幼き頃の記憶を抱きしめる⑩
リスコッチがこの世を去ったのは、この日の深夜を回った頃だと言う。
糸がぷつりと切れるようにあっさりと、リスコッチは世界の一部となった。
【ありがとうございました】
立ち上がる気力も体力も底をついたリスコッチをおぶって帰り道を進んでいる途中に発したこの言葉が、リアンが聞いた最後の台詞だった。
翌日の早朝、旅立つ前に挨拶をと例の魔法で病室へ不法侵入した2人が目にしたのは、ベッドとそれに横たわっていた人物のいなくなったガランとした空間。
廃病院の一室を連想させる光景はリスコッチの死を嫌がおうにも突きつけた。
ベッドとパイプ椅子が綺麗に消えている。
枕元に置いておいた魔術書も例外なく。
もしかしたら、リスコッチは長年の間ずっと無意識化で後悔の念に苛まれていたのかもしれない。
それが今回の件で解消され、この世に未練が無くなったのか。
都合のいい解釈だとは分かっているが、天国で笑っていられるような最後だったらいい。
リアンはその後数分間、深々と頭を下げ続けた。
「結局、2人の約束って何だったんだろう」
リアンとフェネリの旅路に目的地はない。
おくり人としての役目を果たすため、フェネリが示す方向へと進んで行くのみ。
村を後にしたリアンがふと思い出したことを口にする。
レイスの記憶の中で、2人が約束を交わしている場面は無かったはずだ。
「魔術書は持ち主がいて初めて魔術書として認識される。持ち主がいなければ、あんなものはただの紙の束。だから、魔術師は仕掛けをした」
「どんな?」
「さぁ?」
「えぇー……」
非常に続きが気になるところではあるが、それ以上の言及はしなかった。
気になることと言えばもうひとつ。
「それ、どうしたの?」
「拾った」
フェネリの腕に抱かれた見知らぬ猫。
白と茶色が混ざった模様の猫は、不服そうな表情のままだらりと四肢を伸ばしフェネリの腕の中に納まっている。
「飼ってもいい?」
「両者が納得しているなら俺は構わないけど」
「ありがとう」
「名前は?」
「……ストラップ」
確かに身体の縞模様が紐を巻きつけているように見えなくもない。
動物は嫌いではないし、旅のお供が増えるの大歓迎だ。
「賑やかになるね」
「んなっ」
ストラップが何とも不服そうな声で鳴いた。
【それじゃあ、君の名前はレイスっていうのはどう?】
【レイス? でも私、悪魔なんでしょ?】
【悪魔だけど、友達を悪魔って呼びたくはないよ。でっかくできた友達なんだから、ちゃんと名前で呼びたいよ】
【わたしを貴方の友達にしてくれるの?】
【もちろんさ。レイスはぼくの大切な友達だよ】
幻獣のおくり人 まいこうー @guuji
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