幼き頃の記憶を抱きしめる⑤

「偶然、だったと思うんですよ。私が本を……あの子を見つけたのは」

 ぽつり、とリスコッチが呟いた。

 相変わらず台所の段差に腰掛けたまま、ぼんやりと床に置かれた本を眺めている姿はどこか寝起きのように意識が定まっていない風だった。

 そんな彼をフェネリは声をかけるでもなくじっと見つめていた。

「母に口うるさく言われるのが嫌になるとよく屋根裏部屋で1人遊んでたんです。あの場所は、幼い私にとって秘密基地でした。そんな時です。不思議な本を見つけて、開いた。そう……そうしたら、女の子が……。顔も名前も思い出せないけれど、確かに女の子が現れたんです。もの凄く、驚いた気がします」

 当時の記憶の欠片に、リスコッチが小さく笑う。

 自分の驚き加減でも思い出して可笑しくなったのだろうか。

 差して興味もないのだろう、フェネリの表情筋は相変わらず動かない。

 ただただ、リスコッチのか細い声が小屋の中で広がるだけだった。

「子供ながらに口走ったんですよ。悪魔って。あの子の髪は黒かったですから。今となっては全くの迷信ですけど、昔この地方では黒髪は悪魔の証拠として言い伝えられてまして。そうしたら、あの子、なんて言ったと思います?」

「さぁ」

 フェネリは返した。

「あら、わたしって悪魔だったのね。素敵! って。面白でしょう?」

 正直、リスコッチの言う『面白い』は分からないけれど、とりあえず小さく頷いておいた。

 以前、リアンに聞こえているなら反応して欲しいと言われたことを思い出したからだ。

「あの子、誰だったかな?」

「思い出せばいい」

「……そうですね」

 深みに埋まった記憶を探るように、リスコッチはゆっくりと目を閉じた。


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