」

「うん、君じゃなきゃダメだ。分かった?」

「はぁい。」

それから魔女様は私にだけ割れた鏡の破片をくれて、皆に手を振られながら帰っていった。

その後、魔女様は町の象徴になった。




「そういえば」

彼が突然声を上げた。

「うん??どうしたの??」

「お前カンニングしてたのか」

「えっ!?して無いよ!?」

「じゃあなんでテスト範囲知ってたんだよ」

「いや、色々あるんだよ!」

「ふぅん」

私が焦ってしまったせいか、彼は私を信じていなさそうにジロジロと見てくる。居心地が悪い。

「あ、私、家こっちだから、」

「………………」

ピシリと固まる、彼。

失敗した!間違えた!!冷や汗が背中を伝う。

「じゃあ、私帰るね!!」

「あぁ」

最後の最後で間違えた。馬鹿だなぁ、と自嘲しながら、私は彼に手を振り、振り返してくれる彼を見ながら、家への道を急いだ。

夕食を食べてお風呂に入って、リビングでダラダラした後、自分の部屋に向かう。

机の上で開きっぱなしになっていた本を見ながら、一年前のことを少し思い出していた。




魔女様を見送った後、早速机に向かって本を開いた。

そして、一つのお話を書いた。

ページを全部使って、なんのことは無い、けれど中身の詰まった、楽しい1日。

その日から、ずっと私は夢を見ている。




ふあぁぁぁ…と大きな欠伸と伸びをした。

午後九時ごろから机の上で本に向かっていたはずなのに、いつの間に寝ていたんだろうか。もう朝日が登っていて、時計も六時を指している。

9時間も突っ伏して寝ていた所為か、動く度に身体がボキボキと音を立てた。

「痛た、痛、ほんと痛い…!!」

唸りながら部屋を出る。廊下を歩きながら、「おかーさん、おとーさん、起きてる?」

叫ぶように声を張り上げる。こうでもしないと、母と父は目を覚ましてくれないのだ。

「おはよう今起きたよ」

「起こしてくれてありがとうね」

「ううん、いつもの事だし!」

お母さんもお父さんも、優しそうに笑いかけてくれた。いつも通りだ。




魔女様が帰った次の日。町に私以外の“普通の人”はいなくなった。

皆、もらった通りのお人形になった。

自発的に動くことも無く、私が書いた本の通りに1日を繰り返す人形。

魔女様は帰り間際に呪いをかけた。

人形になる呪い。意思をなくす呪い。

私の本は台本だ。その通りに動き、動かす。

だから、私の本の通りに話して動かないと周りも動いてくれないし、話す言葉には抑揚も『、』も『。』もない。




だけど、それでいい。

変わっていく日々に怯えるくらいなら、永遠に同じ毎日を繰り返そう。

ずっと、ずうっと。

そして今日も、いつも一緒の日々を、私の作った戯曲の通りに紡いでいくのだ。

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